ー商船船員を魅力あるものにするために 18 ー

雨宮洋司(富山商船高専名誉教授)

(最終章)

Ⅵ 新船員政策のために  
1.特殊性を克服する諸施策の基本
 (1)船員制度近代化政策失敗の総括
 (2)近代化政策破たん要因の探求
 (3)謝罪の必要性と二つの失敗要因
 (以上前号まで)

(4)新船員政策づくりの要点
 今まで述べてきた二つの失敗要因を克服するために、今後の船員・海運社会の展望へつなげていけるような内容の新船員政策づくりが必要なのです。
 それは、四面環海の日本の地理的状況そして少子化時代及び成熟期にある日本の経済社会の現段階を認識し、近隣諸国との歴史に思いをはせながら、船員(職業)の特殊性を軽減し、海へ向かう若者を確保し、日本の海上運送業が持続していける方策を見出せる可能性を秘めたものでなくてはならないでしょう。ただし、その政策づくりは大変難しいですが、それこそ官公労使学が知恵を絞ってやるべき四面環海の日本らしい姿です。
 そのために必要なことは、船員制度近代化政策失敗の教訓を未来に生かす真摯な態度が必要であり、同時に、新政策の遂行を底辺で支える信頼感の回復・醸成につながるものにしなくてはなりません。
 そうでない限り、辛酸をなめた船員予備群の学生たち(彼らは、すでに当時と同年代の子どもを持つ親になっている)、それを支えた教職員達、さらに痛い目にあった現場船員たち(その孫たちが成人になろうとしている)、海人の歴史を持つ各地のコミュニティー等々からの真の支持・応援は到底得られません。

①支援体制の充実と外内航一体化策
 ここでは、第一の失敗要因の教訓から得られる新政策のポイントを述べます。それは、港での船舶運航支援体制を充実する取り組みの必要性、そして外航と内航の分離策をやめることの二つになります。これは次の②で述べる船員(職業)特殊性の軽減策と相まって、船員の確保育成策につながるものです。

○陸からの支援態勢の充実
 第二次大戦後、第二海軍的位置づけから切り離された日本の旧商船大学・高校は、船舶運航技術の日本的高度化、つまり商船学としての充実を図って海運社会へのより一層の貢献を狙う(船舶運航技術研究・調査の部門や陸上の海事関連諸部門で卒業生が活躍できるようにする)とともに、技術進歩に対応していくことが出来る船舶職員(海技免状所有者)の育成という伝統的役割も担ってきました。そうしたなかで、合理化を狙った船舶士的構想が政策として採用されたのです。
 仮設的船員像に基づき船上の合理化を進めるためには、飛行場での飛行機整備や点検と類似した寄港地での作業が少人数乗り組みの近代化船には必要になってきます。
 ところが、船舶運航技術の構成内容は、先端的なものから道具段階のものまでの混在状態(篠原陽一『船員労働の技術論的考察』海流社、1979年参照)であることから、飛行機のコックピットのように、船橋で一元的に船舶の運航がなされるような技術レベルにしていくことは、机上の空論になってしまったわけです。その結果、個々の船社が各港に当該船舶の点検整備等の支援要員態勢を整えることは、企業にとって限界になってしまったのでしょう。
 洋上を長期にわたって継続運航する船舶の場合はさらに重要な点があります。それは新造後、年月の経過とともに航海中における整備や修理の必要度が増し、船上でその都度対応しなければならないこと、その内容も、様々な機器レベルに応じた、しかも手間暇のかかる傾向になってくること等の点で、飛行機の運航態勢とは大きく異なることも分かってきました。
 そうしたなか、日本的船舶管理会社の下で、便宜置籍船と途上国の外国人船員を組み合わせて安上がりの船舶運航と寄港地作業を行っていく方式、つまり、船上の人(乗組員)に仕事を委ねるという近代化船以前の伝統的船員組織への先祖返りになってしまいました。
 それにともない、商船船員教育機関における航機合体の授業づくりや現場での反対職を真剣に行っていた人たちは、完全に見放され、スクラップ同然になってしまったわけです。
 しかし、船員制度近代化実験の最終局面としての11名乗組員によるP船段階までに得られた近代化実験の様々な知見は、カボタージュ規制下の内航海運分野において、かなり参考になるという思いは少なからず存在し、今日、省力化船として一部実践されているようにも思います。
 当時も内航の近代化船への船橋コンソールスタンド設置や機関の無人化船技術への取り組みが展開され、かなり話題になったこともあります。そして今日、港への出入りが頻繁で、陸の支援が可能な内航分野においてこそ、船員制度近代化実験における本船支援態勢の知見は利用できる点があるのではないかと思うのです。
 それは、主に船員制度近代化の初期段階に準備された寄港地での近代化船運航支援態勢の充実策であって、内航船員(職業)の特殊性を軽減するのに大いに役立つはずです。
 内航船員の安定供給を目指したマンニング会社の公認とそのグループ化という現行の支援政策展開の前に、寄港地での企業グループ化による内航船員支援の充実化政策こそが、官公労使学によって検討されるべきものであると感じます。
 そういったことが内航部門で行われるならば、船員(職業)の特殊性軽減が図られて、魅力ある内航船員像に結びつく可能性があります。しかし、個々の船社やグループ化された船舶管理会社の船員コストパフォーマンスを高める方策の展開を柱に据えるのでは、質の高い内航船員の長期的確保育成に結びつくとは言えず、船社は派遣船員のコスト削減を先に考えてしまう傾向になります。

○外内航分離策からの脱皮
 現状の新船員確保育成の政策理念は、外航と内航を分離して、国交省所属の海上技術学校・短大校を即戦力の内航船員育成機関に位置づけて、カボタージュ規制下でその生き残りを図る戦略を強化しているように思います。
 他方、文科省所属の商船系大学・高専は外航船員育成機関というこれまでの行政の慣習的位置づけのまま、海技免状を持った優秀学生の一部が船社によって選別・採用されれば良いとして、不足する外航船舶職員は一般大学卒で補充していく方策、あるいは、フィリピンなどでの自社商船学校の設立や現地船員団体との提携で日本船社に忠誠を尽くす船員の確保育成策で対応すればよいとする船員政策観が滲み出ております。
 即戦力船員の確保策や船員になるものだけに限定した海技教育機構(航海訓練部)練習船の利用策展開は、海に向かう日本の若者の母集団を増やすことになるのでしょうか。むしろ、逆に、海に理解を示す母集団はじり貧になり、外内航ともに船員(職業)不足はますます深刻になることが懸念されます。ましてやコストの安いアジア人船員を技能実習生制度に倣って内航船に導入すること等は言語道断です。
 そこから抜け出すためには、カボタージュ規制の堅持、寄港地での支援態勢の充実、外内航船員(職業)の労働条件や船内生活環境のアップ、という三点の実現を前提条件にして、外内航の船員を一緒の枠で考えることから出発したらよいと思います。
 なぜならば、陸の職業と船員(職業)との最大の違いは、揺れ動く海上での仕事と生活が船員の常態になるため、慣海性と船上での共同性をどのように育んでいくかがクリアーすべき課題になるからです。その育みは、外航であろうと内航であろうと海の上での経験を積み重ねるなかで獲得できる要素が多く、それこそが船員職業共通の基礎・基本になるのです。限られた数の日本人船員(職業)志望者を外内航に分けて政策展開することは適切ではありません。
 例えば、ある新卒の船員が内航船社に入って、乗船履歴を積むなか、船員(職業)としての基礎・基本を体得して、外航船員へ転職していくことができるようにする条件整備は不可欠です。
 あるいはその逆に、外航船員として活躍した後、陸からの様々な支援充実のある内航分野へ行き、航海士の場合、船舶の輻輳海域や頻繁な出入港での操船を通して、運航技能に磨きをかけ、やがて水先人職やドックマスターを選択してもよいわけです。
 こうしたことが実現できるためには、商船系大学・高専や海上技術学校・短大校の卒業生が陸の職業との比較で、船員(職業)の分野を就職先に選んでいくような動機づけこそが肝要です。
 つまり、船上での労働と生活の諸条件が現状よりも、はるかにアップして船員(職業)の特殊性(不利益性)軽減が実現できることが肝要です。なかでも、寄港地での船舶運航技術支援のほかに、内航海運業だからこそ出来ることがあります。それは船内への生鮮食料品の供給態勢づくりや陸の業者による船内清掃の実施など船内生活支援態勢づくり等は重要であり、外航ではなかなか真似ができない分野です。このように言うと、〝現行の内航運賃・用船料ではとても無理だ〟という大きな声が聞こえてきそうです。
 しかし、内航船員供給の容易さを目論む内航(船舶管理)会社のグループ化政策、間接・直接金融に後押しされた瀬戸内海のオーナー(船主)らによる船舶建造と外航船社への貸し渡しの姿(愛媛船主の最近の状況・課題については、『第一中央汽船に船主出資合意 愛媛海運、存在感守る』日本経済新聞Web、2016年3月10日、『日本海運支える「愛媛船主」 生き残りかけた正念場に』朝日新聞Globe2016年8月18日のほかに愛媛銀行の諸論文等参照)、三大グループに再編された外航大手船社やホールデイング下の巨大荷主との関係等々を考えたとき、日本人船員(職業)の確保に焦点を当てさえすれば、そういった政策に手をつけるチャンスが到来してきているといえましょう。
 日本に拠点を置く船社が、系列下で外内航船社をグループ化し、一丸となって日本人船員(職業)の確保育成に心血を注ぐ策を考える段階にあるということです。ただし、外内航船員市場の一体化策が、外航船のように、外国人船員への内航市場開放につながることや船員の労働条件を引き下げる手段になることは絶対に避けなければなりません。
 そのためには、休暇日数の増大は真っ先に行われなければなりません。外航船員の約8ヶ月乗船で4ヶ月の休暇、内航船員は約3ヶ月の乗船で1ヶ月の休暇制度が現状ですが、これは船員(職業)の特殊性に配慮しているとは思えず、単に、暦の上の1ヶ月の土・日・祭日(平均)の日数(11日程度)に近いだけです。特殊性に配慮するということは、それよりはるかに多い休暇日数(例えば1・5倍になる場合、休暇日数はそれぞれ6ヶ月と1・5ヶ月)が設定されるべきでしょう。
 日本船主協会が出した『新外航海運政策』(2015(平成27)年7月)では、〝日本にそのまま本社存続を期待したいならば軽減税率の適用など日本国からのより一層の支援策の必要性〟が力説されております。外航大手船社の黒字が続いていたなかでのこうした発言には注目すべきで、その主張にしたがうと次のような展開も考えられます。
 日本人船員確保政策に比べ船社(企業)への優遇策が強化され続けられるならば、船社が提供する海運サービスは私的商品の取引というよりも、公共財の位置づけになっていく方向しかありません。
 つまり、四面環海の日本、環境への配慮、そして少子化時代における船員(職業)確保育成策等を重視せざるを得ない日本の場合、最小限の海上運送サービスはそこに住む人々が生きるための必需品であり、カボタージュ規制下の内航海運はもとより、外国との間で輸送に従事する外航船は公共交通サービス財の供給者ということになります。
 それを遂行するとき、非人間性から逃れられない船員(職業)の確保育成と荷主をはじめとする利用者への低運賃による安定輸送秩序の形成という二つの面を両立させるためには、もはや私的企業での船社存続には限界があり、NPO的方向を模索せざるを得なくなるということです。そのようにしても、船員(職業)の確保面で限界があるならば、必要規模の日本船舶数そのものをそれに合わせて縮小せざるを得ないでしょう。
 船社が〝公共財〟を提供し、NPO的位置づけになっていく場合でも、商船系大学・高専の役割はますます重要になっていきます。二つの例をあげましょう。
 一つは、海を目指した若手船員(職業)が、外内航船員市場の同一化政策展開を前提に、内航から外航へキャリアアップしていく場合、商船学の新段階を学び、外国語や国際貿易実務などを習得することは不可欠であり、外航から内航へ転船する場合、頻繁な出入港・狭水道通過などの操船技術向上のためには、様々な講習(含シミュレーターや練習船の利用)と航海学理論の把握あるいは外航とは異なる舶用機関の多使用による機器の材質疲労等の対処策を踏まえた商船学(機関長学)の習得が必要になり、海事クラスター部門への転出や外内航船員出身者の水先人等への転職の場合には、商船学の理論と新しい船舶運航技術の知識・技能の習得は不可欠になります。
 いずれにしても、文科省の商船系大学・高専と国交省の船員育成機関(航海訓練部、海技大学校、海上技術学校・短大校等)との連携は、そういった事態に備えて、より強化されていく必要があるのです。
 もう一つは、船主協会の『新外航海運政策』が主張する海洋開発部門へのコミットメントですが、これは海という揺れ動く流体に対応した海洋技術の開発とその環境に対応できる海人の育成が備わってはじめて可能になります。海中、海底の技術は船上での技術つまり船舶運航技術の応用とそれに対応する人材育成がキーワードになるからです。
 つまり、商船学の特徴としての船舶運航を規定する自己完結的船舶諸設備の改良・開発・整備・修理及び海上・海中での仕事・生活をこなすことができる人材の育成という二つのことが重要です。それを曲がりなりにも成し遂げてきた商船系大学・高専のこれまでの経緯と実績が大いに参考とされなければなりません。
 商船学修士課程誕生時の1970年代央および商船学博士課程の誕生がなされた1990年代後半までの旧商船大学・高専や関係学会での研究成果の多くは、今日提示されている海洋資源開発諸技術の課題にも応用可能な学術内容になっており、一般工学研究の成果とは異なる面があることを関係者は知っておくべきです。
 このことは、特色ある商船学を工学一般に埋没させてしまうことの誤り、さらに国交省政策に誘導され、商船系大学・高専の学生たちを海技免状所有(予定)者としてみるだけの考え方にも再考が必要です。
 特色ある船舶運航技術の探求及び常時揺れ動いている船上での仕事・生活が出来る人材育成という両方を目標に据えてきた旧商船系大学・高専が果たしてきた社会貢献の歴史を真正面から見据えて、海洋開発という分野での商船学の適用・応用と人材育成面にそれを役立てていくことが出来るようにしていくべきでしょう。
 以上述べてきたことは、新政策理念に必要な内容になりますが、すでに、旧商船大学・高専の卒業生が、その特色ある技術学を背景にして海洋の幅広い分野で活躍している現実を直視するならば、一朝一夕にはそのような人材が輩出されるものではないことも分かるでしょう。そこから言えることは、たとえ船員(職業)部門の縮小が行われる場合でも、長期的視点でそういった人材を関係の部署で温存する知恵を関係者は持っておくべきです。
 商船系大学・高専卒業生の採用にあたっても、船員部門での採用数が激減する場合は、一般大学の学生採用を抑制して、商船系大学・高専の卒業生を海での仕事と生活の基本を修めた船員予備群として陸の職に当てるなど安定採用に結びつける努力をし、商船学を修めた人間の社内温存策を船社全部門はもちろん、海事に関連する他の諸企業や官庁などの部門でも考えておく必要があります。
 商船系大学・高専学生の海離れを元に戻すためには、このような忍耐強い努力ときめ細かな工夫が極めて長い時間をかけて行わなければならないことを覚悟しておかなければなりません。

船員(職業)特殊性の軽減策
 次に、第二の失敗要因の反省から得られる新船員政策の内容について述べましょう。まず船員(職業)が持つ特殊性軽減策の基本的考え方を述べます。それは船員にとって間接的(企業を介した施策)ではなく、船員(職業)に直接メリットが生ずる施策展開の必要性であり、船員予備群の学生・生徒、さらにはフィリピンなどの外国人船員にも波及させていくことも考慮されなければなりません。
 そのうえで、船員制度近代化政策の破たん以降、競争条件のイコールフッティング策という脱日本人船員・脱日本籍船化のフル展開とその後のナショナリズム回帰(国家主義的政治路線)との相克にある現海運政策を批判し、船員の地位向上に結びつく新船員政策づくりを模索する必要があります。その柱が船員職業の特殊性(不利益性)軽減策になります。

○特殊性に配慮した船員政策
 船員政策づくりの柱に据えておくべきことは、船員という職業は四面環海の日本にとってはなくてはならない職種ではあるが、陸上の各種の職業に比べて、非人間的要素を持たざるを得ない点があることです。
 したがって、成熟した日本、しかも少子化時代の今日にあって、船員(職業)に代表される海での仕事と生活に携わる人たちを育成し、一定数の確保を続けるためには、特殊・特別の配慮が一層必要になってきていることを認識しなければなりません。特殊・特別の配慮というのは、船員(職業)は、船上で数ヶ月間の連続した日々、足もとが揺れる狭い空間での仕事と生活を強いられ続けるという人間性阻害を背負った職業で、陸上での仕事・生活とは根本的に異なっていることを船員政策担当者は認識しておくべきです。
 しかも、陸上での生活レベルの向上は、船上での生活と労働の環境条件との差を広げます。そのような海の職場へ向かう人々に対して、より良い船上での労働と生活の諸条件を提示することは海運労使の共通課題であるべきであり、国交省等においても、それが実現できるように、陸上の仕事に就く人達とは別の配慮で船員政策を展開しなければならないことになります。
 そのような認識に立てば、船員所得の減税は企業減税策より早く考えなければならないことですし、船員およびその家族に対して、居住地域での手助けや港での家族面会に便宜を図る公的態勢も整えることは当然のことになります。また、船員(職業)の労働保護を規定する船員法そして船上生活の質を左右する船舶設備規定などは、一般陸上家庭での、その時代における生活諸設備の標準的姿や労働者保護の規定としての労働基準法をはるかに上回る規定にしておくことは不可欠になります。
 さらに、国際的最低基準としての海上労働条約の批准とその国内法化がなされる際には、海なしでは生きられない日本におけるそれらの各改正条項はILO基準をはるかに上回らなければならないのです。残念ながら、現実はその条約に違反しない限りの対応策に苦慮し、船員の基本的人権を強化する義務事項に関して、厳格な規定方向になっていないことは大変残念なことです。そのことは、海の重要性を強調している日本が、船員(職業)という人への政策的注目レベルは低水準になっていることを意味します。

○商船船員のモノ化阻止
 船員職業の特殊性に配慮したモノ化阻止実現のために、どうしても必要なことがあります。第一は、船員自身がそのための強い意識を持って行動を起こすことであり、第二は、各船員の政治スタンスへの明確化が迫られていることです。

(船員の意識・行動の重要性)
 企業意識の高まりの中で、船内において最下層に置かれた期間雇用船員(非正規社員)のモノ化は特に深刻になりがちです。労働組合や国家の規制が船上に及ばない時、あるいは、その規制の影響力が弱まる時、非人間的モノ集団に近い船内状況が生じやすくなります。それは、やがて、従業員意識を強く持つ幹部船員や陸で活躍する船員出身者の地位低下圧力にもなっていくでしょう。
 しかし、商船船員の場合、海軍船員とは異なり、経済的行為からくるだけに、産業別労働組合の出方、つまり、船員(職業)の意識の高まり次第ではモノ化の不利益が大幅に軽減出来る可能性はあります。ただし、その全部がゼロになることはありません。その理由は、生活と仕事を、長期にわたって揺れている船内で行わざるを得ない船員職業の特殊性があるからです。特殊性を持った船員(職業)が乗り組む船内は、現在、どのような状況になっているのでしょうか?気にかかるところです。日本人船員の入社後3年以内の離職率の多さは相変わらずで、好転しているとは言えそうもありません。
 また、日本船社が雇用するフィリピン人船員(職業)の特殊性が、ベトナムやタイ等の船員採用で解消していくわけでもありません。その特殊性はどの国の船員(職業)にも共通ですから、その不利益性軽減のためにも、現場船員の地位向上のための意識と行動は大変重要になります。

(船内生活条件の向上と政治スタンス)
 フィリピンなどの非居住船員が収める海員組合費が日本人のそれを上回るようになってから10年以上も経過し、日本の船員労働組合の関りの大きさを改めて感じます。また、円安ドル高や燃料価格低下等の影響があるとき、日本船社発表の利益も大幅な黒字(平成27年9月の中間決算で日本郵船の連結経常利益は427億円、前年同期は367億円)になることから、そういうときほど日本の船員労働組合は、国や船社の領域を超えた産別労組としての力を発揮して、日本支配船に乗り組む船員(職業)の特殊性軽減策に乗り出すべきでしょう。このままではグローバル資本主義経済の先兵役だけで終わる恐れがあり〝アジアにおける日本の船員労働組合のリーダー的存在価値〟に禍根を残すことになります。
 船員の労働組合としてやるべきことは、賃金や労働時間・休暇など各種労働条件の向上はもちろんですが、せっかく確保した船員が満足できる船内生活の環境整備はさらに重要です。例えば快適な居住設備、生活習慣病に配慮した船内給食態勢、スマホや携帯電話の24時間の格安利用、病気やケガ対応の安心づくり等について、世界最低基準としての海上労働条約内容をはるかに上回る労働協約化は不可欠でしょう。
 そのような船内環境は、新興国の外国人船員にとって、母国の生活と文化のレベルに比べると、はるかに高い水準になるかもしれませんが、それ自体を日本支配船の魅力の一つにすれば良いわけですし、いつでも日本人船員と交代可能な船内生活条件の整備充実は必要なことだと思っています。このような分野においてこそ、国家を背景にした各船社の社風づくり競争が展開されるべきです。
 しかしながら、市場主義を強化した新自由主義政策に基づいて進められている今日のグローバル経済政策の落とし穴になる格差の広がり、国を超えたモノ化、さらに商船船員の海軍予備化などの逆風が目白押しです。それは日本政治のナショナリズム旋風と絡んで強くなっています。しかし、福島原発事故に見た在日外国人の日本脱出や外国人船員の日本寄港の忌避傾向、そして内航日本人船員不足の深刻さ等からみて、日本人船員とその予備群の確保強化のための新たな政策づくりとその展開は緊急を要する課題です。
 このようなことを考えると、現段階の日本および世界についての政治的スタンスに、現場船員や船員の労働組合さらに日本船社が、どのように関わっていくかが問われている状況にあるともいえます。

2.船員教育研究機関の再構築と船員の新役割

(次号に続く)