運輸安全委員会が中間報告

1.報告書の概要
「スマホの電波を受信する目的で島に接近した」

 運輸安全委員会は昨年6月30日、「貨物船WAKASHIO乗揚事故に係る船舶事故調査について」とする経過報告を発表した。以下、概要を抜粋する。報告書は、本船及び事故現場の調査と、関係者の口述聴取および回答書によるとのこと。(各章の番号と見出しは編集部)

(1)座礁に至る経過:
〇乗組員19名(+実習生1名)

 WAKASHIOは、101,932総トン(約20万DWトン)、全長約300mで船級はNK。船長インド人、一等航海士スリランカ人、二等航海士フィリピン人、他にインド人2名、フィリピン人15名が乗船。
〇7月23日(座礁の2日前):
航海計画を変更し島に近づく

 船長は、スマートフォンの電波を受信するため、2日後に通過予定のモーリシャス沖変針点での離岸距離を、22マイルから5マイルに変更するよう二等航海士に指示した。同航海士は船長の指示通り電子海図の画面を設定し、航海を続けた。
〇7月25日:更に島へ近づく
 13時15分頃、船長は島へさらに接近するため 二等航海士に針路を239度から241度に変更するよう指示。同船はモーリシャス島付近の詳細な電子海図ファイルを持っていなかったので、水深や浅瀬の詳細な情報は表示されなかった。
〇同日17時:誕生日会開始、航海士1人当直となる
 16時に当直交代した一等航海士は、電子海図上で予定針路線より北側(島に近い側)を航行していることに気づいたが、17時から乗組員の誕生日会があるので、合いワッチの実習生を食堂に行かせ、1人で船橋当直を行うこととした。
 16時、船長はレーダーで位置を確認して変針点まで40マイルであることを知り、17時に一等航海士に対して241度の予定針路と東経58度線が交差する地点で針路を240度に変針するよう指示。その後、誕生日会に参加するため食堂に行った。
〇同日17時45分:島から遠ざかるよう変針
 船長の指示した地点に到達したので、一等航海士は風潮流を考慮して針路を234度(島からより離れる側)に変針した。
 船長は誕生日会で飲酒しながら乗組員と歓談した後、そろそろスマホ電波が得られると思い、機関長と共に同50分に再度船橋に上がった。
 しかし自分のスマホがモーリシャスでは通信できない契約であることに気付き、一等航海士のスマホでのテザリングを依頼した。一等航海士は船長と電子海図で船の位置を確認しながら、電波を接続するための会話を続けた。
〇同日18時35分:減速
 船長は主機回転数を72回転から68回転に落とすように減速を指示。機関長が船橋から電話で機関当直者に減速を指示した。5分後、島から11マイル付近で、船長は一等航海士に、島の沿岸部を2マイル離れて通過するにはどう航行するかと聞いた。同航海士は、周囲に船舶等の障害物がなかったので、島の沿岸と平行に航行すると答えた。このとき同航海士は電子海図で水深が約200~1000mであることを確認した。
〇同日19時15分:1・5マイルに接近したので離れる
 一等航海士は、自身のスマホが通信できない状態になったので、衛星船舶電話で母国の知人に受信方法を聞いていたところ、船長から距離1・5マイルで近過ぎると指摘され、左舵を取って針路を225度に変針した。

(2)乗揚時の状況
〇19時25分:突然の衝撃

 船長は一等航海士とスマホの通信について雑談していたが、突然船体への衝撃を感じ、何かがおかしいと速力計を見て、11ノットから9ノットに落ちるのを確認した。船橋のパイロットチェアに座っていた機関長はコンソールの計器で主機回転数に異常がないことを確認した。
 船速が更に低下したため、船長は船底が浅瀬に接触したと思い、テレグラフで主機を停止し、機関長を機関室に向かわせた。
〇機関室の状況
 当直中の二等機関士は、19時26分頃に主機停止を、その直後に主機を全速後進にするよう指示されたので、主機操縦レバーを全速後進とした。その時主機回転数が60~68の間で増減を繰り返し、過給機が過負荷となっていることを確認した。
〇19時29分:船速ゼロ
 速度ゼロとなったので、船長はマスターステーションを発令、一等航海士が船内一斉放送を行った。船長は同航海士にバラスト水の排水調整が可能かどうか、各タンクの被害状況を確認するよう指示して機関室に向かった。
 機関長と当直中の二等機関士を除く機関部員は一端マスターステーションに向かったが、機関長の指示で全員機関制御室へ。機関長は機関室内のすべての機器のチェック及びタンクの測深を行うよう指示し、5分後に全ての機器及びタンクに異常ナシとの報告を受けた。
〇20時10分:各所へ報告
 船長はモーリシャス沿岸警備隊に浅瀬に乗り揚げた可能性があることを伝え、同20分長鋪汽船に事故の発生を連絡した。
〇20時29分:機関室に海水侵入
 機関室内の燃料油オーバーフロータンクの警報が鳴ったため、機関長は操機手2人にタンクの状況確認を指示。タンク上部のパイプ溶接部が外れてバルブが破損し、破損個所から機関室内に海水が浸水していた。
 機関部員は同タンクの船底外板部が損傷し海水が侵入したと考え、パイプやバルブの修理は困難なため、木片を破損箇所に詰めるなどして海水の浸水を阻止しながら、排水ポンプで海水の排水作業を翌日朝まで継続した。(その後の油流出、船体破断、海底投棄等の部分は省略)

(3)便宜置籍船のずさんな運航実態
〇4社が複雑に関与する形態

 WAKASHIOの実質的な所有者は日本の長鋪汽船(図のA社)。登録上の所有者は長鋪汽船がパナマに作った子会社OKIYOマリタイム(図のC社)。
 長鋪汽船は同社の代理店となり、保守整備、船用品の手配等の船舶管理、乗組員の配乗管理及び乗組員教育を行うこととなっていた。
 船員の配乗はマレーシアの船員配乗会社であるアングロイースタン社(図の右上)。
 C社はア社と配乗契約を結んで全乗組員を配乗させていたが、実態は実質的な所有者である長鋪汽船がア社との間で配乗に関する各種調整を行っていた。
 商船三井は、パナマのC社と定期用船契約を結び、本船を長期間借り受けて運航していた。

本船の運航に関わる会社(運輸安全委員会報告書より)


〇航海計画を電子海図上で作成し、会社への提出義務ナシ
 二等航海士が出港前に次港までの航海計画を電子海図上で作成し、船長が承認していたが、長鋪汽船と商船三井への提出は義務付けられていなかったため、計画変更後も含め、両社に提出されていなかった。
〇マラッカ海峡内でも島に接近
 AIS記録によれば、マラッカ海峡内やスマトラ島出口でも航海計画の針路から外れて陸に接近していた。これまでもスマホ電波を受信するため予定針路から離れて陸に接近することがあったと乗組員が語った。
〇資格のない実習生が船橋当直
 船橋当直資格(STCW)を持たない実習生が一等航海士の合いワッチに常時入っていた。事故時以外にも適正な当直要員が配置されていない時間帯があった。(報告書には配乗表の記載がないため、定員通り有資格者が乗船していたのかは不明)
〇海図の尺度350万分の1
 所有していたモーリシャス近辺の電子海図、紙海図とも350万分の1で、沖合の水深や海岸線・等深線の概要は記載されているが、詳細な水深、沿岸地形は記されていなかった。詳細な電子海図は備えていなかった。
〇遅れた通信設備
 本船は通信速度の速い定額課金制のVSATやインマリサッットGlobal Xpressでなく、従量課金制で通信速度の遅いインマルサットFleet Broadbandを搭載し、乗組員は長鋪汽船からプリペイドカードを購入して、私用通話やメール送信をしなければならなかった。
〇外国任せの乗組員教育
 長鋪汽船は日本寄港時に訪船するか、安全情報をEメールで送付するのみで、ア社から送られる経歴書等の書面で採用の有無を決定し、乗船前教育もア社に任せていた。
 SMSマニュアルの認知度について、安全委が船長と3名の航海士を調べた結果、船位測定間隔については4名中2名、事故時に必要だった船橋の人員配置レベルは4名中1名しか正しく答えられなかった。必要な離岸距離については4名とも正しく答えられなかった。
〇商船三井の関与
 商船三井は船の安全管理には直接関与せず、気象等の安全情報を提供し、年に1回程度の検船を実施していた。
〇監視体制の不備
 長鋪汽船及び商船三井は、本船が航海計画を変更し、予定針路を離れて陸岸等に接近した場合でも、直ちに認識して注意喚起できる体制になく、両社間で情報共有できる体制もなかった。

(4)再発防止策・対応策 
 運輸安全委員会は、沿岸海域を航行する場合の必要事項や、運航に複数の会社が関わっている場合、関係する各社が安全運航への関与を深めることが必要として、次のように提言した。
〇長鋪汽船に対して
 ①~④を講じる必要があり、⑤の措置を採ることが望ましい。
① 乗組員に対し、私的な事由で航路を変更するなどの不安全行動を取らないよう、教育及び訓練を行い、危険敢行性の抑制に努めるよう指導を徹底すること。
② 船長及び航海士に対し、適切な海図等の水路図誌を入手し、安全が十分に確保される航海計画を立て、常時適切な見張り及び船位の確認を行うよう指導を徹底すること。
③ 適切な人員で船橋当直を行うよう指導を徹底すること。
④ 乗組員に対し、自社のSMSマニュアルの内容を正確に理解させた上で乗船させ、乗船後も同マニュアルの教育を継続的に実施すること。
⑤ 船長との間で位置情報を適時共有する体制を整備すること。
〇商船三井に対して
 用船する船舶の航行の安全を確保するため、船舶管理会社が実施する安全対策に積極的に関与する必要がある。
〇パナマ子会社(C社)に対して
 陸上と異なる船上生活の特殊性に鑑み、長期間の国際航海に従事する船舶には、定額課金制でデータ通信が可能な機器の導入を推進することが望ましい。
 そして「事故後に講じられた措置」として、国交省海事局がまとめて船主協会に周知した再発防止対策、事故後に長鋪汽船と商船三井が講じた措置を掲載している。また、国土交通大臣への意見として、船舶管理会社と用船者に対して指導すべき事項を列挙している(再発防止策・対応策と同様のため省略)。

2.報告書の問題点
 残念ながら報告書が事故の本質に肉薄しているとはとうてい思えない。
〇なぜ、スマホ電波を求めたのか
 報告書はこの点について何も触れていない。コロナ下で港に着いてもほとんど上陸できず、契約期間を過ぎても休暇を貰えない現状。同船にも契約期間をオーバーする乗組員のいたことが報道された。乗組員はどの程度長期乗船し、上陸の機会はどの程度あったのか。衛星電話のカードの値段は幾ら位か、通信に関して会社はどの程度便宜を与えていたのか。船内の娯楽や息抜きは出来ていたのか。
 MLC2006(海上労働条約)は乗組員に船上での苦情権を認めているが、同船の乗組員に悩みや苦情を解決するすべはあったのか。苦情権や組合活動権はどの程度保証されていたのか。こうした、船員労働の特殊性(離家庭性、離社会性等)に起因する労働力の再生産構造が、船内に備わっていたのか。
 これらが解明されなければならないのではないか。
〇外国人船員への教育内容は?
 報告書は、乗組員のマニュアル認識不足の原因を、会社の教育不足で片付けている。教育はマレーシアの配乗会社が行っていたというが、どのような教育を、どの程度行っていたのか。
 また、担当の工務監督が定期的に訪船したり、上級職員と頻繁に連絡を取るのが普通だが、長鋪汽船の担当者はどの程度接触していたのか。同社は船が日本に寄港した際に訪船すると言うが、どの程度寄港していたのか。これらが何も明らかにされていない。
〇乗組員はなぜ、マニュアルに精通していなかったのか?
 マニュアルに対する乗組員の認識不足が指摘されているが、その原因についての言及はない。
 航海当直基準や離岸距離を答えられない点は重症だが、通常どの会社もSMSマニュアルは膨大な量で、その上次々と改訂版や安全情報が送られて来て読みこなすだけでも大変だ。マスターするには数年掛かると言っても過言ではない。
 本船の乗組員は正規雇用でなかったとしても、何年程度長鋪で乗船を続けていたのか。リピーターは多かったのか。愛社精神、愛船精神が湧く労働条件、労働環境だったのか? 彼らの雇用形態、国籍が異なるア社への所属度合いは?報告書はこれらについて言及していない。  
〇会社規定の改善に乗組員が参画できる体制だったか?
 報告書は長鋪汽船のマニュアルが正しいとの前提で書かれている。しかし、航海計画の作成は電子海図上のみで、提出義務もなしという信じられない規定であったことが判明している。
 杓子定規に書かれたり、現場の状況にマッチしない規定がある場合、乗組員が意見を述べたり、改訂を求めることができる社内体制だったのだろうか。「ただ黙って従え」だけでは中々解決しない問題がある。
〇なぜ、資格ある甲板部員が当直していなかったのか?
 定員は守られていたのか?整備作業をこなすのに十分な人数だったのか?19名の内訳は?甲板手が当直していなかったとすれば、その時彼は何をしていたのか?
 乗員数19名は極めて少ないように感じる。船齢13年を過ぎた20万DWトンの鉱石船で、19名で果たして整備作業をこなせるのだろうか。仮に、船長を含め職員8名、機関部員は溶接等を行う職長を含め4名、司厨部は配膳等を行うボーイを含め3名と仮定すると、甲板部員は4名しかいなかったことになる。うち3名が航海当直に着けば、甲板部の整備作業はボースン1人で行わなければならず、洋上では危険極まりない。
 通常この手の船は甲板部の整備はボースンを含め3名(従って乗員は21名)、少なくとも2名は必要だ。従って、甲板部の整備作業をこなすため、本来当直に入るべき甲板部員が常時整備作業に従事する慢性的な人員不足状態だったのではないか?

 事故には様々な要因が重なっており、それらが解明されない限り真の改善策は見つけられない。
運輸安全委員会が他国領海内の事故を調査するのは初めてで、今回の発表はあくまで経過報告とのこと。最終報告書には「なお一層時間を要する」とのことだが、このように4社がからみ合って運航されていた便宜置籍船ゆえの弊害があるはずで、更に解明を続けて欲しい。
 誕生日会など船内でのパーティーが悪いわけではない。狭水道等を除き船長が酒を飲んでもそれ自体せめられるわけではない。より詳細なマニュアル、厳しい教育で、あれはダメ、これもダメでは乗組員は委縮するばかりで実効ある解決策にならないと思う。

3.長鋪汽船や商船三井の反応
 この報告に対し、長鋪汽船や商船三井から新たな発表はない。
 長鋪汽船は、昨年1月に、「当社管理船WAKASHIO座礁および油濁発生の件 第14報」で破損した船体の撤去作業が終了したことを発表したきりで、商船三井も、事故が起きた2020年12月に「WAKASHIO号 座礁事故に関する原因及び再発防止への取り組みについて」を発表して以降、事故原因等への言及はない。
 パナマ政府や、長鋪汽船のパナマ子会社で船の所有者OKIYOマリタイムも同様である。
また、モーリシャスへの補償がどうなっているのかについても、何も報道されていない。

4.今なお水面に油膜発生
 モーリシャスの自然保護団体と連携して現地調査を続けている環境保護団体WWFジャパンは昨年11月末、「海洋環境に流出した油は、自然分解されるまでに数十年を要する。事故当時、汚染がひどかった地域では、油の大半が回収されたこともあり、全体的にはこれまでのところ、生態系の顕著な変化は認められていない。ただ、場所によっては今も、油が付着し、水面に油膜が認められたり、枯死した木々が残るマングローブの森もあり、これらの地域では油による影響を調査するために、長期的な研究が必要とされている」と報告、今後も調査を続けるとしている。

5.ITFが警鐘
「乗組員への不当な拘留」

 世界の船員の権利を守るため活動を続けているITFは、逃げ出す心配がないにもかかわらず乗組員の長期拘留を続けるモーリシャス政府に当初から抗議していた。機関誌シーフェアラーズブルテン2022の「特集:船員の有罪化」で、乗組員5人に対する1年半に及ぶ拘留を次のように非難している(原文のまま)。
「モーリシャスでの不当な拘留」
 1件の海難事故がスリランカ人乗組員2人の1年半におよぶ投獄を生み、他の乗組員もモーリシャスからの出国を止められている。ITFインスペクター、ランジヤン・ペレーラが、船員たちの解放を求めるITFや他団体の運動について報告する。
 2020年7月25日、わかしお号がモーリシャス沖で座礁した時、船長のスニ・ナンデシュワルと一等航海士のスボダ・ティラカラトナが当直を務めていた。乗組員は全員、10日後にモーリシャス当局によって空から救出するまで、座礁船に留まっていた。そして、検疫のためのホテルに収容された。
 8月18日、船長と一等航海士は安全航行義務連反で暫定起訴され、収監された。刑期は最大60年の可能性があった。
 船主が雇った弁護士は、起訴内容を最高5年の刑期の無害通航違反に変更させることに成功した。しかし保釈請求は退けられた。他の乗組員たちの大半は現地のホテルで自宅軟禁となっていた。逮捕から1年が経過し、ITFはモーリシャスのプリトヴィラジシン・ルーパン大統領に乗組員全員の即時釈放と帰国を要請した。
 2021年12月15日、2人は正式に起訴された。起訴内容は安全航行義務違反で、モーリシャス海事法が認める最も軽い2年の求刑だった。
 スボダ・ティラカラトナは、無実だと訴えながらも罪を認めた。『これはできるだけ早く家族の元へ帰るための唯一の手段だ。モーリシャスで裁判を闘うと何カ月、いや何年もかかる。私の弁護士は私の精神的、感情的ストレスを理解し、この決断を全面的に支持してくれた』とITFに語った。
 2021年12月27日、ティラカラトナは懲役1年8カ月の判決を受けたが、拘留期間や減免措置が考慮され、翌日に釈放された。2日後、彼は帰国した。
 残りの3人の乗組員は12月25日に帰国を許可された。
 ティラカラトナは『罪が立証されていない段階で服役しなければならないのは何故なのか、今でも疑間に感じている。最高の弁護士と闘ったとしても、それが避けられないとしたら、弁護士費用を支払えない被告人はどうなるのか。考えただけで恐ろしくなる』と語った。」
 従来からITFは船員を刑事訴追から守るため、事故や事件が起こるたびに各国政府と交渉してきた。IMOとILOが共同で作った「海難の際の船員の公正な処遇に関するガイドライン」にも参画し、海難事故の際に船員が不当に拘留されないよう、同ガイドラインを守るよう各国政府に呼び掛けている。
※ITF(国際運輸労連):世界150カ国、700組合の交通運輸労働者2000万人が加盟。
(続く)