柿山 朗(元外航船員)

第一章 軍の論理
第二章 民の論理
第三章 溶け合う軍と民
(1) 軍事機能の民営化
(2) 商に揺れる民
(3) 強制と任意のはざまで
(4) 湾岸戦争と民間船
(5)「下船の自由」という権利
(6)「下船の自由」を巡る対応
(7) 旗と国家
(8) 戦後初の海外派兵
(9) 戦没船員碑のいま
(10) 自衛隊の中東派遣と船員
(11) 中東派遣は戦争への道
(12) 潜水艦と民間船


(13)海賊対処法と船員
⑴ インド洋の海賊と船員
①ソマリア海賊とジブチ
「自由で開かれたインド太平洋」というフレーズを最近よく耳にする。日本に住む我々にとって、眼の前にある太平洋は分かる。
 だが、遥か遠いインド洋となると範囲は漠としている。東はマラッカ海峡、西はアデン湾の入り口あたりだろうか。インド洋の東西端の共通点は海賊の出没海域という点である。 
 アデン湾と紅海に面した人口90万の東アフリカの小国でソマリアの隣。これがジブチ共和国である。
ソマリア沖の海賊はもともと漁民であった。長引く内戦で無政府状態が続き、欧州やアジアの漁船により魚が乱獲されたこと。放射性物質が多量に含まれる産業廃棄物が欧州などから持ち込まれ投棄されて地域住民数万人が発病、住民の生活を支えていた漁業が出来なくなったこと。その結果、困窮した漁民が武装し海賊となったといわれる。


②基地の国ジブチの今
 ジブチには自衛隊唯一で戦後初の海外基地が存在する。自衛隊海外派遣部隊の支援拠点であり、有志連合海上作戦部隊(CⅯF)傘下の、ソマリア沖・アデン湾海賊対処部隊第151連合任務部隊(CTF151)に加わっている。
 CⅯFの司令官は米国中央海軍兼第5艦隊司令官が兼務しており、米軍中心の多国籍部隊であるCTFは、完全に米国の指揮下にある。
 護衛艦や哨戒機P-3Cの乗員や整備員などで構成された約300名からなる海上自衛隊、これを支援し拠点の警備などを担当する陸上自衛隊員約100名が常駐する。加えて航空自衛隊の空中給油・輸送機も任務にあたる。今ジブチでは陸海空の自衛隊が揃って活動している。
 一方、ジブチには中国も人民解放軍初の海外基地を持つ。米国やフランスも空軍基地を置くが、近年は日本と中国の突出した外征軍化が目立つ。

インドネシアの異議申立て
 2008年6月以降、ソマリア沖における海賊対策に関する国連安保理決議が度々採決され、ソマリア沖への軍艦や軍用機の派遣が各国に要請された。これに基づき各国はソマリア沖の公海のみならず、領海内や国内で必要な措置を取ることが可能になった。
 これら決議は全会一致とされる。だが、決議に猛反発したのが非常任理事国のインドネシアだ。
インドネシアの反対で決議はソマリアに限ると修正された(雑誌「国際問題」583号)。
理由は、マラッカ海峡を抱えるインドネシアでは、さまざまな他国の軍艦が来ては主権がおびやかされること。さらには海賊対策のアジアモデルが成功へ向かっている、という自負であろう。


④アジアモデルとは
 軍事評論家の前田哲男さんはアジアモデルについて次のように述べる。(しんぶん赤旗2009年2月15日)
「日本の海上保安庁が提唱し、主導する非軍事的なアジア諸国の海上保安協力を指す。これにはASEANだけでなく中国、韓国など16カ国が参加している。具体的には海賊対策やテロ情報の共有。多国間での共同訓練やパトロールの実施である」。
ソマリア沖の「軍の論理」対し、「民の論理」で海賊対策が進められているのがマラッカ海峡と言える。
 
⑵ 組合声明及びITF方針
①海員組合・船主協会の共同声明

『アデン湾を航行する船舶とその乗組員はこの瞬間も海賊の脅威にさらされているという状況であり、一刻も早い対応が求められている。
法整備をした上でなければ海上自衛隊の活動が十分に行えないとの意見を聞いているが、たとえ艦船によるエスコートのみであったとしても海賊行為抑止に効果が期待でき、現場の乗組員にとっての安心感は測り知れないものがある。国連決議に基づき、まずは現行法の枠組みの中で海上自衛隊艦船の派遣を早急に実施することをお願いしたい。』(原文のまま)

護衛艦「いかづち」艦上の海員組合長ら。ジブチにて

②海賊行為へのITF方針(要約)
※ITFの船員部会は、例外的な場合を除き、船舶はこれらの海域を通過しないようにすることを決定した。攻撃の危機が高まっており、船員を危険にさらすことは、船主の注意義務違反になる。
※例外的な場合は以下の通り。
 近くから海軍の積極的な保護を受けるか、十分な護衛艦を装備した護送船団内にいる場合。船舶が低リスクに分類され、証明された水準の保護措置が施されている場合。
※船員が高リスク区域に船舶を航行させることを拒否したことにより、不利益を被ることがあってはならない。
※船員は自らを危険にさらすこ
とを拒否し、高リスク区域に船が入る前に下船できる権利を有する。
※ITFは旗国に船員の権利を擁護するよう要請する。
※ITFは、船員は武装すべきでないとの立場を再確認する。

③組合・船主の共同声明に思うこと
 海賊海域への就航を前提としてしまっている。危険海域へは行かない、行かせないがこれまでの原則ではなかったか(千代田丸事件最高裁判決)。
 何故それほどまでに自衛隊の派遣を急ぐのか。海賊海域に近づかず、迂回ルートをとればよいではないか。
実際、多くの船舶は海賊海域を回避している。例えば欧州向け自動車船は全船が喜望峰経由へ切り替えた。自動車メーカーにとっても余剰在庫を圧縮できるメリットがあるからだ。(日本海事新聞2009・1・26)
コンテナ船においても通行料負担の重いスエズ運河ルートを回避した。喜望峰ルートの活用で、需要減と運賃下落での採算悪化に対応する。(同2・24)

④ITF方針に思うこと
 海賊海域を通過しない原則、下船の権利、高リスク海域航行の拒否権など、船員の権利について明確で良い。
 しかし、幾つかの例外規定は、抜け道のないように厳密に実施されなければならない。
また、偶発的な銃撃や挑発等を避けるため船員は武装すべきではないのはもちろんだが、民間の武装ガードの乗船についても否定し、運用を統一すべきだ。


⑤政府は何故、保安庁巡視船ではなく自衛艦を派遣するのか

 政府は、ソマリアは遠く、長期連続行動が可能な海上保安庁の巡視船は1隻しかないこと、海賊は重火器で武装していること、諸外国は軍艦を派遣していること、の3点を自衛艦派遣の理由に挙げる(安倍首相談話)。結局、10年を経た現在まで大型巡視船の建造はなかった。 
 政府は欧州など他国と比較するが、諸外国の多くは沿岸警備隊などの組織を持っていない。

⑥海賊対処法の成立
 2009年6月、同法が成立した。主な点は次の通り。
※海上警備行動の保護対象が日本国民の生命・財産に関わるものとされたのに対し、あらゆる船舶が保護対象とされた。
※武器使用権限として接近する海賊船に対する危害射撃を許容する停船射撃が規定された。
※海上警備行動と同様に、第一義的には海上保安庁が、同庁が対応できない場合には自衛隊が対処することになった。


⑶ 憲法改正と船員
①憲法9条と自衛艦の派遣

 9条は2項から成るシンプルな条文だ。永久に放棄するのは国対国の戦争ばかりでなく、武力による威嚇と行使を含む。海賊との戦闘やテロとの戦いも禁止している。相手は国ではないから9条違反ではないという主張は通用しない。

日本国憲法9条
①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない

②自衛艦派遣の狙いは何か
 9条に踏み込むまでもなく、自衛隊はこれまで特措法でインド洋、イラクへ派遣、ソマリア沖へは現行法で派遣、と活動の舞台を広げてきた。海賊対処法では、任務遂行のための武器使用基準も盛り込まれた。
 2006年、当時の石破防衛大臣を中心に「海外派兵恒久法案」作りに着手した。その真の狙いは海賊対策ではなく武器使用基準の緩和と海外派兵である。同法案は、駆け付け警護の際に自衛隊の武器使用を認めるPKO法の改定という形で成立、集団的自衛権を認める一連の安保法制(戦争法)へと繋がっていく。
 戦後日本は、自衛隊は持つが海外派兵を拒否することで9条を保ってきたが、今や、改憲がすぐ先に待ち構えている。
 もはや「自衛隊さん、守ってくれてありがとう」は有り得ない。

③海員組合の責任
 自民党は改憲について自衛隊を明記した3項を加え、2項の空文化を狙う。昨年12月、自民党の衛藤征士郎・党憲法改正推進本部長は「日本会議」系の集会で改憲発議を強行すると述べ、波紋を広げた。秋には総選挙がある。海事振興連盟会長である同氏は、改憲の理由に海員組合の海自派遣要請を挙げかねない。このような状況でも組合は彼を組織推薦し続けるのだろうか。
 かつて、ペルシャ湾への掃海艇派遣は戦後初の海外派兵であった。当時、海員組合の陳情が発端と報じられた。今、ジブチは戦後初の海外基地である。船員社会へ向けられる疑念を払しょくする責任が、不戦の誓いを看板に据える海員組合にはある。

④大声で叫べるのは海の男
 幾度も魚雷に撃沈された経験を持つ木村利三雄さん(元日本水産機関士・機関長)は戦争法成立の翌年、若い人に伝えたい、として次のように述べる。 
『安倍内閣は何を考えているのか。米国に迎合するためのものか。軍事予算を増大するための手段なのか。いずれにしても危険きわまりない法律だ。断固たる反対の態度を表明して廃案にする必要がある。それを大声で叫べるのは悲惨な経験を持つワシたち海の男の他に誰がいるのか』(羅針盤18号、海風気風) 
(次号へ続く)