雨宮洋司(富山商船高専名誉教授)

商船船員を魅力あるものにするために 13 ― 

目次

Ⅰ 最初に述べておきたいこと
1.私のこだわり
2.時代を考える
3.新制商船学校の果実
4.大切な二つの点とお話したいこと

Ⅱ 商船船員(職業)にこだわる理由
1.時代背景と私の名前
2.海軍船員からの距離感の醸成(その1)
3.海軍船員からの距離感の醸成(その2)
4.商船船員と海軍船員の同じ点と違う点

Ⅲ 船員(職業)特殊性論の展開
1.海上運送サービスの特徴について
2.船員(職業)の特殊性を構成する三要素
 (1)海という自然環境に影響されること
 (2)長期連続の航海ということ
 (3)大量の貨物・多数の船客を運ぶということ
 (4)特殊性軽視のリスク
3.特殊性の別表現としてのシーマンシップ論
 (1)コインの表側
 (2)シーマンシップの現代的意義
 (3)シーマンシップの一般化

Ⅳ 海陸職業を同一視する諸相と抗い(あらがい)の視点
1.同一視の諸相と疑問点
 (1)同一視する人たち
  (2)商船学校の混迷
 (3)船員の夢を断ち切る指導
 (4)手荒な女子への門戸開放
 (5)中学・高校の職業指導と船員(職業) 
2.海陸同一視策に抗う
 (1)商船船員教育補完策の必要性
  (2)商船教育の再出発点
 (3)市場任せの船員政策批判
  (4)重要なアジアにおける歴史的視点
  (5)四面環海の日本と日本人船員(職業)の新役割
3.特殊性軽視のリスク
  (1)市場至上主義のリスク
  (2)真の〝海洋理解教育〟のために

Ⅴ 特殊性を克服する諸政策の断片
Ⅴ-1 船員労働団体の混乱と

船員部会での議論
1.海員組合の混乱とその影響
(1)海員組合混乱の諸相
 ① 竹中裁判
 ② 北山裁判
  ③ その他の争い
(2)組合混乱の影響
 ① 船員側委員の発言力低下
  ② 日本人船員確保への影響
2.船員部会(国交省)での議論 
(1)船員部会の各種情景     
 ① 顕著な当局の強気発言
 ②〝要望〟事項となる船員側発言
  ③ 当局と船員(組合)側委員の激論
 ④ ILO海上労働条約の国内法化論議
  ⑤ 船員部会での政策基調
◯当局による特殊性把握
(以上前号まで)


⑤ 船員部会での政策基調(続き)

◯海陸同一視的論議の各種事例

 船員(職業)の特殊性を体系的に掘り下げないまま、陸上労働者と同じ視点で船員(職業)政策を遂行しようとすると、船員部会での珍問答が繰り広げられることになります。

 そのつじつま合わせのため、適用除外項目や労使に委ねる項目が多くなり、厚労省や国際条約の要請に国交省の船員部門が可能な限り足並みをそろえることを優先させる政策対応になってしまいます。それを船員部会での論議事例でみることにしましょう。

(陸と船における衛生管理者の違い)

 第60回(2014(平成26)年11月)部会で、船員(組合)側委員から次のような発言がなされました。

 『2013(平成15)年ごろ、船舶安全衛生管理者試験の受験者が少ないということで、厚生労働省の陸上衛生管理者試験と一緒にすることの話が出た。つまり陸の資格取得前後2年ぐらいの乗船経験があれば、船での衛生管理者資格を与えたら良いのでは?という考えが当局にあった。

 しかし、船舶が航行中の薬剤の投与、それから注射、縫合、さまざまな医療行為をしてよいのが海の衛生管理者資格である。最近は高齢船員化に伴う問題も出ていることにも配慮が必要だ。

 遠洋マグロ漁船の場合、無寄港で10ケ月も洋上にいる。海の衛生管理者資格の取得講習は100時間であるが、医療行為的実習がその半分を占め、陸とは全く異なる』。

 これに対して当局は、『すでに医師や看護師などの資格者が船舶衛生管理者の資格を乗船経験でもらえるように法律上の但し書きを適用することになっている。それと同様の問題だ』、と説明しています。

 乗船経験にはどのような意味があるのか。つまり船上での仕事と生活にはどのような特殊性があるのかということに踏み込んでいないために議論はかみ合いません(第60回)。

 さらに、医師や看護師が乗船するのは客船や遠洋航海時の大型練習船等であり、当局の例示は、大勢を占める一般商船や漁船には不向きです。単に法令の整合性問題だけでは済まされない問題なのです。やはり船員(職業)特殊性の体系的探求は不可欠です。

 さらに、医師免許のない船員(職業)が、付け焼刃での治療行為が船上で許されること自体にも問題があり、医師法違反的行為にならざるを得ない実態を明らかにするとともに、船上の疾病や怪我への安心安全システムの構築(ドクターヘリの船上派遣や各寄港地での医療体制の整備)こそが主張されるべき課題です。

(男女雇用差別禁止指針の適用)

 当局は、『厚生労働省所管の男女雇用機会均等法に基づく指針改正に伴い、船員に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する事業主の指針改定を行う』として船員部会に諮問をしました。

 『船員の昇進にあたって、転勤を条件とすることは認められない』ということで、『今までそれがなかったことには驚いている』ということにも言及しています。

 それに対して船員(組合)側委員は、『船員は転船が普通であり、これ(当局提案)は船員社会にはなじまない』と異論を述べます。

 これに対して当局は、『まれなことであっても、転勤の経験を昇任の条件とするのはダメ。具体的には、船員が乗り組む船舶と航海の期間または対応の異なる船舶に配置転換された経験を有することを昇任の要件とすることはダメ』、『転勤を理由に昇進させないのはダメ』、『内航船を運航するのに、外航の経験がないことの条件を付するのはダメ』といった例をあげました。

 しかし、それらはあくまで、陸の転勤規制の条件を海の職場に当てはめる言い回しに過ぎません。

 船員(組合)側委員は『よくわからない』を連発しますが、当局は『女性を狙い撃ちにする場合や特定のご家庭を持っているような方を想定して、その人を昇進させないために、(形式上)そういった基準が殊更設けられること』になるわけで『女性を排除する目的で、募集要項に身長は180㎝以上と書くことなどもありうる』という追加説明をして男女差別禁止指針の船員適用の正当性を強調します。

 公益委員が、『陸上の法令に合わせる形で、まれにしかないことでもきちんとそろえておくことは必要なことだ』という発言によって、当局の説明が了承されることになります。

 ここにも、船員(職業)についての関係者理解が、陸上視点からなされ、船員(職業)への形式的適用になっていることがわかります。

 まれにしか生じないものでも船員社会への導入は必要なことですが、すでに男性社会の中に入っていった女子船員が戸惑い、悩んだこれまでの船内情況の現実を精査するなどして、これから船員として就職する女性が長く乗船勤務できるような船内職場づくりの基本的指針の提示と国による船社への積極的指導こそが必要なことです。

肝心な議論が置き去りにされている感じがします。

(介護育児休業法の適用)

 育児休業や介護休暇の日数をより多くの男女がともに取り、しかも取得しやすい環境条件を整え、その間の給与補償も定める方向で、1991(平成3)年以降、関連法令の改正が次々となされています。

 首相が新三本の矢の一つに〝介護のための離職ゼロ推進〟を掲げたことから、より一層の充実が期待される傾向にあります。

 これは日本の育児や介護の休暇等に必要な社会経済的水準がその域に達する段階にきていることの証左になるのです。それを船員にも適用する方向で、厚労省は船員行政を管轄する国交省の尻を叩きます。

 しかし、当局が船員のためにその実効性を担保する方向で動くのか、船員職業は特殊であるゆえに形式的に法令整備をしたうえ、除外条項設定や労使合意策でそれを乗り切ろうとするのかが問われることになります。どうやら現状は前者よりも後者に比重があるといえそうです。これは海陸同一視傾向からきていると思っています。

 例えば、第6回(2009(平成21)年5月)部会で、船員のパパ・ママが介護や子育てに関して、より責任を持てるようにするための介護育児休業法の一部改正が提案されました。その内容は、陸の労働者並みを船員社会へ横滑りさせる提案になりますが、どうやら形式的整合性が優先されているように思います。

 その内容と適用の仕方を見ましょう。子育て休暇の取得権は(両親が取得済みの場合や保育園入所が断られたとき)、子が1歳までだったものを1歳2ケ月まで延長し、短時間勤務制度も義務化して、父親も育児休業を取りやすいようにし、仕事と育児・介護の両立を図るようにするための実効性担保として、科料の設定や違反企業名の公表等も定めることになりました。

 看護休暇は現行の5日間が2人の場合は10日間になります。介護休暇は対象家族93日(3ケ月)までで、通院などの付き添いなども入れることにしました。さらに、こまめな病院送り迎えについては5日まで、2人以上は10日までとしました。

 第13回(2010(平成22)年3月)部会で、当局はこれらのことを説明したうえ、船員の産休と勤務時間短縮の関係や事業所が提供する保育所施設の運営も説明しています。これらについて、船員(組合)側委員から「交代要員の確保要求」がなされただけです。

 おそらく、海運サービスを担うこれまでの船員職業の特殊性をもって、除外条項の適用と形式的整合性はやむを得ないという見方が各委員の根底にあるためかもしれません。

 その後の部会(第14回(2010(平成22)年4月)で当局は『全日本海員組合の意見を取り入れて、派遣などを含めて最大限運用出来るように代替要員の確保に努力し、その指導のうえでも困難な業務として運用するように指導する予定である』とし、その運用を今まで通り行うニュアンスで説明しています。

 日本の現状と近未来を考えたとき、介護育児休業などの制度は、ますます充実していかなければならず、それは日本国民が要求する福祉レベルにもなります。

 その場合、船員への適用が、このようなやり方で良いわけはありません。適用除外や労使関係に委ねることで、従来路線をとりあえず継続していく手法はすでに限界にきているのです。

 日本人船員確保育成を考える場合、これまで通りではなく、介護育児休業法の改定事項を前向きにとらえ、いかに船員への実質適用を進めていくかの議論が展開されないならば、ますます若者に選んでもらえない魅力ない船の職場になる可能性は大きいでしょう。

(障がい者雇用の問題)

 これは、精神障がい者も加えた法定雇用(閣議決定され、船員部会での意見聴取が必要)に関わる「障害者雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律案」で、「障害者の権利に関する条約」(2008年5月に発効済)の批准に向けたものです。

 障がい者である労働者が差別されることなく、かつ、その有する能力を有効に発揮することができる雇用環境を整備していくというものです(法定雇用率は2・0%で船舶運航事業は除外業種で除外率も高かったが、それは2004年に廃止され、現在は経過措置に移行している点に留意)。

 今回の改正は、身体と知的障がいのほかに、精神障がい者も対象にすることで、すべての障がいを理由とする差別の禁止、事業主の雇用義務、障がい者が働ける環境の整備義務等を定めたもので、差別発生で個別船員と事業主の紛争が発生した時は、地方運輸局が調停を行うことになる点を当局は説明しました(第41回)。

 この件についても、出席委員からは突っ込んだ意見交換はなく、了承されることになります。

 その後、第74回の部会で「障害者の差別禁止についての事業主の指針制定」に関して諮問がなされ、当局の説明が行われました。

 そのなかで「募集や採用そして採用後の差別は禁止される」、しかし「合理的配慮」と「事業主の過重負担義務は除かれる」として、特に船員の場合は「船員法の健康検査に合格できない人は外れるが、それは差別ではない」を前提に、全事業主への「合理的配慮の提供義務の指針」が明らかにされました。

 質疑応答を通して、そこには二つの問題があることが分かりました。第一は、船員(組合)側委員が指摘するように『合理的配慮の具体例は陸の企業におけるものをそのまま持ってきているようだが、船内の実態に即して書いた方が良い』ということ。第二は事業主の過重な負担が生じないように、どのようにするかは当事者(障がい者個人と事業主)が話し合って決めるとされている点です。

 これらの問題点は、仕事場において、障がい者の能力発揮が事業主によっていかに支援されていくかという基本的な姿勢ではなく、事業主が支障を生じないようにいかに配慮するかに腐心している指針内容であるとしか思えません。

 前者(第一点)の指摘に対し、当局は第75回部会で、『健康検査に合格した船員が障害者になった場合、健康検査への柔軟性、肢体不自由船員への配慮として、船内階段の上り下りの移動を避ける配慮をすること、内科的障害者へは通院機関に配慮した乗下船期間調整の配慮』等、漁船での実態に合わせたかたちで修正提案をして部会の了承を得ました。

 以上のことから分かることは、国交省当局が条約や他省庁の法律の改正等を背景に、船員(職業)のために国内法を整備する場合、何に重点を置いているかということです。そのポイントは、〝当該法の精神の基本を何らかの形で船舶運航事業者が導入・実施できるようにしていく努力〟と言えそうです。

 厚労省の規定を船舶運航事業に横滑りで形式的に適用する場合、納付金で法定雇用率をカバーしてしまう制度に頼ることや適用除外、労使協議、さらには障がい者個人と事業主の話し合いに委ねるといった当事者問題にすることは、明らかに日本が直面している個々の基本的人権を尊重する時代に追いついてはおらず、何とかそれを取り入れようとするときは、今まで通りのやりかたを優先させることに知恵を絞りだしてしまいますが、もはやそれには無理がきていることを再認識すべきでしょう。

 このことは、既述の衛生管理者資格問題、男女雇用機会均等法や介護育児休業法の船員への適用に関しても同様です。

 障がい者雇用を共生の理念に基づいて具現化するためには、船上の職場だけではなく、船社の陸上職場部門も含めて、障がい者雇用等を会社ぐるみで可能にするためにはいかにしたら良いのか、船社としての新しい考え方を示す段階にきていると思った方が良いでしょう。その意味での省庁間の連携プレイによる企業指導を期待したいものです。

 『小規模事業なのでそれに配慮する余裕がない』ことを理由にあげる企業があるならば、それを解消することを目指したグループ化策や大型船化策こそが必要になります。また、国交省に限らず、日本の関係者が〝Persons with disabilities〟を、〝障がい者〟ではなく〝障害者〟という〝害ある者〟と誤解されるような表記をしている現状では、そこに大きな壁が存在していると思えてなりません。

 健常者の男子船員(職業)の船上での仕事と生活の環境整備すら、陸上のそれに比べて遜色がある場合は、条約が示す〝障がい者の人権を真に守る考え〟そのものが生まれてこないのかも知れません。ましてや、女子船員への対応や船員の介護育児休業への対応も時代に追いつけず不十分なものになりやすいといえましょう。

(船員災害防止計画に関して)

 『船員災害防止計画は交通審議会の意見を聞いて策定する』とされ、しばしば船員部会の議題になります。

 船での災害発生率が、陸よりも高い要因として居眠りが指摘され、それに関して『高速バス事故を参考に‥』といった当局の考えが出されるときがあります(第37回)。

 これは、陸上交通機関のドライバー対策と同様の思考による船員災害防止づくりがあるのではないかという思いを抱かせます。足元が揺れ動いている海上での仕事と生活を常態にしている船員(職業)の特殊性に着目しない限り、災害率の減少はなかなか期待できない面があります。

 しかしながら、陸的思考でその政策がなされるとき、良い場合も出てくるので、ここではその事例とその留意点を述べることにしましょう。

 第9次船員災害防止実施計画の最終年の2012(平成24)年度に、当局から2件の追加説明がなされました(第30回(2012(平成24)年2月)。それは陸の労働者に比べて船員の災害発生率が高いことを懸念して、「放射線情報の収集で、船舶所有者が船員の健康管理に適切に対応することの必要性」と、「熱中症予防対策の必要性」を追加するというものです。

 第76回(2016(平成28)年4月)部会でも感染症予防法などの改正に伴う船員法施行規則の改正として「ジカウイルス感染症、チクングニア熱、湿潤性肺炎球菌感染症の追加」がなされ、それが船員(職業)の健康検査に不合格となる要因でもあることが明らかにされました。

 このような法令改正は歓迎されるべきことですが、船員(職業)の仕事と生活の安心を徹底するためには、海外の寄港地で発生している新型のウイルスや細菌への感染リスク予防対策や日本には存在しない害虫情報提供にも果敢に挑戦してもらいたいものです。

 これは、世界のいかなる港へも行かざるを得ない外航船員(職業)や遠洋漁船員の常態であり、陸とは異なる特殊性からくるもので、この点における当局による政策的挑戦は必要です。

(入管法〈外国人技能実習生〉見直しへの対応)

 2009(平成21)年の入管法の改正(1年研修後の劣悪な労働条件からの解放)への対応に関するものです。

 外国人漁船員の日本入国後の3年間が漁協などの受け入れ団体になるのですが、その責任監理が強化され、法的保護の対象になる旨の報告がなされました(第13回(2010(平成22)年3月)。

 農業分野等で多い実習生の受け入れとその後の劣悪な労働条件下の逃亡問題を解消するために入国管理法が改正されたことになったためです。陸並みのこのような規制展開は歓迎するものですが、船員の場合は、それを出発点にして、日本人漁船員の枯渇問題にも取り組んでもらいたいものです。

 そのためにも、陸と比べての漁船員労働の特殊性把握とその除去・軽減についての議論が不可欠になります。

(東日本大震災被災船員への対応)

 大震災の発生によって失われた船員の仕事への対応を巡って、陸の労働者と同様に考える傾向が第41回部会でもみられました。

 船員職業安定年報の当局による報告・説明で『リーマンショックや大震災などでは、求人倍率は減るが、すぐに上昇する』という説明が数値を使って説明されました。その数値は確かにそのことを物語っているかもしれません。

 しかし、陸上の労働者と船員(職業)を同一視して、「求人倍率の上昇」を説明していますが、それは通常下での船員離職率問題の分析と対策の評価が伴ってはじめて船員政策としての説明になり、そうすることで、近未来の日本人船員確保育成の核心に迫っていくことが可能になります。

(船員保険の陸上保険への統合の件)

 この件に関して、船員(組合)側委員が『(統合の結果)船員労働の特殊性がなくなることを懸念する』という発言をしたことに対して、当局は『今後とも予算取りに努力(する)』と答弁をしています(第41回)。

 これも、海陸同一視傾向からきているもので、改めて船員(職業)の特殊性体系化が肝要であることを示す証左になりましょう。

船舶料理士資格問題)

 陸の料理師資格がそのまま船舶料理士資格に適用できるわけではありませんので、清水海員学校司厨科の廃止以降は、日本船員福利厚生雇用促進センター(SECOJ)の現地試験で資格を取るのが半数であり、他は同等とみなす認定となっております。

 船舶料理士資格の取得が旧海員学校司厨科のような正規の教育機関を経ないで行われている現状を、当局はどのように考えているのでしょうか。

 考え方の一つに、『陸の料理師講習は充実しており、1年間960時間みっちりやっているから』という発言があります(第24回)。

 これなどは、船員(職業)の特殊性、なかでも揺れ動く船上でも調理の仕事が出来ること(暴風雨で激しく船が揺れているなかでこそ乗組員への供食は絶対不可欠)及び長期間の船内生活を支えるためのバランスの取れた内容の食事提供が乗船中常時必要であること等を考えていないのではないかと思うほどです。

 それはまた、〝食事づくりは、誰にでもできる無償労働に近いもの〟といった類の考え方が背後にあるからなのでしょうか。

(STCW条約の国内法化に関して)

 当局は『船員法に残された日本人船員対応の諸規定を国際的スタンダードにする』という言い回しでSTCW条約改正(2010年6月)の国内法化を図りますが、現実は必ずしもそうはいきません。

 例えば、船員の健康証明制度の有効期間は条約では2年ですが国内法は1年となっていて洋上へ出ていく日本人船員の健康維持を強化しているわけですが、海外基地の漁業漁船には例外措置を講ずるなどして条約規定を優先させ、条件の引き下げを狙っていると思わざるを得ない説明もなされています(第26回)。議論の末、船員(組合)側の委員の主張は聞き入れられて有効期間が1年になったことは前に述べた通りです。

 また当局は、『色覚検査などは船員法に新設することで国内法は強化される』と説明するのですが、その歴史的経緯(旧商船大学、商船高専(高校)、旧海員学校へのより厳格な視力や色覚等の身体条件規定)も入れた説明がなされるべきでしょう。

(本誌25号掲載、「③当局と船員(組合)側委員の激論」のうち、「条約に合わせた日本法の改正」を参照)

(次号に続く)