米イージス艦とコンテナ船の衝突事故から見えてくるもの
柿山 朗(元外航船員)

(1)事故原因について
衝突事故の概要
 本年6月17日の深夜1時30分頃、米国イージス艦「フィッツジェラルド」とフィリピン船籍のコンテナ船「ACXクリスタル」が伊豆半島東岸沖で衝突した。イージス艦の右舷艦橋下が激しく損壊し、コンテナ船のバルバスバウ(球状船首)によって水線下に孔が空き右舷に傾いた状態で曳航される様は記憶に新しい。この事故で艦長・ブライス・ベンソン中佐ら3名が負傷し、居住区への浸水により7名が水死した。
 視界も良好で、海面も穏やかな深夜、何故衝突事故が起きたのか。

事故直後の報道
 翌日の朝刊の各紙は、香田洋二元海自・自衛艦隊司令官の「見張りが十分でなかったのではないか。また衝突を避けるルールである海上衝突予防法の解釈の誤解があったのではないか」とするコメントを掲載した。
海上衝突予防法の解釈とは、適用される航法は両船の見合い関係で決まる。追い越し関係なら後方から接近する側に、横切りなら相手船を右に見る側に避航義務が生じるからである。
 産経新聞はいち早くコンテナ船のフィリピン人船員の証言として「米イージス艦と同針路」の一面の大見出しとともに図1のように直進するイージス艦を追い越すコンテナ船が浅い角度で右側方から衝突するイメージ図を載せた。

図1 産経新聞

 ちなみに朝日と東京新聞のイメージ図は図2である。似通った図なのだがタテに置くのと横では事故原因に直結する適用航法が異なる印象を与えるのが興味深い。
 衝撃の強さとバルバスバウの食い込みから見ると衝突角度は実際には更に大きい(広角)と思われる。

図2 朝日新聞・東京新聞

コンテナ船長の報告書
事故から約一週間後の6月26日、ロイター通信は、次のように報じた。
 『伊豆半島沖で米海軍のイージス駆逐艦と衝突したコンテナ船の船長が、船主に提出した報告書の内容が明らかになった。報告書によるとフィリピン船籍のコンテナ船「ACXクリスタル」は18ノットで東京へ向けて航行、午前1時15分、見張り2人が左舷40度の3海里離れたところにイージス艦「フィッツジェラルド」がいるのを発見した。
 その5分後、イージス艦が「突然」動き、そのままの針路では衝突しそうに見えたことから、コンテナ船は手動で操舵をしながら注意を引くためライトを点滅させた。米艦は針路を維持したままに見えたという。コンテナ船は右へ一気に舵を切ったが、1時30分、両船は衝突した。
「ACXクリスタル」の船主、大日インベストはロイターの取材に対し、「捜査状況にかかわることは回答できない」とした。事故原因を調査している米海軍、米沿岸警備隊、海上保安庁もコメントを控えた。』

見えてくる衝突の原因
 イージス艦の「突然の動き」とは何か。それは右転であり、コンテナ船から見るとイージス艦の緑灯(右舷灯)の出現である。
 では何故右転したのか。大型船の多くは、小型船の密集する伊豆大島の北西へは向かわない。むしろ大島南岸と利島の間から、館山の南西にある洲崎(すのさき)灯台沖を経て浦賀水道へ北上する。
 湾口の東側を北上する進路の利点は、東京湾へ出入りする他船の流れと交差することがないからだ。
 イージス艦は衝突位置から推定すると石廊崎や神子元島に接近して航過したと思われるが、1時15分は伊豆大島と利島の間へ向け右転する変針点である。
 衝突の原因は18ノットというコンテナ船の速力を考慮しないイージス艦の緩慢で強引な「前路横断」だと推測できる。

最大の事故原因は何か
 今日の海上の安全は何によって保たれているか、といえば他船とのコミュニケーションが容易だからである。外、内航船を問わず、VHF無線で船名を呼び出し自船の意図を伝え、必要なら他船が協力動作を取るということが日常的に行われている。
 それにはAIS(自動識別装置Auto Identification system)の搭載が欠かせない。AISには各種の情報が書き込まれているが、何よりも指先のクリックひとつで他船の船名を知ることができる。
 民間船の場合、内航船は500トン以上、国際航海に従事する船舶は300トン以上から搭載することが義務付けられる。ところが米軍や自衛隊などはこの義務を果たさない。今回の事故でも新聞紙上でAISの航跡が示されているが全てACXクリスタルのものであり、イージス艦の航跡は存在しない。150メートルの長さをもつ船名すら不明の物体が、付近海域を徘徊していたことになる。
 今回の場合、衝突前コンテナ船はイージス艦へライトを照射し注意喚起したようだが、コミュニケ―ション不成立の証左であろう。
 「ACXクリスタル」の船名を知る立場にある「フィッツジェラルド」が、船名を名乗り、動作の意図を前広に知らせていたなら、英語が堪能で概して気の良いフィリピン船員は状況を理解し、進路を譲ったに違いない。
 事故の直接的な原因は軍隊組織が原理的に持つ隠密性にある。

(2)捜査の行方
海保の捜索とVDR
 日本の領海内の事故であり今後は海上保安庁が、捜査に入ることとなる。事故の日の夕方、東京・大井埠頭へ接岸したACXクリスタルへ早速、海上保安庁と運輸安全委員会が捜索と調査のため乗り込んだ。乗組員からの事情調査とVDR(Voyage Data Recorder)の押収のためである。
 VDRとは航空機のフライトレコーダーとボイスレコーダーを併せた機器の船舶版である。搭載義務は3千トン以上の新造船にあるが、「ACXクリスタル」のような既存船も、それに準じたS‐VDRの搭載が義務付けられている。
 VDRの要件として船橋内の音声、警報、速力、舵角、機関回転数や風向・風速等15項目が列挙されている。
 特に重要なのはレーダー映像の記録である。捜査官たちは明瞭にレーダーのブラウン管画面に映しだされる「フィツジェラルド」とともに、事故瞬間の同艦の針路・速力を解析、確認した筈だ。

イージス艦捜査への壁
 今回の衝突事故は海上保安庁に捜査権があり、米艦船の「業務上往来危険罪」容疑での捜査は可能だが、日米地位協定という高いハードルが立ちはだかる。
 地位協定では、公務中の犯罪は米側が一次裁判権を持つと規定。また「日米地位協定に伴う刑事特別法」(刑特法)13条では、米軍の財産の捜索や差し押さえなどの強制捜査には米軍の同意が必要、としている。従って、米軍が拒否すれば強制捜査に踏み切れないのが実情である。
 昨年12月、沖縄で起きたオスプレイの墜落事故では、海保が航空危険行為処罰法違反容疑で捜査に着手し、協力を要請した。だが、米軍はそれに回答しないまま機体の回収作業をし、オスプレイの運航を再開した。
 タグボートに曳航されて米軍横須賀基地へ回航された「フィッツジェラルド」だが、修理は長期にわたるため、米国本土への移送や廃船が検討されているという。そうなれば米軍側への捜査の道は永遠に閉ざされることになる。

外国人船員と処罰
 4年前、伊豆大島付近で発生したシエラレオネ船籍の貨物船、JIA HUI号(2962トン)と日本の内航貨物船、第18栄福丸(498トン)の衝突事故では栄福丸の乗組員6名全員が死亡した。この場合は事故の3日後に当直者である中国人航海士が業務上過失致死と業務上過失往来危険罪で検挙されている。
 刑事裁判が行われた場合、仮に主たる原因がイージス艦側の横切り船の航法違反(前路横断)としても、ACXクリスタル側にも一部過失があると判断される可能性が十分ある。例えば見張り不十分、衝突回避の最善の協力動作の遅れ、切迫した危険な状況への注意義務や船員の常務違反等々である。
 一部とはいえフィリピン人船員(船長)にも過失があれば刑事責任(業務上過失往来危険罪)、民事責任(不法行為に基づく賠償)を免れることはできず、訴追されることになるが、米軍におもねることなく、海上衝突予防法を厳密に適用した判断が求められる。

(3)残された課題
運輸安全員会の役割
 2008年海難審判法改悪により、海の専門家による原因究明の道は閉ざされ、新法では海難審判所による日本人船員に対する懲戒部分だけが残された。
 その結果、イージス艦「あたご」と「清徳丸」、空母「おおすみ」と「とびうお」の衝突事故では、海技免状所有者である夫々の漁船の船長の死亡とGPSなど証拠物の海没により、両漁船側の衝突直前の飛び込み事故と片付けられた。
 ACXクリスタルの船員(船長)はフィリピン人であり、海難審判の対象とはならず、運輸安全委員会が原因究明に当たることになる。「清徳丸」「とびうお」と異なるのは乗組員の証言やVDRの記録が存在することである。運輸安全委員会は米国の協力がないことを理由に調査結果の公表をためらってはならない。
 米国では死亡した乗組員の多くが若者であったことから関心も高いという。一方フィリピンでは自国船員に被害がなかったため安堵していると伝えられる。日本政府には国内で起きた事故の真実を解明する責任がある。

日米軍事行動の一体化
 特にこの春以降、日本周辺で日米の合同軍事訓練が多い。理由は北朝鮮の挑発に対して日米の連携姿勢を見せるためだとする。
 特に空母は単独ではなく、空母打撃群と称するミサイル駆逐艦、巡洋艦や潜水艦、戦闘機やヘリコプターなどから構成される。カールビンソン、ロナルドレーガンにミニッツが加わり、11隻の原子力空母のうち3隻が日本近海で展開する異常事態である。
 そこに日本の艦船や戦闘機が加わる。日本のF15戦闘機は米軍機と模擬空中戦を展開している。共同訓練といいながら既に戦時態勢そのものである。
 今年に入ってからでも横須賀での巡洋艦アンティータムの乗揚げ、韓国・浦項沖での巡洋艦レイクシャンプレインの漁船衝突事故と事故が絶えない。今後も今回のような艦船と民間船の事故は絶えないであろう。
 「平和な海がなければ船員という職業は成り立たない」。戦没船を記録する会の会長を長く勤めた川島裕さんの遺言である。
6月30日
(次号に続く)