柿山朗

「おおすみ」動作の全てが後手
 事故の第1報をテレビ、新聞で知り、先ず思ったのは自衛艦「おおすみ」は、いずれ「とびうお」が避けるだろう、という慢心、甘い期待で危険を予知せず突っ走ったに違いない、ということだった。 
 傍聴を続けてきた結果、それは確信に近い。「おおすみ」が、岡山県玉野市へ向かうには伊予灘か安芸灘を経由して来島海峡を経なければならない。そのためには小黒神島を航過後、東寄りに針路を取らなければならないが、阿多田島は正面に1・7浬と迫っているのに漫然と南西に向け続けている。 
 阿多田島と岩国・大竹間へ抜けることも艦長の念頭にあったのであろうか。航海計画表か海図に書かれたコースラインを見たいと思った。「おおすみ」はCPP(可変ピッチ)であり、減速は容易である。スピードを落とし、早めに「とびうお」を先行させ、自船は東寄りに進めば、難なく済んだ事例である。
 事故を避けるために海上衝突予防法は「衝突を避けるための動作を取る場合は、十分に余裕のある時期にためらわずにその動作をとること」(法第8条)「避航船は出来る限り早期に、かつ、大幅にその動作をとらなければならない」(法第16条)と定めている。
 右へ舵を取ったのも、船速が落ちたのも衝突1分前、汽笛の吹鳴はほぼ衝突時刻と全ての動作が後手に回っている。


検証実験の結果
 海技大学校では本件に関して、事故の検証実験を行っている(海事教育機構論文集第2号・2018年3月参照)。船長経験のある者から航海士経験も短期間の者まで参加者は、さまざまだ。シミュレーションでは大型フェリーを「おおすみ」に見立ててある。参加者は「おおすみ」艦長になりきって操船する。開始は「おおすみ」艦長の昇橋時間に合わせて衝突の5分前である
 船長経験の豊富な者は、漁船を左至近に見ながら注意喚起信号に続き右転を示す操船信号を発した上で右舵を5度、10度と取り、早々と衝突の危険から脱している。その理由について『漁船とは追い越し関係にあり、自船は避航船と判断した。横切り船の関係かと迷ったが、本船の速力が速く、操縦性能も良い。自ら動くことができる避航船の立場になったほうが良いと考えた』と答えた。
 避航船として自ら動作を取れる追い越し関係の方が、精神的にも楽だという運航者の心理を表した判断をしたのである。
実験の結果、経験の浅い者ほど針路、速力の変更や汽笛信号の吹鳴など全ての動作が遅れていることを示している。


緩慢な避航動作の原因
 艦橋組織は、艦長以下航海長、船務長、水雷長、見張り員、電測員等々多くの人で構成される。多人数の介在は、意思決定の機敏さを失わせている。軍隊である以上、組織原理は位階制(ヒエラルキー)に基づくが、上意下達が情報をも制約する。
 海上自衛艦の組織体制そのものが安全運航には不向きと言わざるを得ないが、事故の最大の原因は、民間商船や漁船は自衛艦を先に避けて当然、という驕りだと思う。
 私は操船にあたる心構えとして「恕の精神」を説く尊敬に値する先輩たちを見てきた。恕とは、「論語」に由来し、他人の立場や心情を察することであり、思いやりを意味する。具体的には相手が仮に小さな内航船や漁船であろうと敬意を払って接せよ、ということだ。亡くなった「とびうお」高森船長に責任のすべてを負わせ、幕引きを許してはならないと思う。
                       

(元外航船員)