組合員 竹中正陽(たけなか まさはる)

衝撃のニュース
 6月20日、共同通信が「海員組合森田前組合長が6億円を着服、国税局が2億円以上の追徴課税」と配信した。NHKテレビのニュースウォッチ9を皮切りに、朝日、毎日、日経を始め各地方紙で報道され全国に知れ渡った。
 前組合長は、2021年11月の定期全国大会冒頭から欠席し、同日昼に辞任届が出されたと大会場で突如発表された。大会後の機関紙船員しんぶんで、辞任は健康上の理由とされた。
しかし昨年来、「国税局が、大会前に六本木本部に乗り込んで調査し、ことの概要を把握。追徴金徴収のため組合本部とやりとりを重ねた結果、前組合長が一定の額を納める形で決着した」との噂が流れていた。人の口を封じることはできない、悪事はいつかバレルと言われるが、昨年から漏れ伝わっていた話は本当だったのだ。
 今のところ森田前組合長ひとりの問題であるかのようだが、そんなことがあるのだろうか。これほど多額な出費を財政担当の副組合長や担当中執が知らないはずはない。仮に知らなかったとしたら、そのこと自体大きな問題だ。人づてに伝わってきた話はもっと深刻で、6億円は氷山の一角に過ぎず、根はもっと深いはずだ。

1.3つの問題点
(1)役員の隠ぺい体質

 ニュースを見る限り、問題は大きく3つあることが分かる。
 一つは、三役中執などの役員が組合員に対し、全てを隠ぺいし、何も明らかにしてこなかったこと。当時55歳で、定年まで5年も残していた前組合長が、組合長職こそ辞したものの、その後休職したのか、それとも組織内で何かの職に就いているのか。退職の有無さえ明らかにされず、全ては闇の中にされた。ましてや「健康上の理由」による辞任とは、白々しい限りだ。
 今からでも遅くない。組合本部は前組合長が「辞任」した真の理由、また今回報道された内容について、いつ、何の基金から、幾ら、どのようにして着服が行われたのか。国税当局とのやり取りを含め、誰がどのように関わったのかを、組合員とりわけ非居住特別組合員に対して包み隠さず明らかにしなければならない。組合民主主義を持ち出すまでもなく、それが組合員に対する義務であるはずだ。
 過去十数年にわたる役員間の抗争や卑劣な人事、数々の裁判闘争等を経て、下部執行部員や職場委員、全国委員は大人しくなり、役員への批判や突き上げは皆無となった。現場組合員は沈黙を続け、怒りから諦めの境地に陥っている。こうした風潮が幹部を増長させ、独裁・傲慢・隠ぺい体質がはびこり、民主・平等・公開・現場参加型の組合活動からますます遠ざかっている。ここに大きな問題がある。

(2)基金運営の闇
 今一つは、今回の業務上横領ともいえる事件が、外国人船員(≒非居住特別組合員)のための基金から生じたことにある。
 年200億円を超えると言われる外国人船員用の基金は、1994年に設立された外国人船員福利基金に始まる。近年、基金の種類は増加の一途をたどり、労働組合が関与する基金は10種類にのぼる(10種類のうち日本の海員組合が関与する基金は9種類)。
 他にIMOやフィリピン政府に納められる公的性格の基金などが9種類ある(基金の詳細は後述)。各基金の額も増加しているが、海員組合が基金を勝手に使用することはできず、原資を拠出する船主団体国際船員労務協会との間の管理委員会で使途が決められ、その承認を得て組合傘下のJSS(全日本海員福祉センター)が送金等を行うことになっている(はずだ)。
 そして毎年、会計報告、監査報告が行われていることになっている。管理委員会やJSSの役員も海員組合の役員が兼任している。しかし、基金の年間収支や残高などの数字は一切公表されず、全ては闇の中だ。
 そもそも基金の原資は、船会社が外国人船員に支払う毎月の給料等のために用意したお金である。「給料等」と書いたのは、本来給料になってしかるべきところ、かなりの額が基金に回されるシステムがいつの間にか構築されてしまっているからだ。
 外国人船員の賃金は、原則2年に1度、海員組合側と船主団体側の労使交渉により協定される。定員23名のモデル船舶を想定した一隻当たりの総支出額(TCC=トータルクルーコスト)が決められ、さらにTCCは賃金部分と基金部分に分かれる。
 基金部分はTCCの何パーセント以内(年々増加し、現在は19%にものぼる)と決められ、職種毎に船員ひとり当たりの各基金への拠出額が決定される。残りの賃金部分が船長以下各職種に振り分けられ、各人の基本給や時間外手当額が決まる。
 このようにして決定され、集められた膨大な基金が、いつ、どこで、何のために使われ、幾ら残っているのか、一切明らかにされないシステムになっている。これが第二の問題だ。当の非居住特別組合員も、われわれ日本人組合員も、全く蚊帳の外に置かれている。

(3)無権利状態の外国人船員
 組合の最新発表によれば、日本人組合員約2万人に対し、非居住特別組合員は約5万9千人。常時2500隻にのぼる日本の外航船舶は、2千人の日本人船員と5万3千人の外航非居住特別組合員の手で運航されている。水産関係の非居住特別組合員5800人を加え、今や日本人の生活は約6万人の外国人船員により支えられていると言って過言ではない。
 これを組合費で見れば、組合費収入約41億円のうち、非居住特別組合員の組合費は27億円強で、2/3を占める。外国人船員がいなければ、百数十人にのぼる組合役職員の給料も、本部会館の改修費もまかなえない。海員組合自体が外国人船員により支えられているのだ。
 そして、日本人の組合費は一人平均月5700円(外航7000円、国内6100円、水産4200円)に対し、非居住特別組合員の大多数を占めるITF関係協約適用者の組合費は月40米ドル=5600円だ(1ドル140円として計算)。
 日本人と同等の組合費を納めているにもかかわらず、非居住特別組合員に与えられた権利は「担当組合機関に対し労働協約について意見を述べ、または苦情を申し立てること」(非居住特別組合員規則)に限定され、他は組合の共済給付を受けたり、組合施設を利用できるだけである。
 彼らには、船内委員会を作って要求を出すなどの船内活動は保障されておらず、賃上げ交渉に際して組合要求を決定する場に参加して意見を言うこともできない。役員に立候補する権利はおろか、代議員制度すらなく、収めた組合費の会計報告さえない。そのような、ごくあたり前の組合活動に参加できるシステムが一切ない。
 こうした外国人船員の無権利状態が、本来自分たちのために使われるはずの基金が長年にわたり着服されていた問題の根源にある。


(続く)