社会保険審査会が請求棄却

(編集部)

高知県・宮城県の漁船・外航の元船員や遺族11人が船員保険の職務上傷病による療養費や遺族補償を求めていた件で、9月30日社会保険審査会は全員の請求を棄却する裁決を出した。

〈これまでの経緯〉
1954年3~5月:米国がビ
キニ環礁で計6回の水爆実験、約千隻の漁船・外航船が被爆
同年12月:日米政府の政治決着
(第5福竜丸ほか93隻に見舞金)を受け、政府は汚染調査と補償を終了。船員保険による補償は第5福竜丸のみ。
2014年9月:厚労省が第5
福竜丸以外の被爆記録を開示。国会で「存在しない」とされてきた記録が初めて明らかに。
2016年2月:元船員らが健保協会船員保険部に申請
2017年12月:棄却
2018年7月:関東信越厚生
局が不服審査請求を棄却
(本誌18~20・24・26・28号参照)

裁決書の要旨

 船名・病名・発症の経緯等がそれぞれ異なることから、裁決書は各人毎に出されたが、主な論法は「100mSvを超える被爆の証拠はない」というもの。典型例を紹介する(注釈等を一部省略、傍線は編集部)。

◯因果関係の存否の考え方、放射線被ばくとがん等の関係に係る一般的知見

 『行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合において、因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして関係資料を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りると解すべきである。本件においても、この観点から因果関係の存否を検討する。』

 『放射線被ばくとがんとの関係についての一般的知見をみると、低線量率被ばくによるがん死亡リスクについて、国際放射線防護委員会は、がん死亡の確率は100mSv当たり0・5%増加するとして防護を考えることとしている。(中略)

 放射線被ばく線量によるがんの相対リスク(被ばくしていない人を1としたときの被ばくした人のがんリスク)について国立がん研究センターが公表した資料では、 100mSv未満は検出困難、 100ないし200mSvは1・08倍、200ないし500mSvは1・19倍、とされている。

 これらの知見に照らすと、一応の目安として、放射線被ばくが100mSvを下回る場合には、それにより、がんが誘発されたことが高度の蓋然性をもって証明されたとはいえない』

◯以上を踏まえ本件を検討する

(1)前記認定事実によれば、水爆実験による放射線被ばくがあったものと推認されるが、請求人の被ばくが具体的にどの程度のものであったかを直接証する当時の資料は存しない。

(2)保険者報告書の線量評価の方法は、用いた資料を前提とすれば、合理的な評価方法の一つということができるが、これをもって直ちに請求人に係る被ばく線量を推測することはできず、参考資料の一つとして考慮するにとどめるのが相当である。

 請求人は、保険者報告書は水爆実験後に生じたスコールをはじめホットスポット下で起こった降雨や粉じん等による影響が考慮されていないと批判するところ、これらの点について考慮する必要があることはそのとおりであるが、これらに遭遇したことの有無やその日時場所等を明らかにする客観的な資料はないのであり、この点についての修正を加えた外部被ばく線量を明らかにすることはできない。』

(3)歯のエナメルを用いたESR線量計測については、その検査対象者が乗船していた船舶は、いずれもD丸とは別航路の船であり、被ばくした日時、場所も異なるから、その計測結果から、D丸の乗組員である請求人の放射線被ばく量を推定することはできない。

(4)リンパ球の染色体異常測定については、調査対象者の年齢が75歳ないし90歳と高齢であるところ、安定型染色体異常の自然頻度は10のマイナス2乗(100個の細胞に数個)レベルであり、年齢とともに増加すること、60歳以上の人の低線量被ばくの線量評価は、自然頻度の個人差が大きく困難を伴うことが指摘されていることに照らすと、異常頻度の増加をもって個々人のレベルで被ばく線量の証拠とすることは困難であるといわざるを得ない。

 また、対照群全体と被ばく群全体の異常頻度の差をもって被ばく群全体の被ばく線量の証拠として用いるとしても、上記の制約に照らすと推定値の信頼性は必ずしも高いとはいえないし、その差は91mSvであって、 100mSvに達していない。

 以上に照らすと、リンパ球の染色体異常測定から、請求人の被ばく線量が100mSvを超えていると認定することは困難である。

(5) 第五福竜丸の乗組員からは外部被ばく線量だけでも100mSvをはるかに超える線量(2・5Svないし6・9Sv)が計測されているが、第五福竜丸は、爆心から風下約150kmないし200kmの位置で、爆発の数時間後から高濃度の局地放射性降下物に遭遇したのに対し、D丸は、爆心から約1600kmないし2600kmの位置で低濃度の対流圏放射性降下物を受けたのであるから、被ばく時間及び被ばく位置が全く異なる。

 さらに、帰港時の放射線量検査で検出された第五福竜丸の放射線量は、計測単位が異なるが、D丸の放射線量に比べてはるかに高い値である。

 これらに照らすと、第五福竜丸の乗組員の外部被ばく線量が100mSvを超えているからといってD丸の乗組員の外部被ばく線量が100mSv以上であると推認することもできない。

(6)以上によると、本件水爆実験による請求人の放射線被ばくが100mSvを超えていると認定することは困難であり、請求人の当該傷病が本件水爆実験による放射線被ばくから約50年後に発症したものであること、一般にがんのリスク要因としては他にも多くのものがあることも勘案すると、本件水爆実験による請求人の放射線被ばくが当該傷病の原因であることを是認する高度の蓋然性が証明され、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに至っているとはいい難い。

 したがって、請求人の当該傷病が、本件水爆実験の放射線被ばくによるものと認めることはできない。』

支援者ら抗議声明を発表

 資料の発掘から審査の代理人まで、一貫して元船員らを支援してきたビキニ核被災検証会と太平洋核被災支援センターは高知市で記者会見し、『裁決に強く抗議する。今なお健康不安を抱えながら闘病生活を送る被災船員の人生を取り戻すためにこれからも全力を尽くす決意だ』と述べ、抗議の声明文を発表した。

 声明文は核被災支援センターのホームページで閲覧可能。

(編集部)