羅針盤編集部

長鋪汽船、推定原因を発表
原因は乗組員の怠惰、安全意識の欠如

 船主である長鋪汽船は、昨年12月28日、座礁事故の経緯(本船の乗組員から聴取した情報)、および推定原因として以下を発表した。
1.座礁事故の経緯(本船の乗組員から聴取した情報)
 本船は座礁の2日前に航海計画を変更し、沿岸からの距離を22マイルから5マイルとした。
 座礁当日、携帯電話の通信圏内に入るべく、さらに2マイルに縮めようとしたが、正確な沿岸からの距離、水深を確認するには、不十分な縮尺の海図を使用していた。また、レーダーや目視での適切な見張りを怠った結果、沿岸から0・9マイル沖の水深10ⅿの浅瀬に座礁した。
2.推定原因
 事故以前にも沿岸に複数回接近しており、安全意識への認識が不足していた。
 また適切な航海計画の立案と実行、海図の保有と使用が行われていないことや、レーダーや目視の当直業務を怠っていたことから、航海安全のために遵守すべき規程の認識不足と不履行があった。』
 そして、推定原因に対する再発防止策として、次の3項目を挙げる。
『1.安全意識の不足に対して
 (1) 乗船前教育の立会
 (2) 上級職員の評価
 (3) サーキュラーによる注意喚起
 (4) 訪船(乗組員との対話)の実施
 (5) 船内及び勤務状況の評価
2.必要な規程の認識不足や履行不十分に対して
 (1) 航海関連規程の遵守徹底
 (2) 電子海図運用に関する教育の実施
 (3) 電子海図の運用に関するフェイルセーフの導入
3.ハードウェア対応
 (1) 船橋内監視カメラによる抑止力強化
 (2) 船舶通信設備の向上
全自社船に高速大容量通信システムを搭載予定
 (3) 動静監視システムの導入の検討』
(傍線は筆者。詳細は同社ホームページ参照)
 ここには、乗組員はなぜ携帯電話の電波を求めたのか、見張りを怠るに至った理由は何か、適切な海図はなぜ備えられていなかったのか、上陸禁止や超過乗船などコロナの影響はなかったのかなど、乗組員が置かれた状況に寄り添って調査考察した形跡が見られない。
 事故はあくまで「乗組員のせい」で、同社本社や用船者の商船三井には、何の落ち度もないと言いたいように見える。
 「現場の視点」は何処に行ってしまったのだろうか。

難航する船尾撤去作業
 今年8月の事故報告第12報で以下のように発表した。
 『沿岸約30キロにわたり漂着した油は関係当局や現地住民、油獨清掃業者の尽力により本年1月9日に除去作業が完了。
 モーリシャス当局及びモーリシャス政府より委嘱されたフランスの環境調査会社によりサーベイが実施され、どの場所においても環境調査会社が定める清掃基準に達しており、これ以上の清掃は必要ない旨の見解が示された。
 環境省のチェアマンより、清掃が完了した事を認める旨の説明がなされ、これにより本船から流出した油の回収は完了したが、引き続き残存部からの万一の油分流出に備え、清掃業者を起用して拡散防止設備を備え、油濁処理班を待機させて警戒にあたらせている。』
 同社は、地域社会や個人からの問い合わせや苦情に対応するため、モーリシャス当局と協力して窓口を設け、関係法律や国際条約に従って誠意を持って対応するとしている。
 船尾部の残骸撤去作業については、契約した中国の会社が、今年2月から撤去作業を開始したが、3月中旬以降は海象・気象が悪くて作業が行えず、海象・気象の回復が見込まれる9月後半に作業を再開できるのを期待しているとのこと。
 しかしその後の発表はなく、撤去作業は難航しているとニュースは伝えている。
また、沿岸に漂着した油の撤去は終了したものの、海底への沈殿やマングローブなどの植物、海洋生物の調査には長期間を有すると報道されている。

商船三井の発表から
 同時期、商船三井も長鋪汽船と全く同内容の事故の経緯および推定原因を発表した。
異なるのは、再発防止策に以下が付加されている点である。
 ※同社の全仕組船に、電子海図を購入するためのプロセスを踏まずに全世界、全縮尺の電子海図を閲覧できるサービスプランを導入する予定。船主にも働きかける。
 ※陸上のサポート体制の強化として、運航担当者の技量向上および業務手順の見直し。
 ※24時間監視体制を強化し、有人監視に加え、座礁リスク監視システムの導入を計画する。
 ※船主への関与を強化するとして、個別相互訪問、履歴確認・直接対話等で上級職員選定に関与する。また、船主に求める品質基準を見直し、検船、訪社により必要に応じて改善要望を船主に提示し、船主選定評価手順を確立する。
 ※通信設備の向上として、同社仕組船については、高速大容量通信システムを全船に搭載する。船主にも要望する。
 ※これらに対処するため約5億円相当を投資する。
(傍線は筆者。詳細は同社ホームページ参照)
そのほか同社は「モーリシャス自然環境回復保全・国際協力基金」などに総額約8億円規模を拠出しているが、「支援」「協力」「社会貢献活動」の立場を崩していない。
 また、長鋪汽船と商船三井が発表した推定原因は、事故直後の9月7日にパナマ海事庁が船長、一等航海士からの聴取に基づいて行った初期発表と符合する。その後、今日までパナマ海事庁は何も発表していない。
なお、パナマ海事庁は、事故直後の8月19日に、同国の便宜置籍船への対応に関する各国マスコミの報道が、事実と異なりパナマの船籍登録システムを誹謗しているとの抗議声明を発出している。

運輸安全委員会の調査
 事故の直後、国交省は事故調査本部を設置し、昨年9月に調査団をモーリシャスに派遣した。(団長は海上保安庁元長官佐藤雄二。元巡視船通信士)
 半月余りの調査で船長や一航士を含む乗組員からの聴取、船体の調査、モーリシャスの調査機関であるブルーエコノミー省海運局、環境省、沿岸警備隊、サルベージ会社等から聞き取り調査を行い、資料を収集した。
 また、長鋪汽船と商船三井からも聴取と資料収集を行ったことが報道されている。
 同委員会は、今後モーリシャスやパナマと協力して原因を究明し、再発防止策を策定するとしている。今年7月、「収集した資料を精査・分析中で、最終報告書の公表には時間を要するので、同種の事故を防止するため、事故の概要、調査の経過及び現時点で確認された事実情報等について、経過報告を行う」と発表したが、未だ出されていない。
 同委員会にとって、他国海域で発生した日本籍船以外の調査は初めのケースである。
(次号に続く)