柿山 朗(元外航船員)

第一章 軍の論理
第二章 民の論理
第三章 溶け合う軍と民
(1) 軍事機能の民営化
(2) 商に揺れる民
(3) 強制と任意のはざまで
(4) 湾岸戦争と民間船
(5)「下船の自由」という権利
(6)「下船の自由」を巡る対応
(7) 旗と国家
(8) 戦後初の海外派兵
(9) 戦没船員碑のいま
(10) 自衛隊の中東派遣と船員
(以上、前号まで)

(11)中東派遣は戦争への道
①自衛艦「たかなみ」出港風景

 2月2日、安倍首相から「船舶の安全確保に必要な情報収集任務は大きな意義を有する」と訓示があり隊員たちを乗せた「たかなみ」は横須賀から中東へ向け出港した。
 派遣根拠とされる防衛設置法4条「調査・研究」とは事務規定に過ぎず、明らかに脱法である。肝心の具体的な部隊運用や緊急時の対応は何も示されない。安倍政権は自衛官に対しても無責任、酷薄であることを示す。世論も派遣反対が58%を占める(共同通信)中、大臣の激励を受けても自衛官の士気が上がるはずもない。
 米軍によるイラン革命防衛隊ソレイマニ司令官の殺害、イランの報復とウクライナ航空機への誤射と続き、第3次世界大戦の文字が新聞紙上に躍ったばかりである。
 岸壁には夫や息子に向かって、不安を振り払うかのように必死で手を振り続ける家族の姿があった。
 船主協会の内藤会長は「船員は不安を持っている。こういう形で行ってくれるのは安心感につながる」と今回の中東派遣を歓迎した。

②「有志連合不参加」という虚構
 10月19日朝、マスコミは『政府は国家安全保障会議(NSC)を開き、日本関連船舶の安全確保のため、海上自衛隊の独自派遣に向けた検討を始めることを決めた。 
 防衛省設置法に基づく「調査・研究」のための派遣とし、船舶警護を直接の目的とはしない。
 独自派遣を決定した理由について『米国の意向に配慮しつつ、イランとの関係も維持する。こうした観点から米国の構想に加わらなかった』(読売新聞)と報じた。
 何故かマスコミは触れないが、バーレーンに本部を持つCMF(有志連合海上作戦部隊)は既存の組織であり、その下部にはCTF(合同任務軍)を置く。アデン湾での海賊対策を主任務とするCTF151へは日本人海将補を司令官として送り出している。今回の中東派遣の決定はホルムズ海峡を任務範囲とするCTF152への任務の拡大であり、有志連合への実質的な参加である。
 中東情勢の不安定化がありながら、1月11日にPー3C哨戒機を、2月に護衛艦「たかなみ」を当初の予定通り出発させたのは、1月から開始した有志連合のセンチネル(番人)作戦の活動に参加できるようにタイミングを合わせるためである。中東で実質的には米国と一体化する日本の姿がある。

③狙いは軍事行動の拡大と恒久化
 1991年海部内閣は、危険物除去を理由に掃海艇派遣を強行した。戦後初の海外派兵である。掃海艇の到着時には既に1250個の機雷は処理され、日本の処分した機雷は95個に過ぎなかった。
 2009年、海賊対処は警察行為であり、保安庁巡視船を使うべきだとする正論を退けて、自衛艦が派遣された。現在の状況は海賊の出現は皆無に近いが撤退する気配は見られない。つまり、派遣ありき、実績作りが目的である。
 ヒゲの隊長で知られる自民党参院議員佐藤正久は次のように語る。
『オイルシーレーンを確保する範囲は、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、東シナ海、バシー海峡の「油の道」、そこには多くの日本タンカーが就航している』(海事新聞1月30日インタビュー)。かつてのシーレーン防衛構想の蒸し返しである。政府はシーレーンの範囲を示せ、と野党に詰め寄られ構想は頓挫した経緯がある。
 佐藤議員の言う「油の道」のマラッカ海峡以北は、尖閣、ルソン海峡、南沙・西沙諸島と続く。この海域は中国の引く対米防衛線である第1列島線と重なり、各国が主権を巡って中国と争っている。一歩間違えば戦争への導火線になりかねない。
 使い勝手の良い「研究・調査」での派遣がまかり通り、恒久化するならホルムズ海峡以外でも、民間商船は容易に危険にさらされることになる。

④FOC船警護に傾斜する論議
 不測の事態が発生した場合、自衛隊法82条により、「海上警備行動」が発令され、日本籍船に限り守ることは可能だ。 
 だが、旗国主義(自国の船は自国で守る。国連海洋法条約)では、仮に特別措置法を制定しても日本商船隊の9割を占めるFOC船(便宜置籍船)は守れない。やれることは、スピーカーでの警告の呼びかけか、割り込み行動までだ。このことは政府も国会で明言し、事情は他国も同様だとしている。
 国民民主党玉木雄一郎代表は『そんな悠長なことを言っている場合ではない。日本商船隊の多くはパナマ、マーシャル諸島、リベリア船籍だ。こうした国々から警察権を日本が授受し、防衛することも方策のひとつ』(日本海事新聞2月17日)と提案する。
 自民党の中谷元・元防衛相も『他国船舶を警護するために必要な武器使用を可能にする法改正を検討しておくべきだ』(産経新聞2019年12月27日)と語る。
 日本海事新聞の記者の視点(1月17日)は『こうした状況を打破するためには、日本のトン数標準税制が世界と同等の条件下で競争できるイコールフィッチング(競争条件均衡化)の実現が求められる。日本人船員の育成と日本船員の拡充が、課題だ』と述べる。だが、問題はフネ(日本籍船)とヒト(船員)をどう確保するかだ。
 邦船社のタンカー担当者もFOC船について『せめて日本籍船と同様のレベルの安全対策を講じてほしいというのが本音だ』(日本海事新聞1月7日)と述べる。

⑤便宜置籍国の選択
 今、港を歩くと船尾に「MAJURO」という船籍港を記した船を多く目にする。マーシャル諸島の首都の名である。
 この国はビキニ環礁など米国の原水爆実験で汚染され、未だに帰島が許されない島礁などで構成される。ここへ船籍を置くFOC船の数はパナマに次ぐ。
同国海事局は、米国によるイラン革命防衛隊司令官の殺害などの中東情勢を踏まえて、登録船主国などへ注意喚起をした。
 それまで海賊対策で安全確保の為乗船させていた民間武装警備員をペルシャ湾航行時には、起用してはならないというものである。「攻撃を仕掛けてくるテロ組織などを刺激しないことを重視した」という判断に基づく。玉木議員の提案のような警察権の引き渡しを分離し認めることはあるまい。

⑥危惧される方策
 FOC船を警護対象に加えるための方策として、国際船舶制度が(悪)利用されることを危惧する。
 「中東タンカーの社会貢献度の大きさを理由に、税制面で更に優遇し、VLCCを中心に日本籍化を進める。その場合、日本人船員の育成は、間に合わないから当面は、国際船舶制度を活用して全員外国人船員とし、必要なら高額な『戦争手当』を約束する。」というシナリオだ。  
 カネ(税金)によって船主にフネを用意させ、ヒト(外国人船員)を確保し支配する方策で、法改正を伴わない、既存制度の運用だけで済ませる「禁じ手」である。
 既に2007年に、国交省通達により外国人船員承認制度が船長・機関長にも拡大され全員外国人の日本籍船が急増、トン数標準税制も3年前、優遇措置が準日本籍のFOC船まで拡大されている。
 国家が緊急時に陥っても、船もなく船員もいない。そうしたいびつな海運の形成は70年代後半の仕組船認知論に端を発する。 
 80年代には、日本人船員不要論の中で、外航船員のふたりに一人が将来に絶望して海を去った。日本人船員を排除してきたのは、船主とそれに追随してきた政府(国交省)に他ならない。

⑦不測の事態を生む条件
○中東では真相は藪の中

 今回の海自中東派遣の直接的な契機は、昨年6月国華産業運航のタンカーKOKUKA COURGEOUS号が砲撃を受けた事件だ。米国中央軍はイランの革命防衛隊のボートがタンカーに接近し不発だった水雷を、証拠隠滅のために除去しているとする映像写真を公開し、テレビでも放映された。
 だが、乗組員は飛来物でやられたと証言し、機雷や魚雷による攻撃を真っ向から否定している。
 タンカー攻撃の数日前には、イラン製のミサイルで米軍の無人機が撃墜されたという。
 9月には、サウジの石油施設が無人機によって攻撃を受けた。イエメン軍(フーシ派)が、自らの関与を発表したが、サウジはイランの攻撃とみなしている。
 1月29日にホルムズ海峡の西側海域でUAE船主のVLCC「ZOYAL」が火災を起こした。原因も事件性も不明のままである。
 こうした事件に共通するのは、真相は藪の中だということだ。
○絶えない誤射、誤爆
 今年1月8日、イラン軍はウクライナ国際航空機墜落について声明を出し、人為的なミスによる誤射であることを認めた。167名全員が死亡。
 1988年、ホルムズ海峡上空で米軍イージス艦によるイラン航空エアーバスA300への誤射により、290名全員が死亡。
1987年、イランイラク戦争でイラクのミラージュ戦闘機の発射したエグゾセミサイルが米国海軍のフリゲート艦「スターク」を誤射、37名が死亡。
 2003年、イラク戦争開始から8日目に英国人兵士が、友軍である米国戦闘機の誤爆により死亡。
○その他の要因
不安定な治安情勢、その背景にあるのは複雑な宗派間対立、歴史的な部族国家の存在、貧富の格差等々である。

⑧不測の事態の発生
 不測の事態を生む条件が揃う中東では、いつ何が起きても不思議ではない。突然で荒々しい中東発の「戦争のリアル」は、日本へ大きな衝撃を与えるだろう。
仮に日本籍船と同時に付近にいるFOC船が攻撃を受けた場合、FOC船の警護を巡る論議などは吹き飛ぶ。国民にとって「日本籍船」と「日本関係船」の違いなど枝葉末節の論議に違いない。
 海員組合の森田組合長は関東地方支部の旗開きで『海員不戦の誓いに沿って危険な場所には行かせない、行かないを合言葉としながら関係機関と密接な連絡体制を取る』と述べたが、危機感は感じられない。「船員は下船する権利を有する」と大きくアピールする時だ。

⑨アフガン 中村哲医師の死
 中村医師が銃弾に倒れ、先月、私の地元でもお別れ会があり花を手向けて来た。一度講演を聞きに行った程度だが、テロ特措法の国会審議に参考人として呼ばれた際のビデオは幾度となく見てきた。
 意見陳述は『私は政治音痴で、タリバンの回し者ではありません。イスラム教徒ではなくキリスト教徒です』から始まる。
 議員たちの、冷笑とヤジの中で『テロ防止という場合に、敵意を減らすことが要件、力によって敵意は減らない』、『営々と築いてきた日本への信頼感が軍事的プレゼンスで一挙に崩れることは有り得る。自衛隊の派遣は有害無益』と九州なまりで訥々と述べていたのが印象的だった。
 この直後、ブッシュ政権はタリバンへ報復攻撃を開始する。そして大量破壊兵器の存在、という嘘を根拠にイラクへ押し入った。小泉政権もそれに同調した。 
 中村医師と、彼を冷笑した議員たちとどちらに道理があったか、20年を経た今、知ることが出来る。
       (次号につづく)