大内要三(日本ジャーナリスト会議会員)

はじめに
 私の参加している「平和に生きる権利の確立をめざす懇談会(略称・平権懇:へいけんこん)」は、1985年の創立以来、活動の一環として、軍艦(自衛艦を含む)と民間船の衝突事件に関して真相究明・被害者救援運動を続けてきた。軍艦のからむ事件は真相が隠され民間船側に事件の責任が押し付けられがちであり、平時の海での軍艦の専横を許さないことは大事な平和運動だと考える。1988年の「なだしお事件」、2001年の「えひめ丸事件」、2008年の「あたご事件」、そして2014年の「おおすみ事件」。これらの真相究明・被害者救援では、たびたび海に働く人々とともに活動することになった。
 おおすみ事件の発生から6年余が過ぎた。なお国家賠償請求訴訟が継続中であり、真相究明・責任追及はまだ道半ばにある。

冬の瀬戸内海の惨事
 衝突事件が起きたのは1月15日、冬の瀬戸内海だった。
 海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」は、定係港(母港)の呉基地から、定期修理のため三井造船玉野事業所に向かった。全長178メートル、基準排水量8900トンの巨大艦なので狭い海峡は通れない。江田島・倉橋島を迂回して、左へ左へと回ってから東へ向かうことになる。
「とびうお」は全長7・6メートルのモーターボートだ。ボートパーク広島から米軍岩国基地沖の甲島近くまで、釣りに出かけた。目的海域まではほぼ一
直線だ。小型船なので軽快に航行し、いったん「おおすみ」を交差しながら追い抜いた。
 しかし「おおすみ」は速度を上げて阿多田島沖で、また「とびうお」に接近した。「おおすみ」は面舵一杯で衝突を回避しようとして「とびうお」に接触、転覆させた。「とびうお」に乗っていた4人は冷たい海に投げ出され、うち2人がその夜のうちに病院で亡くなった。

誰も罪に問われない
 この事件では自衛艦が当事者であり、海難審判の申立はなかった。船舶の運航には国家資格としての海技士免状が必要だが、自衛艦は適用除外とされている。
 広島の第6管区海上保安本部は2014年6月5日、広島地方検察庁に、「とびうお」船長、「おおすみ」艦長、航海長(事故当時の当直士官)の3人を送検した。業務上過失往来危険・業務上過失致死傷の疑い。しかし地検は一年半後の15年12月25日、「おおすみ」の2人を嫌疑不十分、「とびうお」船長を被疑者死亡により、いずれも不起訴処分とした。発表文書はわずか1ページのものだった。
 この地検の判断に大きな影響を与えたのは、2015年2月9日に発表された国交省運輸安全委員会の船舶事故調査報告書だった。
48ページにわたる詳細なもので事件の全体像を俯瞰することができるが、衝突原因を「とびうお」の右転とした。客観的な証拠はない。「とびうお」の航跡は、「おおすみ」からの目視証言と途中までのレーダー情報から推定したものに過ぎず、「とびうお」が右転しなければ衝突しなかったはず、ということになっている。
 なぜモーターボートが巨大艦に向かって行ったかの説明も不能なまま、推定にすぎない「とびうお」右転説が、以後定説になってしまった。
 防衛省は2016年2月5日になって、艦船事故調査報告書の要約を公表した。本文3ページと付図2点。「とびうお」が急に右転して接近してきたので「おおすみ」は衝突回避のため減速・右転したが間に合わず、「とびうお」に接触したという。「おおすみ」側に事故の要因はないとしたので当然、処分もない。
 おおすみ事件に注目してきた市民により「自衛艦おおすみ衝突事件の被害者を支援し、真相究明を求める会」が結成されたのは、事件発生から半年後の2014年7月26日だった。
「おおすみ」艦長・航海長の2名を広島地検に告発し、検察が不起訴を決めたのち、広島第2検察審査会に審査申立をした。検察審査会は裁判員裁判と同様に一般市民により非公開で行われる。結果は不起訴相当だった。刑事裁判の可能性は失われた。誰も罪に問われない。

真相究明への長い道のり
=法廷で初めて証拠明らかに=

 以上の経過があって、納得できない被害者・遺族が真相究明会の支援を受けて2016年5月25日、国家賠償請求訴訟を提起した。
 原告の主な主張は次のとおり。①「おおすみ」は7時56分21秒から「とびうお」の進路を横切る方向で進行した。衝突のおそれがある状況を作り出したのは「おおすみ」であり、「おおすみ」に衝突回避の義務があった ②「とびうお」に右転の事実はない ③「おおすみ」の衝突回避行動は不適切であり、逆方向のキックにより「とびうお」と接触した ④原告4人の損害賠償として計5445万5599円を請求する ⑤事実関係を明らかにするため、艦船事故調査報告書の全文他の諸資料を提出するよう要請する。
 被告=国の代理人として、海上自衛隊呉総監部と防衛省海上幕僚監部法務官が出廷している。主な主張は次のとおり。①原告の請求を棄却する ②「おおすみ」は「とびうお」との間に十分な距離を保持して航行しており、危険を生じさせていない ③事故の原因は「とびうお」の右転にある。
 2020年3月24日までに広島地方裁判所ですでに20回の口頭弁論が行われた。長期化したのは被告側が、正確な衝突時刻は記録していない、AIS記録は保持していない、資料の捜索や検討に時間がかかるなどと主張し、引き延ばしをしたためもある。また、裁判の過程で開示されたAIS記録、レーダー記録、艦橋音声記録、艦船事故調査報告の全文、海上保安庁の捜査記録等により初めて明らかになったことも多く、あらためて追及しなければならないことが次々と出て来た。
 国賠請求訴訟を提起しなければ開示されなかった重要証拠が多いということは、裁判がなければ事件の真相は闇に葬られていたということだ。しかしなお、目視と推測を組み合わせて成立した運輸安全委員会の「とびうお」右転説、「おおすみ」の運行に瑕疵はなかったという海上自衛隊の主張を突き崩すためには、以下のような追及がなされなければならない。ここで「おおすみ」の事故責任・賠償責任が明らかになるはずだ。

「おおすみ」行動の問題点
 「おおすみ」は小型船に対して「そこのけそこのけ」という運航をしていたのではないか。「おおすみ」は出港からの33分間に10隻の船を要監視対象としてレーダーでプロットした。また何度も小型船がこちらの接近に気づいているかを見張りに確認させた。小型船のほうで気づいて退避するはずだ、という傲慢・危険な運航ではないのか。
 レーダー指示機の時刻表示は実際の時刻よりも1分6秒遅れていたという。各部署間で齟齬のないよう、民間船なら出港前に全乗員の「時計合わせ」をするが、海上自衛隊にはそのような習慣はないのか。そのような運航で危険はないのか。
「とびうお」と60メートルの間隔で交差する予定の針路をとった「おおすみ」は、早くから減速などで接近を回避すべきだったのに、第一戦速(基準は18ノット)の高速のまま航行したのは危険ではないのか。
 当直士官から「とびうお」の方向・距離を レーダー観測員に問い合わせて回答がないうちに、17秒間、艦橋伝令が交代のため不在で通信ができなかった。このような伝令交代は危険ではないのか。
 左見張員は「とびうお」が「おおすみ」の接近を視認しているかを確認するよう方向まで与えられて指示されてから、回答までに14秒もかかっている。これで見張りをしていたと言えるのか。
 レーダー監視員は「とびうお」の位置をプロットせず、確認を指示されても別の船と誤認した。これでレーダー監視をしていたと言えるのか。
 艦橋音声記録は音質が悪く、事故原因究明に十分に役立つとは思われない。また3つの音源のうち2つしか法廷に提出されていないのは、隠蔽ではないのか。航泊日誌は分単位の記載で当日分のみの提出なのは、信頼性がない。
「とびうお」に右転の必然性はなく、「おおすみ」乗員にも「とびうお」右転を目視した乗員はいない。「とびうお」右転の客観的証拠は何もない。
「おおすみ」がキックを利用して衝突を避けようとしたなら、面舵一杯は逆方向ではないのか。

=突然の訃報
証人尋問直前の船長夫人の死

 被告側は当初、「おおすみ」艦長と航海長の2人だけの証人申請をしていた。裁判長は原告の請求を受け、さらに船務長、左見張員、レーダー監視員、甲板から「とびうお」との接触を見た乗員、衝突直前の「とびうお」が阿多田島に向かって来るのを見た民間の工事関係者(唯一の「とびうお」右転証言者)を、証人として認めた。しかしこの工事関係者は、住所氏名を知る運輸安全委員会が裁判所の依頼を拒否したため、氏名さえ分からず、証人とすることは不可能となった。進行によってはさらに新たな証人の申請もあり得る。
 証人尋問は本年7月7日と21日に広島地裁で行われる。上記のような疑惑を突きつけても「おおすみ」側証人は、見張りもレーダー監視も万全だった、各部と艦橋の連絡態勢も万全だった、高速で交差しても艦首から60メートルの間隔を空ければ危険はない、面舵一杯の操艦は適切だった、「とびうお」の急な右転が衝突原因だ、と言い張るのだろうか。
 あたご事件の前例を考えれば、自衛隊に忖度しない正しい判決を得ることは難しいかもしれない。しかし、これほど情けない危険な運航をする自衛艦が事故を起こしても免責されるなど、あってはならないことだ。もし原告全面敗訴なら、自衛艦は大手を振って「そこのけ」運航をすることが常態となり、民間船は自衛艦を目前に見たら、自衛艦からの自衛のため必ず逃げなければならなくなるだろう。そのような認識が一般化することは、民間側にも自衛隊側にとっても不幸なことではないだろうか。
 そして原告の一部勝訴でも、被告は控訴してくる可能性が高い。原告にとって長期化するほど困難は増える。「とびうお」に乗っていて助かった2人のうち1人は裁判開始前に病死された。また原告団の中心で、この間闘病中だった「とびうお」の船長夫人栗栖紘枝さん(『羅針盤』23号に編集部によるインタビュー記事掲載)が、この4月7日に亡くなられた。法廷で証言できなかったことは無念だったろう。
 事件自体が世間から忘れられた過去の事件になりつつあり、マスメディアの追跡報道もなく、国会で追及されたこともない事件であることは、心許ない。多くの心ある人々がこの裁判に注目し、真相究明会に参加してくださることを望みます。
     (2020、5、26)                     

【おおすみ裁判】
証人尋問日程
7月7日、21日、広島地裁
両日共午前10時~午後5時
証人
○「おおすみ」側
艦長、航海長、船務長、
見張員、レーダー監視員
○「とびうお」側
生存した乗船者1名
犠牲者の相続人2名
柿山朗
〈おおすみ事件の真相究明を求める会〉ブログ参照
○広島市中区大手町4-2-27 中央レジデンス403
共同センター内
○年会費(1000円)
カンパ送付先:ゆうちょ銀行01390-9-103265
○ブログ:
http://oosumi-h.cocolog-nifty.com/blog/