国賠訴訟棄却を受け、新たな裁判へ(編集部)

今日までの経過
 1948年から1962年まで、アメリカが太平洋でおこなった核実験は102回を数える。
 中でも規模が大きかった1954年のビキニ環礁近辺の水爆実験は、広島原爆の千倍と言われ、日本の多数の商船と992隻に上るマグロ漁船が被災した。しかし政府は、第5福竜丸など93隻に見舞金を支払うことで同年末にアメリカと政治決着、船員保険による補償は第5福竜丸のみに終わった。
 ところが、政府が長年にわたり「存在しない」としてきた第5福竜丸以外の被爆記録が、2013年にアメリカの公文書館で発見され、2014年に外務省・厚労省からも開示された。
 556隻、2千ページに及ぶ「汚染漁船及び商船の検査記録」
には、船名・航路・乗員名と職種・各人の白血球や放射能測定数値、船内各所の放射能数値が記されていた。
 資料の公表を受け、それまで「原因不明」のガンや肝臓病等に罹っていた元船員と遺族11名が2016年に健保協会船員保険部に労災申請。しかし、昨年9月社会保険審査会で棄却された。(本誌29号)
 それとは別に、高知県を中心とした元船員と遺族45人は、国が自ら検査・測定した放射能汚染記録や乗組員の健康被害記録を隠ぺいし、救済のための権利行使を妨げてきたことによる賠償として、一人数十万円~百万円を国に請求して高知地裁に提訴した(国賠訴訟)。2018年7月高知地裁で棄却されたため高裁に控訴。その判決が、昨年12月12日高松高裁で出された。

高松高裁、「立法・行政による救済を期待する」と表明
 地裁同様、高裁も国が60年にわたり資料を開示しなかった事実を認めながら、「隠匿の意志を示す証拠なし」として請求を棄却、理由を次のように述べた。
『上記イのような日米の関係者の思惑等があったとしても、具体的にこれが被控訴人の情報の隠匿行為に結びついたと認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。』『仮に被控訴人に隠匿の意思等があったとすれば、本件資料を廃棄することが最も簡単に目的を達成する方法であると考えられるから、そもそも本件資料を廃棄しなかったというのは不自然というほかない。また、仮に被控訴人に隠匿の意思等があったとすれば、それが適法かどうかはともかくとして、厚生労働省は、平成26年に至っても、本件資料が存在しない、
 あるいは見当たらないとして、開示しないこともできたものと考えられるところ、実際には開示しているのであるから、隠匿の意思等があったとすることとこの開示行為も矛盾する』
 資料を廃棄せず、最終的に開示したのだから隠匿の意志は無かった、という理屈だ。
 また判決は、『憲法や国家公務員法その他の法律は、いずれも本件資料等の開示義務や調査、支援等の施策を実施すべき具体的な法的作為義務を導くものではない。』と述べ、国の調査・支援義務を否定した。
 一方で判決は、『本件核実験に使用された水爆の方が、上記原子爆弾より遥かに強力で広範囲に放射性降下物の被害を発生させたことが判明しているのであるから、これによる健康被害を等閑視することなく、その救済が同様に図られるべきという主張は理解でき、長年にわたって省みられることが少なかった漁船員の救済の必要性については改めて検討されるべき…、立法府及び行政府による一層の検討に期待するほかない』と結んだ。
 2016年5月の提訴以来、既に高齢で病身の原告6名(被災船員5名、遺族1名)が死亡し、残る船員のほとんどが癌などで手術、療養中で、出廷も困難な状況での判決だった。

新たな裁判を提起
 労災申請、国賠訴訟共に棄却されたことを受けて、原告と支援者は、国賠訴訟を最高裁に上告すれば、さらに厳しく救済の道を断たれる可能性があること、高齢な原告にとって一日も早い救済が必要なことから、これまでの判決内容を生かし、新たな裁判を提起することにした。
 今年3月30日、先に労災を却下された11名に、新たに労災申請していた3名を加え計14名が、高知地裁に「ビキニ環礁水爆実験行政処分取消等請求裁判」を提起、全国健保協会船員保険部に対しては労災棄却処分の取り消しを、国に対しては憲法に基づく損失補償を求めた。
 当時においても、水爆実験が国際法違反であることは明白だったので、原告には被った損害をアメリカに請求する権利があった。しかし、日米合意によりアメリカに対する訴訟をできなくなったので、国に対して憲法29条3項「正当な補償」に基づく補償を新たに求めたものだ。
 追加申請の3名には板谷商船の貨物船「弥彦丸」山本船医の遺族がおり、事件直後の入院記録と「放射性物質による急性白血球減退症の疑い」と診断された資料もある。原告らは新たな裁判に、これまでの闘いの成果を集中する意気込みでいる。
 同日、原告と支援者は新たに「ビキニ労災訴訟を支援する会」を立ち上げ、労災認定と共に、船員保険法の改正、核実験被災船員救済特別措置法(仮称)の制定、高知県の協力を求めて元船員の各種調査と記録、健康相談、県による救済条例の制定など、幅広い活動を、研究者や超党派の国会議員、核兵器廃絶を求める国際活動と連帯して行うとしている。
 高知県は現在も「元船員の被爆に関する周知啓発」「元漁船員の健康相談」などの被災者支援事業を独自に行っている。

○支援する会連絡先
太平洋核被災支援センター
高知県宿毛市山奈町芳奈2770の2、
電話FAX:0880・66・1763、HPあり

(編集部)


高知新聞2019年12月13日版