大内要三(日本ジャーナリスト会議会員)

最高裁は門前払い
 おおすみ裁判は、原告側(とびうお側)の完敗で終わった。
 あらためて概説すれば、おおすみ事件とは2014年1月に瀬戸内海で海上自衛隊の大型輸送艦「おおすみ」が高速で釣船「とびうお」に後ろから近づき接触し、面舵一杯によるキックで釣船を転覆させ、乗っていた2人を死亡させた事件である。
 原告は2021年12月22日の広島高等裁判所の不当判決(本誌36号で報告)を受けた後、22年3月15日に最高裁に上告受理申立理由書を提出し、高裁判決の誤りを指摘していた。しかし22年10月12日、最高裁判所第3小法廷(今崎幸彦裁判長)は、5名の裁判官の全員一致で「本件を上告審として受理しない」と決定した。法廷は開かれなかったので、上告棄却の判決でさえない門前払いである。
 これで広島高裁の判決(「とびうお」が衝突の直前に右転した事実を認め、「おおすみ」艦長らの操船行為に過失がないとの判断により被害者・家族の国家賠償請求を退ける判決)が確定した。
 民事訴訟では最高裁判決・決定に対する訂正・異議申立ての制度はない。事件発生から8年9か月目の幕切れだった。真相解明運動に当初から参加し、本誌にも何度も報告を書かせていただいた者として、悔しさを表す言葉も見当たらない。


メディアに注目されず
 おおすみ事件は海難審判の対象とならず、国土交通省運輸安全委員会の船舶事故調査報告で「とびうお」右転が事故原因とされて以後、これが定説となってしまった。検察が不起訴処分を行ったため刑事裁判はなく、被害者・家族がやむを得ず民事で国家賠償請求訴訟を起こしたという経過があった。
 裁判の過程では海上保安庁の詳細な捜査記録が提出されて事件の解明が進んだが、すでにこの時点では事件は全国メディアではほとんど注目されなくなっていた。
 拙著『おおすみ事件 輸送艦・釣船衝突事件の真相を求めて』は地裁判決前に急ぎ出版したが、判決に影響を与えることはなかった。
 国家賠償請求訴訟という枠組みの中では問題にできなかったことも多いが、おおすみ裁判で明らかになったことを5点、述べておきたい。
⑴ 自衛隊の「そこのけ」意識
 「おおすみ」の艦橋音声記録によれば、当直士官は「とびうお」との接近以前にも他の前方にいる船について、見張りに「こちらを見ているか」と確認させていた。「おおすみ」の接近に気付けば避けるだろうとの思惑があることが明らかだ。
 「おおすみ」は現場の状況に応じてではなく、当初の航行計画のとおりの針路・速度で、事故直前には第1戦速(18ノット)で航行していた。大型艦は民間船よりは性能が良いとしても、やはり急には停まれず急には曲がれない、機敏に相手船を避けることができないのに、海上交通が輻輳する瀬戸内海を原速(12ノット)で航行しないのは、民間船を見下した傲慢な、そしてきわめて危険な態度だ。
⑴ 自衛隊の隠蔽体質
 今回の裁判で自衛隊側は、運輸安全委員会の調査報告書が発表され、検察が不起訴処分をしてから、つまり事故の刑事責任が問われないことが明らかになって以後にようやく事故調査報告書全文を発表した。それでも艦長、当直士官、見張り、レーダー監視員がそれぞれどのような証言をしているかは、すべて黒塗りだった。
 裁判が始まった当初は自衛隊側は、衝突時刻さえ不明と言っていた。AIS記録も持っていないと主張したが、検察には提出していた。ただし自衛隊が持っていたAIS記録は精度が低いため、検察は民間のものを使用した。
 艦橋音声記録の音源は左右と伝令席前の三つあったはずだが、左右の二つしか裁判に提出しなかった。艦橋内の映像も同時に記録されていたはずだが、これも提出していない。
 「おおすみ」の制動能力などは防衛秘密扱いで明らかにしなかった。このため海保は「おおすみ」を事故海域で実働させて制動能力、旋回能力を調べたが、事故当時と異なった動作をさせての調査となり信憑性は薄い。
 「おおすみ」のレーダー記録の時刻表示が正しい時刻からずれていたのを、記録ではずれていたが画面表示は正しかったと船務長は証言した。しかし海保は捜査時に画面表示がずれていたのを確認している。
⑵ 自衛隊の技量不足 
 当直士官は先輩の船務長の助言を受けながら操艦し、船務長は当直でないのに当直士官の脇について助言していた。
 レーダー監視員は観測距離の設定を遠距離用にしたままだった。「とびうお」を発見できなかったのは海面反射のためと証言したが、海自の事故調査報告書では距離設定が不適切だったためとしている。
 見張り員は当直士官の指示を受けてもすぐに応じることができず、「とびうお」の接近状況を艦橋に報告することができなった。
 このような情けない部下たちの働きを見て、艦長は「とびうお」との接近以後自ら操艦の指揮を執り、矢継ぎ早に減速、面舵の指示をした。
⑶ 自衛艦装備の性能は劣悪
 「おおすみ」は1998年の就役なので事故時にはすでに艦齢16年になっている。レーダー映像を表示するのは液晶でなくブラウン管だった。
 大型自衛艦に艦橋音声記録装置の設置が義務付けられたのは2008年のあたご事件以後だが、「おおすみ」にいつ設置されたかは不明。しかし民間のビデオカメラと同等の性能と思われ、雑音の多い艦内での会話記録にはまったく不適なものだった。裁判に提出された音声記録を解読するのは容易ではなかった。
 艦内同士の通信設備の性能も悪く、音声記録によれば当直士官は何度も聞き返したりしている。これでは緊急時に役に立たない。
⑷ 海上自衛隊の人員不足
 「おおすみ」は定員137名のところ、事故時には122名で運航していた。艦の大型化もあって海自の人員不足は深刻で、勤務の過酷なことからストレスによる不祥事も多いという。当然、事故を起こす危険も増加するだろう。とりわけ「おおすみ」のような大型輸送艦が3隻しかないことから、大型演習・訓練時には輸送の民間委託が常態化している。また昨年12月に閣議決定された防衛力整備計画によれば、陸自から海空への振替や予備自衛官の大幅増を実施することになっている。


裁判は終わったが
 おおすみ裁判は終わった。見通しの良い海上での衝突事故で、一方にだけすべての責任を負わせるような判断が正しいはずがない。他方が自衛艦であればなおさら、司法の自衛隊への「配慮」が問題になるだろう。司法反動が進行するなかで、国を相手の裁判で勝つことは容易ではない。
 おおすみ事件と同様な事件がまた起こることは想像したくもないが、もし起こった場合には、どのように裁判官に、またマスメディアに、海上衝突予防のルールを理解させるか、どのように自衛隊の隠蔽を暴くか、どのように真相究明運動を発展させるかが勝利の鍵となると思われる。
 (2023・1・31)

※編集部注
 この裁判について、本誌前号26ページで、「最高裁が棄却」と記しましたが、棄却ではなく不受理(審理する必要なし)の間違いでした。訂正してお詫びします。