組合員 竹中正陽(まさはる)

8.関東地区大会の論議とITFポリシー
(1)取り下げに追い込まれた地区修正案

 9月21日、海員組合の関東地区大会が関東の執行部員、全国委員、船内委員らが出席して開かれた。そこでは驚くべき光景が現出した。
 大会方針案の「非居住特別組合員への対応」の項に対し、外航の職場委員が連名で修正案を出したところ、関東地区執行部が総出で難クセを付け、猛烈な圧力を掛けて取り下げさせてしまったのだ。
 修正案は、本部方針に下記の下線部分を追加しただけの、極く当たり前のものだった。
 「メキシコシティーポリシーおよび船員憲章ポリシーに基づき、非居住特別組合員の労働条件の改善・福利厚生(健康促進に向けた啓蒙活動など)の充実に向けた取り組みや 各種基金がより有効に活用されるよう周知活動 を行い、受益船主国組合としての任務を果たしていく。」
 修正案に対し執行部は、「場所がそぐわない」「文脈にそぐわない」「周知活動はISS等がやっているのでわざわざ書く必要がない」「協約に書いてあるのでわざわざ周知するなんてありえない」「基金は福利厚生の字句に含まれるので修正は不要」「ポリシーの箇所を基金でいじくるのはどうか」等々、とにかく本部案通りで良いとの大合唱。しまいには「基金はメキシコシティーポリシーや船員憲章とは関係ない」「わざわざ方針に書くということは協約が守られていないことになる」とまで言い出す始末だった。
 これに対し職場委員側は次のように応戦した。「現場の非居住特別組合員のほとんどが基金を知らない。パンフレットを作って欲しい」「協約を守るためにも周知活動が必要だ」「周知することが非居住特別組合員の権利保護につながる」「基金の額は100億、200億を超える。それをわずか4行で終わらせて良いのか。透明性を持った周知が必要」「先の報道で基金の不透明さが明らかになったのに、方針書に書いてないのは納得できない」等々。「場所がそぐわないなら他の場所に移しても構わない」という譲歩も、「そぐわない」「周知活動は既にやっているので違和感がある」との執行部の声にかき消されてしまった。
 職場委員の人達は日頃洋上で外国人船員と接しているだけに、現場に密着した当然の要求を出したに過ぎない。論拠も正当で、日本人船員としての矜持すら感じられた。
 それに対し、執行部はどうか。ITFポリシーに基づいて非居住特別組合員の権利・利益をどの様に守っていくのかが議論の核心であるにもかかわらず、正面から論争しようとせず横やりに終始する姿勢。「基金」という言葉すらタブーにしたいのか。お上の意向が働いていると感じざるを得なかった。この修正案のどこに害があると言うのだろうか。
 それとは別に、外航職場委員らは、「広報・文化活動」の項でも修正案を出した。「ホームページにトピックス、組合行事、活動方針・報告、予算案及び収支報告、お知らせ等の更新を都度行い、組合活動を組合員へ広く周知する」の文言を追加するよう求めるものだ。この前向きな提案に対しても、「他の組合はしていない」「あえて方針に書く必要はない」「一般の人が目にするので慎重に」などと理由にならない理由で執行部が一斉に難クセを付け、取り下げに追い込んでしまった。
 現場から来た組合員が手を上げて発言を求めたが、議長は「傍聴者は発言できません」と認めなかった。

(2)基金の不正使用を防止するため作られたITF船員憲章
 そもそもITFの船員憲章は、基金の不正使用が問題視された結果制定されたものだ。組合自身、このことを認めている。
 「ITF加盟の船員組合が、非居住船員に適用している協約の基金部分が不透明であるとの批判を避ける目的で作成された船員憲章は~」(機関誌海員2001年2月号)。
 船員憲章は以下のような経過で制定された。
 日本や欧州船の便宜置籍船化が急増し、多数の東アジア船員が非居住組合員として乗船するようになったため、ITFの公正慣行委員会(FPC)は1993年に非居住船員用基金の運営透明化を求めたガイドラインを制定した。
 しかし、インドなどアジアの国々で基金の不正使用が明らかになったことから、1997年にFPCは、加盟組合の適正な履行を義務付けるため、ガイドラインを発展させた船員憲章として採択した。透明な運営を義務付ける船員憲章に署名しない組合に対して、B/Cを発行しないというのもので、ガイドラインから強制規定への格上げを図ったのだ。
 ※B/C:ブルーサーティフィケート。ITF協約を遵守している船にITFが与える青色の証明書。港でのITFの査察の際に抗議活動から除外されるなど優遇される。
 この間の事情を組合機関誌は次のように記している。
 「ITF承認協約に含めることが認められている福利基金(ベンチマークの10%)や非居住船員から徴収する組合費の使途が、一部の加盟組合では不透明であるとの批判が乗組員や港湾労働者組合から出されていたため、二年前のFPC本会議で「船員憲章」なるものを制定して、組合員や会社から徴収した組合費、福利基金の明朗な使用を目指すことになっていた。」「日本でも、船主が非居住船員のために使用すべき基金が、正しく使われていないのではないかという疑念が持たれています。」(海員1999年9月号)。基金の不透明使用にかんする記述は、当時の活動報告書など他の発行物にも記されている。
 したがって、関東地区大会での「基金は船員憲章とは関係ない」という執行部の発言はウソ偽りで、取り下げさせるための方便としか言いようがない。

(3)船員憲章ポリシー、基金・監査ポリシーの主旨
 その後、2002年にバンクーバーで開かれたITF世界大会では、日本を始めアジア各国の船員組合が反対した結果、船員憲章は強制化されずポリシーにとどまったものの、加盟組合が組合員に対して取るべき「行動規範」として採択された。
 基金について字数を割いて次のように規定している。
 「7.組合は以下のことを保証する。*すべての基金要素と関連した支払いは、明確にITF承認協約の中で明らかにする、*基金は、透明かつ適切に管理されている。*これらの法律で規定されていない控除は組合員に説明される。*基金は毎年、正式資格を持つ監査人による監査を受ける」。そして、基金の理事会や管理規程の内容、年次報告規定やITFへの報告義務など、詳細にわたり規定している。(詳細は機関誌海員2002年11月号)
 その後、2010年のメキシコ大会では、その間IBF方式が導入されたことにより船員憲章は一部変更されたが、基本条文は元の表現のまま引き継がれた。また、基金の運営や会計報告・監査に関する条文は別途「基金・監査ポリシー」として独立したポリシーに格上げされ、整備された。同ポリシーを含め8つの追加されたポリシーを統合するものとして受益船主国組合の権利・義務を謳ったメキシコシティーポリシーがある。
 船員憲章ポリシーは全10項目からなり、その5項は「加盟組合がITF承認契約の下で雇用される船員から徴収する組合費の種類とレベルは、公平で、当該組合が組合員に提供するサービスの内容に見合ったものでなければならない」、9項は「ITF承認協約に基づく基金は、ITFの基金・監査ポリシーに従って運営されなければならない」とされる。
 そして基金・監査ポリシーは19項目あり、「通常、基金は法人として登録される」「加盟組合は基金が目的に沿って履行されるよう監視し、本ポリシーに違反もしくは不遵守の何らかの証拠があればITFに報告する責任を負う」等が規定されている。
 また、各ポリシーには実施のためのガイドラインが定められている。
 船員憲章ポリシーの実施ガイドラインは、「総則:加盟費および組合の責務」で「本ポリシーは、維持しなければならない最低サービス提供基準を定める」と規定し、組合員の「参加権」を次のように記している。
 「ITF協約の対象となる船員は、関連組合で発言権を持ち、自らの利益を代表させる。組合は、組合への参加を奨励するために、状況が許す限り最善を尽くすべきである。」
 一方、基金・監査ポリシーの実施ガイドラインには、「全ての基金部分についてCBAで明確に説明し、賃金スケールのそれぞれの欄に、CBAの関連条文への早見参照を付すべきである」「FPC運営グループに、ポリシー実施の進展に関する定期報告書を提出しなくてはならない」等と記されている。
 組合員の参加権・発言権を保証するのは、正確な情報を与えることが大前提である。果して海員組合は、今回の森田組合長の横領・背任行為を非居住特別組合員に「最善を尽くして」説明し、また、正しくITFに報告したのか、気になるところだ。

(4)法人化されなかった基金管理委員会
 前述したように、基金・監査ポリシーによれば、基金は法人として登録されるのが通常だが、外国人船員福利基金を始め、非居住特別組合員の全ての基金が法人化されていない。日本人船員の福利基金が当初より公益財団法人日本船員福利厚生基金財団に法人化されたのと大きな違いだ。公益財団法人では事業報告・決算報告は理事会と評議員会の承認、官庁への提出義務等の各種義務があり、横領事件が発生した場合は、理事や監事ら役員にも監督義務違反の損害賠償責任が生じる。
 しかし、今回の横領事件は、事業報告・決算報告どころか財団法人の定款に相当する運営規則や役員の氏名すら公表されず、すべてが闇の中で生じている。
 各種の基金にはそれぞれ○○基金管理委員会が組合と国際船員労務協会の両者によって作られ、JSSが会計業務を委託され基金の財布を握っていた。そして代々の組合長が基金管理委員会の長を兼ねていた(2010年大会の活動方針書)。委員長代行や運営委員長も組合の中央執行委員が就任したという。各船会社への請求書や領収書も管理委員長名で発行され、未納や出納管理は組合コンピュータに一元化され、実務は全て組合が行ってきた。
 管理委員会の長、かつJSSの長でもある組合長は、基金を構成する3団体の長であり、使途の決定、出金、会計報告の承認という3役をひとりで行っていたことになる。しかも実務は各所に配置された部下が行っていた。組合長が三権分立ならぬ三権の長であった以上、起こるべくして起こった事件としか言いようがない。
 事件の根を断つためには、この構造を遮断し、すべてを透明化して組合員の目に見えるシステムにするしかない。

(5)労組法5条(組合員の参加権・会計報告義務)とITFポリシー
 労組法第5条(労働組合として設立されたものの取扱)2項の三は、「組合員は、その労働組合のすべての問題に参与する権利及び均等の取扱を受ける権利を有する」とうたっている。
 また、七項は「すべての財源及び使途、主要な寄附者の氏名並びに現在の経理状況を示す会計報告は、組合員によって委嘱された職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少くとも毎年一回組合員に公表されること」を組合に義務付けている。ここに言う「すべての財源」とは組合費に限らず、組合活動に使われたすべての金銭を指す。
 この規定は前記ITFポリシーと底流で繋がっており、どちらも組合の組合員に対する義務を指示している。
 しかし、毎年の組合活動報告書には、「基金管理委員会で、使用報告、会計報告、監査報告が行われ報告通り承認された」とわずか数行記されているのみで、内容は一切書かれていない。組合側指名の監査法人は組合会計と同様監査法人トーマツとのことだが、今回の事件を通していったいどのような監査を行っていたのかが今問われている。報道内容が事実とすれば、監査法人の役目を果たさなかったことが明らかだからだ。
 以前の活動報告書には管理委員会の組合側委員・船主側委員の氏名を含め、基金の使途や問題点がかなりの程度記されていたが、現体制になって以降の10数年間、年1回管理委員会が開かれ会計報告等が行われたと記されているのみで、外国人船員福利基金の使途は記載されなくなった。
 使途の大きなものはフィリピンのマリナーズホームなどの建設費であるが、「欧州およびアジア地域駐在員活動に対する援助」「アジア地域船員組合等とのミーティング」「国際業務スタッフの活動」等にも使われてきた(2006年報告書ほか)。組合会計の中の教育文化費について、「ISSと言う外国人スタッフの活動は、管理委員会から一部負担するケースがある」と総務部鈴木部長(現副組合長)が大会でも答弁している通りだ(海員2009年1月号)。
 それだけではない。海上の友などの各種広報紙の購入に加え、外国人船員用の機関紙オーシャンゲート・インターナショナルの製作費用も基金から出ている(海員2008年6月号)。これらの事実から、基金が組合活動に使われていることは疑いようがない。
 労組法の主旨に従えば、基金から組合活動に使った金銭は、組合収入として計上し、組合員に報告しなければならないはずだ。
 同様に、前記ITFの船員憲章、基金・監査ポリシーの主旨を顧慮すれば、基金についても使途の詳細を含めた会計報告を、外国人を含めたすべての組合員に対して行うことが受益船主国組合の義務だろう。
 本来労働組合は、こうした規定の有無にかかわりなく、自ら進んで組合員に開示することが、組合の活性化、組合員が意欲的に参加する組合運動につながるはずだ。

(6)ISS(国際業務スタッフ)の減員
 非居住特別組合員が急増したことから、組合はISSを10人まで増員する方針であることを2008年の大会で表明し、実際にも訪船体制の強化など非居住特別組合員に対するケアの充実を図った。2010年夏のITFメキシコ世界大会で船員憲章が改訂され、メキシコポリシーの中に位置づけられたこともあり、同年大会の活動方針書は、基金事業の内容を大きく記載し、非居住特別組合員に対する広報活動の重要性を説いている。今回の関東地区執行部に見られた後ろ向きの姿勢とは大違いだ。同年の大会では、非居住特別組合員が組合員として付与されるべき権利、組合が行うべき「サービス」についても多くの時間を割いて論議された。
 当時の藤澤組合長は日本海運集会所のインタビューで、「JSUには国際スタッフとしてフィリピン人が10人在駐し、訪船活動を始め日々の活動をしています。永住権を持つ人が数名出てきましたので執行部に取り入れ、さらに幅広く外国人船員の要望を取り入れていきたい」と誇らしげに答えている(月刊誌「海運」2013年2月号)。
 その後2013年の大会で藤澤組合長が統制処分で放逐され、翌年森田組合長の就任に伴うように、ISSの人数は減少の一途を辿り、現在は本部と関東地方支部各1名のわずか2名となった。日本人組合員は相変わらず微減傾向が続く一方で、非居住特別組合員は常時6万人を前後している。比率が増しているにもかかわらず、なぜISSは極端に減ってしまったのか理解に苦しむ。横領やフィリピン建設業者からのキックバックによって基金に穴が開き、本来やるべき活動が削られたとしか考えられない。

9.森田前組合長の罪状
(1)株式会社Green Ocean

 「2.隠ぺい体質を上塗りする海員組合の声明」で記した通り、2021年11月に神戸で開かれた定期全国大会では、開会冒頭から組合長の姿はなく、座席も用意されていなかった。組合長不在について何ら説明がないまま、異様な雰囲気で議事が進められた。そして、午後の議事の冒頭、役員選挙管理委員長から「森田組合長から辞任届が出されたので、只今から組合長補充選挙を行います」と突然発表されたのだった。それ以外に前組合長に関する言及は一切なく、その後も退職したかどうかすら発表されていない。
 ところが、この件が新聞等で報道されると新たな情報が入って来た。前組合長は組合長在任中の2019年8月に東京都港区北青山に(株)Green Oceanを設立し、自ら代表取締役に就いていたという事実だ。現在は麻布に移転している同社は、「経営、芸能、人材等に関する各種コンサルティング、各種情報の収集及び販売、人材の紹介及び斡旋、レストラン、カフェ、バー等の飲食店の経営、不動産投資及びその他の投資業」等の事業を行うとされている。
 また、同社設立直後に港区白金の高級マンションを購入(現在の売値2億~3億円)。組合長辞任後はそれを売却し、現在は同じ港区の別の高層マンションに住んでいるという。
 組合規約第72条は次のように定めている。
 「本組合の活動からみて密接な関連があり、必要なものとして全国大会、全国評議会または中央執行委員会が認めた場合を除き、他の労働組織そのほか外部団体などの役職員を兼任したり、他の職業を兼業しないこと」(執行部員の地位と一般的任務)
 6億円横領もさることながら、組合長在任中に会社を作ったこと自体が組合規約に違反する。このような状態で統制処分をしなかったことは信じられない。
 田中副組合長は森田前組合長と学生時代、海上技術部員時代を通しての長年の盟友でもある。この件を含め、組合本部は基金の管理責任者として、大会の場で、前組合長の行為により基金に幾ら穴が開いたのか、どのような手口が使われたのかなど、事件の全容を説明し、原因と改善策、損害の回収策を示す責任がある。それが組合員に対する義務でもある。


(続く)