なぜ私は退職したか
(内航タンカー・元二等航海士)

◯入社3年で同期が全員退職
 私は大手内航タンカー会社にいたが、同じ海関係でも、違ったところで、新しいことをしたいと思い辞めた。
 入社同期は大卒3名、海大卒1名で、3年後には全員が辞め、離職率100%になった。以前にも数名大卒者がいたが、1~2年で全員退職、私の入社後も、数年在籍していた海員学校出の先輩たちが次々に退職した。仮バース中に帰船せずに突然離職する者もいた。
 会社は内労協所属なので給与面に強い不満があるわけでは無い。同じ内航に転職した者が多いことから、仕事が嫌いというわけでもない。一番の理由は忙しさであり、計画通り休暇にならない厳しさも、理由のひとつだと思う。
 会社は、100隻以上を傭船するオペレーターだが、自社船員の乗船する船はわずか3隻に過ぎない。オペレーターは傭船より休んではならないという考えなのか、薄利多売の先陣を切るためなのか、月に1度程度といわれる仮バースもろくにとることもできず、2~3か月に1度程度だった。
 乗下船のペースも、入社当時は3カ月乗船35日休暇とされていたが、実際には4~5カ月乗船して35~40日の休暇。私自身、最後の1年は5カ月乗船して35~40日の休暇が2度続いた。
 一等航海士は特に少なく、半年乗船して35~40日休暇といった具合だったと記憶する。その結果、職務上の重圧もあり、アルコール依存症のようになる上司や、うつ病などが原因で立て続けに傷病休職者が出た。
 揚げ積みの時は2~3日間、短時間の睡眠が続き、みな朦朧としながら荷役や航海をしていたのを覚えている。

◯モラルのズレが人間関係の鬱陶しさへ
 私を含め、当時一緒に乗船していた若手船員はみな50~60歳前後の年輩者との関係に悩んでいたと記憶している。船長や職長は同じ会社で長く過ごし、船内生活と休暇中の田舎生活の繰り返しのせいか、自分の持つ考え方や育った文化に頑固だった。
 それを無遠慮に若手へ押し付ける様子は、ただ歳を取っただけの中高校生のように見えた。日常的に若手(特に3級持ち)に対するいじめ・パワハラが多く、会社からハラスメントについての指導や研修があっても、「俺らはもうすぐ定年だから関係ない」という態度だった。「定年まで会社が潰れなければよい。潰れても乗る船はたくさんある」というのを、しばしば聞かされた。
 私は大学の水産科を修了し、三航士として採用されたが、会社の方針で経験を積むために甲板員、甲板手を経験してから三航士となった。当時大卒船員は少なく、色眼鏡で見られ、よく嫌みを言われた。
 「なぜ内航に来たのか。大卒が来るところではない。どうせ俺らのことをバカにしているんだろ。」などと、思いがけないことを言われ戸惑ったことをよく覚えている。同じ年齢の先輩上職者から、「俺よりいい給料を貰っているに決まっている」と言われたこともある。すべて誤解や勘違いなのだが、大卒というだけで風当たりが強かった。
 出身が都市か田舎かの違いにより、モラルも異なるように感じた。それにより、年長者と若手のズレも大きくなり、若手はそれが原因で苦しんで離職するのではないか。このズレを少しでも解消するためには若年船員側に馴染むことを求めるだけでなく、年長者たちも変化する必要があるのではないだろうか。

◯今後の船員供給
 以前は大卒や商船高専卒は外航、他は内航といった流れがあったが、外航船員の需要低下により、それでも船に乗りたいという大卒・高専卒が内航に流れ込んできている。
 また、水産業界の需要も低下しているため水産系大学・高校から来る人も多い。
 しかし、大学や高専出身者の少ない内航船では、逆学歴差別とでもいうような状態にある。組合船であれば標齢と職歴に従って給料が決まるため特に差はなく、高学歴者はむしろ人生を遠回りし、生涯賃金では損をしているはずなので、偏見とやっかみでしかないと思うのだが…。私は、実力社会である船員の世界で数年頑張った結果、偏見を打ち破ることはできたが、内航に就職した後輩たちの話を聞くとどこも似たような状況で、不毛・不要な気苦労が多過ぎる。
 外航に需要がない以上、今後は内航船に大卒者が多く進出するだろうが、定着のための努力、工夫を会社や組合がしっかりと説明する必要がある。「若いもんはすぐやめるし、いくらでもあとから入ってくるから嫌ならやめればいい」という考えは改めるべきと思う。育成コストや採用活動にかかる費用や時間を考えても会社にとって何もいいことはない。

◯組合や職場委員について
 海員組合は若手船員についてどのように考えているのだろうか。就職斡旋はよくしてくれるが、根本的な解決には何もなっていないと思う。私の会社は、給与面に関しては比較的良いほうだったが、タンク掃除手当は労働協約の半額しか支給されない。協約くらいは完全に守らせてほしい。
 職場委員は、船舶部の人間と一緒に訪船して来るが、彼らは船長や一航士、職長と以前同じ船に乗っていたこともあり旧知の仲。そういう席で、パワハラや船内での問題点を若手船員が話せると考えているのだろうか。仕事をしない、ただ形だけの職場委員や組合であれば、給料泥棒であり、お荷物でしかない。
 彼らは、若手船員の退職が続いても何も思わないのであろうか。年長船員が大切だから見て見ぬふりなのだろうか。職場委員とは古い体質温存の加担者に見える。あと10年もすれば世代交代が目前に迫っていることも考えずに、場当たり的な対応しかしない。組合や職場委員の存在意義すら疑ってしまう。

◯終わりに
 ネガティブな意見ばかりを羅列したが、今後内航に入ってくる若手船員が不要な苦労をせず、先輩のようになりたいと積極的に仕事を覚えるような業界になって欲しいと思うからである。
 内航業界にもいい点はたくさんある。メンバーさえよければアットホームで、携帯の電波は良く入るし、買い出し程度なら上陸できることもある。少し時化れば錨泊もする。近年ではツイッター等で内航業界が少しずつ世間にも認知され、業界の良いところが船員からも積極的に発信されている。
 しかし、注目されれば悪い点も見えてくる。今の状態では、世間に見られたときに恥をかくのは船員自身ではないだろうか。組合や船社にも当然責任はあるが、船員自身の責任も重い。業界をより良くするためには、船員が自ら変化する必要があると考える。
 しかしながら過密労働により精神的に余裕がない実態にあるため、会社はただ文書や口頭で指導や方針を伝えるだけでなく、船員が変われるような余裕を与えて欲しいし、組合はそれを後押しするようになって欲しい。
 若手がいなくなればカボタージュの堅持も難しくなってしまうのではないだろうか。
 職場の先輩たちには船員としてのイロハを叩き込んでくれたことを感謝しているが、思い出は美化されていくものであり、嫌な経験はやがて薄れていくだろう。そこで嫌なことを覚えている範囲で、当時感じたままに記した。

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