第5福竜丸のデータを無視(編集部)

 昨年12月25日、全国健康保険協会(協会けんぽ)船員保険部は、アメリカのビキニ水爆実験(1954年)で被災した元船員・遺族の職務上認定(労災)請求を棄却
した(※)。
 2013年以降、外務省の公文書や、厚生労働省の放射能被ばく記録(船名・船員個人ごとの各種検査数値など)が開示されたのを受けて、2016年2月と8月に、高知県や宮城県の元漁船員7名・遺族4名の計11名が行っていたもの(本誌18号参照)。
 ※船員保険の「職務上災害疾病」部門は、平成22年に船員保険独自の上乗せ給付を除いて労災保険に統合された。その結果、申請は各地域の労基署に行うことになったが、統合以前に発生した件は、引き続き船員保険を掌る東京の全国健保協会船員保険部が担当する。

○急きょ「有識者会議」を設立
福島原発意識の政治判断か?
 労災申請を受けた船員保険部は自ら判断せず、急きょ「船員保険における放射線等に関する有識者会議」を設け、判断を預けた。
 有識者会議は6回開かれ(非公開)、12月25日に108頁にわたる報告書を発表。それに基づき同日のうちに却下が決定された。
 「有識者」4名(のちに3名追加され計7名)は、福島原発事故に際し、「100ミリシーベルト(mSv) こが健康を害する証拠はない」の発言で有名な明石真言座長(放射線医学総合研究所理事)を始め、日本原子力研究開発機構など政府系機関の学者ばかり。報告書をまとめる直前になって急きょ追加された3名も、いずれも福島事故の放射線が住民に及ぼす影響は少ないという見解の持主とのこと。

 報告書は長文にわたるものの、「あらかじめ結論ありき」の政治的意図が随所に伺われる(有識者会議のメンバーと報告書は船員保険部のホームページで閲覧可能)。
 結論は次のとおり。
〈血液検査データ〉
 提出されたデータの白血球数・赤血球数・血色素の値からは明らかな放射線による影響を認める所見は確認できなかつた。
〈外部被ばく実効線量〉
 米軍及び関係機関の放射線モニタリング結果などを基に放射性降下物分布図を作成し、評価した結果、最大で2 ・2 mSv。海水入浴の線量は1日20分と考えても、0 ・2 μS vであつた。
〈内部被ばく線量〉
 放射性降下物の吸入と汚染魚の摂取から推定した結果、最大で0 ・14mSvと0 ・03mSvであった。
〈歯エナメル質・末梢血リンパ球の染色体異常による線量評価〉
 放射性降下物による被ばくを確認することはできなかった。

船員・遺族側が強く反論
 労災申請が行われた場合、通常は労基署の労災認定調査官が、資料の収集、本人や会社関係者からの間き取り、医師の意見等を基に調査結果復命書を作成し、最終的に労基署長が判定する。
 しかし、今回船員保険部は、船員・遺族側の要望を却下し、本人との面談・聴取を行わなかった。
 また、実際に船員の被ばく線量を調査し、歯から319mSvの放射線量を検出した広島大学の星正治名誉教授(放射線生物・物理学)の意見聴取も拒否した。319の数値は広島原爆の爆心地から1 ・6キロに匹敵するという。
 請求者本人の要望を無視し、特定の「権威」学者を集めたやり方に対し、船員側代理人の山下正寿さん(太平洋核被災支援センター)や、支援するビキニ被災検証会の聞間元(ききまはじめ)医師らは強く批判している。
 報告書が、元船員が「マグロ類の通常の可食部を、毎日300グラム食すると仮定」していることに対し、『商品である漁獲物のマグ口を船員が食べ続けることはない。
 当時のマグロ船での船員の生活、海水でコメを研いだり、歯磨きをする習慣、売り物のマグロの刺身でなく廃棄するしかない汚染度の高い内臓を食べていたことなどを全く認識していない。そのために内部被ばくによる線量評価も船上生活とは異なる想定をしている』と反論。
 海水汚染の記録も政府調査船「俊鵠丸」の記録を使わずに、米軍資料を使って低い数値を出したと批判している。

「第5福竜丸のデータと合致せず」
広島大学の星教授が批判

 広島大学の星教授も、『報告書には奥歯(大臼歯)でないと駄目だと書いているが、世界的には奥歯以外にも使っている。奥歯しか駄日だと言うなら世界の科学者相手に論破すればいい。井の中の蛙だ』と批判する。
 報告書は、当時の米軍が緯度経度とも1度( 60マイル=約111キロメートル)四方ごとに図示したデータを基に被ばく線量を仮定計算し、唯一の調査結果が残っている第5福竜丸の被ばく線量(※)を無視している。
星教授はこれに対しても、
 『フオールアウトの雨は、数百メートルや数キロメートルの狭い領域なので、111キロメートル四方に平均したようなデータを使ってホットスポットは計算できない。報告書の計算方法では、第5福竜丸の被ばく線量が0・08mSvになり、実際の線量とは1万倍以上も違う。局地的に放射線量が高い「ホットスポツト」が捕まえられていないから小さい線量しか出ない。この計算方法自体が使い物にならない』と反論する。
 ※歯のエナメル質は放射線が当たると傷つき、損傷の程度から被ばく線量が算出できるとされている。
 ※当時の調査を基にした第5福竜丸の被ばく線量は1600〜7000 mSvとされる。

社会保険審査官に審査請求ヘ
 今年1月29日、船員と遺族は非科学的な報告書に基づく却下決定を不服として、関東信越厚生局の社会保険審査官に審査請求をした。
 陸上の労災保険と統合された後の審査請求は各県労働局の労災保険審査官、再審査請求は中央の労災保険審査会に行うが、統合前の件は従来通り各地の社会保険審査官・中央の社会保険審査会に行うことになっている。
 また2016年の法改正により手続きが単純化され、審査請求後3カ月を経過した時は、再審査を経ず、直ちに裁判提訴できるようになつた(従来は、労災保険審査会・社会保険審査会の再審査を経る必要があつた)。

○連絡先¨ビキニ被災検証会
高知県宿毛市山奈町芳奈2770の2 (太平洋核被災支援センター)
電話FAX:0880・66 ・1763
ホームページ参照
(編集部)

(1 . 30毎日新聞朝刊)ビキニ被ばく
労災不認定で審査請求
米国が1954年に太平洋・ビキニ環礁付近で実施した水爆実験で被ばくしたとして、高知県の元船員ら11人が全国健康保険協会に事実上の「労災認定」を申請し、不認定とされた問題で29日、元船員らが処分を不服として厚生労働省関東信越厚生局(さいたま市)に審査請求した。
同協会は昨年12月、「健康に影響が出るほどの被ばくを示す結果は確認できない」と不認定を通知。元船員らは「被ばく線量の計算が不適当」などと反発している。
今後、審査請求の決定に不服がある場合、国の審査機関「社会保険審査会」に再審査請求ができる。決定前でも審査請求から2カ月が過ぎれば、処分取り消しを求めて提訴することも可能。
代理人らは、元船員らの高齢化が進み、結論が出る時期も見通せないため、訴訟の準備も進める。