ー 商船船員を魅力あるものにするために 20 ー 

雨宮洋司(富山商船高専名誉教授)

目 次
Ⅰ 最初に述べておきたいこと
Ⅱ 商船船員(職業)にこだわる
理由
Ⅲ 船員(職業)特殊性論の展開
Ⅳ 海陸職業を同一視する諸相
と抗い(あらがい)の視点
Ⅴ 特殊性を克服する諸政策の断片(船員労働団体の混乱と船員部会での議論)
(最終章)
Ⅵ 新船員政策のために 
1.特殊性を克服する諸施策の基本
(1)船員制度近代化政策失敗の総括
(2)近代化政策破たん要因の探求
(3)謝罪の必要性と二つの失敗要因
(4)新船員政策づくりの要点
2.船員教育研究機関の再構築と船員の新役割
(1)再構築へ向けて
①行政改革の展開と商船学の動揺
②両商船系大学の国策対応と商船学
(以上前号まで)
③商船系高専に関して
④商船系大学・高専に共通の課題
⑤国交省の船員教育機関に関して
(以上今号)
・・・・・・・・・・・・・・


③ 商船系高専に関して
○商船系高専の位置づけ

 商船系高専と商船系大学は、戦前の高等商船と地方商船の位置づけとは大きく異なってきていることをまずは認識しておかなければなりません。
 商船系高専に設置されている商船学科(入学時点から航海コースと機関コースに分かれる)は、合併前の旧両商船大学で採用されてきた制度、つまり航海と機関の学生全員に航海訓練の乗船実習を履修させており、中卒で入学して5年半かけて座学と実習課程を修了した者だけに、商船学科卒業の資格を授与することになっています。
 これは海技免状取得との一体化であり、船舶職員養成という国策に沿った学校制度を維持しているといえるわけで、商船系大学が船員希望者だけを乗船実習科へ進ませる制度設計をし、国交省の海上技術学校(旧海員学校)もその後追いをしたこととは異なります。
 その意味では、船舶職員養成教育だけを行う学校のままになっていると思われるかもしれませんが、商船学科(高専)課程の上に専攻科(2年間)を設けて7年6ヶ月の学部となって、学士号も授与できる機関になっていることから、今や新たな〝商船大学〟が誕生していると見たほうが良さそうです。
 戦後、旧商船高校として出発しましたが、高度経済成長時代に高等専門学校制度の仲間入りをして商船高専になったわけです。高専制度は中学卒業生を5年間かけて中堅技術者に仕上げることで生まれたものですが、商船高校の高専化は、戦前からの大学昇格化運動の延長線上にあり、さらに、戦後、高校3年プラス専攻科2年の計5年が修業年限になったので、高専昇格は卒業が6ヶ月延長しただけになります。
 そのような歴史を知る関係者にとっては、制度は異なるが大学昇格とほぼ同様の高等教育機関の仲間入りをしたことが当然視されていたといえましょう。
 通信士を輩出していた全国の国立電波高校も、ほぼ同時期に電波工業高専となりました。
 その後、大学進学率の増加という大学大衆化のなか、高専は一貫して求人倍率が高水準に推移したうえ、その目的に大学と同様の開発技術者育成の役割が加わり、大幅な実験実習時間の確保と、きめ細かな教育研究指導を続けるなか、教員と学生が一緒に地域企業の技術開発と諸問題の解決をも担っていく社会貢献を積極的に行うようになります。それに伴い、高専教員の研究態勢も充実する質的変化を遂げます。
 やがて、すべての教員が博士号(主に工学博士)を取得することが前提となり、科学研究費の取得件数や海外の大学・高専との共同研究で近隣大学と競争し、前述の専攻科課程(学士号の授与課程)をも併設したことから、名実ともに高等教育機関の位置を獲得したうえ、最近では技術院と称する大学院設置の検討も行うところが出てきております。
 他方、大学のほうは大学院を優先させて研究基盤強化の展開をしていったのですが、高専のほうはあくまで教育と研究を切り離さない仕組みのなかでの充実策を模索・展開してきている点には注目すべきです。
 このような動きは、商船系高専においても同様です。他の工業高専との大きな違いは、船員制度近代化に伴う航海学科と機関学科の合併策で商船学科を誕生させ、代わりに二つの工業系学科を設けて商船高専そのものの規模を維持したことです。
 ところが、船員制度近代化への対応教育策が頓挫してしまったことから、各商船高専は新設された情報工学科や電子機械(または電子制御)工学科が主流となり、一層の工業高専化が加速されていったのです。


○商船系高専政策への注目点
 2009(平成21)年には、さらなる高度化ということで、スーパー高専づくりが開始され、キャンパスを別々にして、近隣の二つの高専が合併するという行政改革が進行し、四つのスーパー高専が誕生しました。そのうちの一つが旧富山商船高専であり、他の三つは旧電波高専になります。
 こうした経緯のなか、旧富山商船高専に注目しながら、いくつかの問題点を指摘することにしましょう。
 第一は、船員制度近代化政策による運航士教育が失敗したからと言っても、商船学科を元の航海学科と機関学科に戻していくことは困難な状況です。なぜならば、すでに、商船系の教員の代わりに工業系教員の新採用が行われ、実験諸設備もその学科にふさわしいものに切り替えられているので、後戻りには相当の時間と予算がかかります。
 必要なことは、国交省と文科省が連携した長期的視点での新たな力強い商船系高専支援策です。
 第二は、1970年代央からの海上就職率の低さが続いた結果、その間、工業系高専への高い求人倍率に支えられ、商船学科卒業生の活躍も陸上企業で行われることとなり、海で鍛えられた卒業生の評判も年々高まって、それら企業との結びつきも強固になっています。
 ところが今度は日本人船員の確保育成が重要になったということで、中学生やその保護者へのPR内容を微妙に変更させて、優秀な中卒者入学に結びつける努力がなされつつありますが、それを軌道に乗せるには時間が必要です。
 第三に、商船学科そのものの特色となる校内練習船やカッターなどの海洋系実習施設を、新設の工業系学科学生にも開放することは大変重要なことですが、商船系教職員の少数定員化と予算減少が進むなかでは至難なことになってきました。地域開放の困難さも同様です。
 旧富山商船高専の場合、北前船活動の地域史を意識して、特別に新設された商船学系の文系新学科〝国際流通学科〟にあっても、練習船を使った対岸諸国学生との交流事業の構想は高く評価されましたが、現実には、海技免状を目指す船員養成の学科ではないことなどを理由に、実現できなかったことは指摘せざるを得ません。
 第四に、商船学科に設けられた専攻科の名称検討では、東京と神戸の旧商船大学のあり方が色濃く反映されることになります。富山、弓削、広島は海事や海上交通のシステム工学専攻になり、大島と鳥羽は、工学を付けないで、海上システム学や海事システム学となりました。このことは今後とも、商船系大学のあり方が商船学科を持つ高専に強い影響を及ぼし続けることは十分考えられます。
 しかし、富山高専(旧富山商船)校長は近くの富山大学工学部教員出身者になっており、他の商船高専も商船系大学からの校長就任ルートが指定席とならない段階に入っているので、その影響力には限界が出てくるでしょう。
 第五に、高専制度が出来て50年以上も経ち、内容も充実し、就職状況も良いというのに、いまだ社会における知名度の低さが続いているということは、国民の目から見ると、戦後学校制度の本流は6・3・3・4制度であり、高専制度はなかなかその本流に乗れないことを示しております。したがって、学生や保護者からの要望もあって、高専3年終了での高卒認定と卒業生の4年制大学学部編入や大学院への進学のための制度設計は早くから行われております。
 国交省の海上技術学校の場合も、入学後3年の終了で文科省の高校終了の認定がなされるようになっており、本流の文科省学校制度の考え方が影響していることを示しています。
 海上技術短大校の方は、2年間のなかに航海訓練所での9ヶ月間の練習船実習を組み込んで、国交省独自の短期大学校づくりになっておりますが、今後、文科省の大学編入学制度設計の要望が高まる場合、国交省独自の短期大学校づくりは限界になるでしょう。
 第六に、最近行われたスーパー高専づくりで合併の対象になったのは旧富山商船高専と三つの旧電波高専です。それらはいずれも外航船舶職員養成の国立商船高校と(船舶)通信職員養成の国立電波高校の流れをくむ高専であったことを考えると、文科省の行政改革は、国交省の船員政策等をにらみながらそれなりに連動して行われている点が見られるわけで、スーパー高専が文字通り順調に〝スーパー〟な高専に育っていくかどうかは予断を許しません。
 第七に、商船系高専と海運業・海事関連産業などとの関係で考えておかなければならないことがあります。それは商船高専の位置づけにかかわることです。商船系大学は他大学との合併で、以前の商船大学とは異なり、「海洋」という政治目標=国策に対応するための新しい動きをしており、船舶職員養成に関しては少数の秀でた者を送り出せばよいとする役割の期待感が読み取れます。
 しかし、商船系高専の商船学科の場合は、各校の定員は航海と機関の統合学科に向けて、120名から80名へ、さらに40名へと漸減されていきましたが、幸い船舶運航学術の授業内容の高度化や従来通りの船舶職員養成システム(慣海性と共同生活を重視した人づくり制度)を、なんとか維持してきていることには留意すべきです。
 ただし、それにリンクしていた全学全寮制度は廃止され、寮当直のノウハウも途絶えたうえ、寮は外国人留学生にも対応した個人の生活を重視する大学・高専共通の学寮運営態勢になっていることから、船員(職業)と深くかかわる共同生活の学びについては、乗船実習機関や就職後の船社に委ねられることになったといえましょう。
 以上、第一から第七にわたって述べてきた商船系高専の問題点を、外内航の日本人船員不足と絡めて前向きに考えていけるかどうかは、国交省が打ち出す船員政策及び海運業界の姿勢とその内容如何になるでしょう。つまり、外航だけではなく、内航やその他の海事関連企業群が商船系高専卒業生を迎え入れられるように、魅力ある条件提示が出来るかどうかにかかっているといえるのです。
 船社等からの求人に対する商船学科卒業生の反応は、工業系諸学科の卒業生と同じ土俵の中で行われる傾向(海陸どちらが良い条件提示をするかに基づく選択)になることを、海事関係者は忘れてはならないことです。
 もう一つ指摘しておきます。今日、商船学科の卒業生(商船学を履修して、航海訓練実習を経た者)が陸上の諸企業で活躍していることは、船員(職業)としてあるいは海事関連産業で活躍している商船系卒業生達との連携プレイの仕事ができるというメリットがあることも知るべきで、陸企業で築き上げてきた商船高専卒業生たちの実績は尊重したいものです。
 このようなことを考えると、乗船実習訓練費を自己負担にして、海技免状取得を前提とした船社就職予定者のみに乗船実習をさせるという考え方は、羊頭狗肉の策としか言えません。

④ 商船系大学・高専に共通の課題
○船員職業教育の深化
〝我々は優秀な船舶職員を商船大学・高専に期待しており、学者を期待しているわけではない〟〝頭でっかちの船員は要らない。即戦力船員が必要だ〟といった声をたびたび耳にすることがあります。
このような声が出る背景や要因を探求して、それに応えるのも商船系大学・高専の役割だと考えます。しかし、簡単に答えが出てくるようなものではなく、この日本が当面しているこの時代にふさわしい船長像と機関長像を、長い時間をかけて模索しなければならないのです。
 そのような船長・機関長像は、商船学系の文系専攻の教育研究者がその理論的整理を行って、その主要素を明らかにする必要があります。経営学の管理業務システムまたはその応用になる労働安全システム(ISOなどのリスクマネージメント)としてよく登場するPDCA(plan do check act)サイクルのようなことを、船舶運航管理に焦点を当てて分析して、船長・機関長像の諸要素を析出することも参考にする必要があります。
 そのうえで、船社や国交省の海技教育機構(航海訓練部)が、それぞれの船の現場で〝この人こそ大船長であり、大機関長である〟という人を選び出して、文系商船学研究結果との整合性を図っていくことも必要です。
 現在、筆者が考えている船長・機関長像の主要素は、船員(職業)の特殊性の三要素に対応できる人、つまり海という自然に対応できる人、長期間の集団生活とチームとしての仕事を治めることができる人、大型船体や大規模機関システムの保全・運用ができ、その上に乗船経験のなかで実践力を身につけた人ということになります(映画『ハドソン河の奇跡』に見る機長のように、数秒内の決断が事後のシミュレーション結果に打ち勝てる実践力が備わっていることが必要になりましょう)。
 このような諸要素を持つ大船長・機関長になるためには、航海術と機関術の技能に習熟したうえ、商船系大学・高専で学んだ商船学理論を現場で応用できる力を持たなければなりません。瞬時の適切な判断や実践能力を身につけるためには、船員(職業)仲間が認める大船長・機関長の下での乗船(帆船と汽船練習船や社船)実習を繰り返す必要があります。他の一般的船長・機関長の下での実習の場合は、より長期間を要すると考えれば良いでしょう。
 商船学を遠ざけ、商船系大学・高専教員の研究姿勢が、物理学、化学、地学、生物学等の伝統的学問形成や工学という汎用的学問形成の努力を中心において、商船学という新学問の形成にならない場合、その軌道修正は不可欠です。その意味では、商船系大学・高専の教員こそ、教育の職業的意義を真剣に考える必要があります(本田由紀『教育の職業的意義』〈ちくま新書2009年〉や、『軋む社会』―教育・仕事・若者の現在―〈河出書房2011年〉が参考になります)。
 船舶運航の学術形成を船員(職業)育成問題と一緒に考えない限り、両者の深化は頓挫せざるを得ないでしょう。日本人船員の確保育成問題は、商船学の深まりと並行して行う視点に立ってはじめて、実務界からの批判にも応えることになり、それを反映した国交省の新船員政策は国際的海事モデルの船員版になっていく可能性があります。


○海政策の拠点にふさわしく
 海洋基本計画が示す海に関わる人材の養成、なかでも排他的経済水域(EEZ)における海洋資源開発に関わる人材確保という長期戦略の国民へのアピールとして、政策当局がとった方法の一つは、日本人の海に関わる知識と体験を豊富にさせる政策です。
 いま、東京大学は海洋アライアンス機構を中心に、小学校の低学年時から海に親しみ、海の理解を深めるための教材を新学習指導要領に挿入する準備をしております。
 他方、商船系の大学と高専への政策展開は、商船学研究やその習得者の存在を重視せず、その教育研究基盤の瓦解・縮小の方向を辿っているといえます。このようなやり方では、海上・海中・海底の仕事やその関連業(海洋開発産業)へ向かっていく日本人若者の真の確保や増加は難しいでしょう。
 また、東京大学は海洋に関わる人材育成の拠点にはなりえないと思っています。海と関わる職業人育成を商船学の理論探究と共に行ってきた歴史を持つのが東京・神戸の旧商船大学や商船高専、さらに国交省の船員教育諸機関であると思っています。水産系大学・高校も同様です。
 それらこそ、これまでの実績をみれば、ヒト(船員(職業))との関連での海知識と海体験を行う海人育みの場にふさわしいものであり、そこを拠点にして、小・中・高の生徒やその親たちへそれを波及させていくことが筋道であると考えます。
 船酔いを防ぎながら知識伝授と貴重な乗船・海体験を遂行するためには、きめ細かな工夫が必要なのです。それらは、後述の共生論と海洋市民論との結びつきを意識しながら、商船学の特殊性を礎にして、海に関わる職業人が持つ特徴に結びつくようにその体験内容を準備し、海事・海洋の社会的教養がいろいろな場面で花開くようにしていかなければなりません。
 そのためには、商船学博士号の所持を重視する商船系大学・高専教員の尊重、さらに練習船、カッター、ヨット、サーフィン等の海洋実習設備・施設の充実とその利用拡大こそが喫緊の課題になります。

⑤ 国交省の船員教育機関に関して
 国交省は文科省の商船系大学・高専に直接の関与ができないことから、国交省管轄の海技教育機構(航海訓練部、海技大学校、海上技術学校・短大校等)での船員養成強化策に乗り出しているように感じられます。しかも、それは外国人船員確保政策と絡めながらの政策展開になっているようです。
 しかし、航海訓練部や海上技術学校・短大校等の今後の充実を考えたとき、文科省の商船系大学・高専を突き放して、国交省内だけで船員養成を完結する政策(水先人教育も含む)は得策ではありません。
 外航と内航を区分けして、一般大卒も含めた中から優秀船員を選抜する日本人(外航)船員確保戦略や内航の即戦力船員養成への海技教育機構での対応、船員になるものだけに航海訓練部の練習船を利用させる検討などといった一見効率的に見える船員政策も得策ではありません。
 そうではなく、海に向かう日本の若者の母集団の増大策を商船系大学・高専との強い連携で進めていく、長期戦略の海人教育展開の政策が必要です。
 商船系大学・高専及び海上技術学校・短大校では、航海訓練部への委託による乗船実習が、海技免状取得要件を規定する法令の下で行われている現状を、海人教育という概念に拡充する方向で検討していくことが必要でしょう。
 そのためには、海技免状所持者に必要な要素と、一般国民のための海人教育に必要な要素に区分けすることが必要で、それに基づく航海実習訓練・体験の内容は商船学視点からの検討で決める必要があります。
 ただし、注意すべき点は、航海実習訓練・体験は、乗船して航海すること自体が重要で、あくまで総合的な実習であるべきであり、あまり個々の学術理論と整合性のとれた詳細なカリキュラムに縛られないようにすることが肝要です。その意味では、明治以降、同様の積み重ねをしてきた旧師範学校(現各国立大学教育系学部)の附属学校での教育実習や医学部学生の病院での臨床実習は参考になるでしょう。
 今日までの航海訓練実習は、慣海性や共同生活性の体得と、航海・機関の実務体験を海技免状の内容に絡め船務遂行が出来るような内容になっておりますが、社船との関連で行うべき船舶貨物の取り扱い(積揚、保管と船の安全確保)は抜けています。それは、船社との連係でこなすべきこととはいえ、船舶運航の安全確保実習の観点からは、航海訓練部(国交省)側が乗船実習の一貫責任体制下で行うべき課題です。
 また、練習船費用の節約ということで、船隊規模の縮小を考え、遠洋航海等の規模も縮小するということは、本末転倒であります。実習体験がなければ完結しない学術習得の課程は数多くあり、教育学、医学、薬学、生物学、農学等々の課程はもちろん、理学、工学、宇宙学、海洋学等のうち、室内実験だけでは収まらない、自然現象に左右される学術分野の課程もそうです。
 幸い、日本の商船教育の分野は、明治以降今日までの近代化過程で、座学と帆船及び汽船による乗船実習は切り離せないものとして充実させ、行政的にも整えられてきている歴史がある分野であることを強調しておきましょう。
 今日の海政策は、速やかにその視点を軌道修正すべきで、その第一歩は文科省の教育研究機関でしかできない役割そのものを尊重することから始まります。商船系大学・高専の役割というのは、商船学という学術が持つ〝慣海性〟と〝共同性〟に裏付けられた特殊技術学(学術)の深化とそれを担う人づくりを包含したもので、その支援策こそが必要なのです。国交省の海技教育機構の教員への商船学博士号の授与機関として、あるいは海人の再教育機関として商船系大学・高専(文科省)との強い連携は不可欠になります。
 船舶運航技術問題はもちろん、後述する共生の課題や海洋市民論の展開などは文系商船学研究の成果であり、他省庁の機関や一般大学からはなかなか生み出されないものです。海運業界はもちろん海洋資源開発の産業にあっても、商船学のエッセンスを持ったユニークな人材は必要不可欠であり、様々な将来展望も考えられます。
 それは、あくまで長期的視点で考えることによって可能になるもので、行政目的に沿う国交省内の船員教育機関に焦点を当てた船員政策、しかも海運業界が当面している課題解決への対応という短期的視点での政策では、そのような展望は開かれないことでしょう。やはり海に関わる人材育成は、四面環海の日本にふさわしく、真に省庁を超えた総合的・長期的視点での政策実践の模索を考えなければならないのです。
 こういった諸点に正しい理解を持つならば、それらが行政改革の対象にはならないはずですが、現実の海政策は違います。このままでは、現場で個々的に行っている伝統的海人教育の継続には限界があり、いまからでも、商船系大学・高専や海技教育機構における商船学専攻教員の安定や入学定員の増加に結びつく海政策への転換が必要です。

(2)アジアにおける共生の課題
(次号に続く)