羅針盤編集部

 国土交通省は、内航船員不足の解消や若者の定着率向上のため、「船員の働き方改革」により、健全な船内環境作りや長時間労働の是正が必要として、船員法など関係法令を改正した。改正法は内航に限らず、外航を含め全船員が該当する。

Ⅰ 今年4月施行された内容

「船員の労務管理の適正化」

1.社内に労務管理責任者を選任
 労働時間管理の責任は会社(実際に船員を使用する会社。派遣先含む)にあり、今後労働時間管理は社内に任命した労務管理責任者が行う。

2.船員の労働時間等の管理
 労務管理責任者は船員の労働時間をタイムリーに把握し、時間外手当等に正しく反映し、法令違反等がある場合は会社に対して是正意見を述べる義務を負う。労働時間は船ではなく社内の労務管理記録簿に記録する。従って国の監査も社内で行う。要望があれば、労働時間記録のコピーを船員に渡す義務がある。

3.適切な措置の実施義務
 (軽減勤務制度の導入など)
 会社は労務管理責任者の意見を聞き、長時間労働や健康不良等があれば、①労働時間の短縮、②休日又は有給休暇の付与、③乗り組む船舶の変更、④勤務時間の変更、⑤作業の転換、⑥乗下船の時期の変更、⑦研修の実施などの是正措置を講じる義務を負う。
 その際、健康状態が明らかに良好である場合を除き、医師の意見を聴く必要がある。
 また、是正措置を講ずるため過密な運航計画を変更する必要がある場合は、会社はオペレーターに対して意見を述べる義務がある。

「内航海運の取引環境の改善・生産性向上」

1.船員の労働時間に配慮した運航計画の作成
 オペレーターは船員の労働時間を考慮した適切な運航計画を作成し、船員の過労を防止するために必要な措置を講じる義務がある。運航労務監理官(旧船員労務官)はオペレーターを監査し、運航計画の見直しを命令することができる(安全確保命令)。

2.荷主への勧告・公表制度
 荷主はオペレーターが安全確保命令を遵守出来るよう配慮する義務がある。荷主の指示が原因であることが明らかな場合、労務監理官は荷主に是正勧告を出し、その内容を公表することができる。

3.船舶管理業の登録制度
 船舶管理会社が、適切な船員労務管理を行うよう国が指導・助言する制度(詳細は略)

❖改正されたものの…
 改正内容は船員にとって明るい未来を予感させ、その方向性は歓迎できる。この通り実行されれば、船員の真の労働改革につながるはずだ。しかし抜け道が沢山あり、内航、特に小型内航船の世界では実現は難しい。

1.手取り総額契約の実態無視
 法改正から半年が過ぎたが、現場船員には、「今までと変わらない」「どうせ給料が増えるわけじゃない」の声が多い。多くの内航会社は、雇用契約書の記載とは別に、「手取り月給総額」で入社を決めているので、「時間外手当は関係ない」と思いこまされているからだ。
 そのため今までは、①船員が手書きの記録簿を会社に送り、会社が法違反の無いよう修正して返送するか、②船員は記録を付けず、会社が違反の無いよう作成した記録簿を船に送付していたのが実態だ。従って会社が管理することに変わりはなく、船員にとって「給料が増えない」現実は何も変わらず、「毎日記録する手間が増えただけ」となる。
 労働時間の増加が、手取り額増加につながるシステムでない限り、絵にかいた餅となる。

2.記録簿と時間外手当の連動ナシ
 国交省発表のモデル労務管理記録簿には、基本給や割増率ごとの時間外手当額の欄がない。時間外手当を含む各種手当と、その月の給与総額が自動計算されて表示されるようでなければ透明な労務管理とは言えない。
 というのも、前述のように、手取り総額契約が大勢なので、自分の基本給と1時間当たりの時間外単価を知らない船員が多く、そうした会社では、給与明細書も各種手当額や総額計算根拠も分からない簡易なものが多いからだ。中には給与明細書を発行しない会社もある。
 記録簿の船員への交付を義務付けず、「要望があれば」としていることも問題だ。要望するのも勇気がいるのが現状だ。

3.労働時間の範囲が不明確
 現状では、699、749以下の小型内航船は調理手の乗らない自炊の船が多い。船員法は会社に食料の支給を義務付けているが、食料とは「食材」ではなく、「各種栄養価のある調理された食事」ではないのか。
 従って自炊船では食材買い出しはもちろん、調理と片付けに要する時間も労働時間のはずだ。
 しかし国交省は、船主側の質問に対し、「船員が自身のみの分の買出しであることをもって、一律に労働時間に該当しないとまでは言えない」とあいまいに説明したり、「船員が行う専ら自身の食事分のみの調理については、一般的に労働時間に該当しない」と、個人用の調理を労働時間から否定している。
 国交省は、船長の命令で船員が自室の掃除をした場合も、労働時間の対象外と明言している。しかし、船内の共用部分である調理場の掃除や片付け、ゴミ捨て、トイレや廊下等の掃除も労働時間のはずだ。
 海上労働の特殊性ゆえに存在する多種多様な作業について、船員の誰もが分かるよう国が明示しない限り、「労働時間の範囲の明確化」とは言えない。

4.日本初の軽減勤務制度
 「3.適切な措置の実施義務」は、いわゆる「軽減勤務制度」を船員全体に導入するもので、一つの産業への制度化として日本初の画期的なものである。その方向性は正しいものの、実現には激しい抵抗と多くの困難を伴うことが予想される。
 特に少数定員の内航船では、労働時間の短縮や作業の転換は増員なしには不可能で、定員問題に直結する。小型内航船には予備船員数に余裕がない「一杯船主」が多く、一人の乗船期間の短縮は、他の船員の乗船期間延長を意味する。軽減勤務者の労働条件の策定も必要となる。
 何より恐れるのは、現状の船員と企業の力関係からして、「当社にそんな余裕はない。軽減勤務が必要な人間は辞めて貰う」との解雇圧力が生じかねないことだ。
 船員にそうした不利益を負わせないためには、船員が軽減勤務を堂々と申し出ることの企業風土と、それを裏打ちする就業規則や労働協約の存在、解雇等を防止できる労務監理官のバックアップ体制が不可欠だ。
 しかし、国交省が働き方改革に伴い発出したモデル就業規則にもそのような条項はない。予算の締め付けの中で、労務監理官の数に限りがあり、業務が多様化し多忙なことも気になる。
 海員組合の方針も、「新たな法令が確実に履行・順守されるよう監督官庁に求めていく」というのみで、何処か他人行儀だ。
 船主団体、労働組合は、制度を担保するための労働協約・就業規則上の保証体系を構築する義務があることを認識すべきだ。

5.船員の声を聞く機会の喪失
 今後は船員に会うことすらなく、陸だけで労務監査が終了することになる。
 現状でも、労務監理官が船に来ても、大量の証書や設備類の検査に忙殺され、労働条件、労働環境等について船員の声を聞くことはほとんどない。船長や部分的に機関長が対応するだけで、個々の船員に対して、質問することすらない。
 今後は、それに輪を掛け、書類だけで監査が終了することになり、知床遊覧船KAZU1の検査の二の舞になりかねない。

(次号に続く)