柿山 朗(元外航船員)

第一章 軍の論理
第二章 民の論理
第三章 溶け合う軍と民
(1) 軍事機能の民営化
(2) 商に揺れる民
(3) 強制と任意のはざまで
(4) 湾岸戦争と民間船
(5)「下船の自由」という権利
(6)「下船の自由」を巡る対応
(7) 旗と国家
(8) 戦後初の海外派兵
(9) 戦没船員碑のいま
(以上、前号まで)

(10) 自衛艦の中東派遣と船員

① 朝日新聞への元船長の投書

2019年9月1日の朝、私は朝日新聞の「声」欄の投書に目を留めた。それは、下記のようなものだった。

 これを読んで私は、反論が必要だ、と思った。それは次のような理由からである。

中東危機と有志連合構想の中で外航海運と船員の問題は社会を2分するテーマとなりつつある。船員の意見の影響は大きい。

●生命と安全を守るためにホルムズ海峡の警備に、海上自衛隊の護衛艦や哨戒機の派遣を、という意見が船員関係者の多数意見と見られてはならないこと。

●危険を顧みず、黙々と働く船員の存在を知ってほしいのであれば、「生命を危険にさらす、危険海域へ就航させてはいけない」という主張が、先ず、船員OBの訴えであってほしい。

●FOCと外国人船員が中核となった外航海運の変貌に全く触れていないこと、などである。

② 私の当初の反論投稿

9月7日、私は朝日新聞に次のような投稿用文章を送った。

『「海で働く人々への安全にも目を」という投稿があり、自衛隊の派遣を、というものだった。私なりの異論を述べたい。イランイラク戦争で、日本人船員2名が犠牲になったが、労働組合も船主協会も自衛隊艦船のペルシャ湾派遣を要請しなかった(*1)。理由は、海戦法規によれば軍艦に警護される商船も敵国の軍事目標とされ、逆に危険度が増すからである。

 日本船は日の丸を船体に大書して中立をアピールしたが、同盟国である米国が、アーネストウイル作戦と称し(*2)、対イラン戦争に全面参加した時期から、日本船が次々に攻撃された。私の乗るタンカーへもイラン革命防衛隊のガンボートが接近し銃口を向けた。いつ不測の事態がおきても不思議ではない。

 イランイラク戦争の末期、日本のタンカーはペルシャ湾外の安全な海域で、産油国のシャトルタンカーに中継してもらい原油を受取った。対応策はいくらでも有り得る。今は、日本船といっても9割がパナマ籍などの便宜置籍船、乗組員はフィリピン人などの外国人だ(*3)。実力でパナマ籍船を守ることが憲法上可能なのか(*4)、フィリピン人船員が日本の石油の為に命を落とすことが許されるのか、疑問が残る(*5)。戦争への参戦も加担にも反対というのが、経験からの結論である。』

③ 朝日新聞とのやりとり

朝日新聞の動きは速かった。送付の4日後には電話があった。

『次の3連休の月曜日(9月16日)に掲載予定、但し17字26行(440字)が与えられたスペースの為、電話とメールでやり取りしながら文面調整に協力してほしい』との要請だった。

長くなるが朝日とのやりとりを紹介する。削除要請があった箇所は、前記の傍線部分である。(ここでは太字・斜体で記載)

*1 イランイラク戦争では、船員は犠牲者を出し船舶も被害を受けたが自衛隊の派遣要請はしなかった。未だ労働組合にも船主にも9条への意識と意地が残っていた、という主張。(柿山、削除に同意)

*2(柿山、削除に同意)

*3 先日KOKUKA COUREGEOUS号がホルムズ海峡で被弾したが、船籍パナマ、船員は全員フィリピン、運航会社が日本の国華産業という典型例だと説明した。(朝日、残すことに同意)

*5 様変わりした現在の日本の海運と産業を船員として底辺で支えるのは、主としてフィリピン人船員。太平洋戦争での抗日ゲリラを含むフィリピン人の死者は110万。当時のこの国の人口1600万。一方内地での広島、長崎を含む市民の死者数50万、人口約7000万。フィリピンは中国、朝鮮と共に人命と国土が、蹂躙された最大の被害国であることは疑いがない。固有名詞は外せない、と主張した。(朝日、残すことに同意)

唯一、期限直前まで合意できなかったのが*4の記述である。 

柿山『自衛隊法82条で定める海上警備行動の保護対象は日本国民の生命と財産であり、パナマ籍船を守ることは違憲である。相手が海賊と軍隊では前提が異なる』

朝日『海賊対処法が成立し、実際に自衛隊がソマリアで外国籍船の護衛をしている。海員組合と船主団体の要望でもある。海賊法が違憲と載せると、必ずクレーマーから何か言ってくる。実名を出す柿山さんへも迷惑が掛かる』

柿山『私は構わない』

そうしたやり取りを経て、『ホルムズ海峡での戦争で、自衛隊が外国籍船を守ることが可能なのか』を柿山が提案。

結局、朝日提案の『戦争状態になった場合、違憲の恐れはないのか』で、折り合った。

朝日新聞の購読者数は500万を優に超えるとされる。仮に5人にひとりが読者欄に目を通せば、100万人。主張は譲れないものだが、この機会は逃せないと判断し、掲載を優先することにした。

平和的な他の対応策

 投稿では中ほどにあった文章、「イラン・イラク戦争末期、日本タンカーはペルシャ湾外の安全な海域で原油を受け取った。対応策は他にもある」の部分は朝日担当者のアイデアで末尾に移された。説得力が数段増したと思う。

「対応策は他にもある」と書いたが、紙幅の都合で書き切れなかった具体策を列記する。

●ホルムズ海峡の外で、一次輸送のタンカーからシップtoシップで接舷して原油を受け取る方法がある。イラン・イラク戦争時、実際に私は経験した。当時はタグの支援もなくVLCCからVLCCへ移し替えた。中型のシャトルタンカーを使い、3500馬力程度のタグを3隻ほど使えばさらに安全なはずだ。

●周辺国で日本にとって重要な国はオマーンである。ホルムズ海峡両岸の島はオマーンの領地であり、国際海峡である同海峡の主権はオマーンに属する。   

 オマーン国王サイードの叔母にあたるブサイナ王女は日本人を母
親に持つことで知られ、親日国であることは疑いがない。また、湾岸アラブ諸国の中では数少ないイランの友好国でもある。

 首都マスカットの西にはファハールというVLCCも入港可能な良港を持つ。この港の積み出しターミナルの複数化や備蓄タンクの増設を検討し、日本はその建設の援助をすべきだ。  

●アラブ首長国連邦は、ペルシャ湾(ドバイ)とオマーン湾(フジャイラ)の両側に港を有している。日本がパイプラインの敷設を援助するのも一考だ。

●日本向け原油の8割はホルムズ海峡を経由して運ばれると言われている。その限りにおいては正しい。しかし一次エネルギー供給における石油の割合は4割を切っている(資源エネルギー庁資料)。70年代初頭は8割近かったがLNGに替えられた。

 過剰な強調は、「ホルムズ海峡は日本の生命線」の次に、「石油の一滴は血の一滴」のような言葉が、独り歩きしかねない。230日の国内備蓄量を5割増し360日にしよう、という提案が、あってしかるべきだと思う。

 平和的な対応策を探るのが憲法9条を持つ国のあり方だろう。具体策の提示に果たすべき船員の役割は大きい。

*自衛隊法82条

(海上における警備行動)防衛大臣は海上における人命、財産の保護、又は治安の維持のため特別の必要がある場合は、総理大臣の承認を得て自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることができる。これは(憲法13条)個人の生命、自由及び幸福追求の権利の尊重に依拠する法律。 

*日本関係船

 保護対象は日本籍船、日本人の乗る外国船、日本の事業者が運航する日本関係船、日本の積荷を搭載した外国船。

⑤ 中東へ海自の独自派遣決定

 10月19日朝、新聞・テレビは次の通り一斉に報じた。

『政府は18日、国家安全保障会議(NSC)を開き、中東海域での日本関連船舶の安全確保のため、海上自衛隊の独自派遣に向けた検討を始めることを決めた。 

 防衛省設置法に基づく「調査・研究」のための派遣とし、船舶警護を直接の目的としない。派遣時期や部隊の規模は今後詰める。 

米国の呼びかけに応じて、中東の海洋安全保障に貢献する姿勢をみせつつ、イランに配慮し有志連合には加わらず、ホルムズ海峡での活動は避ける。今後は新たな護衛艦の派遣や、ソマリア沖で海賊対処にあたっている護衛艦や哨戒機を転用する案を検討する』(毎日新聞)

『必要に応じて、海上警備行動を発令し日本関連船舶などの警備を行うことも検討』(読売新聞)

『防衛省設置法の適用は、国会承認が不要、防衛相の判断だけで派遣が可能。ハードルの低さから「打ち出の小槌、魔法の杖』(朝日新聞)

『防衛省設置法では、他国の船舶の護衛はできない。こうした派遣は、苦し紛れの拡大解釈との批判を免れない。政府がこうした手法を繰り返せば、自衛隊派遣は歯止めを失う』(中日新聞)

*防衛省設置法4条

「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行う」

⑥ 始動する自衛隊の中東派遣

 NSCの下部機関といえる自民党の外交部会、国防部会、外交調査会、安全保障調査会は8月5日に合同会議を開いた。

『この会議で防衛省は、海上警備行動が発令されれば、FOCも含む日本関連船舶を守ることが出来ると明言。自国船籍の定義について海上警備行動が発令されれば、日本船籍はもちろんのこと、日本関連船舶、日本の積荷を運搬した船舶であると強調した。』(8月6日、日本海事新聞)

 これまで、「憲法や自衛隊法に基づく行動による警備の対象は、日本籍船に限定される」とされてきた。だが、武力行使となれば、単に海賊対処の仕組みの移行で済ますわけにはいかない。

 さらに、自衛隊法82条はもともと日本周辺海域での領海侵犯や不審船を想定したもので、武器の使用も警察官職務執行法に準ずるとされていること、外国船の警護は出来ないこと、等々多くの制約がある。中東での軍事行動には適用できるはずもない法律である。

今後の流れを予測してみる。

 政府は先ず、国会のチェックを必要としない防衛省設置法に基づく、「調査・研究」として自衛艦を中東へ送り出す。

 折をみて防衛相の判断で実施可能な海警行動へ移行する。

 しかし、中東で予測される軍事行動では、不測の事態を覚悟しな ければならない。一度、軍事衝突が起きれば引き返すことは困難になるだろう。

 戦前は、在中国の邦人保護を名目に軍を派遣し、やがて全面戦争へと突き進んだ。同じ泥沼に陥りかねない。

⑦ 海警行動の先行実施を求めた海運労使の共同声明

 2009年1月9日付け、前川船主協会長と藤沢海員組合長の連名で共同声明が出された。違憲と知りながら、海警行動を先行させた先例である。

 声明は『凶悪な海賊を前に自助努力では限界がある。(中略)まずは現行法の枠組みの中で海上自衛隊艦船の派遣を早急に実施することをお願いする』というものである。浜田靖一防衛相は、自衛隊法に基づく海上警備行動によって自衛隊を派遣する方針を決め、派遣準備を指示する。

 海運労使の共同声明とは異なる次のような真っ当な世論があった。

『海賊行為は犯罪だ。犯罪には軍事力でなく取り締まりを。それは海の警察である海上保安庁の仕事。マラッカ海峡では、海賊取り締まりが成功した』。

 当時、イラク撤退後の派兵先探しに躍起になっていた政府にとって、こうした声は顧みられるはずもなく黙殺された。 

⑧ 憲法9条と船員

 10年前、朝日新聞の「オピニオン・意義あり」欄で、東京外国語大学教授の伊勢崎賢治氏は『日本人に憲法9条はもったいない。戦後最大の違憲派兵、ソマリア沖への自衛隊派遣になぜ猛反対しない?軍隊を外に出さないと守れないような国益は求めない、と誓ったのが、憲法9条の根幹』と語る。伊勢崎氏の問いかけは、企業益を憲法よりも優先していないかという指摘でもある。

 私にとって、憲法は「平和的生存権」を主張する拠りどころであり、譲れない権利だ。

 少しずつ憲法を拡大解釈し、歪曲しながら、年内にも自衛艦が中東へ派遣されようとしている。 

 自衛艦の帰着時、これまで同様、海員組合は「守ってくれてありがとう」の横断幕でむかえるのだろうか。

 海賊対策では、船員の中からも仲間の命と憲法とどちらが大事か、という声があがった。

 海賊対処法の世論調査では63%が賛成した。今回も自衛隊派遣に反対すれば、商船の警護より憲法が大事か、という声が聞こえてくるのだろうか。

(次号につづく)