問題の本質は何処に Ⅱ

組合員 竹中正陽(まさはる)

8.関東地区大会の論議とITFポリシー
(1)取り下げに追い込まれた地区修正案

「基金が有効に活用されるよう周知活動を行う」の文言を方針に追加する修正案

 9月21日、海員組合の関東地区大会が関東の執行部員、全国委員、船内委員らが出席して開かれた。そこでは驚くべき光景が現出した。
 大会方針案の「非居住特別組合員への対応」の項に対し、外航の職場委員が連名で修正案を出したところ、関東地区執行部が総出で難クセを付け、猛烈な圧力を掛けて取り下げさせてしまったのだ。
修正案は、本部方針に下記の下線部分を追加しただけの、ごく当たり前のものだった。
「メキシコシティーポリシーおよび船員憲章ポリシーに基づき、非居住特別組合員の労働条件の改善・福利厚生(健康促進に向けた啓蒙活動など)の充実に向けた取り組みや各種基金がより有効に活用されるよう周知活動を行い、受益船主国組合としての任務を果たしていく。」
 わずか1行を追加するだけの修正案に対し、執行部は「場所がそぐわない」、「文脈にそぐわない」、「周知活動はISS等がやっているのでわざわざ書く必要がない」、「協約に書いてあるのでわざわざ周知するなんてありえない」、「基金は福利厚生の字句に含まれるので修正は不要」、「ポリシーの箇所を基金でいじくるのはどうか」等々、とにかく本部案通りで良いとの大合唱。
 しまいには「基金はメキシコシティーポリシーや船員憲章とは関係ない」、「わざわざ方針に書くということは協約が守られていないことになる」とまで言い出す始末だった。
 これに対し職場委員側は次のように応戦した。
 「現場の非居住特別組合員のほとんどが基金を知らない。パンフレットを作って欲しい」、「協約を守るためにも周知活動が必要だ」、「周知することが非居住特別組合員の権利保護につながる」、「基金の額は100億、200億を超える。それをわずか4行で終わらせて良いのか。透明性を持った周知が必要」、「先の報道で基金の不透明さが明らかになったのに、方針書に書いてないのは納得できない」等々。
 「場所がそぐわないなら他の場所に移しても構わない」という譲歩も、「そぐわない」、「周知活動は既にやっているので違和感がある」との執行部の声にかき消されてしまった。
職場委員の人達は日頃洋上で外国人船員と接しているだけに、現場に密着した当然の要求を出したに過 ぎない。論拠も正当で、日本人船員としての矜持すら感じられた。
 それに対し、執行部はどうか。ITFポリシーに基づいて非居住特別組合員の権利・利益をどの様に守っていくのかが議論の核心であるにもかかわらず、正面から論争しようとせず横やりに終始する姿勢。「基金」という言葉すらタブーにしたいのか。「お上」の意向が働いていると感じざるを得なかった。
 いったい、修正案のどこに害があると言うのだろうか。外国人船員に基金の周知を図るという当然すぎるほど当然の要求も、このようにして葬り去られてしまった。

ホームページに組合行事、活動方針・活動報告、予算・収支報告などの掲載を求める修正案

 外航職場委員らは、「広報・文化活動」の項でも修正案を出した。「ホームページにトピックス、組合行事、活動方針・報告、予算案及び収支報告、お知らせ等の更新を都度行い、組合活動を組合員へ広く周知する」の文言を方針書に追加するよう求めるものだ。
 この前向きな提案に対しても、「他の組合はしていない」、「あえて方針に書く必要はない」、「一般の人が目にするので慎重に」などと理由にならない理由で執行部が一斉に難クセを付け、取り下げに追い込んでしまった。
 以前は、タブロイド判の方針書が大量に船に送られ、組合員は誰でも目にすることができたが、今は雑誌形式で発行部数も少なく、大部分の組合員は目にすることができない。インターネットが重要なツールになっている時代に、しかも組合活動のカナメである活動方針や組合行事を組合員や世間に広めようとしない組合が何処にあるのか。耳を疑わざるを得なかった。
現場から来た組合員が手を上げて発言を求めたが、議長は「傍聴者は発言できません」と認めなかった。


(2)基金の不正使用防止のために作られたITF船員憲
 そもそもITFの船員憲章は、基金の不正使用が問題視された結果として制定されたものだ。組合自身、そのことを認めている。
 「ITF加盟の船員組合が、非居住船員に適用している協約の基金部分が不透明であるとの批判を避ける目的で作成された船員憲章は~」(機関誌海員2001年2月号P52)。
船員憲章は以下のような経過で制定された。
 日本や欧州船の便宜置籍船化が急増し、多数の東アジア船員が非居住組合員として乗船するようになったため、ITFの公正慣行委員会(FPC)は1993年に非居住船員用基金の運営透明化を求めたガイドラインを制定した。
 しかし、インドなどアジアの国々で基金の不正使用が明らかになったことから、1997年にFPCは、加盟組合の適正な履行を義務付けるため、ガイドラインを発展させた船員憲章として採択した。透明な運営を義務付ける船員憲章に署名しない組合に対して、B/Cを発行しないというのもので、ガイドラインから強制規定への格上げを図ったのだ。
 (※B/C:ブルーサーティフィケート。ITF協約を遵守している船にITFが与える青色の証明書。港でのITFの査察の際に抗議活動から除外されるなど優遇される)
 この間の事情を組合機関誌は次のように記している。
 「ITF承認協約に含めることが認められている福利基金(ベンチマークの10%)や非居住船員から徴収する組合費の使途が、一部の加盟組合では不透明であるとの批判が乗組員や港湾労働者組合から出されていたため、2年前のFPC本会議で「船員憲章」なるものを制定して、組合員や会社から徴収した組合費、福利基金の明朗な使用を目指すことになっていた。」、「日本でも、船主が非居住船員のために使用すべき基金が、正しく使われていないのではないかという疑念が持たれています。」(海員1999年9月号P5、2000年8月号P6)。
 基金の不透明使用にかんする記述は、当時の活動報告書など他の発行物にも記されている。
したがって、関東地区大会での「基金は船員憲章とは関係ない」という執行部の発言は真っ赤なウソで、取り下げさせるための方便としか言いようがない。


(3)船員憲章ポリシーと基金・監査ポリシーの主旨
 その後、2002年にバンクーバーで開かれたITF世界大会では、日本を始めアジア各国の船員組合が反対した結果、船員憲章は強制化されずポリシーにとどまったものの、加盟組合が組合員に対して取るべき「行動規範」として採択された。船員憲章は基金について字数を割いて次のように規定している。
「7.組合は以下のことを保証する。
※すべての基金要素と関連した支払いは、明確にITF承認協約の中で明らかにする。
※基金は、透明かつ適切に管理されている。
※これらの法律で規定されていない控除は組合員に説明される。
※基金は毎年、正式資格を持つ監査人による監査を受ける」。
 そして、基金の理事会や管理規程の内容、年次報告規定やITFへの報告義務など、詳細にわたり規定している。(詳細は機関誌海員2002年11月号P27)
 その後、2010年のメキシコ大会では、その間IBF方式が導入されたことにより船員憲章は一部変更されたが、基本条文は元の表現のまま引き継がれた。また、基金の運営や会計報告・監査に関する条文は別途「基金・監査ポリシー」として独立したポリシーに格上げされ、整備された。船員憲章ポリシー、基金・監査ポリシーなど8つの追加ポリシーを統合するものとして受益船主国組合の権利・義務を謳ったメキシコシティーポリシーがある。
 船員憲章ポリシーは全10項目からなり、その第4項は「加盟組合がITF承認契約の下で雇用される船員から徴収する組合費の種類とレベルは、公平で、当該組合が組合員に提供するサービスの内容に見合ったものでなければならない」、第9項は「ITF承認協約に基づく基金は、ITFの基金・監査ポリシーに従って運営されなければならない」とされる。
 また基金・監査ポリシーは19項目に上り、「通常、基金は法人として登録される」、「加盟組合は基金が目的に沿って履行されるよう監視し、本ポリシーに違反もしくは不遵守の何らかの証拠があればITFに報告する責任を負う」等が規定されている。
 また、各ポリシーには実施のためのガイドラインが定められている。
 船員憲章ポリシーの実施ガイドラインは、「総則:加盟費および組合の責務」で「本ポリシーは、維持しなければならない最低サービス提供基準を定める」と規定し、組合員の「参加権」を次のように記している。
「 ITF協約の対象となる船員は、関連組合で発言権を持ち、自らの利益を代表させる。組合は、組合への参加を奨励するために、状況が許す限り最善を尽くすべきである。」
一方、基金・監査ポリシーの実施ガイドラインには、「全ての基金部分についてCBAで明確に説明し、賃金スケールのそれぞれの欄に、CBAの関連条文への早見参照を付すべきである」、「FPC運営グループに、ポリシー実施の進展に関する定期報告書を提出しなくてはならない」等と記されている。
 組合員の参加権・発言権を保証するのは、正確な情報を与えることが大前提である。果して海員組合は、今回の森田組合長の横領・背任行為を非居住特別組合員に「最善を尽くして」説明したのか、また、正しくITFに報告したのか、気になるところだ。


(4)法人化されなかった基金管理委員会
 前述したように、基金・監査ポリシーによれば、基金は法人として登録されるのが通常だが、日本では、外国人船員福利基金を始め、非居住特別組合員の全ての基金が法人化されていない。日本人船員の福利基金が当初から公益財団法人日本船員福利厚生基金財団に法人化されたのと大きな違いだ。公益財団法人では事業報告・決算報告は理事会と評議員会の承認、官庁への提出義務等の各種義務があり、横領事件が発生した場合は、理事や監事ら役員にも監督義務違反の損害賠償責任が生じる。
しかし、今回の横領事件は、事業報告・決算報告どころか財団法人の定款に相当する運営規則や役員の氏名すら公表されない中で生じている。すべてが“闇の中”なのである。
 各種の基金にはそれぞれ○○基金管理委員会が組合と国際船員労務協会の両者によって作られ、JSSが会計業務を委託され基金の財布を握っていた。そして代々の組合長が基金管理委員会の長を兼ねていた(2010年大会の活動方針書P66)。委員長代行や運営委員長も組合の中央執行委員が就任したと過去の活動報告書に書かれている。各船会社への請求書や領収書も管理委員長名で発行され、未納や出納管理は組合コンピュータに一元化され、実務は全て組合が行ってきた。
 管理委員会の長、かつJSSの長でもある組合長は、基金を構成する3団体の長であり、使途の決定、出金、会計報告の承認という3役をひとりで行っていたことになる。三権分立ならぬ三権の長である。しかも実務は各所に配置された部下が行っていたのであるから、起こるべくして起こった事件としか言いようがない。
 事件の根を断つためには、この構造を遮断し、すべてを透明化して組合員の目に見えるシステムにする以外にない。


5)労組法5条(組合員の参加権・会計報告義務)とITFポリシー

労組法第5条(労働組合として設立されたものの取扱
2項の三 組合員は、その労働組合のすべての問題に参与する権利及び均等の取扱を受ける権利を有する。

 2項の七 すべての財源及び使途、主要な寄附者の氏名並びに現在の経理状況を示す会計報告は、組合員によって委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少くとも毎年一回組合員に公表されること。

 ここに言う「すべての財源」とは組合費に限らず、組合活動に使われたすべての財源を指す。
この規定は前記ITFポリシーと底流で繋がっており、どちらも組合の組合員に対する義務を指示している。
 しかし、毎年の組合活動報告書には、「基金管理委員会で、使用報告、会計報告、監査報告が行われ報告通り承認された」とわずか数行記されているのみで、内容は一切書かれていない。組合側指名の監査法人は組合会計と同様監査法人トーマツと聞いているが、今回の事件を通していったいどのような監査を行っていたのかが今問われている。報道内容が事実とすれば、監査法人の役目を果たさなかったことが明らかだからだ。
 以前の活動報告書には管理委員会の組合側委員・船主側委員の氏名を含め、基金の使途や問題点がかなりの程度記されていたが、現体制になって以降の10数年間、年1回管理委員会が開かれ会計報告等が行われたと記されているのみで、外国人船員福利基金の使途は記載されなくなった。
使途の大きなものはフィリピンのマリナーズホームなどの建設費であるが、「欧州およびアジア地域駐在員活動に対する援助」、「アジア地域船員組合等とのミーティング」、「国際業務スタッフの活動」等にも使われてきた(2006年報告書ほか)。
 組合会計の中の教育文化費について、「ISSと言う外国人スタッフの活動は、管理委員会から一部負担するケースがある」と総務部鈴木部長(現副組合長)が大会で答弁している通りだ(海員2009年1月号P33)。
 それだけではない。海上の友などの各種広報紙の購入に加え、外国人船員用の機関紙オーシャンゲート・インターナショナルの製作費用も基金から出ている(海員2008年6月号P22)。これらの事実から、基金が組合活動に使われていることは疑いようがない。
労組法の主旨に従えば、基金から組合活動に回した金銭は、組合収入として計上し、組合員に報告しなければならないはずだ。
 同様に、前記ITFの船員憲章、基金・監査ポリシーの主旨を顧慮すれば、基金についても使途の詳細を含めた会計報告を、外国人を含めたすべての組合員に対して行うことが受益船主国組合の義務だろう。
 本来労働組合は、こうした規定の有無にかかわりなく、自ら進んで組合員に開示することが、組合の活性化、組合員が意欲的に参加する組合運動につながるはずだ。

(6)ISS(国際業務スタッフ)の減員
非居住特別組合員が急増したことから、組合はISSを10人まで増員する方針であることを2008年の大会で表明し、実際にも訪船体制の強化など非居住特別組合員に対するケアの充実を図った。
2010年夏のITFメキシコ世界大会で船員憲章が改訂され、メキシコポリシーの中に位置づけられたこともあり、同年の組合定期全国大会の活動方針書は、基金事業の内容を大きく記載し、非居住特別組合員に対する広報活動の重要性を説いている。今回の関東地区執行部に見られた後ろ向きの姿勢とは大違いだ。
その大会では、非居住特別組合員が組合員として付与されるべき権利、組合が行うべき「サービス」についても多くの時間を割いて論議された。
当時の藤澤組合長は日本海運集会所のインタビューで、「JSUには国際スタッフとしてフィリピン人が10人在駐し、訪船活動を始め日々の活動をしています。永住権を持つ人が数名出てきましたので執行部に取り入れ、さらに幅広く外国人船員の要望を取り入れていきたい」と誇らしげに答えている(月刊誌「海運」2013年2月号)。
その後2013年の大会で藤澤組合長が統制処分で放逐され、翌年森田組合長が就任したが、以降ISSの人数は減少の一途を辿り、現在は本部と関東地方支部各1名のわずか2名となった。日本人組合員は相変わらず微減傾向が続く一方、非居住特別組合員は常時6万人を前後し、比率は増しているにもかかわらず、なぜISSが極端に減ってしまったのか理解に苦しむ。横領やフィリピン建設業者からのキックバックによって基金に穴が開き、本来やるべき活動が削られたとしか考えられない。

9.森田前組合長の罪状
(1)株式会社Green Ocean

海員組合規約第72条(執行部員の地位と一般的任務)
 本組合の活動からみて密接な関係があり、必要なものとして全国大会、全国評議会または中央執行委員会が認めた場合を除き、他の労働組織そのほか外部団体などの役職員を兼任したり、他の職業を兼任しないこと

 これは執行部員の兼業を禁止する規定である。
 「2.隠ぺい体質を上塗りする海員組合の声明」で記した通り、2021年11月に神戸で
開かれた定期全国大会では、開会冒頭から組合長の姿はなく、座席も用意されていなかった。組合長不在について何ら説明がないまま、異様な雰囲気で議事が進められた。そして、午後の議事開始の冒頭、役員選挙管理委員長から「森田組合長から辞任届が出されたので、只今から組合長補充選挙を行います」と突然発表されたのだった。それ以外に前組合長に関する言及は一切なく、その後も退職したかどうかすら発表されていない。
 ところが、この件が新聞等で報道されると新たな情報が入って来た。
 前組合長は組合長在任中の2019年8月に東京都港区北青山に(株)Green Oceanを設立し、自ら代表取締役に就いていたという事実だ。現在は麻布に移転している同社の事業は、「①経営、芸能、人材等に関する各種コンサルティング、②各種情報の収集及び販売、③人材の紹介及び斡旋、④レストラン、カフェ、バー等の飲食店の経営、⑤食料品、飲料品、酒類、雑貨の販売及び輸出入、⑤不動産投資及びその他の投資業」等とされている。
 また、同社設立直後に港区白金の高級マンションを購入(現在の売値2億~3億円)。組合長辞任後はそれを売却し、現在は同じ港区の別の高層マンションに住んでいるという。
 6億円着服もさることながら、組合長在任中に会社を作ったこと自体が組合規約に違反する。このような状態で統制処分をしなかったとは信じられない。
 田中副組合長は森田前組合長と学生時代、海上技術部員時代を通しての長年の盟友でもある。藤澤組合長の時代、2人は副組合長として中央執行委員会をリードし藤澤氏を統制処分に持って行ったことは良く知られている。その経緯は処分を決めた2013年の長崎大会で本部が代議員に配布した「統制違反処分無効仮処分命令申立事件」という分厚い冊子に見て取れる。そこでは、田中・森田の両副組合長が他の中執らをリードし、6対1の多勢に無勢で藤澤組合長を追い詰めていく中執委の模様が、テープ起こしで生々しく再現されている。
 中執委は、森田前組合長の兼業禁止規定違反について調査し、組合員に報告する責任がある。


(2)業務上横領(刑法253条)

刑法第三十八章 横領の罪(横領)
第二百五十二条 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。(業務上横領)
第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。

 このように、業務上横領は単なる「横領」より罪はずっと重い。
 森田前組合長は2014年11月から2021年11月の7年間組合長を務めた。同時に基金管理委員会の委員長、基金の会計管理を業務委託されたJSSの会長にも就任した。
 報道によれば、その間の2015年から2020年までの6年間にわたり、基金を私的流用し、貴金属や高級腕時計を購入したという。
 購入した貴金属類の行先は不明だが、流用額は約3億円にのぼると言われている。
組合長兼管理委員会委員長、かつJSS会長という三権の長である自分の地位を利用したこの行為は、まさに「業務上自己の占有する他人の物を横領した」行為で業務上横領に他ならない。

(3)脱税(所得税法第238条1項)

所得税法第六編 罰則
第238条1項
 偽りその他不正の行為により、第○○条に規定する所得税の額につき所得税を免れ、又は第○○条の規定による所得税の還付を受けた者は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。(〇印の条文数字は省略)

 報道によれば、森田前組合長は基金からの流用とフィリピン建築業者からのリベートを併せ、6年間で計約6億円を申告せず、重加算税や過少申告税を含め、2億円以上の追徴課税を課された。国税局はこれらを「悪質な所得隠し」と判断したとのことだ。
 基金からの私的流用部分については、実質的な給与とみなされたとのことだが、横領で得た金銭を税務署に申告するわけがないことは自明の理で、何らかの意図で税金逃れを図ったことは疑いない。したがって「偽りその他不正の行為」に該当すると思われる。
 ここで、また一つ新たな問題が生じる。この国税局の措置によれば、森田前組合長は基金からの流用を給与として申告しなかったことになる。すなわち、税法上組合と基金の両方から給与を受けていたことになる。これは基金の目的外使用であり、管理運営規則と矛盾する。
 本件の発覚に伴い、基金の監査法人は会計監査のやり直しをしなければならないが、前組合長に給与を支払ったことにすれば管理運営規則に違反し、他の方法で処理すれば税法に違反することになる。
この矛盾を監査法人は、いったいどう処理するのだろうか。


(4)詐欺および背任

刑法第三十七章 詐欺及び恐喝の罪(詐欺)
第二百四十六条 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。
(背任)
第二百四十七条 他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 前組合長がどのような手口で基金からお金を降ろさせたのか、いつ、幾ら私的流用したのか。2年経過しているにもかかわらず、未だに本部は何も明らかにしていない。基金に穴が開いた事実すら認めようとせず、「本組合の会計処理に不正はない」を繰り返すばかりだ。
 しかし問題なのは基金の会計処理で、出金が行われる際には、使用目的とともに、組合長以下の責任ある役職者の印鑑が押された稟議書(りんぎしょ)が必須のはずで、それがなければ、基金を預かっているJSSがお金を出すはずもない。そうすると、何らかのウソ偽りを記した稟議書を作って出金させたことは想像に難くない。仮にそうだとすれば、詐欺罪に該当する。稟議書や口座記録を調べれば私的流用の全容が容易に分かるはずだ。
 また、組合員のために働くべき組合長、非居住特別組合員の福利増進を任務とする基金管理委員長という職務を考えれば、基金の私的流用および建築業者からのリベートは、「任務に背く行為」により、基金および非居住特別組合員に「財産上の損害」を与えたことになる。
したがって背任罪も該当する可能性が高い。
 以上、数々の刑法・税法違反が考えられるが、最も重い罪は、組合員の信頼に背く行為。非居住特別組合員の信頼を裏切った罪だ。それは、受益船主国組合の非居住組合員に対する義務を謳ったメキシコポリシー、ITF船員憲章に背く行為でもある。
 一旦失った信頼はなかなか取り返しがつかない。信頼を少しでも回復するためにも、中執委は、組合役員として、また基金の管理責任者として、前記の兼業禁止規定違反の件を含め、前組合長の行為により基金に幾ら穴が開いたのか、どのような手口が使われたのかなど、事件の全容を説明し、原因と改善策、損害の回収策を大会等の場で示す責任がある。それが組合員に対する義務でもある。


(5)組合員、元組合員らが刑事告発
 さる11月6日、組合員、組合員OB、井出本元組合長ら組合元執行部員の計26名が東京検察庁に対し、業務上横領と脱税の容疑で森田前組合長を刑事告発した。
 本来なら、被害者である基金管理委員会(=全日本海員組合および国際船員労務協会)が刑事告訴すべきところ、その意思が見えないため告発に至った旨を次のように述べている。
 『本年6月20日のNHKやフジテレビ、翌日の各新聞報道があった後の6月28日、組合は「前組合長に関する報道について」と題する文章をホームページに掲載し、その後機関紙にも同文を掲載した。そこでは「前組合長個人に対する課税に関わる事実や課税処分の内容に関するもの」で、「当組合は国税当局から、前組合長からもそれらの事実及び事項に関しては、説明を受けておりません。したがって、前組合長個人の課税に関する事項については、当組合としてはコメントすることが出来ません」としている。
 同様に、本年10月25日に開催された定期全国大会においても、代議員らの質問に対して「前組合長個人の問題なのでコメントできない」等と繰り返し答弁した。
 告発人らは、組合の組合員、元組合員、および元組合長を始めとする組合の専従役職員である。船員の権利を擁護し労働条件の向上を目指す団結体であるはずの労働組合の代表者が、外国人船員から得た金員をこのように私的流用していたことを絶対に許すことはできない。しかし、前述した組合の姿勢では、真相究明や責任の追及、改善策が期待できないと思料する。よって、告発に至った次第である。』
今後、検察庁特捜部による捜査により事の真相が明らかになることが期待される。同時に組合員自ら、真相究明と改善策の構築に向けて声を挙げていかなければならないと思う。
10.組合定期全国大会、本部はまともに答弁せず
 10月25・26日、定期全国大会が函館で開催され、全国委員約220名、全国委員でない職場委員・船内委員長・執行部員約40名が実出席した。この問題について現場代議員がどう追及し、本部がどう答弁するか。その攻防が大会最大の焦点だった。しかし、結果は肩透かしに終わった。外航の職場委員から鋭い意見も出されたが、本部はまともに回答せず、質問自体を無視。回答すらしない場面もあった。
1)活動報告の審議:組合長の「陳謝」
 初日の午後、活動報告の質疑が開始された冒頭、いきなり松浦組合長が挙手し、要旨次のように語り始めた。
 『前組合長に関する報道により組合員、関係者の皆様に多大なご心配、ご不安、ご不審を招いたことを陳謝します。本組合に対する税務調査では不正な資金使用等の事実はありません。
報道によれば前組合長が当組合の関連団体の基金を私的に流用し申告を怠っていたとのことですが、前組合長個人のことで、当組合は国税当局や前組合長から何らの説明を受けていないのでコメントできません。
 事実関係については、今後取得する情報を踏まえ適正に対処していきます。より透明性のある運営のため関係団体、関係組合と協議して、新たな管理体制、制度の構築に取り組んでいく所存です。』
 6月末に出された「声明」と全くと言ってよいほど同じ内容で、「より透明性のある新たな管理体制、制度の構築に取り組む」が付け加えられた格好だ。
 「陳謝」も、あくまで「ご心配、ご不安、ご不審」を招いたことへのもので、基金に多額の損害を発生させたことに対してではない。
 そもそも組合は、基金の損害額を明らかにするどころか、損害が出たこと自体を未だに認めていないが、管理体制に問題があったことは暗に認めざるを得ないということか。
これに対し代議員が、「今の組合長の発言について質問しても良いですか?」と聞いたところ、議長は 「活動報告に関するもの」と釘を刺したため質問せずに終わった。
 ある代議員は、「本組合と国際船員労務協会は被害者、真相究明のため第三者委員会を設立して調査して欲しい。基金の管理についてITFは法人化を推奨している。今の基金の管理はどのように行われているのか」と的を突く発言をしたが、本部側は全く答えず、無視を通した。
 別の代議員からは、「実際に訪船するのは私たち職場委員。訪船してどう説明したらよいのか?具体的な説明が欲しいのに前進回答が何もなくてよいのか?原因は何なのか、現場にどう説明すればよいのか?それを伺いに来ました」と切実な思いが披露された。しかし、これについても本部側は、「ご心配をお掛けした。そのようなお気持ちを察して、本件に関して声明を出した。組合会計は適正に処理されている。今後事実関係について得られる情報に基づいて適正に対処していきます」と「適正な対処」を繰り返した。
 また別の代議員が「適正に対処と言うが、今後の対策のスケジュール感、工程。どういう見通しかを伺いたい」と質問しても、本部側は「今後新たな情報を踏まえ、関係団体と協議して適正に取り組んでいく。まとまれば皆さんに報告します」と、組合長発言と同内容を繰り返すのみであった。
 活動報告の審議に与えられた時間は松浦組合長の冒頭発言を含めわずか30分。審議の終盤に代議員から「コロナで大会の審議時間が短くなったが5月にインフルエンザ相当の5類感染症に移行した。しかし大会は昔より短いままだ。これについて見解を」と聞かれ、本部側は長々と大会会場を確保する難しさを訴えたのちに「予定時間はメドに過ぎないので、審議時間はしっかり確保したい」と答弁。
ところがその本部答弁が終わるやいなや、議長は「そろそろ予定の時間になったので」と審議打ち切りに誘導してしまった。
 その間、「適正に対処していく」を何度聞かされたことか。何を聞かれても、6月末に出した「声明」の繰り返しに終始する姿勢。ビッグモーターやジャニーズの方がマシに思えた。
この件に関する本部答弁は総務担当の齋藤中執のみが行い、松浦組合長を始め他の役員はひと言も発しなかった。


(2)会計報告の審議:スト資金は非居住特別組合員も支給されるのか?
 会計報告に関する質疑の中で、何とも言いようのない無様(ぶざま)なシーンが出現した。
 争議金庫会計が100億円を優に超える報告に対して、ある代議員の「100億円を超えているのに更に今年も一般会計から繰り入れ増額した。組合員に還元することを考えているか」という質問に対し、本部は1972年の長期ストで争議金庫会計がカラになった例を挙げてスト資金の重要性を説いた。
 すると、すかさず他の代議員から「今日、外航でストする際には非居住特別組合員の協力が欠かせない。その時には彼らの賃金も争議金庫から補填されるのですか」との質問が出た。
 思いもよらぬ質問だったと見え、議長が本部答弁を求めても、役員は誰も手を上げようとせず、担当中執は必死で手元の資料をめくったり隣席の副組合長と何やら相談している。
 しばし他の役員の答弁で時間が経過した後に挙手した担当役員が発した回答は、なんと、「非居住特別組合員に適用される協約があり、その内容に基づいて適切に対応していきます」というもの。
 またしても出た「適切に対応」。これには傍聴席の船主側傍聴者も嘲笑を禁じえず。「矛盾を突く本質的な質問」、「何とも情けないね」との声が聞かれた。
 ちなみに、ストの際に組合が組合員に対して行う賃金保障は、組合内部の取り決めの問題なので、労働協約書に記載されるものではない。非居住特別組合員に適用される協約も同様で、そのような記載はないということだ。
 そもそも、日本人組合員(完全資格組合員)にはスト権確立の投票権があるが、非居住特別組合員に投票権はない。ストに限らず、各種決定に参画する権利、投票権や選挙権・被選挙権がない。その一方で「組合の方針を支持する」義務が謳われている(非居住特別組合員に関する規則第8条)。従って、ストに際し、組合の指令に反する行動を取れば処分必死となる。
ス ト権投票の権利がない人にスト指令を出すことは大きな矛盾だ。規約規則以前の問題で、国連の世界人権宣言や国際人権規約に反する。
 組合規約第97条(争議金庫の目的と使途)には「ストライキ参加した組合員の生活補償は争議金庫から支出する」旨規定されているが、この条文の組合員に非居住特別組合員も含まれるとの明文の規定はない。善意に解釈すれば「含まれる」との解釈も可能だが、規約11条の2で、非居住特別組合員の権利と義務は別に定めるとして非居住特別組合員規則を作ったので、その解釈には無理がある。
 結局、非居住特別組合員へのスト指令は想定もしておらず、答えられなかったのが正直なところだろう。非居住特別組合員制度の矛盾が集中して現れた場面だった。


(3)非居住への関心が高かった外航分科会
 多くの職場委員が、ITFポリシーやFOCに対する定義、IBF交渉の形態に関する質問や疑問を投げかけ、非居住特別組合員に関する関心の高さが伺われた。
 特に、非居住特別組合員に対する福利厚生など、受益船主国組合の義務を果たすために現状2人しかいないフィリピン人国際業務スタッフ(ISS)の採用増を求める意見、非居住特別組合員に選挙権・発言権が認められていないのは何故か?との質問が注目された。
 本部側は「ISSは以前の成熟していない時代に作った制度。増員についてもフィリピンの労組に相談したが紹介してくれる人が見当たらないとの回答だった」、「選挙権・発言権が認められていない理由は、非居住特別組合員規則に書いてないから。権利は規則に書いてある範囲で認められる」との答弁だった。
 非居住特別組合員に対する受益船主国組合の義務について、現場を熟知している職場委員と役員の意識の違いが現れた一幕だった。
 外航分科会では今大会の焦点である基金に関する直接の発言はなかった。
(次号に続く)