インタビュー・「とびうお」高森船長の妻・栗栖紘枝(ひろえ)さん

あっという間の出来事
 3年前の事故のあった日、ちょうどボランティアで外出していた時です。12時半頃でしようか、友達から連絡があって、家の前におおぜい人がいるというのです。
 報道陣だったのですが、それから急きょ岩国の病院へ駆けつけました。一暴口から病院へ入り、遺体に面会し、変わり果てた姿にガク然としました。
自衛隊のことですから、それまで見たこともないようなお金のかかった葬式でした。そのあたりまでは、あっという間の出来事でした。

今も信じられない
 事故直後は賠償金を見込んだと思われる、詐欺電話や偽情報に悩まされました。
 落ち着いてからは、この3年間、夜になると毎日自然と涙が出てきて止まらないのです。つい前まで元気で、和歌山の浦島温泉や東北平泉の藤原氏を祀った中尊寺へ行こうなんて言っていた人が、急にいなくなるなんて今も信じられません。

何ごとにも慎重だった人
 高森の本業は機械の設計です。いつも家で図面に向かっていました。釣りや車が好きで、車のBライセンスも持っていたくらいです。細かい仕事ですから、釣りはストレス解消にちようど良いと思っていたようです。「とびうお」も商売でやっていたわけではなく、燃料代だけ払ってもらえれば良い、と考えていたようです。
 高森はとても慎重な人で、あれほど混雑する宮島の花火大会でも事故を起こしたことはありません。自衛艦に向けて舵を切るなんて、そんなアリが象に向かっていくようなことをするはずがないんです。このままでは100%高森だけが悪者になり、余りにもかわいそうです。

ありえない右転と飛び込み認定
 「とびうお」は阿多田島へ向かったことになっていますが、あの島の港はよその船は前から連絡をしてないと入れないのです。その日にすぐ入ることは出来ず阿多田島ヘ向かうことはありえません。
 また、「とびうお」はきれいに残っているんですよね。大きな船に飛び込んでいったら大破するはずですが、きれいなままでした。これもありえないことです。
 検察は不起訴で、刑事裁判も行われない。このままでは、おおすみ側は一切おとがめなしで悔しい思いで一杯です。

亡くなつた方のためにも真相究明を
 それまで生活の苦労はなかったのですが、今はヘルパーで何とか身を立てています。厳しい面がありますが、何としても高森の無念を晴らしたいです。また、亡くなられた方の分(現在、存命は寺岡さん一人)まで裁判で頑張つていきたいと思つています。
 船員の皆さんのご支援があればどれほど心強いことでしょう。真相究明のために、是非運動の輪を広げて下さるよう宜しくお願いします。      (10月31日)
インタビュー・編集部

空母型輸送艦「おおすみ」裁判の概要

(1)衝突から裁判まで
① 衝突

 2014年1月15日、空母型輸送艦「おおすみ」は呉基地を出発し、岡山県の造船所へ向かって広島県大竹市阿多田島東方沖合を針路南、速力約17ノットで進行。
 一方、釣り船「とびうお」は広島市を出て、阿多田島南方の甲(かぶと)島の釣り場に向かって島東方沖合をほぼ南南西、速力約16ノットで進行。両船は8時頃、同島東方沖合で衝突した。釣り船乗船者4人のうち高森船長と同乗者1人が死亡、1人が重傷を負った。

② 海上保安部の判断
 2014年6月、広島海上保安部は「おおすみ」を、「とびうお」に対する見張り不十分、動静を十分に把握せず、適時適切な操船を行わなかった過失で広島地検へ書類送致した。「とびうお」にも、周囲の見張りを怠り適切な操船を行わなかった過失を指摘している。

③ 運輸安全委員会の判断
 2015年2月、事故調査報告書を発表。「おおすみ」が針路・速力を保持して航行中に、「とびうお」が左舷前方から右転して船首至近に接近。おおすみが回避しようと減速・右転したところ、更に両船が接近して衝突したと「とびうお」全面過失の判断。

④ 広島地検の判断
 2015年12月、運輸安全委報告書を全面的に採用し「おおすみ」を不起訴処分。検察審査会も告発人の審査申立を不起訴処分相当と議決した(検察の不起訴を追認)。  

⑤ 防衛省・海上自衛隊の判断
 2016年2月、防衛省が海上自衛隊の艦船事故調査報告書を公表。「おおすみ」に過失は一切なく「とびうお」飛び込み説を唱える。

(2)裁判の経過
① 遺族・原告の対応

 2016年5月、遺族・原告団は「真相を闇に葬らせない」として国家賠償請求裁判を提起。

② 第4回口頭弁論
 被告(国)側の「衝突1分前まで衝突する危険は生じていなかった」との主張に対して、原告は「同時点まで衝突のおそれを認識していなかったというのであれば重大な過失だ」と艦長らの責任を追及。また「AIS記録を提出せず、自らの証拠ではなく運輸安全委の報告を引用して済まそうとする姿勢は許されない」と批判した。

③ 第5回口頭弁論
 原告は国に対して、「おおすみ」の①衝突時刻記録、②レーダー上の時刻遅れ記録、③AIS記録、④操縦性能表の提出を求めた。これに対し国側の回答は「正確な時刻は記録していない。時刻の遅れは調査していない。性能表は防衛対策上、外部に明らかに出来ない」というもの。無責任な回答に対して原告は提出を強く求めた。

④ 第6回口頭弁論
 艦橋音声記録とAIS記録が新たに提出され、原告側が成果を挙げる。これらの記録は、「あたご事件」を契機に、再発防止策として改善されたもの。
音声記録には、当直者の「やばい」いう発声が確認され、「おおすみ」は衝突直前ではなく、早くから衝突の危険を認識していたことが明らかになった。2つの記録の照合から、「おおすみ」は「面舵一杯」の発令から実際に回頭を開始するまで14秒掛かり衝突回避動作の遅れも判明した。

⑤ 第7回口頭弁論
 原告側は、「おおすみが針路180度への左転により新たな衝突の危険を生じさせたこと。追い越し態勢の解消のための針路・速力の変更を怠ったこと。とびうおが右転し、おおすみに衝突したのであればとびうおの船首部にあるはずの損傷がなく、傷は右舷船側部にあったこと。左舷船首に位置していたとびうおとの衝突を回避するには、おおすみは左転して、キック(艦尾が繰舵の反対舷へ押し出される現象をいう)を利用すべきところを右転した操船の誤り」を指摘した。

⑥ 次第に明らかにされる真相
 裁判を重ねる中、検察の不起訴理由に次々と疑問符が付きつつある。
   第8回弁論(広島地裁)
   1月16日 午後3時
          (編集部)