安保法制違憲訴訟で原告陳述(東京高裁)

竹中 正陽(まさはる)

 憲法9条の解釈を変更し、集団的自衛権を容認する安保法制に対し、全国22の裁判所で原告7700名が違憲訴訟を提起している。しかし、各裁判所は憲法判断を避けたまま、「現在、戦争の危険性はない」、「原告らは出動命令を受ける地位にない」等の理由で門前払いを続けている。(本誌22・27・31号、安保法制違憲訴訟の会HP参照)
 私は、安保法制が船員に及ぼす影響について東京地裁で証言したのに続き、東京高裁でも陳述の機会を得た。以下は高裁に提出した陳述書です。


陳述書(東京高裁)
  2021年5月20日
  竹中正陽(船員)

 私は、外国航路や日本沿海航路に就航する船の船員です。40年にわたり、タンカーや鉱石船で世界20数か国を回り、原油や鉄鉱石を日本に運んできました。現在は、大手石油会社の製油所で燃料を積み、大型フェリーや外航船に燃料を補給する重油タンカーに乗船しています。


「平和愛好国」日本のブランド
 その間、戦争に遭遇することこそありませんでしたが、難民船の群れや海賊が出没する海域を縫いながら航行することは日常茶飯事でした。
 海賊には2度襲われ、いずれも乗組員がロープと猿ぐつわで縛られて人質になりました。2度目の時は、日本の船ではあっても、日本人は私を含めてわずか2名、残りの20人はフィリピン人でした。真夜中に10人の海賊が乗り込み、フィリピンクルーを人質にして立てこもり、私たちもバールや斧で武装してにらみ合いが続きました。この時は「ああ、俺はこんな所で死ぬのか」と死を意識しました。幸いスコールがやみ、夜も明けてきたので、海賊は港湾警察や軍隊が来るのを恐れて退散し、ライフラフトなどの船用品が奪われただけで済みました。
 海賊に限らず、東南アジアやアフリカの港では、言語や宗教、国民感情の違いから、予期せぬトラブルが絶えず発生します。積荷の量や質のクレーム、税関や検疫官の差し止め、窃盗の侵入や上陸した乗組員と官憲の間のいさかい等です。そうした時、大きな問題にならないように、現地に赴任している商社マンや代理店の人が駆けずり回って、解決してくれます。
 その時に役立つのが「平和愛好国」日本のブランドです。日本は中立でどの国とも友好的、戦争をしない国として知られ、日本人は穏やかでお金にきれいな人種として通っています。このブランドはとりわけイスラム地域において効力を発してきました。
 1980年代のイランイラク戦争の只中、日本の船は中立国の証として甲板と船側に大きく日の丸を描いてペルシャ湾の奥深く入り、両当事国から原油や貨物を積み出しました。日本政府は、各国の政府・現地大使館・
商社・代理店と綿密に連絡を取りながら、1隻ごとに進路や通過時間の決定に協力しました。
 その結果、一部の熱狂的兵士による国際法無視の無差別爆撃がある中、世界中で407隻が被弾し333名の船員が死亡しましたが、日本船の被害はわずか12隻、死者2名と配船数の割に極端に少なく済みました。日本が両当事国ともに友好国であったことによります。
 中立国・平和愛好国という日本のブランドは、長年にわたる政府の外交努力の賜物です。敗戦後の再建・復興のため数十年かけて世界各国との友好・貿易促進を求めてきめ細かく配慮されてきた外交姿勢、それを先端で担ったのが現地に赴任した商社マン、企業の技術者・営業マンたちです。私たち船員も僅かながらそれに寄与したと思っています。

ペルシャ湾、ホルムズ海峡

到底守れない2500隻の外航船
 こうした外交努力、「平和愛好国」日本のブランドを一気に喪失させるのが、今回の安保法制です。そこでは戦争に至る以前の、個別「紛争」「戦闘」に際しても、一方の当事国に「後方支援」等の名目で加担・参戦し、範囲も周辺事態の概念をはるかに飛び越え、地球全体に広げられました。
 集団的自衛権が発動され、日本が紛争の当事国になったらどうなるでしょうか。
 近年、日本の海運会社が支配・運航する外航船舶は2500~2700隻に上り、2千人に満たない日本人船員と6万人の外国人船員の手で運航されています。この瞬間にも2500隻の船が世界中の海や港に散らばり、昼夜を問わず稼働して、国民生活を維持するための物資を運んでいます。
地球儀上に各船の位置をプロットすれば、どの海域にも間断なく日本船がいることがわかり、とうてい軍隊で守り切れるものではありません。
 また、日本は、原油・石炭・鉄鉱石・ゴム・綿花・羊毛の100%、天然ガス98%、大豆93%、小麦88%を輸入に頼り、その運航のほとんどを外国人船員に委ねています。いざ日本が参戦すれば、船舶は真っ先に攻撃対象になるので、外国人船員の大量下船が始まることは目に見えています。
 外国人船員のほとんどが加入するITF(国際運輸労連)の労働協約書及び彼らの雇用契約書にも、危険海域への就労拒否権(下船の自由)が明記されています。私は13年間、洋上で彼らと苦楽を共にして来ましたが、家族思いであると共に平和希求の強い彼らが、日本が行う戦争に命を投げ出すとは考えられません。私たち海運産業で働く者の目から見れば、日本は戦争が出来る国では決してないのです。

現代日本の海上交通路(各船の正午位置を点で示す。海上保安庁水路部作成)
太平洋戦争中の日本商船沈没位置図 (赤い点) 元海軍大佐池田貞枝による

※図はいずれも東京商船大学元学長・浅井栄資著「慟哭の海」より


安保法制による海運業への強制
 安保法制では、海運業への強制、命令がはっきり謳われています。事態対処法2条では、大手石油会社や旅客船業者と共に、私の所属する内航海運業も指定公共機関として政令指定されており、「武力攻撃事態等への対
処に関し、必要な措置を実施する責務を有する(6条)」とされています。
 同様に、自衛隊法103条は、防衛出動に際して必要ある場合は「医療、土木建築工事又は輸送を業とする者」に対して従事命令を出すことができると規定し、施設対象として「自動車、船舶、航空機に給油するための施設」、業務従事命令対象者として「船舶運航事業者」が政令指定されています。ここでは、内航海運業だけでなく、旅客船や外航海運業を含む、すべての船舶運航事業者が対象です。
 米軍への物品や役務の提供に関する新日米防衛協力ガイドライン(自衛隊法100条の7に規定)にも、後方支援として、「日本政府は、中央政府及び地方公共団体の機関が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用する」ことが義務付けられています。これを受けて、重要影響事態法9条および国際平和共同対処事態法13条で、防衛大臣や関係行政機関の長は、「国以外の者に対し、必要な協力を依頼することができる」と規定しています。
 海運業者が、許認可権を有する国からの協力要請を拒否できるとはとうてい考えられず、事実上の強制になることが目に見えています。


船員予備自衛官制度の発足
 近年の南西諸島をめぐる争いから、防衛省は「南西シフト」を敷き、それに伴い部隊の大量移送に迫られました。しかし海上自衛隊の大型輸送艦船は3隻しかないため、民間フェリーを借り上げる必要が生じました。
 その際には、船を運行する船員もまた必要になります。
 そこで、安保法制定と同時に、防衛省はその具体化として、それまで海上自衛隊にはなかった制度として船員予備自衛官制度を発足させ、予算も計上しました。通常は民間企業の船員として商業輸送に従事する船員が、有事の際は自衛官として防衛省の命令下に入るもので、月例手当が支給される一方、命令を拒否すれば自衛隊法に基づく罰則が規定されています。
 船員に対して、国が直接命令を出せる仕組みで、戦時中の「徴用」に準ずる形態です。同時に、防衛省は民間フェリー2社と大型フェリー各1隻を10年間借り受ける用船協定を結びました。
 2隻の船員は企業に所属したまま、平時は船舶職員法等民間船員に適用される法律に基づき民間商業輸送を行い、有事は自衛隊法に基づき72時間以内に海上自衛隊の指揮命令下に入り、米軍や自衛隊への物資輸送に当たるものです。

戦車を積み込むフェリーの船員たち
南西諸島に向け、フェリーに積まれる戦車

※いずれも名古屋テレビ放映「防衛フェリー」より


 防衛大臣は「予備自衛官になるかはあくまで本人の志願」と国会で表明しましたが、「事業者は、予備自衛官及び予備自衛官補である本事業船員の確保を促進するものとする」「1号船舶の船員について、予備自衛官又はその希望者であることを確認して雇用する」(業務水準書)ことが2社に義務付けられています。
 このように外堀が埋められた中で、個々の船員が予備自衛官になることを拒否できるわけがなく、拒否すれば退職以外に道はありません。ましてや、通常大型フェリーは、船長、航海士、機関長、機関士、事務長、司厨長等の異なる職種の船員20人ほどが、ワンギャングを組んで運航しています。特定の職種が乗船を拒否すれば、仲間や会社に迷惑が掛かかるので、拒否できるものではありません。
戦時中は国家総動員法に基づく船員徴用令が出されましたが、実際に令状を受けた商船船員はほとんどなく、その航海が軍の荷物と分かっても、乗船中の船に身を委ねる以外に選択肢はなかったとのことです。その雰囲気は今もさほど変わりません。
 フェリー2社の船員を組織する全日本海員組合が、「事実上の徴用」として反対を表明するゆえんです。

全日本海員組合が反対表明
「事実上の徴用」
中谷防衛大臣の国会答弁
「あくまで本人の志願」

※いずれも名古屋テレビ放映「防衛フェリー」より


狙われるのは後方支援=兵站
 後方支援の英訳はLogistics support、兵站を意味します。武力攻撃事態、重要影響事態あるいは国際平和共同対処事態にしろ、戦争状態になれば真っ先に狙われるのは兵站=後方輸送部隊であることは数多くの戦争が教えるところです。
 太平洋戦争では南方への輸送船団が連合国軍の潜水艦や空爆の絶好の餌食となり壊滅的打撃を受けました。その結果、1万5千隻(88%)の船と、6万人の船員が海の藻屑と消え、陸軍(20%)・海軍(16%)に対し、船員の死亡率は43%と、大きく上回りました。
 一旦戦争状態になれば、自衛隊が保有する輸送部隊では到底賄えず、民間の輸送力が動員されることになります。自衛隊法では自衛隊が所有する船舶に限らず、民間船舶であっても防衛省の指揮監督下にある船舶は「防衛省の機関又は部隊等による役務の提供」(8条、100条の6)とされており、敵国の攻撃対象になることは火を見るよ
りも明らかです。

米軍の集中砲火を受けて沈没する日本の商船(米軍提供)


船員は安保法制の当事者
 有事になれば、米艦にしろ自衛艦にしろ、燃料を補給するためには民間のタンカーが不可欠です。したがって、私たち船員、とりわけ燃料輸送に従事するタンカー船員は、当事者以外の何物でもありません。
 私の船は、毎年秋に行われる南西諸島奪還訓練に向けて自衛隊を輸送するフェリーにも燃料を補給しました。洋上での燃料補給は4本~6本の太いロープ(ホーサー)で相手船に横付けして固定し、クレーンで補給用ホースを釣り上げて甲板上に固定し、更に相手方給油口のフランジに8~12本程の大型ボルトで固定します。
 1000㎘の燃料を補給するだけでも、短くて2~3時間、長い時は4~6時間掛かり、その間乗組員は相手船内で常時監視する任務も負います。補給開始時と終了時には相手船の乗組員や立会人も数量や油質確認のため私の船にやってきます。補給中は2隻の船が一塊となっているため、攻撃を受けたら逃げようがありません。

大型船のデッキから補給船を見下ろす。手前の太いのが補給用ホース
大型船のデッキ上のホース
※写真はいずれも筆者撮影

 安保法制により、私たち船員は、たとえ所属企業による業務命令というかたちであっても、実質的・法的には「防衛省の機関又は自衛隊の部隊等」(重要影響事態法6条等)に対して出された命令に組み入れられ、後方支援業務に着く体制が構築されました。中東情勢や、最近の尖閣列島を巡る中国との対立、台湾海峡問題の深刻化から、その現実的危険性は益々高まっています。
安保法制の当事者は自衛隊員に限りません。私たち船員も動員対象になっていることから、私はこの訴訟に参加しました。
 現在、3K、4K職場と言われる内航海運業界では若者が定着せず、60歳以上が29%を占める高齢化社会になっています。外航海運では日本人船員は4%に満たない状況です。
この先安保法制が具体的に発動されれば、退職者は更に増し、業界そのものが立ちいかなくなります。海運産業は平和な海なくして成り立ちません。
 主義主張ではなく、私自身の船員としての職業継続、将来も海で生きようとする後輩たちのためにも、安保法制の実行差止を求めるものです。それが真の国益に合致すると信じます。
以上