組合員 竹中正陽(まさはる)

3.年226億円超の基金総額
 報道によれば、6億円着服のルートは2つある。一つはJSSからの直接出金。今一つは組合が発注してフィリピンに作った施設の建設業者からのリベート(バックマネー)だ。今回、基金の種類と額、使途等を調べたところ、闇の部分が多くて全容解明にはほど遠いが、その不透明さ、額のあまりの多さに驚愕した。

(1)基金額が決定される仕組み
(5つの協定とIBF国際交渉)

 組合発表によれば、現在、海員組合に所属する外航の外国人船員(非居住特別組合員5万3千人)は、下記の5つの協定により乗船している。
①JSU/AMOSUP-IMMAJ CBA:
 AMOSUP(フィリピン船舶職員・部員組合)の組合員用
②JSU/APSU-IMMAJ CA:
 フィリピンのもう一つの労働組合APSU(フィリピン船員組合)の組合員用
③JSU/NUSI/MUI-IMMAJ CA:
 インドの船員組合の組合員用
④JSU-IMMAJ CA:
 上記の組合に所属しないフィリピン人船員、および他の国籍の船員に適用される協定
⑤ITF-JSU/AMOSUP TCC協約:
 国際船員労務協会に加盟していない会社の組合員に適用される協定
 *JSU:全日本海員組合
 *IMMAJ:国際船員労務協会(労務を専門に行う日本の外航船主団体)
 *ITF:国際運輸労連。ロンドンに本部
 *CBA:Collective Bargaining Agreement
 *CA:Collective Agreement
 *TCC:Total Crew Cost
 *IBF:International Bargaining Forum
 そのため、自国の船員組合に所属している船員は、日本の海員組合と併せ、2つの組合に加盟することになる。
 ①~④の協定は、2004年に設立されたIBF(国際労使交渉フォーラム)と呼ばれる中央の集団交渉で原則2年に一度アップ率等が決定されてきた。労働側はITF本部・JSU・欧州各国のITF加盟船員・港湾組合。対する経営側は、日本の船主団体であるIMMAJ・欧州の船主団体・韓国の船主団体・台湾のEver Green社などが作るJNG(合同交渉団:Joint Negotiation Group)を構成している。
 その後、中央交渉のアップ率(正確には23名のモデル船1隻に払う賃金と基金合計額のアップ率)を基に地域ごと、国ごとの交渉が行われ、アップした額の各職種・各基金への振り分けが調整され協定化される。協定は、外国人船員と同乗する日本人船員といえども一般には見ることが出来ない。協定のタリフ(賃金・基金一覧表)が外国人船員に示されているかも不明である。
 ※日本の船会社が運航管理する外航商船には、5万3千人以外に、わずかだがITF(従ってJSU)に加盟しない労働組合に所属する外国人船員が就労している。脱ITFを意図するもので、豪州に比べITFの査察がゆるやかな東南アジア航路に就航することを利用したものと見られている。
 2017年に伊豆半島沖で米海軍のイージス艦と衝突し多数の死傷者を出した事故の相手方コンテナ船ACS CRYSTALがそれで、乗組員はITFに加盟しない第3のフィリピン船員労組に加入している。大日インベスト(旧大日海運)が所有し日本郵船が定期用船する船で、彼らの労働条件は上記に依らない。船主側は日本での査察を恐れていると言われる。

(2)基金の種類と年額(JSU/AMOSUP-IMMAJ CBA協定の場合)
 5つの協定の大多数を占めるのが、①の協定が適用されるAMOSUP所属船員で、非居住特別組合員の常時70~75%を占めるフィリピン船員約4万人の殆んどが該当する。次に多いのは④と言われ、フィリピンやインド以外の多数の国の船員がこれに含まれる。
 最新の活動報告書によれば、IBF協約が適用される船舶数は2186隻で、44,969人の非居住特別組合員が乗船している。以下、2186隻の船に、最大多数を占める①の協定が適用されるフィリピン船員が乗船中と仮定して、各基金額を計算する。
 前記したように、IBF協定の締結の仕方は、TCC(トータルクルーコスト)方式と言われる。定員23名のモデル船舶を想定し、最初に会社が1隻に支払う総コスト(TCC)を決定する。2023年の場合、次ページの表の右下67,232$である。
 次にTCCのうち、基金に何%振り分けるかを決める。基金は合計19種類あり、A基金とB基金に分かれている。A基金が労働組合(JSUとAMOSUP)の関与する基金で計10種類。B基金にはIMO(国際海事機関)やフィリピン政府に入る社会保険相当分、各社による家族対策費・船内娯楽費など計9種類ある。
 19種類の基金のうち、A基金に含まれる退職金基金(P/F)を除く18種類の合計は、現在TCCの19%にのぼる。(6882+5866)÷67232=0.1896。
 最後に、TCCから基金を除いた額を、船長から司厨員までの23名に振り分けて、職種ごとの月例賃金と各基金に納める額が決まる。各職種の賃金額や基金の種類・額は地域交渉によるので、国や地域ごとに異なっている。
 基金の割合は以前は8~9%だったが、近年種類と額が急増して19%となった。


賃金・基金一覧表(賃金部分とB部分は総額のみ記載 給料は最低基準で各社異なる)

 表のA部分の基金のうち、P/F(退職金基金)とAMOSUP MED(AMOSUPが運営する病院用)を除くTLF~JSU WFまでの8種類が、海員組合が直接関与する基金である。P/F(退職金基金)にも関与しているが、AMOSUPを通じて支給されるなど、複雑な面があるのでここでは計算から除外する。
 計算を簡略にするため1US$=140円と仮定する。あくまで表に基づいて計算した額で、実際にこの額が各基金に入金されたのかは明らかにされていない。

〇8種類の総額年226億3700万円
 以下の①~⑧の基金にJSU(全日本海員組合)が深く関与している。
①TLF(Training Levy Fund:トレーニング・レヴィ基金):
 15$/月/人。1隻合計345$。年間概算:345$×12カ月×2186隻≒12億6700万円。
船員の教育・訓練用。JSU、AMOSUP、IMMAJ、PJMCC(日本フィリピン船員配乗代理店協会)の管理委員会が管理。
②WPF(Widow Provident Fund:寡婦(夫)遺族年金基金):
 5$/月/人。1隻合計115$。同様に計算すると年間約4億2200万円。職務上死亡時に遺族に年金として支給。基金余剰と言われる。
③ESF(Employment Stability Fund:新日本人船員・海技者育成基金。旧雇用安定基金)
 10$/月/人。1隻合計230$。年間約8億4500万円。日本人向けの海事広報、奨学金、SI育成、SECOJ・国船協・海員組合・船主協会・国交省が行う外航日本人船員(海技者)確保・育成スキーム等。基金余剰と言われる。
④SPF(Seafarers Promotion Fund:船員助成基金。旧先進国部員乗船助成金):
 10$/月/人。1隻合計230$。年間約8億4500万円。船員の教育・訓練プロジェクト用
⑤SLR HOM(Sailor’s Home Fund:乗下船時の宿泊施設使用料):
 34$/月/人。1隻合計782$。年間約28億7200万円。実際には会社が支給しており実態不明。
⑥Crew Care基金(各船会社が実施する外国人船員への福利厚生・教育用):
 船長295.5$/月/人~甲板員$56/月/人まで職種毎に一人ひとり額が異なり、1隻合計2718$。年間約99億8200万円。各社が個々に実施することになっており実施の有無は不明。
⑦Onboard Training(Onboard Training Fund:オンボードトレーニング基金)
 50$/月/人。1隻合計1150$。年間約42億2300万円。外国人職員養成のためキャデット乗船を促進するための基金。キャデットを乗船させる船は納入不要。
⑧JSU WF(JSU Welfare Fund for Non-Domiciled JSU Members:外国人船員福利基金):
 船長63$/月/人~甲板員13$/月/人まで職種毎にひとり一人額が異なる。1隻合計594$。年間約21億8100万円。非居住特別組合員の訓練及び福利厚生用。
 その名が示す通り、1994年にJSUによって作られた最も古い基金で、今回の横領の主な舞台であった可能性が高い。以前から、この基金の5%は海員組合が自由に使えることになっており(現在の%は不明)、その分だけでも年間1億円を超える。

 上記①~⑧の合計は、年約226億3700万円となる。
 参考までに、A基金に含まれる他の2つの基金の年額は以下となる。
⑨P/F(Provident Fund:退職金基金):
 職員は80$/月/人、部員50$/月/人。1隻合計1450$。年間約53億2500万円。AMOSUPに送金され、JSU、AMOSUP、IMMAJ、PJMCCの管理委員会が管理。50歳もしくは船員を廃業する際本人に支払われる。
⑩AMOSUP MED(AMOSUP Medical Fund):AMOSUP病院の運営用基金
職員は31.5$/月/人、部員31$/月/人。1隻合計718$。年間約26億3700万円。AMOSUPに送金される。

(3)JSU WF(外国人船員福利基金)のさらなる増額=CA協定による増額
 前記226億円という数字は、あくまでIBF協定が適用される2186隻にフィリピンのAMOSUP所属船員が乗船と仮定した数字である。しかし、実際には日本の船会社が支配する外航船は常時2500隻を超え、フィリピン以外の船員も多数乗船している。それを加味すると基金額はさらに増加する。
 隻数自体の増加に加え、自国の労働組合に所属しない船員には、自国労働組合関連の基金がない分、Crew Care基金やJSU WFに上乗せされる仕組みになっているからである。
 具体的に見ると、自国の労働組合に加入していない船員は(1)の④JSU-IMMAJ CA協定によることになり、この協定にはAMOSUP MED(AMOSUP病院用)、WPF(寡婦(夫)遺族年金基金)、SLR HOM(乗下船時の宿泊施設使用料)の3基金がない。その分が賃金に回されるかというと、そうではなく、JSU関連のCrew Care基金とJSU WFにそっくり回される。
 その結果Crew Care基金は月額2817$→3755$(1隻当たり年630万8400円)に増加し、JSU WFは月額594$→1172$(1隻当たり年196万8960円)へと倍増する。
 CA協定が適用される隻数が明らかにされていないため正確な数字は不明だが、この分を加味すると、前記⑧JSU WF(外国人船員福利基金)の年間21億8100万円という数字が更に増加し、基金総額も226億円を大幅に超えることになる。
 加えて、CA協定が適用される船は、外国の労働組合に未加入のため、(2)⑨の退職金基金の管理運用が日本国内となり、JSUと国際船員労務協会が作る管理委員会(JSU CA RPP管理委員会)が行うことになっている。この基金の1隻あたり月額は前記P/F(Provident Fund:退職金基金)と同額の1450$(1隻当たり年間243万6000円)である。
 これを加味すれば総額は更に増加し、年間250億円を優に超えると思われる。しかも、毎年余剰の基金が蓄積されていると言われているので、とてつもない額が残存しているはずだ。
 余談だが、CA協定船ではB基金の種類も2つ少ない7種類となり、その分がそっくりそのままETN(娯楽費:Entertainment)に回され、1隻当たり583$→2623$(月36万7千円=年間440万円)に跳ね上がる。この額が本当に船に配られているとはとうてい思えず、ア然として開いた口がふさがらない。

(4)IBF協定になって深まる管理運用の不透明さ
 「1.3つの問題点」に記したように海員組合の組合費収入は年間約41億円、その2/3の27億円が非居住特別組合員に依っている。これについては毎年の組合大会で会計が報告され、代議員(日本人組合員)に承認されている。
 しかし、基金の額はそれをはるかに超えるにもかかわらず、収入・支出、用途、残高等は組合員に知らされず、闇の中に置かれている。
 活動報告書にわずか1ページ、管理委員会を開き会計報告等をしたと記されているのみだ。まして非居住特別組合員は知る由もない。
 さらに、使途がダブる基金、余剰で徴収を中止もしくは減額した基金、実際には徴収されていない基金があるという。徴収されない分が賃金に回されるかと思えばそうでもない。まさに闇というほかはない。
 ちなみに、今回記したのは日本関係船舶に適用される協定だが、日本以外でも、それぞれの国に応じた協定が締結されている。
 欧州の船主団体IMECの協定はインターネットでも公表されているが、A基金が2種類、B基金が5種類しかない。したがって基金に拠出される額が減り、その分賃金が高くなっている。基金の種類と額が極端に多いのは日本だけのようだ。
 なぜこのような仕組みになったのか。
 それを解く鍵は、基金の種類と額の決定が、ITFの公正慣行委員会からIBF交渉に変更された2004年以降の国際船員労務協会側との協議の中に隠されている。それ以降、基金の種類・額ともに急増し、管理運用の不透明さも際立つようになったからである。
 以上がこの間自分なりに調べた結果だが、全容を把握したとはとうてい言えず、誤りもあるかも知れない。間違った点、足りない点があれば、是非教えて頂きたい。


(続く)