編集部

乗客家族会が声明、甲板員遺族が裁判へ

1.乗客家族会が共同声明
 昨年4月23日の知床遊覧船KAZU Ⅰの事故から1年。乗客家族会が共同声明を出し、札幌で弁護団と共に記者会見した(家族20名がオンライン参加)。
 家族は桂田社長に直接の謝罪と説明を要求し、「従業員や国に責任を押しつけている」と非難。国やJCIにも「会社と同等の責任がある」「検査をしっかりやってくれさえすれば皆の命は助かって生きていたと思うと憤りを感じる」等と述べた。
声明全文は次の通り。

知床観光船事件の発生から1年を迎えるに当たっての共同声明
〈1〉桂田精一氏に対すること

 既に報道等で明らかになっているとおり、知床遊覧船の代表者である桂田精一氏(以下「桂田氏」といいます。)は、法律上の資格要件を満たしていないにも関わらず、知床遊覧船の安全統括管理者、運航管理者に就任しました。
 経験豊富な船長やスタッフを解雇してしまい、豊田船長も知床海域での操船の経験が十分でない状況下では、知床遊覧船にとって、経営トップ、安全統括管理者、運航管理者こそが安全対策の要であったはずです。しかし、桂田氏は、この3つの重要なポジションを兼務していながら、必要な人材の確保もせず、自身の立場の重要性も何ら理解しないまま、当日も事務所を不在にし、遊覧船の運航をスタッフに任せきりにしてきました。
 その結果として、知床遊覧船は、ハッチ等の安全設備を含む船体の整備や危機管理体制の確立、自社が定めた運航基準の遵守といったごく基本的な安全対策も怠ったまま、船を出航させました。
このような桂田氏の姿勢は、儲けを優先するあまりに必要な安全対策をなおざりにしたものとしか言えず、当然許すことなどできません。
 また、今になって私たち家族が何よりも許せないと感じていることが2つあります。
 1つ目は、桂田氏が自ら経験の浅い船長を雇うなどしておきながら、自身の責任を棚上げにして、豊田船長をはじめとする会社の従業員の方や、国に責任を押し付けるような態度に終始していることです。
 先日、桂田氏が、事故当日事務所にいなかった理由について、運航管理補助者は事務所にいたからだとの説明をしたとの記事を目にしました。しかし、私たちが以前に桂田氏から文書で受けた説明では、当日は事務所に運航管理補助者はいなかったとのことでした。今になってこのように話がすり替わってしまうのも、桂田氏が他の従業員の方に責任を押し付けようとしているからとしか思えません。
 また、桂田氏が、水密隔壁に関する国の規制の甘さが事故の原因だと述べたり、引き返さなかった船長の判断を疑問視する発言をしたとの記事も目にしています。
 このような責任逃れの姿勢から、桂田氏は、事件から1年を経過しようとしている今になっても、自身の立場の重要性や責任を理解していないとしか思えません。
 2つ目は、桂田氏が私たち家族や社会に対する説明責任を果たそうとしないことです。桂田氏は、事故直後に一度会見を開いただけで、事故についての説明も、自身の責任についての説明もしていません。これまでの報道の中で、事故の原因がわかったら会見をするという発言もあったと聞いていますが、桂田氏はメディアから逃げ回るばかりでしたし、最近受けた取材の記事を見ても、自身に都合の良い内容の短い受け答えをするだけです。私たち家族に対する説明もありません。
 私たち家族の中には、事故後、偶然、桂田氏に遭遇したときに、桂田氏と目もあったのに桂田氏は早足で逃げ去ってしまったという経験をした家族もいます。こうした態度等から、桂田氏は事故当時も今も私たち家族に対する謝罪の気持ちがないのではないかとの声が上がっています。
 国や日本小型船舶検査機構(以下「JCI」といいます。)は、説明内容が十分であるかはともかくとして、私たち家族に対する説明会を継続してくれています。それなのに、この事件を起こした当事者である知床遊覧船の社長である桂田氏自身は、私たちに対する説明をしないまま逃げ続けるのでしょうか。
 このような桂田氏の無責任な姿勢は、船に乗っていた被害者たちを侮辱するもので、現在に至るまでまったく誠意を感じさせるものではなく、今になっても私たちの心を二重、三重に傷つけ続けているということを理解していただきたいと思っています。
〈2〉国土交通省とJCIに対すること
 運輸安全委員会の経過報告書によると、KAZUIについては、ハッチの蓋がしっかりと閉まらない状態であったため、そこから海水が入り込み、最終的に沈没に至ったとの見解が示されています。
 このような経緯からしても、ハッチの水密性の検査は、船の安全性を確保するためにとても重要なものだったのだろうと思います。私たちが国交省から受けた説明では、20トン以上の船について国が検査をする場合でも、小型船についてJCIが検査する場合でも、2回目以降の定期検査や中間検査では、ハッチの検査については外観の確認による検査を実施することになっていたと聞いています。
 ただ、この「外観検査」の定義が国とJCIとでは異なっていて、国の検査ではハッチカバーのクリップの動作確認も外観検査の中に含まれていたのに対して、JCIの検査ではクリップの動作確認は行われておらず、ハッチカバーに亀裂や腐食がないかだけを目視のみで検査していたと聞いています。
 水密隔壁の設置が義務付けられていない小型船にとって、船内に海水が流入しないようにするためのハッチの水密性の確保は、船の安全性を確保する上で極めて重要な設備だったはずです。このような重要な安全設備について、JCIが十分な検査をしていなかったこと、国もJCIの検査方法が国の検査方法と異なっていることに気がつかないまま放置し続けていたことはとても大きな問題だと思っています。
 そもそもハッチという船の重要な安全設備の整備を怠った知床遊覧船の管理体制ももちろん大問題ではありますが、このような杜撰な管理体制をチェックできなかったJCIにも、杜撰な検査体制を是正できなかった国にも、同等の責任があるのではないかと思っています。
 ハッチの問題を含めて、国やJCIが知床遊覧船に対する監査や検査を通じて、杜撰な安全管理体制を是正することができなかったことが、今回の事件を招いたというのが私たちの認識です。国やJCIの杜撰な監査・検査に問題があったということを、改めて社会の皆様に知っていただきたいと思います。
〈3〉海上保安庁に対すること
 事故当日、荒天の中で救助に駆けつけてくださったり、事故から1年が経とうとしている今も捜索を続けてくださっている現場の職員の皆様には心から感謝しています。
 ただ、事故当日の初動について、組織としての判断が本当に正しかったのか、乗客たちが置かれている状況を正しく理解することができていたのかという点については、強い疑問を抱いています。
 運輸安全委員会の経過報告書によると、事故当日、一番最初に現場海域に海上保安庁のヘリコプターが到着したのは午後4時30分ころです。海上保安庁の巡視船が現場海域に到着したのは、ヘリコプターより1時間以上も遅れた午後5時55分ころです。北海道警察の航空機が現場海域に到着したのも、午後4時15分ころです。海上保安庁には午後1時13分ころには船が沈みそうだとの通報が入っていたわけですから、最初の通報を受けてから現場に到着するまで3時間以上かかったことになります。
 事故当日の海面の水温は約4度で、水温4度の海に投げ出された人は15分~30分程度で意識不明になるとされています。荒れた海で意識不明になってしまえば、助かるはずがありません。当時、私たちの大切な家族が、一刻を争う状況に追い込まれていました。こんなことは素人である私たちが指摘するまでもなく、海難のプロである海上保安庁の職員はわかっていたはずです。
 海上保安庁も北海道警察も現場に到着するまでに時間がかかる状況で、荒天のために地元の漁師さんらも出航できない状況だったわけですから、唯一の望みは自衛隊への災害派遣要請しかなかったはずです。しかし、海上保安庁が正式に自衛隊に災害派遣要請をしたのは、最初の通報から6時間以上経過した午後7時40分です。自衛隊への災害派遣要請がここまで遅れた理由について、海上保安庁からは、現場の状況がわからなかったため、災害派遣要請の要件を満たしているか確認するためにまず海上保安庁において、現場の状況を確認する必要があったからだとの説明を受けています。
 しかし、水温4度の海で船が沈みそうだとの通報を受けているのに、3時間以上かけて現場の状況を確認してからでなければ、自衛隊への災害派遣要請をすることができないなどということがあるのでしょうか。人の命がかかっている以上、自力で短時間のうちに現場に到着することが不可能と判断したのならば、躊躇することなく自衛隊に災害派遣を要請すべきです。災害派遣要請の要件を満たしているか否かを現場の状況を見て確認するとか、規則や手続に拘ったり、縛られたりといったことを考えている場合ではありませんし、考えてはいけないと思います。私たちは海上保安庁の説明に到底納得することができません。
 海上保安庁が直ちに自衛隊に災害派遣要請をしてれば結果が変わっていたのか、私たちにはわかりません。ただ、「海上保安庁が通報の時点で把握できていた情報を踏まえて、最善の判断をしたと言えるのか?」ということに関して言えば、私たちの答えは「NO」です。この点について、なかなか納得のいく説明をいただけず、やりきれない思いを抱き続けているのが私たちの現状です。
今後、新たな被害を生み出さないためにも、海上保安庁の皆さんには事故直後の初動の対応が正しかったのかを今一度検証していただき、警察や自衛隊などの関係機関とも協議の上、改めるべき点については改めていただきたいと思っています。
〈4〉最後に
 最後になりますが、捜索にご協力いただいた漁協の皆様や同業他社の皆様、ボランティアの皆様に心より御礼申し上げます。


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2.甲板員遺族が提訴
 今年3月、死亡した甲板員曽山聖さん(当時27歳)の両親が、運航会社「知床遊覧船」と桂田社長に対し、約1億1900万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 「安全第一で出航の可否を判断するなど、船の安全性を確保するための安全配慮義務に違反した」、「社長は運航管理者に必要な3年以上の実務経験がないのに、あると偽って届け出ており、重過失というより故意に近い」との訴えに対し、会社側は5月26日付で請求棄却を求める答弁書を提出した。
曽山さんは事故の直前の4月7日に入社したばかりで、事故当日が初めての出航だった。
3.運輸安全委員会が聴取会
 運輸安全委が7月26日、有識者や乗客家族の意見聴取会を開いた。これまで日航ジャンボ機やJR福知山線事故など8件で開かれたが船の事故は初めて。
 東京大学中尾政之教授は「組織的原因は社長にあり人災に近い」とする一方「国の検査も馴れ合いだった」と指摘。東京海洋大矢吹英雄名誉教授は小型旅客船の船長の資格要件の厳格化を提唱。他に船の事故に詳しい田川俊一弁護士らが公述した。
 乗客家族は「JCIの検査や北海道運輸局の監査が不十分だった」「運航を許可すべきでなかった」「なぜ船長は『やめます』と言えなかったのか。パワハラ環境ではなかったか調査してほしい」と述べた。


(編集部)