国と船員保険部の策略で審理中断(編集部)

突如管轄裁判所の変更を請求
 ビキニ被災船員と遺族は、健保協会船員保険部による労災不認可決定の取り消しと、水爆実験後に日米政府の政治決着により、加害者であるアメリカへの損害賠償請求権が失われたことに対する国の補償(公共のため特別の犠牲を払ったことに対する憲法29条に基づく正当な補償)を求めて昨年3月高知地裁に提訴した(本誌31号参照)。
 その第1回口頭弁論が、昨年7月31日、高知地裁で開かれた。
 当日は第7大丸無線士下本さん、ひめ丸機関部員増本さんの遺族が切々と陳述を行った。
 しかし被告である国と健保協会船員保険部は、実質審理に入ることを拒み、突如、裁判進行への疑義を申し立てた。
 船員保険部は、高知地裁から東京地裁への管轄裁判所の変更(裁判管轄権の移送)を請求。 一方国は、労災裁判と補償請求裁判は全く別の裁判であると主張し、両者を分離し、労災裁判は東京で、補償請求裁判は高知で行うよう請求したのだ。
 これに対し弁護側は「国民の権利救済の便宜という行政事件訴訟法の趣旨に反する。重要な証拠資料や証人が存在する土地の裁判所で審理を行うことで円滑化、迅速化が図られる」、「日米合意による給付と労災給付は関連している。原告や元乗組員らの被ばくや発症証言も共通している。何より高知と東京で二度証言することは迅速化による国民の権利救済に反し、80代で持病を抱える被災船員や家族の便宜が損なわれる」と反論した。
 原告らは「この期に及んで、審理に入る前の申立で時間を費やし、高齢の原告被災船員の気力と時間を奪うようなやり方は許されない」と憤る。
 しかし裁判所は、「東京に移送するか否か、二つの裁判を分離するか否か」の文書による主張合戦を双方に求め、第1回から一年を経過した現在も、2回目の口頭弁論は開かれていない。


日弁連が意見書を提出
 昨年7月20日、日本弁護士連合会は、「太平洋・ビキニ環礁における水爆実験で被ばくした元漁船員らの健康被害に対する救済措置を求める意見書」を統一見解としてまとめ、政府および国連人権委員会へ提出した。
意見書は以下を求めている。
1、ビキニ事件に関連する資料を保全・開示し、被ばくした元漁船員らの実態を把握するために調査を実施すること
2、被害者らに対し、被ばくによる健康被害及び精神的損害に対する補償や生活支援などの金銭的補償を実施すること
3、生存する元漁船員らに対して、専門医による健康相談を実施すること


核兵器禁止条約上の国の義務

 今年1月に発効した核兵器禁止条約は、「締約各国は、核兵器の使用や実験に伴って悪影響を受けた管轄下の個人に関し国際人道・人権法に従って十分な支援で救済すること(第六条、被害者支援と環境改善)」と規定している。
ビキニ環礁の水爆実験に遭遇した船員は、まさに核実験の被害者に他ならない。条約の発効により、過去にさかのぼって核実験の被害者を救済する施策が国際的に求められている。


大石又七さんが逝去
 第五福竜丸の乗組員(冷凍士)大石又七さんは、誤嚥性肺炎で今年2月末から入院していたが、さる3月7日逝去された。
 大石さんは14歳で漁船に乗り、第五福竜丸最後の生存者として、肝臓がんを患いながらも、死の灰の恐ろしさを訴えて全国を回り、生涯を核廃絶の運動に捧げられた。2010年に国連で開かれた核拡散防止条約会議での演説は有名。87歳だった。
(編集部)