ー 商船船員を魅力あるものにするために 21 ー  

雨宮洋司(富山商船高専名誉教授)

(最終章)
Ⅵ 新船員政策のために 
1.特殊性を克服する諸施策の基本
(1)船員制度近代化政策失敗の総括
(2)近代化政策破たん要因の探求
(3)謝罪の必要性と二つの失敗要因
(4)新船員政策づくりの要点
2.船員教育研究機関の再構築と船員の新役割
(1)再構築へ向けて
①行政改革の展開と商船学の動揺
②両商船系大学の国策対応と商船学
③商船系高専に関して
④商船系大学・高専に共通の課題
⑤国交省の船員教育機関に関して
(以上前号まで)

(2)アジアにおける〝共生〟の課題
 日本の商船系大学出身者にふさわしい大船長や大機関長になったと仮定し、その能力をもって筆者が陸上の職場で実践してきた一端をここに提示することで共生の課題へ迫りたく思います。その実践は、船員(職業)につながる海人教育の基礎・基本になるもので、教育界における実証実験のようなもので、将来を見据えた日本における新海人教育展開の試みといっても良いかもしれません。これらが海人政策や船員施策に反映されていくことを願うところです。次の①で、日本人船員(職業)が率先して果たすべき〝共生の役割〟を述べ、②では富山での海人の基礎・基本の育みに挑戦した二つの事例(文系商船学科づくりと環日本海域の授業交流)を紹介しましょう。

① 日本人船員の〝共生〟役割の重要性 
 外航日本人船員(職業)が乗り組む場合の船内の国籍情況は、今や外国人、なかでもフィリピンを中心に、インドネシアやインド、さらにはブルガリアなどの人々との混乗です。それら多国籍人とのチームワークによる船内仕事を日常的に遂行し、長期にわたって狭い船内での共同生活をごく普通に送らなければならないのが外航船員です。
 さらに、そこに乗り組む日本人船員は、船内集団の仕事と生活におけるリーダー的存在になることも多いと思います。特に船長・機関長ともなれば、言葉の壁を乗り越えること、異文化と基本的人権に配慮した船内融和づくりを行うこと、それらに基づく船内における仕事と生活が順調に遂行されることへの気配り(船内供食、誕生会、クリスマスイベント、故郷の家族への配慮等々)をして、無事にその一航海を終わらせて、海上運送サービスの需要者(荷主や船客)の要求を満たすことになります。
 外航日本人船員(職業)が通常こなしてきた、あるいは現在も行っているこのような船内の仕事と共同生活におけるリーダーシップの大変さは、日本国内の陸上工場や農家等におけるアジア人技能実習生の仕事と当該地域での彼らの私生活が、たった一人の日本人上司のもとで、やり遂げられていることにも等しく、驚異的なものといえるでしょう。
 陸上での外国人受け入れの場合は、その職場だけでそれをこなすのではなく、役所、商工会・農協、警察、商店、娯楽施設、外国人サポーター、NPOなど各種の支援組織に囲まれて、アジア等からの技能実習生が日本での仕事と生活を、何とか成し遂げられるようになっているのが実態です。
 そういったことに比べたとき、混乗船の日本人スタッフらが行ってきたあるいは現在行っている内容は、本人たちは普通のことと思っているのかもしれませんが、陸との対比でみると、とんでもない大仕事であると言っても過言ではありません。
 船員制度近代化政策と船員リストラで泥水を飲まされたにもかかわらず、マルシップから日本籍船に至る船舶での混乗化・外国人船員化を、日々の船内平和を保ちながらベテラン日本人船員たちが、軟着陸させていった実績とその根拠に関係者は注視すべきでしょう。それが、アジアにおける日本の過去の忌まわしい出来事を一身に背負いつつ、日本人ベテラン船員が体当たりで行ってきた船内での共生社会づくりと海運サービス生産という国際協働事業の姿なのです。それこそが新たな外航船員の役割として位置づけられるべきです。
 日本の海運資本が関与する船舶の平和的安全運航が、このようにして成し遂げられてきたのは、欧米とは異なる極めて日本的船内秩序の形成に、ベテラン日本人船員が挑戦してきたためであると言えます。
 ここで、日本的という意味合いを混乗船との関連で説明しておきましょう。外国人との混乗船に乗り組む日本人船員は、船内仕事のノウハウを外国人船員に惜しげもなく提供して、その船全体の人的レベルを上昇させていく努力を無償で行ってきました。その結果、船舶の運航を無事に成し遂げてきたのです。日本人船員が混乗船で行ったこのような内容は、義務と権利、さらには命令と服従に裏打ちされた船内仕事のマニュアルに基づくものとは全く異なります。
 日本人船員の多くは、船内生活面でも仕事上の権限を振りかざすことはせずに、船内生活がうまくいくように、率先してアジア人船員集団に、自らも溶け込む努力をしてきたわけです。これが〝日本的〟という意味合いになり、大半の日本人船長・機関長らは、それに近い振る舞いであったと思うのですが、なかには、これとは異なって、欧米の士官的振る舞いで、しかも、拙い英語や日本語の威圧的言葉で船内秩序の形成に取り組んだ日本人船員もいたかもしれません。その場合は、アジア人同士、しかも敗戦国の立場にある日本人船員(職業)による船内の平和と安全がどこまで維持されたのかはきわめて疑問です。
 こうした苦労を積み重ねてきた、有能なベテラン日本人船員についての総括的研究が行われていないので、筆者は教え子からの聞き取りや雑誌に掲載された現役船員らの文章等からそのことを推測するしかありません。もし海上労働科学研究所が存続されていれば、あるいは文系の商船学研究者が温存され、その研究成果が公表されていれば、日本人船員の確保育成策により役だったことでしょう。
 さらに、それが共生の理論によって整理・裏付けされ、国際理解教育として小中高で伝授されることは大変重要であり、日本の各種陸上企業が受け入れた技能実習生やアジア諸地域における日系企業内でのアジア人との仕事と生活にも応用できる基本的ノウハウになると思っております。
 ところで、グローバリゼーション下の日本人船員(職業)の役割としては、この共生実践とその深化を重視する必要があります。それは、以前、良く喧伝されていた船員の〝民間外交官的役割〟にとって代わる、四面環海の日本にふさわしいこれからの外航船員(職業)の国際的役割になるといえます。
 船内での共生は、仕事と生活面を両にらみして実践するものです。一例として、旧海上労働科学研究所の研究員が、かなり前に取り組んだ成果がここにあります。
その内容は混乗船内における供食の在り方に関するもので、それを船内の仕事や生活に当てはめてみると次のようになります。
 〝混乗船における船内仕事の優位なルールは安全をキーワードに強制力を伴う実践こそが重要であり、船内生活は、互いの人権を尊重することを基本にした合意形成の努力をしていくのが良い〟ということです。なかでも、食事内容は基本的人権の尊重に結びつく重要な要素であり、船社が最小限の金銭だけを出して、乗組員各自に勝手なクッキングを許すことだけは防ぐ必要があります。
 つまり、その船内で共通した納得できる食事メニューの模索や食事のスタイルを作るための船内懇談の機会を持つことなどは、骨の折れることではありますが、船内の平和と安全づくりに欠かすことができない大切な要素です。
 しかしながら、船員部会での議論でみたように、2011(平成23)年には、船舶料理士の適、不適についての船長承認規定は削除され、SECOJによる技能講習もEラーニング化に重きが移るなど、船内生活面に着目した規制は簡素化傾向が顕著で、それが経済成長戦略の名のもとで行われていることは大変残念なことです。
 これでは、その他の船内生活条件、例えば寝室やトイレ・バスの設備や清掃、さらに通信、TⅤ、ラジオなどの船内文化環境の整備やその維持は、日本または日本人の経済・文化水準に合致する方向で、船内生活に潤いをもたらせる動きには黄信号が灯っていると言えそうです。
 こうしたことの是正がぜひ必要です。そのためにこそ必要な政策的支柱として、日本人外航船員(職業)のアジアにおける共生の役割を認知することです。それはまた、四面環海の日本が、平和国家として、日本人外航船員を介して、アジアの人々に果たすべき大切な役割だと考えます。
 いま必要なことは、あくまで人権を尊重し、軍事力に封印をして、グローバル経済社会に立ち向かう日本の平和的スタンスの提示でしょう。国交省や船社が、その政策的支援に乗り出していかなければなりません。
 それと同時に、産別労働組合としての全日本海員組合は、この共生への取り組みをグローバルな組合理念に合致するものとして、フィリピンなどのアジアにおける船員団体と共に、足並みをそろえて行動していくことが必要でしょう。

② 富山でのアジア共生への挑戦 
 アジアにおける共生への実践例として、旧富山商船高専における新学科(文系商船学としての国際流通学科)づくりと富山大学附属小学校での〝環日本海域小学校授業交流〟への取り組みを紹介しましょう。これらは地方の商船学校や小学校においても、責任者が取り組む意思があれば可能であることを示しています。
 なお、言うまでもなく、このアジア共生という実践例は、四面環海の日本に住み、アジアで負の歴史を背負う日本人のすべてが、幼少時から育んでいかなければならない海と関わる基礎・基本の学び方であると考えています。その育みの実践は大変難しいことではありますが、筆者自身が職場で実践したものであり、机上の空論ではありません。

○旧富山商船高専での取り組み
 明治39年に地元の商工会の肝いりで誕生した歴史を持つ旧富山商船高専に、1996(平成8)年、文系の新学科〝国際流通学科(環日本海学科とも称された)〟が誕生しました。これは、地元でバイ船と言われた北前船による商業活動のエッセンスを取り入れたもので、工業系への学科改組が主流であった商船系大学・高専に初めて認められた商船学を踏まえた文系学科でした。
 この学科は、富山という地域での海とのかかわりの歴史を現代風にアレンジした国際ビジネスパースンづくりの新学科で、次の4点がこの学科の主な特徴になります。
 第一に、英語は必修で、ロシア語、ハングル、中国語のいずれかを選択必修としたこと。
 第二は、校内練習船やカッターを使っての海洋実習体験を必修授業としたこと。
 第三は、英語圏(オーストラリア)のほか、環日本海諸国(ロシア、中国、韓国のいずれか)へ出かけての1ケ月間の異文化体験学習を履修すること。
 第四は、情報機器を使って、様々な情報を扱えるようにすること。
 それに加え、学科採用の新人教員(海技免状所有者は除く)にも、商船学科の基本になる操艇実習や校内練習船実習を義務づけて海洋関係行事に理解を示す教員の育成を行いました。
 海外へ出かけての異文化体験学習は1ケ月間で、学生たちが近隣アジア地域の人々との共生を肌で感じながら学ぶ機会になるようにしたものです。
 そのうえ、自立心を養うために、学生たちだけで、つまり引率教員なしで、その研修を実施していくように配慮したものです。行先は英語圏がオーストラリアのジェームス・クック大学で、環日本海域はロシア・ウラジオストクがネヴェルスキー海洋大学でのロシア語とロシア文化の研修、中国・大連の海事大学での中国語研修と中国文化の研修、さらに韓国・ソウルの延世大学校でのハングルと朝鮮半島文化の研修等をそれぞれに分かれて実施しました。
 もちろん事前に、それぞれの大学へ教員が出向いて、カリキュラムの打ち合わせを行い、お仕着せの語学カリキュラムを利用することは避けました。また、付き添い教員なしというかなり無謀にみえる海外研修でしたが、事前の打ち合わせを相手大学と念入りに行ったことは言うまでもありません。
 その評価ですが、一昨年(2015年)までの旧国際流通学科卒業生たちから聞き取りをした限りでは、その海外研修はその後の人生に役立つ大変有意義なものであったことが確認され、このような〝アジア共生のための海外研修カリキュラムの設定とこの実施方法〟は、極めて有意義なものであったと思われます。
 ただし、その後、ニュージーランドでの英語研修中、地震発生による建物倒壊で多くの死傷者が富山外国語専門学校の生徒に生じたこともあり、海外研修の方法には修正が加えられていきましたが、このやり方は、いまでも若者の自立心を育てることに大変有意義なものであると確信しております。
 新湊甲種商船学校設立当時(明治39年)、外航船員育成という海運近代化にかける地元の情熱は大変高いものがあり、この〝国際流通学科〟はその再現に近いものでした。しかしながら、2007(平成19)年の高専における〝選択と集中政策〟という行政改革の一環で、伝統ある富山商船高専の名前がなくなると同時に、この学科名も〝国際ビジネス学科〟へと変更され、設立当初の理念とそのもとでの様々な内容は封じられつつあるといえましょう。


○附属小学校での環日本海域授業交流の実践
(次号に続く)