組合員 竹中正陽(まさはる)

衝撃のニュース
 6月20日、共同通信が「海員組合森田前組合長が6億円を着服、国税局が2億円以上の追徴課税」と配信した。NHKテレビのニュースウォッチ9を皮切りに、朝日、毎日、日経を始め各地方紙で報道され全国に知れ渡った。
 前組合長は、2021年11月の定期全国大会冒頭から欠席し、同日昼に辞任届が出されたと大会場で突如発表された。大会後の機関紙船員しんぶんで、辞任は健康上の理由とされた。
 しかし昨年来、「国税局が、大会前に六本木本部に乗り込んで調査し、ことの概要を把握。追徴金徴収のため組合本部とやりとりを重ねた結果、前組合長が一定の額を納める形で決着した」との噂が流れていた。人の口を封じることはできない、悪事はいつかバレルと言われるが、昨年から漏れ伝わっていた話は本当だったのだ。
 今のところ森田前組合長ひとりの問題であるかのようだが、そんなことがあるのだろうか。これほど多額な出費を財政担当の副組合長や担当中執が知らないはずはない。仮に知らなかったとしたら、そのこと自体大きな問題だ。人づてに伝わってきた話はもっと深刻で、6億円は氷山の一角に過ぎず、根はもっと深いはずだ。

1.3つの問題点
(1)役員の隠ぺい体質

 ニュースを見る限り、問題は大きく3つあることが分かる。
 一つは、三役中執などの役員が組合員に対し、全てを隠ぺいし、何も明らかにしてこなかったこと。      当時55歳で、定年まで5年も残していた前組合長が、組合長職こそ辞したものの、その後休職したのか、それとも組織内で何かの職に就いているのか。退職の有無さえ明らかにされず、全ては闇の中にされた。ましてや「健康上の理由」による辞任とは、白々しい限りだ。
 今からでも遅くない。組合本部は前組合長が「辞任」した真の理由、また今回報道された内容について、いつ、何の基金から、幾ら、どのようにして着服が行われたのか。国税当局とのやり取りを含め、誰がどのように関わったのかを、組合員とりわけ非居住特別組合員に対して包み隠さず明らかにしなければならない。組合民主主義を持ち出すまでもなく、それが組合員に対する義務であるはずだ。
 過去十数年にわたる役員間の抗争や卑劣な人事、数々の裁判闘争等を経て、下部執行部員や職場委員、全国委員は大人しくなり、役員への批判や突き上げは皆無となった。現場組合員は沈黙を続け、怒りから諦めの境地に陥っている。こうした風潮が幹部を増長させ、独裁・傲慢・隠ぺい体質がはびこり、民主・平等・公開・現場参加型の組合活動からますます遠ざかっている。ここに大きな問題がある。

(2)基金運営の闇
 今一つは、今回の業務上横領ともいえる事件が、外国人船員(≒非居住特別組合員)のための基金から生じたことにある。
 年200億円を超えると言われる外国人船員用の基金は、1994年に設立された外国人船員福利基金に始まる。近年、基金の種類は増加の一途をたどり、労働組合が関与する基金は10種類にのぼる(10種類のうち日本の海員組合が関与する基金は9種類)。
 他にIMOやフィリピン政府に納められる公的性格の基金などが9種類ある(基金の詳細は後述)。各基金の額も増加しているが、海員組合が基金を勝手に使用することはできず、原資を拠出する船主団体国際船員労務協会との間の管理委員会で使途が決められ、その承認を得て組合傘下のJSS(全日本海員福祉センター)が送金等を行うことになっている(はずだ)。
 そして毎年、会計報告、監査報告が行われていることになっている。管理委員会やJSSの役員も海員組合の役員が兼任している。
 しかし、基金の年間収支や残高などの数字は一切公表されず、全ては闇の中だ。
そもそも基金の原資は、船会社が外国人船員に支払う毎月の給料等のために用意したお金である。「給料等」と書いたのは、本来給料になってしかるべきところ、かなりの額が基金に回されるシステムがいつの間にか構築されてしまっているからだ。
 外国人船員の賃金は、原則2年に1度、海員組合側と船主団体側の労使交渉により協定される。定員23名のモデル船舶を想定した一隻当たりの総支出額(TCC=トータルクルーコスト)が決められ、さらにTCCは賃金部分と基金部分に分かれる。基金部分はTCCの何パーセント以内(年々増加し、現在は19%にものぼる)と決められ、職種毎に船員ひとり当たりの各基金への拠出額が決定される。
残りの賃金部分が船長以下各職種に振り分けられ、各人の基本給や時間外手当額が決まる。
 このようにして決定され、集められた膨大な基金が、いつ、どこで、何のために使われ、幾ら残っているのか、一切明らかにされないシステムになっている。これが第二の問題だ。当の非居住特別組合員も、われわれ日本人組合員も、全く蚊帳の外に置かれている。

(3)無権利状態の外国人船員
 組合の最新発表によれば、日本人組合員約2万人に対し、非居住特別組合員は約5万9千人。常時2500隻にのぼる日本の外航船舶は、2千人の日本人船員と5万3千人の外航非居住特別組合員の手で運航されている。水産関係の非居住特別組合員5800人を加え、今や日本人の生活は約6万人の外国人船員により支えられていると言って過言ではない。
 これを組合費で見れば、組合費収入約41億円のうち、非居住特別組合員の組合費は27億円強で、2/3を占める。外国人船員がいなければ、百数十人にのぼる組合役職員の給料も、本部会館の改修費もまかなえない。海員組合自体が外国人船員により支えられているのだ。
 そして、日本人の組合費は一人平均月5700円(外航7000円、国内6100円、水産4200円)に対し、非居住特別組合員の大多数を占めるITF関係協約適用者の組合費は月40米ドル=5600円だ(1ドル140円として計算)。
 日本人と同等の組合費を納めているにもかかわらず、非居住特別組合員に与えられた権利は「担当組合機関に対し労働協約について意見を述べ、または苦情を申し立てること」(非居住特別組合員規則)に限定され、他は組合の共済給付を受けたり、組合施設を利用できるだけである。
 彼らには、船内委員会を作って要求を出すなどの船内活動は保障されておらず、賃上げ交渉に際して組合要求を決定する場に参加して意見を言うこともできない。役員に立候補する権利はおろか、代議員制度すらなく、収めた組合費の会計報告さえない。そのような、ごくあたり前の組合活動に参加できるシステムが一切ない。
 こうした外国人船員の無権利状態が、本来自分たちのために使われるはずの基金が長年にわたり着服されていた問題の根源にある。

2.隠ぺい体質を上塗りする海員組合の「声明」
(1)「声明」の内容

 報道があった後の6月28日、組合は「前組合長に関する報道について」という声明とも似つかない奇妙な文章をホームページに出した。
http://www.jsu.or.jp/
 それによれば、「当組合に対する国税当局による税務調査においては、不正な資金の使用などの事実はなく、当該事象による課税処分も受けておりません」、「前組合長において合計約6億円の申告漏れがあり、当組合の関連団体の基金を私的に流用するなどして、その申告を怠っていたとのことですが、係る事実関係につきましては、前組合長個人に対する課税に関わる事実や課税処分の内容に関するもの」、「当組合は国税当局から、前組合長からもそれらの事実及び事項に関しては、説明を受けておりません。したがって、前組合長個人の課税に関する事項については、当組合としてはコメントすることが出来ません」とのことだ。

(2)国税局調査は大会前に行われた
 1章で問題点の(1)として「役員の隠ぺい体質」を挙げたが、この声明に隠ぺい体質が如実に現れている。
 はからずも「当組合に対する国税当局による税務調査」が行われたことを自ら吐露しているが、各新聞の報道には「森田組合長は、税務調査が始まった後の21年11月に『健康上の理由』で辞任した」とはっきり書かれている。
 そして、基金の実質的持ち主が組合(および実際にお金を拠出する各船会社が加盟する国際船員労務協会)であることから、国税局が大会前に組合本部に調査に入ったことは火を見るよりも明らかだ。
 このように、記事が事実とすれば(組合は各新聞社に一切抗議していない)、少なくとも大会以前の10月頃に国税局が調査に入った時点で、幹部は基金流用の事実を知ったことになる。これは大会以後人づてに流れていた話とピッタリ一致する。したがって、基金流用の事実を知りながら、それを隠すために前組合長を辞任という形で放逐し、事の隠ぺいを図ったと疑わざるを得ない。
 組合役員は我々組合員に対して、大会前にどのようなことが起きたのか、また税務調査の結果どのようなことが明らかになり、どのように収拾されたのか、すべてを明らかにしなければならない。
 前記したように、これは組合民主主義以前の問題で、組合員に対し、物事の是非を判断するために必要な情報(組合役員にしか分からない情報)を正確に伝えることなしには組合民主主義が成り立たない。その前提となるものである。
 ※森田前組合長は、2021年11月に神戸で開かれた全国大会に初日から欠席した。前日の全執行部員が参加する執行部全体会議にも出ておらず、大会初日の冒頭から本来組合長が座る席には、田中副組合長ら「組合長代行」が座っていた。
 そして午後の会議の冒頭、いきなり役員選挙委員長が「昼に森田組合長から辞任届が出された。規約により組合長補充選挙を行う」と発表し、30分後に立候補が締め切られて現松浦組合長ひとりが立候補、信任された(羅針盤35号)。
 立候補権を有する現場組合員が立候補できないこの選挙は、完全な規約違反であるにもかかわらず、幹部も現場代議員も一切異を唱えなかった。役員選挙委員長からの発表というのも奇妙な話だが、辞任に関して役員の発言は一切なく、後に船員しんぶんで「健康上の理由」と一言記されたのみであった。

(3)基金の実質的持ち主は組合
 「声明」は「当組合の関連団体の基金」というが、白々しい限りだ。
 各新聞記事は、国税局が基金流用の流れを調査した結果、基金の財布を握っているJSS(全日本海員福祉センター)を通じて森田個人に渡っていたことを突き止めた旨を図解入りで報道している。

(共同通信などの報道より)


 組合が大会で承認を受ける活動報告書によれば、国際船員労務協会との間で各基金の管理委員会を毎年1回?開催し、予算・使途・会計報告・監査報告が行われている。(最新の2022年発行活動報告書の場合、計8種類の基金が記載され、うち5つを2月22日、3つを7月14日にまとめて行っている。P19)
 このように、基金の実質的持ち主が組合(および船主団体の国際船員労務協会)であることは明白で、「関連団体の基金」ではなく、「組合の基金」なのである。
 したがって、記事が事実とすれば、組合は基金を横領された被害者であり、「コメントできない」どころか、被害金額を組合員(とりわけ非居住特別組合員に対して)に明らかにして直ちに告訴しなければならないはずだ。他人事は許されない。

(4)JSSについて
 JSSは、組合と国際船員労務協会が作る基金管理委員会の指示により出金を行っていたが、基金の持ち主ではなく、管理委員会から会計事務を「受託」していたにすぎない。
 それは事業報告書や決算報告書で明らかにされている。事業報告書には、①外国人船員福利基金、②RPP基金、③SPF基金、④OBT基金、⑤Training Levy 基金の5つの基金の会計業務を「受託している」旨記され、決算報告書にも基金に関する収支の記載はない。
 つまりJSSは基金管理委員会(又はその役員)の指示で出金したり、教育・訓練や海事広報活動を業務として受託しているにすぎない。
 但し、JSSは組合が作った団体で、森田前組合長はもちろん、松浦現組合長、田中副組合長ら歴代役員が会長や理事長を務め、理事や評議員は組合執行部・職場委員・海友婦人会が占めている(以上、JSSホームページ)。
 組合の完全子会社とも言える団体が会計業務を受託しているにもかかわらず、金銭横領が6年間にわたり続いていたことは、歴代役員の責任問題となる。
 ノーコメントの姿勢に対し、やましいから隠しているのだ、他の役員も一蓮托生ではないか、等の疑問を持つ組合員もいる。他人行儀で済まされるものではない。管理委員会の実態と基金流用の流れ、JSSの体制上の問題点が組合員に明らかにされる必要がある。

(5)被害者は全組合員
 今回直接被害を被ったのは外国人船員=非居住特別組合員である。彼らのために使用される基金に少なくとも6億円の穴が空いてしまった。この損害は誰が弁償するのか、賠償請求は誰にすればよいのか。「声明」は、自己の組合員が多大な被害を被ったにもかかわらず、他人事に終始している。非居住特別組合員を馬鹿にして、軽く見ているとしか思えない。
 以前森田組合長が中執の時、関西地方支部の会議の席上で、「フィリピン船員組合のキャプテン・オカ議長が逝去し、同族企業だから息子が後を引き継ぐが、担ぐ神輿が変わっただけでこれまで通りコントロールしていくことに変わりはない」と蔑む発言をしたとされるが(渡邉長寿執行部員の裁判記録、励ます会ニュース5号)、その体質が役員全体に広まっているようだ。
 外国人であるとないとにかかわらず、組合員が被害を受けた以上、組合は直ちに全容解明して組合員に報告し、補償など措置を講じなければならないはずだ。
 また、報道によれば、今回流用されたのは「外国人船員の福利厚生に充てる基金」だが、福利厚生に関する基金は沢山あり、どの基金かは特定されていない。
 後述するように、基金の種類と額は外国人船員の賃金交渉であるIBF交渉により決められる。海員組合が関与する9種類の基金の一つである「新日本人船員・海技者育成基金」は日本人を対象としている。これは、元々日本人のものであった職場を外国人に引き渡した対価と言えるもので、日本関係船舶に乗船する外国人船員ひとり一人に拠出義務が課されている。したがって日本人に関係ないで済まされるものではない。
 それ以前の問題として、何よりも、非居住特別組合員は職場の同僚であり、同じ組合の仲間でもある。彼らが声を挙げられない状況に置かれていることは、日本人船員が重々知っていることだ。特に外航の組合員、職場委員の皆さんには、同じ釜の飯を食った仲間として声を挙げて欲しい。

3.年226億円超の基金総額
 報道によれば、6億円着服のルートは2つある。一つはJSSからの直接出金。今一つは組合が発注してフィリピンに作った施設の建設業者からのリベート(バックマネー)だ。
今回、基金の種類と額、使途等を調べたところ、闇の部分が多くて全容解明にはほど遠いが、その不透明さ、額のあまりの多さに驚愕した。

(1)基金額が決定される仕組み
(5つの協定とIBF国際交渉)

 組合発表によれば、現在、海員組合に所属する外航の外国人船員(非居住特別組合員5万3千人)は、下記の5つの協定により乗船している。
①JSU/AMOSUP-IMMAJ CBA:
AMOSUP(フィリピン船舶職員・部員組合)の組合員用
②JSU/APSU-IMMAJ CA:
フィリピンのもう一つの労働組合APSU(フィリピン船員組合)の組合員用
③JSU/NUSI/MUI-IMMAJ CA:
インドの船員組合の組合員用
④JSU-IMMAJ CA:
上記の組合に所属しないフィリピン人船員、および他の国籍の船員に適用される協定
⑤ITF-JSU/AMOSUP TCC協約:
国際船員労務協会に加盟していない会社の組合員に適用される協定
*JSU:全日本海員組合
*IMMAJ:国際船員労務協会(労務を専門に行う日本の外航船主団体)
*ITF:国際運輸労連。ロンドンに本部
*CBA:Collective Bargaining Agreement
*CA:Collective Agreement
*TCC:Total Crew Cost
*IBF:International Bargaining Forum
 そのため、自国の船員組合に所属している船員は、日本の海員組合と併せ、2つの組合に加盟することになる。
 ①~④の協定は、2004年に設立されたIBF(国際労使交渉フォーラム)と呼ばれる中央の集団交渉で原則2年に一度アップ率等が決定されてきた。労働側はITF本部・JSU・欧州各国のITF加盟船員・港湾組合。
 対する経営側は、日本の船主団体であるIMMAJ・欧州の船主団体・韓国の船主団体・台湾のEver Green社などが作るJNG(合同交渉団:Joint Negotiation Group)を構成している。
 その後、中央交渉のアップ率(正確には23名のモデル船1隻に払う賃金と基金合計額のアップ率)を基に地域ごと、国ごとの交渉が行われ、アップした額の各職種・各基金への振り分けが調整され協定化される。
 協定は、外国人船員と同乗する日本人船員といえども一般には見ることが出来ない。協定のタリフ(賃金・基金一覧表)が外国人船員に示されているかも不明である。
 ※日本の船会社が運航管理する外航商船には、5万3千人以外に、わずかだがITF(従ってJSU)に加盟しない労働組合に所属する外国人船員が就労している。脱ITFを意図するもので、豪州に比べITFの査察がゆるやかな東南アジア航路に就航することを利用したものと見られている。
 2017年に伊豆半島沖で米海軍のイージス艦と衝突し多数の死傷者を出した事故の相手方コンテナ船ACS CRYSTALがそれで、乗組員はITFに加盟しない第3のフィリピン船員労組に加入している。大日インベスト(旧大日海運)が所有し日本郵船が定期用船する船で、彼らの労働条件は上記に依らない。船主側は日本での査察を恐れていると言われる。

(2)基金の種類と年額(JSU/AMOSUP-IMMAJ CBA協定の場合)
 5つの協定の大多数を占めるのが、①の協定が適用されるAMOSUP所属船員で、非居住特別組合員の常時70~75%を占めるフィリピン船員約4万人の殆んどが該当する。
 次に多いのは④と言われ、フィリピンやインド以外の多数の国の船員がこれに含まれる。
 最新の活動報告書によれば、IBF協約が適用される船舶数は2186隻で、44,969人の非居住特別組合員が乗船している。以下、2186隻の船に、最大多数を占める①の協定が適用されるフィリピン船員が乗船中と仮定して、各基金額を計算する。
 前記したように、IBF協定の締結の仕方は、TCC(トータルクルーコスト)方式と言われる。定員23名のモデル船舶を想定し、最初に会社が1隻に支払う総コスト(TCC)を決定する。2023年の場合、次ページの表の右下67,232$である。
 次にTCCのうち、基金に何%振り分けるかを決める。基金は合計19種類あり、A基金とB基金に分かれている。A基金が労働組合(JSUとAMOSUP)の関与する基金で計10種類。B基金にはIMO(国際海事機関)やフィリピン政府に入る社会保険相当分、各社による家族対策費・船内娯楽費など計9種類ある。
 19種類の基金のうち、A基金に含まれる退職金基金(P/F)を除く18種類の合計は、現在TCCの19%にのぼる。(6882+5866)÷67232=0.1896。
最後に、TCCから基金を除いた額を、船長から司厨員までの23名に振り分けて、職種ごとの月例賃金と各基金に納める額が決まる。各職種の賃金額や基金の種類・額は地域交渉によるので、国や地域ごとに異なっている。
 基金の割合は、以前は8~9%だったが、近年種類と額が急増して19%となった。

賃金・基金一覧表(給料部分とB部分は総額のみ記載。給料は最低基準で各社異なる)

 表のA部分の基金のうち、P/F(退職金基金)とAMOSUP MED(AMOSUPが運営する病院用)を除くTLF~JSU WFまでの8種類が、海員組合が直接関与する基金である。P/F(退職金基金)にも関与しているが、AMOSUPを通じて支給されるなど、複雑な面があるのでここでは計算から除外する。
 計算を簡略にするため1US$=140円と仮定する。あくまで表に基づいて計算した額で、実際にこの額が各基金に入金されたのかは明らかにされていない。

〇8種類の総額年226億3700万円
以下の①~⑧の基金にJSU(全日本海員組合)が深く関与している。
①TLF(Training Levy Fund:トレーニング・レヴィ基金):
 15$/月/人。1隻合計345$。年間概算:345$×12カ月×2186隻≒12億6700万円。
 船員の教育・訓練用。JSU、AMOSUP、IMMAJ、PJMCC(日本フィリピン船員配乗代理店協会)の管理委員会が管理。
②WPF(Widow Provident Fund:寡婦(夫)遺族年金基金):
 5$/月/人。1隻合計115$。同様に計算すると年間約4億2200万円。職務上死亡時に遺族に年金として支給。基金余剰と言われる。
③ESF(Employment Stability Fund:新日本人船員・海技者育成基金。旧雇用安定基金)
 10$/月/人。1隻合計230$。年間約8億4500万円。日本人向けの海事広報、奨学金、SI育成、SECOJ・国船協・海員組合・船主協会・国交省が行う外航日本人船員(海技者)確保・育成スキーム等。基金余剰と言われる。
④SPF(Seafarers Promotion Fund:船員助成基金。旧先進国部員乗船助成金):
 10$/月/人。1隻合計230$。年間約8億4500万円。船員の教育・訓練プロジェクト用。
⑤SLR HOM(Sailor’s Home Fund:乗下船時の宿泊施設使用料):
 34$/月/人。1隻合計782$。年間約28億7200万円。実際には会社が支給しており実態不明。
⑥Crew Care基金(各船会社が実施する外国人船員への福利厚生・教育用):
 船長295.5$/月/人~甲板員$56/月/人まで職種毎に一人ひとり額が異なり、1隻合計2718$。年間約99億8200万円。各社が個々に実施することになっており実施の有無は不明。
⑦Onboard Training(Onboard Training Fund:オンボードトレーニング基金)
 50$/月/人。1隻合計1150$。年間約42億2300万円。外国人職員養成のためキャデット乗船を促進するための基金。キャデットを乗船させる船は納入不要。
⑧JSU WF(JSU Welfare Fund for Non-Domiciled JSU Members:外国人船員福利基金):
 船長63$/月/人~甲板員13$/月/人まで職種毎にひとり一人額が異なる。1隻合計594$。年間約21億8100万円。非居住組合員の訓練及び福利厚生用。
 その名が示す通り、1994年にJSUによって作られた最も古い基金で、今回の横領の主な舞台であった可能性が高い。以前から、この基金の5%は海員組合が自由に使えることになっており(現在の%は不明)、その分だけでも年間1億円を超える。

上記①~⑧の合計は、年約226億3700万円となる。
参考までに、A基金に含まれる他の2つの基金の年額は以下となる。
⑨P/F(Provident Fund:退職金基金):
 職員は80$/月/人、部員50$/月/人。1隻合計1450$。年間約53億2500万円。AMOSUPに送金され、JSU、AMOSUP、IMMAJ、PJMCCの管理委員会が管理。50歳もしくは船員を廃業する際本人に支払われる。
⑩AMOSUP MED(AMOSUP Medical Fund):AMOSUP病院の運営用基金
 職員は31.5$/月/人、部員31$/月/人。1隻合計718$。年間約26億3700万円。AMOSUPに送金される。

(3)JSU WF(外国人船員福利基金)のさらなる増額=CA協定による増額
 前記226億円という数字は、あくまでIBF協定が適用される2186隻にフィリピンのAMOSUP所属船員が乗船と仮定した数字である。しかし、実際には日本の船会社が支配する外航船は常時2500隻を超え、フィリピン以外の船員も多数乗船している。それを加味すると基金額はさらに増加する。
 隻数自体の増加に加え、自国の労働組合に所属しない船員には、自国労働組合関連の基金がない分、Crew Care基金やJSU WFに上乗せされる仕組みになっているからである。
 具体的に見ると、自国の労働組合に加入していない船員は(1)の④JSU-IMMAJ CA協定によることになり、この協定にはAMOSUP MED(AMOSUP病院用)、WPF(寡婦(夫)遺族年金基金)、SLR HOM(乗下船時の宿泊施設使用料)の3基金がない。
 その分が賃金に回されるかというと、そうではなく、JSU関連のCrew Care基金とJSU WFにそっくり回される。
 その結果、Crew Care基金は月額2817$→3755$(1隻当たり年630万8400円)に増加し、JSU WFは月額594$→1172$(1隻当たり年196万8960円)へと倍増する。
 CA協定が適用される隻数が明らかにされていないため正確な数字は不明だが、この分を加味すると、前記⑧JSU WF(外国人船員福利基金)の年間21億8100万円という数字が更に増加し、基金総額も226億円を大幅に超えることになる。
 加えて、CA協定が適用される船は、外国の労働組合に未加入のため、(2)⑨の退職金基金の管理運用が日本国内となり、JSUと国際船員労務協会が作る管理委員会(JSU CA RPP管理委員会)が行うことになっている。この基金の1隻あたり月額は前記P/F(Provident Fund:退職金基金)と同額の1450$(1隻当たり年間243万6000円)である。
 これを加味すれば総額は更に増加し、年間250億円を優に超えると思われる。しかも、毎年余剰の基金が蓄積されていると言われているので、とてつもない額が残存しているはずだ。
 余談だが、CA協定船ではB基金の種類も2つ少ない7種類となり、その分がそっくりそのままETN(娯楽費:Entertainment)に回され、1隻当たり583$→2623$(月36万7千円=年間440万円)に跳ね上がる。この額が本当に船に配られているとはとうてい思えず、ア然として開いた口がふさがらない。

(4)IBF協定になって深まる管理運用の不透明さ
 「1.3つの問題点」に記したように海員組合の組合費収入は年間約41億円、その2/3の27億円が非居住特別組合員に依っている。これについては毎年の組合大会で会計が報告され、代議員(日本人組合員)に承認されている。
 しかし、基金の額はそれをはるかに超えるにもかかわらず、収入・支出、用途、残高等は組合員に知らされず、闇の中に置かれている。
 活動報告書にわずか1ページ、管理委員会を開き会計報告等をしたと記されているのみだ。まして非居住特別組合員は知る由もない。
 さらに、使途がダブる基金、余剰で徴収を中止もしくは減額した基金、実際には徴収されていない基金があるという。徴収されない分が賃金に回されるかと思えばそうでもない。まさに闇というほかはない。
 ちなみに、今回記したのは日本関係船舶に適用される協定だが、日本以外でも、それぞれの国に応じた協定が締結されている。
 欧州の船主団体IMECの協定はインターネットでも公表されているが、A基金が2種類、B基金が5種類しかない。したがって基金に拠出される額が減り、その分賃金が高くなっている。基金の種類と額が極端に多いのは日本だけのようだ。
 なぜこのような仕組みになったのか。
 それを解く鍵は、基金の種類と額の決定が、ITFの公正慣行委員会からIBF交渉に変更された2004年以降の国際船員労務協会側との協議の中に隠されている。それ以降、基金の種類・額ともに急増し、管理運用の不透明さも際立つようになったからである。
 以上がこの間自分なりに調べた結果だが、全容を把握したとはとうてい言えず、誤りもあるかも知れない。間違った点、足りない点があれば、是非教えて頂きたい。

4.フィリピンルート
 報道は「森田氏はフィリピンで、船員向けの宿泊施設などを建設した際に、現地の業者からのリベートを自身の海外口座で受け取っていた」と記載するのみで、いつ、どの施設に絡んで、幾らリベートを貰ったのか書かれていないため我々は知りようがない。せめて背景を知ろうと、基金設立とフィリピンの施設建設状況を調べてみた。
 非居住特別組合員制度が作られたのは1986年の組合大会だった。なんと、日本人船員の大量首切りに向かう緊急雇用対策参加を決めたのと同じ大会である。
 翌1987年より緊急雇用対策が実施され、パナマ等の子会社への売船→FOC化による外国人船員への切り替えが一気に進み、追い打ちを掛けるように日本籍船の混乗(新丸シップ混乗)が近海船から外航にも広がった。
 こうして非居住特別組合員が急増する中、1993年に組合が主導して船主団体との協議が行われ、翌94年に最初の基金である外国人船員福利基金が創設された。
 同時にこの時期は、本部の中執ら役員数名が余剰資金(組合費)を勝手にワラント債などに投資し20数億円を損失させた時期でもある。この時は組合自ら発表し、職場委員も参加した委員会が作られて真相究明が行われた。しかし、刑事事件にされず、弁償もされなかった。

1986年:緊急雇用対策合意、非居住特別組合員制度創設
1987年:緊急雇用対策開始
1992年:組合資金運用で20億円以上損失し、関係役員辞任(財政不祥事)
1993年:外航新丸シップ混乗の開始
1994年:外国人船員福利基金創設
1996年:マニラコンドミニアム購入(研修用)
2005年:イロイロAMOSUP船員病院へ医療機器購入支援
2006年:マニラにマリナーズホーム竣工(主に宿泊用179床)。藤澤洋二組合長就任
2008年:バターン州にMAAP(アジア太平洋海事大学)JSU-IMAAJキャンパス新設(後に森田組合長らが卒業式あいさつ)
AMOSUPがダバオに病院を建設し、医療機器購入支援。森田保己氏がマニラ代表部代表に就任
田中伸一、大内教正氏が副組合長(組合長代行)就任
2009年:セブ島にJSU-PSUセーラーズホーム竣工(福利基金から最大2億円、CAトレーニング基金から最大80万ドル拠出)。ダバオのJSU-AMOSUPダバオオフィス建設支援
2010年:MAAP(アジア太平洋海事大学)のJSU-IMAAJキャンパスに追加支援
森田氏外航担当中執に就任
2011年:マニラにマリナーズホームアネックス竣工(宿泊用309床)
2012年:マニラにマリタイムミュージアム(展示館)とスポーツコンプレックス(プール・体育館)竣工。森田氏副組合長に就任
2013年:藤澤組合長が統制処分により解任、大内組合長就任
2014年:ミンダナオにAMOSUP-JSUマルチパーポス/アクティビティーセンター開業(チャペル、プールなど)。
森田氏組合長に就任
2016年:マニラにマリナーズホームアネックス2竣工(宿泊用364床)
2018年:マニラにマリナーズホームアネックス3竣工(宿泊用520床+ミニシアタールーム80)
2019年:マリナーズホームアネックス4着工
(2023年竣工予定)
2020年:マニラのマリナーズホームが改修され船員訓練センターとしてオープン(運営はIMMAJ、保守管理はJSU)
2020年:マリナーズホームアネックス5着工
(2023年竣工予定)

 これを見ると2008年以降、フィリピンで建築ラッシュが続いていることが分かる。
 この時期は藤澤組合長、田中・大内副組合長らが組合内で権力を持ち、解雇を始め数々の不当人事・降格人事を行い、執行部員の大量退職に至った時期とピッタリ重なる。それは同時に、長期間同じ人間が役員を占め続ける現体制の開始でもあった。この点、新聞記事は組合の不法行為が相次ぎ、敗訴が続いたことにも一部触れている。
 ただ、フィリピンでの建設自体に問題があるわけではなく、非居住特別組合員の福利厚生を考えれば、むしろ遅きに失する。基金の大きさに比べ足りないくらいだ。やはり問題は、基金の使途や出金手続きが密室で行われ、組合員に秘密にされていることに尽きる。

マニラ日本大使館でのAMOSUPとPJMCCへの外務大臣表彰式に同席する森田組合長(右から2人目。2019.10.3大使館のホームページより)

最近の正副組合長・中央執行委員一覧表

5.組合への質問状
 報道が出た後、私は一組合員として、質問状を6月30日付けで組合中央執行委員会宛に送った。返事がないので7月中旬に催促状を送り、7月末日までの回答を求めた(いずれも配達証明)。しかし何の音沙汰もないのでこの場を借りて公表する。
 一組合員の質問にわざわざ答える必要はないとの考えかも知れないが、全組合員に対しては、機関紙や大会等のしかるべき場で、ことの全容を明らかにするよう希望する。

「森田前組合長が6億円流用」報道についての質問
                       2023年6月30日
                       組合員 竹中正陽
 上記ニュースが、さる6月20日のNHKテレビを始め、新聞各紙で大々的に報道された。報道が事実とすれば、本組合の非居住特別組合員に多大な損害を与えた一大不祥事である。
 外国人船員用の基金は、本組合ら船員組合側と、国際船員労務協会など船主団体側との共同交渉(IBF交渉)で、モデル船一隻当たりの総支払額(TCC=トータルクルーコスト)が協定され、そのうち一定の額が各基金に振り分けられる。従って、原資は船会社の労務費であり、教育・研修、港の宿泊施設建設、退職金等、多種にわたる基金は、外国人船員にとって福利厚生のカナメとなっている。船内で共に労働・生活する日本人船員にとっても無視できないものである。
 基金は本組合と国際船員労務協会とで作った管理委員会で用途・支出額が決められ、JSS全日本海員福祉センターを通じて支出される。毎年会計報告、監査報告等が行われていることが活動報告書にも記載されている。
 従って、本問題は単に森田前組合長個人の責任にとどまらず、他の役員、しいては本組合全体の問題であり、組織の信頼性を左右する大問題である。
 私は、一組合員としてことの真偽を確かめたく、以下質問するので、すみやかに回答下さるようお願いします。また、詳細を日本人組合員、外国人組合員の全員に機関紙等で公表し、大会等で説明して、組合員の承認を得るようお願いします。
Q1.報道記事の真否
 前組合長が外国人用の基金等から6億円を流用したという報道内容は事実か?
 事実とすれば、非居住特別組合員に多大な損害を与え、かつ、本組合の信頼性を著しく傷つけると思われるが、組合の見解はどうか?
 また、事実でないとすれば、報道各社に謝罪と訂正を求めるべきと思うが、どうか?
Q2.告訴・告発の意思
 記事が事実であれば、背任・横領の類であり、脱税にとどまらず刑事事件に該当する。刑事事件として告訴もしくは告発すべきと思うが、その意思はあるか?
Q3.第三者委員会による調査
 詳細を明らかにするため、本組合と一切関係のない中立公正な税理士、弁護士、学者等で第三者委員会を設け、詳細な調査を行ってしかるべきと思われるが、その意思はあるか?
Q4.統制委員会の開催、森田前組合長の退職の有無と退職金
 記事が事実であれば、非居住特別組合員に多大な損害を与え、かつ、組合の名誉を著しく傷つけたことで、組合規約第107条統制処分の対象となることは明らかである。
 この件に関し、統制委員会は開かれたのか? また、今後開く意思はあるか?
 また、森田前組合長は退職したのか? その際、退職金は支払われたのか?
Q5.国税局の調査
 国税局は前組合長が辞任した2021年11月の定期全国大会以前に、六本木の組合本部およびJSS全日本海員福祉センターに調査に入ったと言われているが、調査に入った月日はいつか? また、調査の内容、調査に対応した組合関係者は誰か?
Q6.追徴課税額と税の納入
 何の税金に、幾ら追徴課税されたのか? また、税の納入に際し、組合もしくは組合が関係する団体や基金のお金が使われたのか?
Q7.流用した基金の種類と額、業者から受け取ったリベートの額
 近年フィリピンで数多くの船員用施設が建設されている。前組合長は、フィリピンのどの施設の建設に際し、幾らリベートを受け取ったのか?また、どの基金から幾ら流用したのか?
Q8.基金の管理・運用の実態、金銭の流れ
 活動報告書によれば、国際船員労務協会との間で、各基金の管理委員会が年1回開かれ、各基金の用途ごとの支出、会計報告、監査報告等が行われているようである。管理委員会の構成メンバー、各基金の用途、支出する額の決定方法、支出に至る具体的な金銭の流れを明らかにされたい。
Q9.各基金の年間収支、総残高
 各基金の年間収支、総残高は幾らか? また、組合員に対して各基金の会計報告が行われてしかるべきと思うが、その意思はあるか?
Q10.管理委員会での論議
 今回の「6億円流用」に関し、国際船員労務協会との間の管理委員会で、いつ、どのような報告と論議が行われ、どのような改善策が講じられたのか?
 以上、質問致しますので、すみやかに回答下さるようお願い申し上げます。

6.船主団体の責任
 前記したように、基金は海員組合と船主団体・国際船員労務協会が作る管理委員会で予算・実行・監査・会計報告が行われていた(はずだ)。したがって、横領自体は組合側に責任があっても、委員会の一方当事者として船主団体側の責任はまぬがれない。
 今日各社は、コンプライアンス遵守、従業員の人権尊重を社是として公表している。
 日本郵船では「船上で必要となるスキルについて適切なトレーニングを受ける必要~、船上勤務においては、メンタルヘルスを含めた労働安全衛生が確保され、結社と団体交渉の自由や自身の苦情提起に対して救済へのアクセスが確保される必要がある」として、グループ企業全体に「船員の人権尊重に向けた取組み」を行うという。
 商船三井や川崎汽船もそれぞれ「商船三井グループ 人権方針」「川崎汽船グループ人権基本方針」を制定し、船員の人権が損なわれないよう取り組むとしている。これらはインターネットで容易に見ることができる。
 そして、非居住特別組合員は、各社の従業員でもある。自ら原資を拠出し、自社の従業員のために使われるはずであった基金。しかも管理委員会には自分たちの代表が当事者として参加している。そのような立場にいながら、史上まれな横領事件に対し、だんまりを決め込んでいてよいのだろうか?
 船主団体側は、仮に横領の事実を知らなかったとしても、事実が明るみになった以上、真相究明・再発防止・損害の賠償に向けた行動を取る義務を従業員(外国人船員)に対して負っているはずだ。
 早急に、第三者委員会を設置し、各基金の流用額、流用の手口を調査し、事件を防げなかった機構上の欠陥を洗い出し、再発防止策を講じて欲しい。
 そして、当然ながら過去に遡って会計報告・監査のやり直しを行い、それを従業員・組合員にはもちろん、世間に対して公表し、透明な運営に向かって欲しい。それが真の人権尊重・コンプライアンス経営のはずだ。

7.非居住特別組合員の権利
 非居住特別組合員制度が出来たのは、日本人船員の大量首切りを招いた緊急雇用対策と同じ1986年の組合大会であった。
 緊急雇用対策は、希望退職等による減員・船の海外売船(パナマ籍等へのFOC化)がセットになっている。海外売船のためには国の許可が必要で、当時運輸省は海員組合の了承がなければ売船を認めない措置を取っていた。
 そのため、会社の売船申し入れに対し海員組合は、新たに乗船して来る外国人船員を組合員にするよう要求し、組合費を会社が納入するシステムを作ったのである。組合員(日本人)が急激に減少することを見越した組合運営上秀でた?措置であった。
 しかし、外国人は日本人組合員と異なり、組合員としての権利は大幅に制限されて今日に至っている。
 組合規約には「組合員は、人種、信条、年齢、性別、組合内外の身分や地位などに関係なく、すべてこの規約のもとに平等な取扱いを受ける」(規約17条)とされている。
 にもかかわらず、非居住特別組合員は、船内役員や全国委員、職場委員、組合役員等への立候補権・選挙権がない。船内委員会を含め組合活動上のシステムそのものがない。
 賃金など労働条件に関して要求を出したり、討議する場すらない。日本人組合員に認められている組合役員のリコール権、組合の行為に対して苦情を申し立てる権利は、もちろんない。
 彼らに認められているのは、「担当組合機関に対し労働協約等について意見を述べ、または苦情を申し立てること」「組合の共済給付を受けること」「組合の施設を利用すること」のみである。その一方、義務として「組合の方針を支持すること」がしっかりと明示されている(非居住特別組合員に関する規則)。
 これについて、元組合長の中西昭士郎さんは、
「彼らの規約上の位置づけをハッキリさせる必要があったから、俺の時に規約を改正して非居住特別組合員制度を作った。
 最初の組合費は確か20ドル位。彼らの声を反映するためにインスペクターや外国人スタッフ制度、退職金制度も作った。労働条件や権利を拡大する運動のために、組合費を40ドルに上げて、本人が払うようにしたんだ。時代に遅れないよう、制度もどんどん変えていかなければいかん。
 今の非居住の問題は何と言っても、組合費に見合った見返りを彼らに与えること。金を一番払っている者が何も言えないのが今の状況だ。彼らにきちんとした権利を与えなければ、このままでは組合が大泥棒にされてしまう」と語っている(羅針盤11号海風気風)。
 大泥棒という点で、まさに中西元組合長の予言が的中したわけだが、権利拡大については、藤澤組合長時代の2008年大会に、関東地区の外航職場委員・全国委員22名全員が連名で、「外国人執行部員やISSの任務と権限の拡大・組織的拡充を含め、非居住特別組合員がより積極的に本組合の活動に参画できるシステム」、「船内委員会・代議員制度」の検討を要求する地区提案を提出した。本部もこれを受け入れ、字句修正のうえ方針化された。
 また、非居住特別組合員の要望として、「月例賃金増額、食料金改善、レクリエーション設備・上陸用交通手段などの福利厚生、継続雇用化」をIBF交渉で要求するよう提案し、これも方針として採択された。かつては、職場委員が非居住特別組合員の要望を大会で取り上げていたのだ。(機関誌「海員」2009年1月号)

 このような流れの中、一時は外国人組合員2名をプロ執行部に登用し、2012年にはフィリピン人国際スタッフ(ISS)を10名に増員した。しかし、それ以降急激に減少し、今はわずか3名となった。非居住特別組合員の権利拡大も行われないまま、今日に至っている。
 外国人船員の権利は、10数年来の不当人事、裁判、組合長の統制処分等によりかき消され、置き去りにされてしまった。むしろ一時期より後退している感がある。
 彼らの要望を叶え、海員組合を真にコンプライアンスを遵守する近代的、民主的組合にするためには、何と言っても、職場の同僚である外航の職場委員・全国委員の奮闘が欠かせない。
積年の膿を出し切り、改革に向け声を挙げて欲しい。 (2023.8.1)

※本文章は、羅針盤ホームページに連載中のものに、一部加筆したものです。