雨宮洋司(富山商船高専名誉教授)

Ⅳ 海陸職業を同一視する諸相と抗いの視点
1 同一視の諸相と疑問点
(1)同一視する人たち
(2)商船学校の混迷
(3)船員の夢を断ち切る指導
(4)手荒な女子への門戸開放
(5)中学生局校の職業指導と船
員(職業)
2 海陸同一視策に抗う
(1)商船船員教育補完策の必
要性
(2)商船教育の再出発点
(3)市場任せの船員政策批判
(4)重要なアジアにおける歴
史的視点
(以上前号まで)

(5)四面環海の日本と日本人船員(職業)の新役割
① 日本人船員(職業)による共生のイニシャチブ
 ここでは四面環海の意味を日本人船員(職業)との関連で考えてみます。船内の仕事と生活をアジアの人々と一緒に行う中で、日本人外航船員(職業)が果たしてきた〃共生という役割〃に注目し、そのイニシャチブをとることこそ四面環海の日本。日本人にとって必要なことであることを主張します。
 まず、日本人船員(職業)の新役割設定についてです。民主主義国家というのは、国民のために国家があるという意味で国民国家と称されています。言うまでもなく、政治的主導権(政権)を握っている政府そのものが、その時点における国家像形成の重要な役割を果たしますが、それはあくまで国民の支持に基づいております。
 しかしながら、戦前のワイマール憲法下(ドイツ)で、選ばれたヒトラー(ナチス党)が、次第に政府=国家となつて、暴力的悪政の展開に突き進んでいったことは歴史的事実です。
 それと同様、日本の過去の最大の誤りになる台湾、朝鮮半島の植民地化、満州国の設立を経て日中戦争・太平洋戦争になった当時の政府と国家像の関係を見たとき、まさに、時の政府が国家そのものになって、次々と反国民的諸政策をきめ細かく強行・展開していきました。
 そういった歴史の反省に立って、関係者がいかなる国家観を持つかはグローバル化の現段階では大変重要なことになります。特に、日本船社による便宜置籍船とアジア船員の利用実態がグローバル経済に合致した王道を進んでいるように見えるとき、これからの日本国家はどのような方向を進んでいくべきか?を考えながら、日本人船員の問題を論ずることが必要です。
 現在展開されつつあるように、復古的ナショナリズムの強化をもくろみ、憲法第9条の解釈を変更して、政府が国民に指示を与えるような非民主的姿を垣間見せる国家観、及びそこから出てくる近隣諸国への態度・姿勢。政策には違和感を覚えます。
 そうではなくて、このアジア地域で、それぞれの国境を超えた共生組織が模索できないか、あるいは、アジアの国々がより接近するための主役に日本。日本人がなることはできないかということこそ、考えるときだと思います。
 その場合、先の戦争で、多くの国の人々に多大の悲劇を与えたからこそ、いまの日本(人)が、率先して共生に立ち向かう姿勢を持つべきなのです。
 その意味では、国家の壁を可能な限り低くしていくための諸施策は必要です。アジアの国々と日本は海でつながり、さらに、海上物流の維持・充実が不可欠であることを考えると、政策当局が打ち出した一定数の日本人船員の確保育成は、必要最小限の数値であって厳守すべきものだと思っています。
 ただし、その論拠としては、アジアでの共生社会へ向けた理念の提示とそのための行動を日本人船員のイニシャチブで遂行していくことを日本人外航船員の役割のひとつに加えるべきです。軍事に結びつかない非常時や災害時への対応は、かような柱を支える限りで積極的に展開されなければなりません。
 その歩みの方向性については、ヨーロツパの諸国がようやく到達した欧州共同体(EU)のプロセスを参考にすべきでしょう。ここで、最近生じた英国のEU離脱の国民投票結果をどのように考えたらよいのかについても触れておきます。
 これは、英国中心の世界経済社会(パックスブリタニカ)が、第二次大戦前後から米国中心の世界経済社会(パックスアメリカーナ)になったのですが、1970年代のドルショツクや石油ショックでそれは揺らぎ、その立て直しのレーガノミックス後、最近のトランプ大統領登場でパックスアメリカーナ自体も転換期にあることが政治的にも明らかになりました。
 英国のEU離脱やイタリアでの保護主義台頭もそのような過渡期に生じているもので、多くの国々で生じているナショナリズム的回帰の動きと同様〃昔は良かつた(今の状態は良くない)〃と考える民衆の声が吹きだす先祖返り的現象とみております。 一時的とはいえ、このような意識や動きは要注意であり、共生を目指す立場からは警戒を怠るべきではないでしょう。
 そのようななか、日本の船員(職業)や海運に着目する時、商船学博士や国際流通学科の誕生は、船舶職員資格教育と商船学研究のすり合わせに苦労しながらも、ようやく到達した大変ユニークで日本が誇るべき特色ある商船教育研究の成果になります。それとの関連で、次のような考え方によるアジアでの日本人船員の新役割が浮上してくるのです。
 海を国境強化の道具として考えるのではなく、海そして船は国境を流動化させる共生のための重要な手段で、これからの日本人船員はそれ(共生)を平和的に実践する貴重な人材でもあるという考え方を船員政策の立案者や船社の経営者には強く持ってもらいたいのです。
 海技資格だけに直結した船員(職業)についての認識にとどまらず、より広義で、未来を見据えた海洋市民(海人)を育てることは、戦後再出発した旧商船大学・高校(高専)の社会的役割でもあったように思っております。
 また、環日本海諸国語(ロシア語、中国語、ハングル)とその文化を学び、地域の歴史(北前船)を踏まえた海の商人育成という特色ある国際ビジネスパースンづくりのために設立された、旧富山商船高専の国際流通学科(現国際ビジネス学科)の理念(後述)にも、改めて注目しておきたいものです。
 もう一つ、商船学を修めた卒業生や教育研究者に期待することは、船舶運航の技術面に関したものがあります。船員(職業)の特殊性を廃絶するために、無人化船へつながる船舶運航技術の開発、そして海上運送サービス活動の特殊性をふまえて、 コンテナ・LNG運搬のような海上輸送システムの大変革に匹敵するAIなどを利用した海上輸送イノベーションヘの貢献が、日本人船員(職業)とその関係者によつてなされていくことへの期待です。
 そのためには、日本人船員(職業)確保のための国による船員優遇策や船社による日本人船員と船員予備群の学生への支援システム構築は当然のことです。
 それらに同意することなく、あくまで現状のグローバル行動に専念することを企業や関係者が選択し続ける場合は、そのような船社や経営者は、フィリピン、パナマ、リベリアなどの地に、仕事と生活の拠点を移して、同国の海運業の真の近代化及び同国の船員育成に力を尽くすことも選択肢の一つにならなければならないでしょう。

② オランダヘの関心
 海との関連で、共生問題を考えるとき、私の興味を引くのは、EUの一員で、海の覇者という歴史を持つオランダの海や河川に関して根付いている事象です。
 ここ数年、欧州の河川交通の体験(調査)をやつているのですが、オランダにおける海や河川とのかかわりの積み重ね策が人々に与えていると思われる事象に出くわす時、気づくことがあります。
 ここでは、共生との関連で、いくつかの事例を挙げ、四面環海の日本として参考になりそうなことを指摘することにします。

 第一は、海や河川(自然)との上手な付き合い方を忍耐強く模索するという共存意識が根付いている感じを受けることです。
 それなくしては、オランダの国土自体が沈没・消滅してしまうという海と河川からの地理的危険に常時さらされていることに起因するものでしょう。それは東日本大震災後の海辺のまちづくり再建策にも参考になりそうです。
 第二は、それを反映して、運河や河川交通の際に良く見られる情景を述べましょう。
そこを航走する船舶が橋梁に接近すると、人や自動車交通の信号機は赤に変わって、橋は旋回や上昇して、定速で船が橋の下をくぐり、通り過ぎるとすぐに橋は元の位置に戻って、何事もなかつたように、人と自動車の往来が再開されていくのです。
そこには、船はなかなかストップできないという特徴に配慮した船舶を優先する交通意識が定着しているように思えるのです。この点は海洋市民育みの参考になります。
 ただし、河川や運河沿いに停泊している家船の減少対策、自転車対応の施策、麻薬対策等の展開理念についても、船員に求められる自己完結的人間像追求への期待との関連で、大変興味深い点があることを指摘しておきます。
 第三は、ライン川やマース川そしてベルギー等にまたがる各運河は大型の船舶が利用できるように整備されているだけではなく、国際河川のライン川(含関連運河)の場合は、その上流にあたるドイツ、フランス、スイス、リヒテンシュタイン等の国々と水上交通の確保策を講じながら、その最下流に位置するオランダは、忍耐強く、共存のための環境保全を含む調整策を推進しております。
 また、その水上交通がアルプスを越えてマイン河からドナウ河へ、そして黒海へ至る航路になっていることから、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア等々の国々にも配慮した調整を念頭におくことも必要になるのです。
 こうして、北海の出入口に当たるオランダは、背後の多数の内陸諸国も含めた国際河川交通の要所になるとともに、近年では河川環境の保全戦略拠点としても、大変困難なことに挑戦しなければならない地理的位置にあるわけで、忍耐強い政策調整の役を担っていると言えます。
 なお、ロシアにおけるサンクトペテルブルクからモスクワヘの運河整備の継続にも留意する必要があることを付言しておきます。
 以上のような特徴的な姿は、海と河川との関わりに配慮して実践されてきたオランダの諸政策の積み上げの結果になると思つており、オランダ。モデル(政府・企業・労働組合の三者による緊張的合意形成システム)と称される政策展開の背景にもなると考えられます。
 そういったことは、今日における国家の流動化または国境の壁の低位水準への移行時代のありかたの模索において、アジアでの日本が他国との共生を進めるためのノウハウが隠されているように感じており、大いに参考とすべきものです。
 オランダ在住を経験した多くの人たちが言う“暮らしやすさ”の背景の説明(たとえば、ジェトロのアムステルダム所長だった長坂寿久氏(拓殖大学教授)ら)に、耳を傾向ける必要がありそうです。
 また、国際理解教育の展開においても、そのことを念頭においてすすめることが、四面環海の日本の政策にふさわしいものになるでしょう
 最近行われた(2017年3月)オランダ下院選挙の極右政党敗北は、EUの一員としてのオランダの存在力を上に述べた文脈でとらえると理解できそうです。それは、海や河川との運命共同体的情況のなかでの多国籍人との生活と仕事の原点になる共生を目指す姿勢であり、アジアにおける日本・日本人船員(職業)が果たすべき新役割であるとも思っております。
 これまで、日本人ベテラン船員は、外国人船員と一緒に船内での生活と仕事をするなかで、今日の日本支配船舶内のありようを構築してきた経験と実績があるので、日本人船員(職業)がそういった共生の役割を担うことは、当然の成り行きになります。
そのための課題は、政策当局を含む海事関係者がそうした役割を、船員(職業)に期待して、商船系大学・高専と協力しながら、何らかの支援に乗り出していかなければならないと言えます。その際、重要なことは、船内での適切な共生のあり方を、共生の学術理論に沿って再構築していくことであります。
 ここに述べた②の内容は、国際河川を走る船上で私自身が共生との関連で考えた内容であり、その論証は後世に委ねたいと思っています。

3.特殊性軽視のリスク
 船員(職業)の特殊性に思いを馳せず、海上職と陸上職を同一視しようとする非常識が日につきます。そういった船員政策や海運経営策は、長期的には、船員(職業)の確保育成に支障をきたし、外国人船員(職業)との関係も波乱に満ちたものになるのではないかと心配しております。
 そのような政策は市場至上主義の考えからきているリスクであることを次の(1)で指摘し、それを乗り越えるための真の″海洋理解教育〃の必要性を(2)で述べることにします。

(1)市場至上主義のリスク
 経済市場に登場する人たちを一括りにして、生産(経済)要素として見る考え方があり、グローバル経済の最先端にいた海運経済部門においても、米国発の市場至上主義政策展開が行われました。
 その実績を評価されたリーダーが、日本の規制緩和政策展開のご意見番(例えば、規制改革会議議長への就任)にもなったことはその証になります。海運部門では成功?したかもしれませんが、長続きは可能でしょうか。
 特殊性を無視して、安くて温厚な外国人船員を探してとりあえずの船社経営は続けられるにしても、安定した日本的船内づくりを支える日本人船員(職業)のリーダーが枯渇してしまっている現状では、長期的安定に結びつきません。
 また、どのような途上国であっても、出稼ぎとしての船員(職業)は、他の出稼ぎ職種に比べて、数段階も上の好条件を要求するのが当然であり、当該国の経済レベルの上昇や人々の考え方の変化は急ピッチで、その要求は激しさを増していくでしょう。
 その結果、そういった国の一部のエリート層だけを船員(職業)に誘い込み続けることの限界は目に見えており、さらに、その他大勢になる非エリート層の出稼ぎ船員希望者たちを安全かつ効率運航の点で、日本側が納得するレベルにもっていくためのコストは意外に多額を要することになります。
 場合によっては、海難事故で船自体に、あるいは船内における事故事件発生で取り返しのつかないリスクが顕在化して経営存続の危機にもつながりかねません。

(2)真の″海洋理解教育〃のために
 このところ、シエールガスなどの海洋資源開発や広範囲の経済水域利用のために〃うみへ向かう専門家・技術者の育成″とその支援を国民的なものにするために、義務教育段階の子どもたちが四面環海の日本国民として、常識的に持たなければならない海についての諸知識を育むことの重要性が強調されています。
 さらに、尖閣諸島のパトロールやサンゴ密漁取り締まり強化に伴う海上保安官の拡充、憲法第9条の解釈変更の動きに合わせた海上自衛官の充実等々の政治的動きを反映した声も大きくなっています。
 少子化時代を考えたとき、海上職と陸上職を同一視する誤つた政策展開では、商船船員に限らず、海上での仕事分野へ日本の若者を誘い込む政策の達成は、ますます至難の業になっていくでしょう。
 義務教育段階での海についての理解教育の展開は重要なことですが、各地の〃水産〃学校や旧商船・旧海員学校、そして旧航海訓練所などが、各地で果たしてきたこれまでの海に関する理解教育の展開(乗船体験イベント等の実施)という社会貢献活動の積み重ねには大変貴重なものがあり、そのノウハウを上台にしてこそ、新たな海に関する教育展開が小学校や中学校で行われることが筋道だと思っています。
 しかし、海洋法の成立を契機に、そのカリキュラム検討は主として東京大学の海洋アライアンス海洋教育促進研究センターの教員グループが研究することで、別のビルド(海底資源を重視する海洋科学)政策展開が見え隠れしているように思うのです。これは船員(職業)を支えてきた諸機関の弱体化策に通じるものです。それに関連するもう一つの出来事を述べておきましょう。
それは、船員(職業)には陸上労働とは異なる点が多々あることから、戦後すぐに労働科学研究所内に海上労働科学研究部門が生
しました。その後、独立して(財)海上労働科学研究所となり、多くの研究成果が公表されて、国内外の船員(職業)の地位向上に役立てられてきました。
 しかし、90年代に入ると、研究所の存続問題が浮上して、ついに、旧商船大学が他大学との合併に踏み出した直後、船員制度近代化政策で重要な役割を果たした旧(財)日本海技協会へ移管され、その後、新水先人制度支援のために設立された(財)海技振興センターヘ移り、海上労働科学研究所は解散に追い込まれました。
 60年間近く、船員の労働科学研究の積み重ねを行ってきた研究所の解散は、単科の旧商船大学や旧富山商船の名称消滅策と並んで、海に囲まれた日本と言いながら、日本人船員(職業)の科学的土台をスクラップにしていく日本の海・船員政策の象徴的出来事だと思っています。
 船員(職業)労働の科学的研究の成果は海洋資源開発に携わる人の問題にも役立つことであり、その停滞には深刻なものがあります。
 さらに、そのことはアジアにおける日本の船員政策を含む真の海事・海洋政策の地盤沈下リスクが増してきていることをも含意するものです。

V 特殊性を克服する諸政策の断片
 この章は分量が多いのでV‐1とV12の二つに分けて述べることにします。

V‐1 船員労働団体の混乱と船員部会での議論
 ここでは、新しい諸々の船員政策に何らかの影響を与えていると思われる、船員の労働団体(全日本海員組合)における訴訟による混乱、そして船員政策の議論の場になる国交省の交通政策審議会・海事分科会にある船員部会の情況について述べたく思います。

1.海員組合の混乱とその影響
 全日本海員組合と現・元執行部員や組合従業員間の訴訟乱立と組合側敗訴の多さ、組合長追放事件の発生や組合自身が労働委員会によって不当労働行為の認定をされることに象徴される一連の事象を〃混乱〃と称し、それは、国交省で唯一の船員政策審議の場になる船員部会へ何らかの影響を与えているのではないかと危惧しつつ論じます。
 ただし、官(当局)の優位性が明確になっている船員部会ですから、それがなくても最終的には官の提案が通らないことにはなりませんが、それなりに影響していることは否定できません。
 影響としては、第一に船主(側)委員や官側の高い日線での発言をさらに呼び起こし、第二に船員(組合)側委員の発言の重みが低下し、第二に公益委員は公正さに基づく船員側委員に納得できる主張があっても、それに同調する発言には自制を加えかねず、第四に良心的な行政官も船員側の主張を取り入れた船員政策づくりには二の足を踏む傾向も生じやすいからです。

(1)海員組合混乱の諸相
 『いかんぜよ海員組合』のホームページ、季刊誌の『羅針盤』、組合の機関誌『海員』や組合新聞『船員しんぶん』等を参考にして、混乱の諸相を紹介しましょう。

① 竹中裁判
 現在進行中の海員組合訴訟問題とは異なりますが、船員政策への抗いとして記憶に残るのは、緊急雇用対策という日本人船員リストラ策に対して「船員やめない会」を主導した船員(竹中)が、時間外手当や作業手当の不正取得を60万円したとして、1991(平成3)年5月に、会社から解雇され係争になった事件があります。
 2年半後に、関東船員地方労働委員会が解雇撤回。現職復帰命令をした結果、竹中勝利となり、その後船員中央労働委員会も同様の命令を出し、東京地裁での和解を経て現場復帰になりました。
 その後、彼は全日本海員組合長選挙への立候補が阻まれたとして、2013(平成25)年12月18日に、東京地裁へ「完全資格組合員としての地位、組合費を納入できる地位、常任役員選挙への立候補権利」等の保全を求めて、全日本海員組合を訴えました。
 2014 (平成26)年7月15日にはその仮処分決定が出され、一部和解になりますが、「組合員資格の解釈と組合長への立候補資格」に関しては裁判が継続しました。
 東京地裁がその判決を下す(2016年8月5日)直前に、海員組合側は〃組合員資格の認定″を急きょ行いましたが、同判決は多くの不法・違法行為を認定し、一定額の金員の支払いも命じたものの、組合長選挙の無効確認却下と謝罪公告の棄却ということになりました。
 その後、両者は控訴したので、引き続き高裁で争われ、2017(平成29)年2月8日には双方に″棄却〃の判決が下され、同年11月17日に最高裁が双方の上告を棄却し、竹中勝利が確定しました。
 竹中は今も内航船で船員(職業)を続けており、乗船しながらの裁判継続ですので、その心労には計り知れないものがあったと思います。

② 北山裁判
 海員組合の中央執行委員を務めた北山は2008 (平成20)年4月15日付で組合を解雇されましたが、労働審判へ提訴した結果、地位確認(解雇無効)と給与等の支払いが命じられました。
 しかし、組合がそれに異議を申し立て本訴となりましたが、東京地裁は″一雇用上の地位及び組合員資格確認〃をして、組合側の敗訴となりました。その後今日に至るまで、組合側との間で多くの裁判や仮処分の申し立てが続いておりますが、その結果の多くは北山に有利な展開となっています。
 上記の不当解雇問題は東京高裁が控訴棄却とし、最高裁は上告棄却・不受理の決定を行い、北山の勝訴が確定しました。その間、北山の組合役員選挙への立候補を拒む組合の姿勢に抗するため、仮処分申し立ても行い、東京地裁はその命令を出しました。ところが、組合による会場への入場が阻まれたことから組合を提訴し、東京地裁の判断は〃不法行為であり、金員を支払え″となりました。
 2013 (平成25)年に、北山らは全日本海員組合従業員労働組合(海員労組)を結成して、団体交渉の場での海員組合側の行為に関して労働委員会による不当労働行為の認定等を得ております。
 その後のことも記しましょう。東京地裁および高裁での北山勝訴の結果、判決に従って職場復帰をしたものの、上司の扱いがパワハラにあたるとして改めて提訴した結果、東京地裁での勝訴判決となりました。これに対して組合側が控訴した結果、高裁は一審判決とは異なる判断をし、組合新聞は「北山パワハラ裁判、完全勝利」と報じました。最高裁は上告受理申し立てを不受理としたため、このパワハラ裁判は、北山側の部分勝利で終わつたことになります。
 また、「統制処分無効」、「腐ったリンゴ」、「1億円の損害賠償」等の裁判では組合側が敗訴し、「プライバシー侵害」裁判では組合側が勝利しております。そのほかに、継続している裁判や労働委員会ヘの訴えもいくつかあります。

③ その他の争い
 海員組合側との争いは竹中、北山両者以外にも多くあり″組合長追放に絡んだ裁判と和解〃 ″女子事務員の処分無効判決と和解″ ″現執行部員の降格処分等の無効判決″等が代表的なものになります。
(次号に続く)