運輸安全委員会の中間報告で判ったこと

高橋二朗(元船長、海事補佐人)

 昨年4月23日、(有)知床遊覧船の「KAZU Ⅰ」(カズワン)が沈没し、乗員乗客に多大な犠牲者が出た。  
 事故の原因は、無責任で杜撰で安全無視の会社(船長・運行管理者)にあるが、同様に行政にも原因があることを本誌前号に記載した。
その後昨年12月に出された国交省の運輸安全委員会中間報告(以下、報告書)から、事故の原因はほぼ特定された。報告書の概要を記し、筆者のコメントを述べる。(見出しは筆者)
 
一、事故の主な原因(ハッチ蓋の閉鎖不良)
① 航行不能の原因 
    
 事故時にカズワンは針路がほぼ南西で、船首から右またはやや右方向(西北西)から高さ2mの波を受けて航行していた。
 波高2mに対し乾舷(水面から上甲板までの高さ)が0・96mしかないので、ハッチが開いていれば容易に海水が侵入する構造であった。引き上げ後、船首甲板のハッチ蓋が破損して無くなっていることが判明した。
 また、事故発生の2日前に実施された救命訓練に参加した同業他社の社員によると、当該ハッチ蓋の4個のうち3個のクリップが閉まらない状態であった。
 ハッチ蓋の閉鎖不良がなければ、海水が機関室に侵入しないため、船底付近にあった燃料噴射系統の電子部品や給電端子の不作動は生じず、主機運転を維持し、針路を保持して航行できたと思われる。
【筆者のコメント】
 船首甲板のハッチ蓋から侵入した海水が機関室の電子機器の短絡と主機の停止を引き起こし、適切な針路や速力の維持が不可能となった。これが事故の主な原因である。
② 沈没の原因
 当該ハッチから船首区画に侵入した海水が、隔壁の開口部を通じて各区画に侵入し、機関室や操舵室まで浸水した。また、打ち込み海水がハッチ蓋のヒンジを脆性破壊した結果、外れたハッチ蓋が前部客室の前面中央の強化ガラス窓を破損し、海水が前部客室に徐々に滞留していった。
 このようにハッチから甲板下の区画に侵入した海水と、前部客室へ侵入した海水の重量を含む船舶の重量が、カズワンの浮力約75トンより大きくなり沈没した。
【筆者のコメント】
 船首甲板のハッチ蓋が閉鎖不良であったため、海水が甲板下の全区画に侵入し、また、そのハッチ蓋が打ち込み海水で外れた結果、前部客室の窓を破壊し大量の海水の船内流入を招いた。これが沈没の主な原因となった。
③ ハッチ蓋閉鎖の検査怠慢
 前述のように事故発生の2日前にハッチ蓋の3つのクリップが閉まらず閉鎖できない状態であった。
 そして、事故の3日前に日本小型船舶検査機構(JCI)が第1種中間検査を実施していた。
【筆者のコメント】
 筆者は、前述の事実から3日前の中間検査で当該ハッチ蓋の開閉状態の確認をしなかったと考えている。
 JCI検査員がハッチ蓋の閉鎖が不良なことを確認し、その修理の完了を確認してさえいたら、例え無謀な出港であったとしても、適切な針路と速力を維持することができ、事故を防止できた可能性が高い。
 
二、その他の原因
① 甲板下の隔壁に水密性なし(法の不備)

 本船は、船首甲板部中央にある開口約50㎝四方のハッチの真下に船首区画、そして船尾方向に順に倉庫区画、機関室、舵機室があり、各区画は隔壁で仕切られていた。
しかし、隔壁にある開口部を通じて各区画が全て繋がっており、船首部のハッチから容易に海水が機関室に侵入し、電気系統の短絡とエンジンの停止が発生した。 
 そして報告書は、「本船において、船首区画の隔壁に開口部がなく水密が保たれるものと仮定して計算したところ、この条件では、ハッチからの浸水で船首区画満水になっても、(中略)船舶の重量(海水の重量を含む)約22・2トンよりも浮力約75トンが上回ることから、十分に沈没は避けることができる。
 船首区画の隔壁を水密化することは、小型船舶の安全性向上に大きく寄与できる可能性があると考えられる。」と述べている。
【筆者のコメント】
 カズワンは限定沿海区域を航行する20トン未満の小型旅客船なので、水密区画の適用か否かはJCIの運用に任されていた。しかし、プレジャーボートと違い旅客が乗船することを前提にしたカズワンにおいて、甲板下の特に船首区画が水密でなかったことが沈没の決定的な原因となった。
 この事実から水密隔壁を法的に義務化し、水密状態が維持されていることを検査・確認すべきであったことが裏付けられた。この点に法の不備があった。
② バラストの違法な移動の確認なし(検査怠慢
 平成27年4月、主機を2基から1基に改造した際に船体の重心が上がり、相対的に船尾が軽くなったことから、船尾船底(舵機室)にバラスト1・5トンを搭載することが義務付けられた。その状態で船舶復原性資料が作成され、船舶検査証書にそのバラストの移動の禁止が明記されていた。
 しかし、第1種中間検査の実施から3日後にこの沈没事故が発生し、船体引き揚げ後の調査で1・8トンの砂袋のバラストが各区画に分散配置して積まれていたことが判明した。
船尾船底に全バラストを積み込んでいれば、3㎝の船尾トリムとなり、バラストを各区画に分散配置した場合は10㎝センチの船首トリムとなる。
 バラストを違法に全区画に配置したため、船首部が下がり、ハッチから浸水する可能性が相対的に高くなっていた。
【筆者コメント】
 JCIがバラストの位置の修正を指摘したか否かは不明だが、前述の事実から、JCIが事故3日前の検査でバラストの状態について確認点検を怠ったことは明白である。
③ 運航管理者要件の虚偽申請を精査せずに運航許可 
 カズワンの社長は、安全に関する業務の経験や船舶運航管理の実務経験が共に3年以上なかった。これは海上運送法施行規則の安全統括管理者及び運航管理者の要件を満たしていない虚偽の申請であった。
【筆者のコメント】
 申請書類の記載が事実であるか否かをJCIが精査せずに遊覧船事業を許可した。そして、この事業許可が杜撰で無責任な遊覧船運航となり、事故の原因となった。
④ 電波受信が不能なエリアのある携帯電話の許可
 JCIは、沈没3日前に第1種中間検査を実施した際に、船陸間の連絡手段を衛星電話から知床半島西側の海上エリアでの電波受信が困難なauの携帯電話への変更することを認めた。

三、事故の背景(検査員不足)
 JCIの常勤検査員は、平成30年4月には全国で152名いた。それが令和4年に138名となり、4年間で検査員の約1割が削減された。
 JCIの検査対象は、カズワンのような総トン数20トン未満の小型旅客船4,694隻(令和2年度)、それ以外のプレジャートや水上オートバイ等を含め約32万隻である。
 小型旅客船の定期・中間検査は毎年あり、それ以外の約31万5千隻は定期・中間検査が3年毎である。 
 また、知床遊覧船事故対策検討委員会の第2回資料によると、春から夏に全検査数の3分の2が集中し、特に事故が発生した4月は1日当たり4・6隻の検査数となり、検査地への平均移動距離は約154㎞という。
【筆者のコメント】
 1日8時間労働として、次のように単純に計算してみた。
 全国平均で154㎞の移動を車の平均速力50㎞とした場合、移動に3時間を要する。また、1日当たり4・6隻の検査をするためには、5時間で終わらせなければならない。
 しかし、船が同一岸壁に並んでいて船間の移動時間がゼロの状態で検査を受けることはあり得ず、また北海道の移動距離や移動時間はもっと長いと思われる。従って、書類と船上の機器・設備・装備の検査に僅かな時間しかないことになる。
 このように検査員の不足から検査に要する十分な時間がないことが、船首甲板部のハッチ蓋の閉鎖不良、バラストの船尾船底からの移動の禁止、運航管理者の虚偽申請、携帯電話の通信可能エリア等々の確認や精査を怠る結果となった。
(了)