柿山 朗(元外航船員)

第一章 軍の論理
(1)太平洋戦争中の例
(2)戦後の例
(3)海上自衛隊への疑問
(4)米潜水艦による事故
(5)米原潜の事故の特徴
第二章 民の論理
(1)民を律する法
(2)民へ吹く新しい風
(3)米イージス艦とコンテナ船の
衝突事故から見えてくるもの
第三章 溶け合う軍と民
(1)軍事機能の民営化
(2)商に揺れる民
(3)強制と任意のはざまで
①民間船員の予備自衛官化
②イランイラク戦争
(以上、前号まで)
(4)湾岸戦争と民間船
(5) 「下船の自由」という権利
(今号掲載)

(4)湾岸戦争と民間船
① 中東貢献船の誕生

 1990年8月2日、イラクのクウェート侵攻を機に勃発したのが、湾岸戦争である。6日後にクウェートの隣国、サウジアラビアヘの侵攻を阻止するための(砂漠の楯)作戦が始まり、米国は自軍中心の多国籍軍派兵を発表し、にわかに緊張が高まった。
米国は当初、日本政府に対して軍事物資の輸送に海上自衛隊を出せ、と要求してきた。法整備がなく、海自に輸送能力がないことから、海部内閣は、民間船舶の借り上げと輸送協力など5項目の「中東貢献策」を打ち出した。イランイラク戦争のように危険区域に就航することによつて民間船と船員が戦争に巻き込まれた例はそれまでもあつた。だが、朝鮮戦争やベトナム戦争でのLST (特殊会社である米船運航(株)が運航)船員の例を除いては、国から戦争のための輸送協力を要請された戦後初めてケースである。
 政府の協力要請に対して日本郵船、商船三井、川崎汽船の大手船社は「多国籍軍への輸送協力は本来政府が担うべき役割の筈です。何故前線にわれわれ民間企業が出て行かなければならないのでしょうか」と渋った。
 その結果、妥協案として浮上したのが新会社(ダミー)の設立である。大手各社は新会社へ自社船を裸用船として提供、新会社が乗組員を配乗する、更に政府が新会社から船舶を用船する、という仕組みである。表に社名の出せない大手船主に替わり起用されたのが内航船主である佐藤国汽船である。
 インド人船長やフィリピン人乗組員は下船させられ、全員が船員雇用促進センター(SECOJ)を窓口に急きょ集められた日本人船員に入れ替わった。煙突マークは日本郵船から佐藤国の『サ』ヘ塗り替えられた。船籍もパナマから日本に変更され、船尾には日章旗が翻った。中東貢献船「平戸丸」の誕生である。(この項「1991日本の敗北」手島龍一著・新潮社に詳しい)

② 闇から表れた中東貢献船
 その頃、東京・六本木の海員組合本部では中東貢献船に仕立てられた「平戸丸」と「きいすぷれんだあ」の就航条件について政府と組合の間で交渉が行われていた。その最中に飛び込んできたのが「シービーナス」の情報である。
 自動車船「シービーナス」は、名古屋・金城埠頭で車輛の積み込みを行っていた。不自然さに最初に気付いたのは乗組員である。
 行き先は中東と聞いていたが、車輌の貼り紙が米国となっていたことに首をひねつた。前日に突然、『K』の煙突マークを灰色へ塗りつぶせという会社からの奇妙なオーダーもあつた。不審に思った乗組員たちが、海員組合名古屋支部へ事情調査を依頼し、本船の存在が発覚したのだった。
 「シービーナス」は、中東貢献策が遅々として進まない状況に焦った外務省が、通産省と図って仕立てた船で、「この件は、米国の要請に一刻も早く応じようとした外務省のフライング」(中日新間)であることが判明する。外務省のこうした動きの中心にいたのが当時北米第一課長の岡本行夫氏(現・外交評論家。日本郵船社外取締役)であり、六本木の組合本部へ釈明に呼びつけられたのも彼である。
 組合はこのまま出航させるわけにはいかないとして「政労交渉」の結果、「平戸丸」などと同じ扱いとし、多国籍軍への後方支援には組み込まないことを政府が保証すること、危険な海域では船長判断で停船し、または引き返すことができること等の条件をつけ出港を認めた。こうして「シービーナス」は、埠頭で労働組合や市民団体が中東派遣への抗議の声を挙げる中、ようやく航海の途につく。
 更に、ロイズリスト(英国の海運業界紙)の報道によつて明らかにされたのが、関兵海運「タコラデイ」である。同船は日本人と韓国人船員の混乗であったが、船員を配乗する成栄海運も柳沢船長他の乗組員も、取材を受けて初めて、中東貢献船であることを知ったという。海員組合は「事実関係を調査して、軍事に組み込まれたものと判断できれば、直ちに乗組員を下船させる方針」(朝日新聞)とした。

③ 湾岸戦争と後方支援
 「シービーナス」が輸送したのは「パジェロ」や「ランドクルーザー」といつた砂漠で走り回れる4駆のオフロード車、一タコラデイ」の輸送契約には軍事物資だけではなく、兵員輸送も含まれていた。だが、この2隻は氷山の一角に過ぎない。「砂漠の楯」作戦に投入された軍事装備品、補給品は700万トンにのぼるとされ、その輸送の88%は船舶による。
 米国は脆弱な自国海運しか持たず、また米国輸送司令部(MSC)が持つ事前集積船は26隻に過ぎない。このため湾岸戦争の兵靖輸送の主力を担つたのはチヤーターされた民間船であった。
 当時の中山外相が船主協会に語ったとされるその規模は民間船282隻、船員約1万人にのぼる。この数字は前述の兵靖量700万トンに釣り合い合点がいく。こうした船舶の多くは便宜置籍船であり、乗組員の多くはフイリピンなど船員供給国の船員である。
 湾岸戦争は民間船での兵站輸送協力が必須であることを示した。便宜置籍船の起源は有事での利用と安い労働力の活用、その結合にあるとされるが、それを証明したのが湾岸戦争である。湾岸戦争は商=ビジネスという動機のもとで軍と民が溶け合い、来たり来る戦争のカタチを示した例である。

(5)「下船の自由」という権利
① 貢献船 きいすぷれんだあ

 1991年1月17日、多国籍軍のイラクヘの反攻(砂漠の嵐作戦)が開始され、ペルシャ湾岸は戦争状態となる。中東貢献船とされて2航海日、戦火の中、入湾したのが中東貢献船2隻のうちの1隻「きいすぷれんだあ」だ。船長・橋本進さんは当時を振り返る。
 『オーマンから先は、米国軍人が乗り込み、日本政府ではなく直接、米軍の指揮下に入った。結局、危険区域(経度52度以西)であるダンマン(サウジアラビア) へ行かされた。イラクのミサイルが地対空ミサイル・パトリオツトによって荷役中の本船の頭上で2回迎撃され破裂するのを目撃した。作業中の若い米兵が恐怖に震え、泣きながら本船へ駆け込んできた姿が忘れられない』と語る。
 橋本船長は、『中東貢献船である本船について海員組合は、直接的な軍事活動には加担しない、輸送は水、食料と医薬品に限定、危険区域へは立ち入らない等の条件を政府に約束させた上で本船の就航を認めた』、『当時は憲法9条がしっかりあり、武器・弾薬は運ばない、と政府が約束したから行けた。(安保法制が成立した)今なら拒否する』と振り返る。
 橋本船長の選択する「拒否」とは権利としての「下船の自由」の行使である。戦争のリアルを体験した者の貴重な証言だ。(『』内は「防衛フェリー」。名古屋テレビ制作・2017年4月放送より)

② 航海命令の変遷
 民間人を戦争へ駆り立てる有事法制には、自衛隊法103条、周辺事態法等があるが、ここでは船員に対する独自の仕組みである航海命令について考えてみる。
 海上運送法26条では、大規模災害時の輸送について、国は民間事業者へ航海命令を発することができるとされているが、戦後長く国内輸送に限定されてきた。
 一方、日本籍船の減少、日本人船員の枯渇に直面した外航海運では、船主に税制上の優遇措置を与えながら、日本船舶と日本船員の増加を図る政策がとられてきた。それは1996年の国際船舶制度の発足に始まり、2008年には日本籍船へのトン数標準税制が創設され、更に2017年(昨年)には優遇措置が準日本籍船(日本の船会社が実質支配する便宜置籍船)にまで拡大された。
 そうした施策の結果は、テーマを航海命令に限ると、次の点に集約される。範囲が国内から国際海上輸送へと拡大されたこと、低コストの便宜置籍船の多くが準日本籍船として認知され、航海命令の対象となったことだ。国際船舶制度は、外国人職員を承認船員として日本籍船に乗せることを容認したが、それを船長、機関長に拡げることで全乗組員が外国人の日本籍船が登場した。航海命令が発令されれば、こうした外国人船員も巻き添えにされかねない。
 昨年の国会で政府は「航海命令は有事ではなく非常時に発令」、「船員が航海命令を拒否しても強制しない。罰則もない」と強調する。だが有事と非常時の定義は曖味であり、政府の判断ひとつで変わり得る。不安と危惧は尽きない。

③ 外国人船員の「下船の自由」
 ITF (国際運輸労連)は船員の下船の自由について国際的な協約を定め、各国と締結している(注参照)。この協約は、ボイコットや検船といった戦術を通じて世界中の労働者の国際連帯の中で勝ち取ったものである。
 昨年6月、伊豆半島東岸沖で米国イージス艦「フイッツジェラルド」と衝突したのがフイリピン船籍のコンテナ船「ACXクリスタル」である。本船の所有者は大日インベスト(神戸市)、運航者がNYK (日本郵船) コンテナラインである。ところがこの船は脱ITF船とされITF協約が適用されない。従って下船の自由という権利は保証されない可能性がある。
 ITFポリシーによれば、日本の船会社が支配する便宜置籍船の乗組員は海員組合の非居住組合員でなければならない。脱ITF=脱海員組合化が事実とすれば、そ
の存立を脅かす由々しい事態だ。
 「船員の乗船は本人の同意による。人道上の支援や災害時の協力は当然だ。政府の要請に応じるよう誠心誠意説得はするが、拒否する人の解雇は困難。まして外国人船員に強制はできない。命令が実行できないと懲役、罰金というのは実態に馴染まない。我々は軍人ではない。(鷲見嘉一日本郵船常務)(雑誌アエラ95年9月号)
 かつてそう語った船主側の衿侍が、今は揺れて見える。

注IBF(国際団体協議会)協約
第1項 軍事行動区域は、IBFにより決定されるものとする。会社は、軍
事行動区域に関する情報を組合より定期的に受け取るものとする。軍事行動区域の最新リストは船内に備えられ、乗組員は関覧できるものとする。
第2項 一屋用契約に関する手続きの際、会社は船員に対し、乗船する船舶が軍事行動区域を航行することになっている、あるいはその区域に入る可能性があることを通知するものとする。船員の乗船勤務中にこの情報が分かった場合、会社は直ちに船員に通知するものとする。
第3項 本船の航路が軍事行動区域にかかる場合:
*船員はそのような区域に行かない権利を有するものとする。この場合、船員は会社の費用負担で送還され、自宅あるいは乗船港に帰着する日まで発生した給付を受けるものとする。
*船員は、倍額の障害・死亡給付を受け取る権利があるものとする。
*また、船員には本船が軍事行動区域に留まっている期間中、最低5日間、基本給の100%相当のボーナスが支払われる。
*船員は、失業やその他の如何なる不利益を被ることなく、軍事行動区域における任務を承諾あるいは拒否する権利を有する。(4〜5項は省略)

(次号に続く)