着々と進む新たな戦時徴用
~軍事主義に偏重する安倍政権を質す~

講師 山口大学名誉教授 纐纈(こうけつ) 厚(あつし)氏
海運九条の会世話人 本望隆司記

 2017年6月17日、海運九条の会は、纐纈厚山口大学名誉教授をお招きし、講演会を開催しました。場所は東京都・江東公会堂(ティアラこうとう)で、海運関係者を中心に70名を超える参加を得て行われました。
 第1部は、纐纈先生の「着々と進む新たな戦時徴用」と題する講演で、第2部は、「迫りくる戦争法の足音」として現役の航空パイロットで航空労組連絡 会事務局次長の和波宏明さんと海運九条の会世話人の平山誠一さんのお2人から現場からの報告をしていただきました。纐纈先生の講演内容とお2人の現場報告を要約し以下報告します。
(文中の見出しは筆者による)

第1部
着々と進む新たな戦時徴用
纐纈厚氏講演
 安倍政権の政治的本質は、新国体主義と言うべきもので、戦後憲法の精神と相反する日米安保体制を強化し、安保繁栄論を基本とする。一方、日米安保があるために米軍が駐留するとともに、軍備が増強され、こうしたもとで民間を巻き込む新たな戦時徴用が進行している。
 本日主催の海運九条の会世話人の平山さんとは、19年前の1999年に周辺事態法が国会上程されたとき、船員はじめ運輸労働者の徴用が問題となり、その際に対談したことがあり、その縁で今回再会の機会を得た。
 「徴用」という言葉を知らない人が多くなったが、第二次大戦では多くの民間人が戦時徴用され戦死者を出した。この「戦死」にはどんな意味があったのか、それを問いただしてみる必要がある。
 私の父親が健在であったころ、「あの戦死は無駄死にではないか」と聞いたところ、父はひどく怒った。戦前の国家総動員法のもとで、巧妙な言葉で抵抗を排除しつつ、国民を巻き込んでいった。現在また平和憲法がありながら、民間人の戦時動員手法のひとつとして、船員の予備自衛官化が進められようとしている。

かつて日本軍は海上輸送を民間にアウトソーシングした
 第二次大戦において日本の戦争指導部は、継戦能力、兵站力についての関心は薄く、短期決戦で決着をつけると楽観していたが、長期戦となり予想が外れた。継戦に欠かせない海上輸送は民間にアウトソーシングしたといえる。
 米軍は、現在も中東方面に4万人の兵力を展開しているが、その半分は輸送力確保に配置している。潤沢な補給が兵士の戦意やモラルの維持に不可欠だと認識しているからで、昔から変わっていない。民間アウトソーシングの大元は、1938年制定の国家総動員法にあるが、第一次世界大戦の経験から、武力の整備だけでは勝てない、民間を総動員する総力戦体制が必要と考えていた。
 日本は、地政学的には国土の狭い島国で資源はなく人口も多くない。国の存立そのものが他国との海上交易に頼らなくてはならず、本来、他国との戦争になじまない。その日本が対外戦争をするためにどうしたか。対英米戦を前に、当時の企画院が綿密な輸送計画を立てたが、現実は民間船舶と船員に多大な犠牲を出し、結局、継戦能力が潰え敗戦となった。
 現在、自衛隊は南スーダンに5百人規模の部隊を派遣していたが、この程度であれば民間に頼らず自前で運べるが、大規模戦争となれば状況は一変するだろう。

集団的自衛権行使の本質、「日英同盟」の教訓に学ぶ
 一昨年、現憲法下での集団的自衛権容認の閣議決定を行ったが、集団的自衛権の本質は、大国の肩代わりをして、先兵の役割を担わされることにある。
1905年に終結した日露戦争は日英同盟が背景となっている。日本はロシアに勝利したと思っているが、実態はロシアと敵対関係にあったイギリスが日本にロシアと戦わせ、自らはロシアと戦わずに権益を維持し、アメリカはその外で高みの見物をしているという構図である。これは当時有名なビゴーの風刺画に描かれた。日本はぎりぎりのところで講和したが、膨大な犠牲を払った。
 集団的自衛権の行使容認の方針は、大国アメリカの代理戦争に道を拓くのが関の山である。集団的自衛権の行使によって日本が米国の肩代わりをする法的担保が日米安保条約であり、今般国会を通過した共謀罪は国民の強制動員を担保することになるだろう。いよいよ戦争できる国になる。
 安倍首相は国際会議で「積極的平和主義」と盛んに宣伝するがその本質がこれだ。その英訳文に、先制攻撃容認の意味が含まれている。平和を守るためには先制攻撃、戦争も辞さないという逆さまの発 想である。
 北朝鮮を先制攻撃せよという議論があるが、米と北朝鮮では軍事力で総合的に2百倍の差があり、ミサイルはあるが、核弾頭を載せる技術は未だなく、対米攻撃の意図はあっても能力はない。窮鼠猫を噛む危険はないとは限らないが、安倍政権はそうした危機を過剰に煽って国民を戦時体制に巻き込もうとしている。危険でないものを危険と言いくるめ、国民を引きずっていくオオカミ少年のようなやり方に国民は騙されてはならない。

江東公会堂

民間船員の戦時徴用は、徴兵制にも道を拓く恐れ
 民間船員を予備自衛官にして、有事の際に有効活用するという方針は、自衛隊員には大型商船を運航・操船する能力がない、資格者もいないということから、民間船員・船舶の活用が検討されてきた。
 昨年(2016年) PFI方式により民間会社が新たに設置され、防衛省がこの会社所有のフェリー2隻を長期チャーターする契約を結んだ。契約書には防衛出動の際には予備自衛官を乗り組ませること、予備自衛官を養成するために、所属船員を予備自衛官補とする旨等が書かれている。
 この問題では、「強制性はないのか」など国会でも取り上げられ大きな問題となったが、政府の回答は「あくまで本人の判断だ」と答えている。実際には、業務命令に近いものであり、従わない船員には厳しい処分があるだろう。国が想定する規模の人が集まらなければ、やがて徴兵制も検討されるであろう。厳しく監視する必要がある。
 韓国の大学で講演をした際、学生から質問を受けた。「北朝鮮が怖いというが、我々は日本こそ怖いと思っている。平和憲法を壊し、自衛隊を軍隊にし、軍備を増強して再び東南アジアに攻め込んでくるのではないかという恐怖がある」と訴えられた。国際的には日本の現状について、そのように受け取られていることをしっかり認識し、本当の意味で平和憲法を生かす国を目指さなければならない。

質疑(要旨)
Q 若者は非正規雇用が多い。徴兵制があれば就職出来て良かったと思うのではないか?
A 自衛隊を正規雇用と言えるかどうか。他国の戦争に巻き込まれ命をかけなければならないとすれば、希望者が多いとは思えない。韓国は徴兵制がしかれ、兵役を経ないと就職もできない現状だが、日本では強い反発が出ると思う。
Q 安倍首相の憲法九条への自衛隊加憲論は、自民内にも反発があるようだが、どう考えるか?
A 自衛隊加憲論はハードルが高いと思う。改憲をオリンピック開催に間に合わせることを口実とした世論誘導の苦渋の策である。自衛隊はアメリカから押し付けられたもので、国民の支持がなければ憲法は変えられない。自公が割れないようにして、改憲を押し通す策略的なものである。
軍事力で平和を切り開くことはできない。これは歴史的事実である。今日の軍事力は、巨大な軍事産業と一体化している。アメリカの例をとれば、閣僚の多くは軍事産業から入っており、軍産複合体のための政治体制といえる。「戦争か平和か」ではなく、「戦争か安全か」という選択肢で、肝心の平和が抜け落ちている。他者の命を奪わない平和こそ必要だ。
平和憲法は、日本だけの財産ではない。世界の平和を希求するものとして位置付けるべきだ。

第2部 現場からの報告
迫りくる戦争法の足音

1 安保法制と航空労働者
航空労組連絡会・和波宏明事務局次長

 航空機は狙われやすい。ハイジャックと言われるように、人質を取りやすく、乗客は動けず、丸腰で、ビジュアリルに訴えやすい。
民間航空機も軍事利用される。
 1997年に全日空は海兵隊とその武器を運んだことが大きな問題となったが、日本政府は日米地位協定上問題なしと容認した。
 戦争体制には必ず民間協力が入ってくる。特定公共機関が決められ(航空・海運・病院等)、国家総動員法と同様、指定機関は責務を負わされ拒否できない。アメリカの民間航空の場合は常時徴用されているといえる。有事の際、軍の資金で運用され、協力しないと商売ができない仕組みになっている。
 日本の定期航空協会では、1999年制定の周辺事態法に対し「基本的考え方」として、最小限の安全対策の要望書を出した。日航乗員組合は安全対策の労使協議を求め、争議行為も辞さない姿勢を示すと、会社は、争議行為を構える者に対して「しかるべき対応をとる」ことを文書通告し、反抗する者は解雇するとした。現在も同じ姿勢である。
 航空労働者・外国籍航空の日本人労働者・日本人パイロットの3労組連絡会が民間機を兵員、武器輸送に使用しないこと、米軍輸送要請に応じないことなど要請書を防衛大臣に提出したが、3労組議長は解雇された。物言う労働者は排除される現状がある。
 民間航空は日本の空の安全だけでは成り立たない。世界平和が求められる。その実現のため共に闘いましょう。

2 民間船員・船舶の軍事徴用
平山誠一・海運九条の会世話人

 船員は先の大戦で大きな犠牲を出したが、朝鮮戦争にも動員され少なくない犠牲者を出している。その後1965年、朝鮮有事を想定した「三ツ矢研究」が明るみ出て、大問題となった。1977年、福田内閣の時、有事法制研究「中間報告」では航空パイロット・船員の戦時徴用がテーマになった。
 1999年、新ガイドライン関連法「周辺事態法」が成立。これに対し港湾・航空・海員など運輸労働者が結集して反対運動を展開した。「 政府の命令を拒否できるのか」との質問に対し、政府は「合理的理由がなければ断れない」 と回答し実質的強制であることが明らかとなる。この時、船主協会は会長名で「海運は平和が重要だ。平和が保たれてこそ繁栄する」との声明を出したことは印象深い。
 2003年、小泉内閣のとき、武力攻撃事態法が成立、民間海運会社も自衛隊法103条「業務従事命令」の対象とされた。翌年、関連で国民保護法などが整備、多くの海運会社も指定公共団体の一翼を担わされる。陸・海・空・港湾労組は「有事法制を発動させてはならない」をスローガンにその後も運動を展開した。
 2005年、高速輸送艦を有効活用することが日米合意となり、2008年、津軽海峡フェリーに米軍の高速輸送艦と同様な仕様を持つ「ナッチャンWORLD」が就航した。その後、東北大震災を契機に、さらに新日本海フェリーの「はくおう」を加え、この2隻は頻繁に自衛隊や在日米軍の演習訓練用の人員と機材を輸送、防衛大綱にもとづく「南西シフト」戦略の一翼を担わされた。
 2015年9月、防衛省は民間船舶使用のための業務要求水準書を作成し発表。その翌日、多くの反対世論を押し切って戦争法強行採決。2016年、安倍政権は、長期用船する2隻の民間フェリーに配乗の船員を予備自衛官とするため、その前段階である予備自衛官補として21名の人員を確保するため予算を決めた。この時、海員組合は「船員徴用につながる」として反対声明を発表。海運九条の会も同様に反対声明を発表した。
 同年2月、北朝鮮のミサイル発射声明を受け、防衛省が「破壊措置命令」を下令し、会社は「はくおう」による迎撃ミサイル運送を海員組合に申し入れたが、組合は「有事対応の輸送」として拒否した。
 3月には関連8社の出資で「高速マリントランスポート」を設立。同社が所有することとなった「ナッチャンWORLD」(1号船舶)と「はくおう」(2号船舶)の2隻のフェリーを防衛省と10年間で250億円の用船契約を結んだ。「ナッチャンWORLD」は、防衛出動の際は裸用船に切り替わり、自衛官や民間船員出身の予備自衛官が乗船して任務に当たる。「はくおう」も必要に応じ裸用船となる仕組みだ。なお、21人採用予定の予備自衛官補について、確保されたのは1人という情報もある。
 船員は、先の大戦の経験から「二度と戦場の海にはいかない。加害者にも被害者にもならない」との不戦の誓いのもとで働いてきたが、現状は戦前への回帰に等しく、これを許してはならない。平和の海を強く訴える。

内航船の現場から
当日参加した内航現役船員の方からの発言と質問(要旨)
 内航船に乗っているが、若い船員は皆、「予備自衛官にはなりたくない」と言っており、拒否反応は強い。内航は船員不足で、働き口はたくさんあり、現在は予備自衛官を求める会社に行かなくても済むが、船員が余剰になったらと思うと不安だ。
 また、海員組合は防衛省と契約する高速マリントランスポートのような会社の船員の組織化をあきらめているが、このような会社は増えると思う。将来的には、外航船の船員や船舶も対象になるのではないか。

平山世話人
 外航では日本人船員のみならず、外国人船員の利用の可能性は十分あり得ると思う。例えば、イラク戦争で明らかとなった悪名高い民間の戦争請負会社が多数ある。それが進出してくるかもしれない。
 また、海上運送法の定める 「航海命令」が改定され、今年から外航分野に「準日本船舶」という概念が国会で承認された。これは日本船社が実質支配する便宜置籍船(FOC)を準日本船舶と位置付け、航海命令を拡大適用するもの。
 これまで「航海命令は海上運送法の規定であり、有事とは関係がない」とされてきたが、今回政府は有事との関連性を否定していない。高給を約束された外国人船員を乗船させた「準日本船舶」が有事に出動する可能性は有ると思う。
(以上)