高橋二朗(元船長、海事補佐人)

 4月23日、知床のウトロ港を出た(有)知床遊覧船の「KAZU Ⅰ」(カズワン)が知床半島西岸で沈没し、乗員乗客20名、が死亡、6名の行方不明者を出す事故が発生した。
 当日、出港時の10時頃は波高0・3m程度であったが、12時頃から海上は波高3mで強風注意報や波浪注意報が出されていた。
 出港中止基準は、航行中に於いて風速8m/S以上または波高1m以上が予想される場合なので、この出港は船長や運航管理者(知床遊覧船社長)の判断ミスではなく、気象予報の完全な無視であり、言語道断である。
 しかし、船長・運航管理者は多く報道されており、ここでは行政の責任について検討する。

一、安全運航は会社・船長と行政が共同で担保する
 海難事故の防止と船の人命安全は、二つの側面からの対策がある。一つは船長・乗員や船社による規制の遵守である。  
 そして二つは船社に「事業許可」を与え、その「取り消し」の行政処分を背景に監査と行政指導を実施する国交省である。
 国の適切な検査の実施方法や提出書類の精査方法の整備、そして法の不備等の規制の内容を見直す対策が重要だ。
 更に発生した事故の被害を最小限にするための救助対策も重要となる。

二、事故の防止対策
 1995年、規制緩和政策の一つとして旅客不定期航路の需給調整規則が廃止されるなど諸々の規制緩和が行われた。
 この規制緩和で市場原理の競争により、海上運送に全く経験のない悪質な事業者の参入が増し、これが知床遊覧船の事故の背景となった。

運航管理者要件を精査せず
 船長と運航管理者が一体で船の現場の安全運航が担保される。運航管理者の要件は、船舶の運航管理業務の経験が3年以上あることである。
 しかし、運航管理者であった同社社長は、船舶免許も、船での実務経験もなく、宿泊業が本業で船に全く素人であった。
 事故を受け、国交省の事故対策検討委員会は、中間の取りまとめを発表した。そのなかで運航管理者の実務経験について、提出書類の見直しや第三者の確認(つまり実務経験の有無の裏どり)等を実施して審査の厳格化をすることにした。

改善報告書を精査せず
 昨年2度も海難事故が発生したカズワンに対し北海道運輸局から行政指導があった。会社が提出した改善報告書の運航記録に出港時の風速0・5m/S、波高0・5m、視程5㎞といつも同一の数値であった。この件について国会で国交大臣は「同じ値が毎日連続して記されるなど、不自然な点があると認識しております。」と答弁している。
 このように行政指導に基づいて提出された運航記録簿の内容をしっかりと精査して行政指導の改善点が実施されていたならば、この事故は防止できた。

通信設備の検査不備
 カズワンは通信設備が不備であったが国交省は検査で問題なしと認めていた。
 事故後、国土交通省名の文書で「日本小型船舶検査機構(JCT)では、航路の一部が通信エリアでカバーされていない携帯電話を事業者の申告に基づき通信設備として認めていたところ、『非常通信可能』との船舶安全法の規則に立ち返って検査を確実に履行する。」と通信設備の検査の不備を認め反省した。

水密隔壁の設置義務なし
 カズワンには、甲板下に船倉が2つと機関室と操舵室の合計4室あり、隔壁は3つとなる。そして、3つの隔壁のそれぞれに乗員の作業用に出入り目的で約0・8mほどの穴があった。
 機関室前後の隔壁は、昨年6月の定期検査時に機関室からの出火による延焼防止の観点から塞ぐことが指導された。
 しかし、2つの船倉間の隔壁の穴は機関室の延焼防止とは無関係として、穴そのものの有無も確認しなかった。
 国交大臣は6月3日の記者会見で、「法令上、水密構造の完全密閉は求められておらず、検査機関も確認していない。」と語った。
 しかし、カズワンは午後2時に「船首に30度傾斜」とまさに沈没直前に最後の連絡をした。
 船首甲板下の2つの船倉間の隔壁の穴が昨年の定検時に塞がれていれば、例え、船底の損傷で浸水した場合でも海水は移動しない。従って、他の船倉には浸水しないので、沈没しない可能性も十分にあった。
 また、118番の救助要請から救助ヘリが約3時間20分後、巡視船は約4時間後に現場海域に到着したが、海水が移動しなければ、救助開始まで沈没せずに耐えた可能性も考えられる。

(図はJIJICОMより)

三、事故発生後の救助対策

 事故発生後の人命の安全対策として、昨年11月に香川県坂出沖で発生した小型船海難事故は教訓になる。

救命装備の法の不備
 坂出沖の事故では、修学旅行中の小学生等62人が乗船していた小型船「Shrimp of Art」が沈没し、救命胴衣を着用して救命浮器に掴まり、幸い全員が救助され死傷者はなかった。
 全員救助できた要因の一つは波が穏やかで海水温が20℃あったこと、二つは近くの漁船に沈没後直ぐに救助されたことである。
 小型の旅客船は転覆や沈没に備えて、海面に浮いて乗り込んだ後は海水に浸かることのない救命いかだ、または浮力のある四角いマットに海水に浸かりながら掴まる救命浮器のどちらかを選べる。
 このように救命いかだの装備について法的な義務がなかったので、ほとんどの船は価格の安い救命浮器を選択し、カズワンもこの救命浮器だった。
 たとえ、救命胴衣を着用しても、海水温が2~4℃では低体温症で15~30分で意識不明に陥り、30~90分で死亡するという。
 水中は空気中よりも体温の伝導が25倍も速いと言われており、体が海中に浸からない救命いかだ装備の法的な義務化が必要であった。10月22日に国交省は救命いかだの装備義務化の方針を決定した。

海保の救急対応の遅れ
 午後1時18分に118番で海保に救助が要請された。
 現場海域から遠い所で哨戒中の救助ヘリが、給油と救助活動をする潜水士を同乗させて現場に着いたのは、救助要請から2時間10分後であった。   
 また、巡視船は救助要請後すぐに発動したが、海上が荒天のため現場到着は救助要請から3時間40分後であった。
 沈没海域の水温が2~4℃で低体温症を考慮する場合、あまりにも遅すぎた。
 このように安全を担保する法令が整備され、その法令に基づき現場でしっかりと検査が実施されていたならば、カズワンは沈没や死亡・行方不明者の発生はなかったに違いない。 

(了)