海員組合は世界の船員のために活動を!

組合員・竹中正陽

 長鋪汽船のパナマ子会社が所有し、商船三井が定期用船するバラ積船「わかしお」(20万3130DWトン)が、7月25日にモーリシャス沖0・9マイルで座礁、8月6日以降1000㎘の重油が流出した。この事故は世界に衝撃を与えた。
 乗組員に死傷者はなかったものの、荒天下の離礁作業でタグボートとはしけが衝突、現地の作業員3名が死亡した。
 インド人船長とスリランカ人一航士が、安全航行を阻害し環境を汚染した罪(刑事罰)で逮捕され、海事関係誌によれば、船長は最大60年の懲役刑に直面しているとのこと。他の乗組員も拘束され事情聴取された。
 事故原因について長鋪汽船と商船三井は未だ何も公式発表をしていないが、9月7日パナマ海運当局は、乗組員からの聴取
結果に基づき第1報を報じた。


パナマ海運当局の発表内容
①船長が島から5マイルまで近づくよう指示した。
②理由は、乗組員が家族と連絡を取れるよう、電話やインターネットの信号を拾うためのようだ。
③コース変更は1人の乗組員の誕生日のお祝いにも関連している可能性がある。
④乗組員が船内で不適切な海図を間違った縮尺で使用したようだ。
 等として、航海機器類による観察・監視の不適切、航海当直中の注意散漫・過信など乗組員のシーマンシップ欠如の可能性を指摘している。しかし①以外は、いずれも断定的な表現を避け、「のようだ」「可能性がある」にとどめている。これは、逮捕されている船長・一航士からの聴取、モーリシャス政府の管理下にある重要書類やVDR(航海データ記録装置)の調査が出来ていないからと思われる。


ITFの抗議、「事故は起こるべくして起きた」
 船長らの逮捕を知ったITFは8月21日、船員部会のハインデル議長が記者会見し、要旨次のように抗議した。
 『乗組員の責任を追及する報道に心を痛めている。船長逮捕に憂慮している。海洋汚染と生態系破壊について懸念している。この悲劇的事故に対する怒りは、事故発生につながった要因へと向けられるべきだ。
 乗組員の殆どが通常の雇用契約期間を超えて乗船していたと報告されている。コロナ禍で各国が導入した移動制限により、船員交代を世界の政府は極めて困難でほぼ不可能にした。
 何十万人という船員が世界中で船内に囚われたまま業務を継続している。こうした状況の責任を政府は一体いつ追求されるのだろうか?』。
 そして、『疲れ果てた人間が無期限に働き続けることを期待された際に何が起こり得るのかを改めて私たちに思い起こさせた。このような事故は起こるべくして起きたのだ!』と結んだ。
 ITFはコロナが蔓延した当初から、円滑な船員交代を行うよう船主側に要求し、国際機関を通じて各国政府に適切な措置を取るよう訴えて来た。また加盟組合に対し、自国政府への要請活動、6月には「もう限界だ!」運動を始めるよう提唱した。しかし各国政府が必要な措置を取らないことから、座礁事故が起きる直前の7月16日に「船員交代の危機に関する声明」を出した。
 声明は、『約30万人の船員が船内に囚われた状態で仕事を続けている。各国政府は目を覚まし、船員交代がきちんとできる状態を回復すべきだ。さもなければ、益々多くの船員が疲労困憊し、自らの命を危険にさらすだけでなく、船舶や海洋環境をも危険にさらすことになる。
 深刻な海難事故が発生する可能性が日々高まる中、船員の命や船が運ぶ資産および海洋環境が損なわれるリスクを懸念している。(中略)日々疲れが増し、疲労し切った船員が運航する船舶で当然の結果として発生し得る事象について、船員を犯人扱いしたり、非難したりするいかなる試みも非難する。』として、船員の移動や上陸禁止措置を批判し、各国政府に具体的行動を取るよう求めている。
まさにITFが懸念した通りのことが起きてしまったのだ。(ITFホームページ参照)


「わかしお」乗組員は海員組合の非居住特別組合員
 長鋪汽船は長年の間、海員組合尾道支部が担当するレッキとした組織会社で、尾道船主会に所属し、活動報告書に年間臨手交渉結果が毎年記載されている。今年は年間臨手47割、各職基本給1%アップとなっている。
 外航組織会社の配乗する船がITF未加盟ということは有り得ない。従って、「わかしお」乗組員が海員組合の非居住特別組合員であることは明らかだ。
 ITFがいち早くこの問題に取り組んでいること、同船が過去何度も豪州のポートヘッドランドに入港していることもその証左だ。ポートステートコントロールの査察が厳しい豪州ではITFの組織船としての証明書(サーティフィケート)を取得していなければ出港停止になる。従って、「わかしお」がITFの組織船であることは間違いなく、そのためには、受益船主国の労組である海員組合の締結した労働協約と承認が絶対条件となっているからだ。
 しかし海員組合はこの事故について何ら意思表示をせず、沈黙を続けている。それだけではない。ITFが懸命に取り組んでいるのをよそに、コロナが世界中の船員を襲っている状況について、報道すらしていない。ITFとのこの歴然とした差には驚くばかりだ。当初からITFが提唱している各国政府への要請活動はもちろん、「もう限界だ!」運動すら取り組んでいる様子がない。
 ダイヤモンドプリンセス号もITFの組織船だ。ITFと同船を組織するイタリアの労組は日本政府に対して乗組員の早期下船を求めて尽力したが、この時も海員組合は沈黙を続け、機関紙誌での報告もなかった。
今年の活動方針案も、「船員が安定的に交代できる体制の構築が求められている」「船内感染予防策についても万全を期す必要がある」など抽象的表現に終始し、まるで他人事のようだ。具体的方針が欠如している。


世界の船員のために活動を!
 ITFによれば、10月現在下船出来ずにいる船員は40万人に上る。各国の船員が交代に窮しているだけでなく、乗船前にPCR検査を受けることの困難さ、陰性証明書を発行しないなど地域により対応が異なる検疫所の問題、乗下船時に要求される14日間の自己隔離など大変な目に遭っている。自己隔離中の賃金や休暇の問題、非居住特別組合員は待機中の賃金が得られないケースも多いはずだ。
既にコロナにより倒産した会社、休業や減便を余儀なくされた会社、乗組員が集まらず出漁できない漁船も多い。組合員だけでなく、未組織を含めた全船員が世界中で困っている。今こそ海員組合は、ITFのアジア・太平洋船員地域委員会及び水産部委員会の議長国として、世界の船員のために、特別チームを作り組織の総力を挙げてコロナ問題に取り組んで欲しい。
 同じくITFに加盟するインドマリタイムユニオン(MIU)は、モーリシャス政府に対して、「わかしお」船長に公正な取扱いをするよう要請している。海員組合もITFやMIUと肩を並べて、すべての責任を船員に押し付けようとする論調と闘って欲しい。
(2020、10、31)