大倉 実 (海員組合元関西地方支部・副支部長)

 海員従業員労組の結成に参加し、出身母体である海員組合相手に裁判提訴した、大倉実元執行部員に話を聞いた。

Q 組合ではどんな仕事を?
 在籍専従執行部員を経て、1997年にマリンエキスプレス(旧日本カーフェリー、現宮崎フェリー)を退職、組合執行部になった。以後、京浜、鹿島、関東地方支部、新潟、大阪、関西地方支部に勤務、一貫して現場交渉に明け暮れてきました。
 一番印象に残っているのは鹿島支部長時代の大洗港湾運送の解雇問題。会社側は策を巡らし、カーフェリーの減便によるラッシング業務の契約解除を機に、解雇と併せて組織脱退を企んだ。二転三転の末、県や町と元受会社にも責任を取らせて何とか組合員の再就労先を確保し雇用を守ることができた。
 しかし、その中で原子力関連施設へ就職あっせんした5名については採用段階で本人辞退者が出て全員就業することはなかった。苦い思い出として残っています。
 それでも、闘争の中で運送部門と事務部門の陸上組合員を数十名組織化できた。1年近く全力を注ぎ、色々な体験もして、以後の組合活動の原点になりました。
 鹿島埠頭の年間臨手闘争も記憶に残っている。会社側の低額回答に対して皆な怒り心頭、賛成69、反対1人でスト権を確立して48時間後のストを通告した。会社は船地労委のあっせんに脱げ込んだが組合員は納得しない。2回目のあっせんで昨年同率が提案され、要求通り勝ち取ることができた。鹿島は職場委員を筆頭に現場が良くまとまっていたからできたのだと思う。

Q なぜ裁判を?
 執行部の定年は60才。2011年に関西地方支部副支部長の時に60才を迎え、再雇用職員となった。勤務地は博多海員会館。福岡市港湾局が運営管理する船員福祉施設で、館長は代々組合執行部の出向先になっていた。
 「天下り」という感じではなく、実際に10名の従業員を束ねて、営業や会計処理、市との折衝まで何でもしなければならない。何か問題があれば福岡市監査局や市議会(第三委員会)等で追及され、責任は自分に返ってきます。
 再雇用職員の契約は1年ごとの更新制で何も問題がなければ、本人が希望する限り、最低65歳までは継続されるのが通常でした。給料は組合の規定に基づき、最初の2年間は退職時の年間総収入の8割、次の2年間は7割、以後は6割と、全員一律に保障されてきました。年間臨手に相当する期末手当も現役の執行部員・事務職員と同率で全員公平に支給されていた。
 ところが1年後の契約更新時になって、再雇用職員規定が突如変更(と言うより完全な改悪)されたことを知らされた。事前承認も変更後の周知もなく、定年退職時の総収入の8割から基本給の8割へと減額、期末手当も未支給とされたのです。
 仕事上の問題は何にも指摘されないのに、突然年収は半分近くに減る。単身赴任ではとうていやっていけません。拒否すれば更新拒否と他の再雇用職員に聞いた時は驚愕でした。
 執行部時代には、組合員の労働条件は維持・向上しかないと信じて現場と連携を取りながら交渉に当たってきました。緊急対応時でも基本給を下げることについては頑強に抵抗してきた。そのように先輩達からも教わってきたのに、それとは真反対のやり方でした。
 調印しなければ即解雇になります。どうするか一時は迷ったけど、当時は法人改革の一環で一般財団法人への移行手続のまっただ中、それを進めてきた自分がいなくなれば出向先(博多海員会館・福岡市港湾局)に迷惑が掛かると考え、就労することを優先しました。一方的な不利益変更に不満はあるものの調印することにしたのです。
 その後、他の再雇用職員と比較して一時金の支給について個別に差があることが判ったので、不満表明したのですが聞き入れられませんでした。
 海員従業員労組を作って交渉を申し入れても、のらりくらり(実質的な団交拒否=不当労働行為)の連続で、解決しようとする努力が全然見えない。
 私の給与は組合費から出ていることは承知していますが、組合幹部(役員)の従業員(再雇用者も含む)管理に対する問題提起の意味もあり、裁判を起こすことにしました。

Q 裁判の請求内容は?
 2012年に改悪された再雇用職員規定を無効とし、従来の再雇用職員規定を履行すること。具体的には不支給となった期末手当5年分の支払と、2012年以降今年3月までの給料減額分の支払いが請求内容です。
 組合はこのようなやり方をやめて、従来のように公平・平等な扱いに戻してもらいたい。これは私だけでなく、全再雇用職員の問題です。
 
Q なぜ再雇用職員規定が変更されたと思いますか?
 長年運用されてきた規定が突如変更された。財政赤字とかいろんなことが言われているようですが、その割に執行部の給料は年々上がっている。期末手当がちゃんと払われている再雇用職員もいる。正直訳が分かりませんが、差別・選別が持ち込まれたことだけは確かです。
 当時は、2012年2月に元中執北山さんの解雇無効が最高裁で確定して職場復帰することが決まり、実際に本部勤務も始まった。北山さんはその夏に再雇用年齢の60歳になることから、イヤガラセをしようと思ったのではないでしょうか。
 翌年には従業員規定本体も改悪され、解雇や懲戒解雇などを細かく定めた賞罰規定を新設して全従業員への締め付けが始まった。今考えると、そういうやり方の走りだったと思います。

Q 今の組合についてどう思いますか?
 労働組合・労働運動と言うよりは海員組合会社になってしまった。外国人組合員の組合費収入に胡坐をかいて運用している。外国人組合員が知ったらどう思うだろうか。
 労働組合としての機能が低下していると感じる。乗船中の乗組員間の絆や喜怒哀楽など、労働者としての船内労働の実経験が少ない執行部の考え方には疑問を感ずる時がある。船員としての仲間意識が低下しているのではないか。

Q 今後どうすれば?
 執行部員は、労働組合であること、組合員のためにということを肝に命じて職務(会社との交渉)に当たって欲しい。
事務職員は組合員へのサービスと、自分も組合従業員=ひとりの労働者であることの自覚を持って欲しい。両者は両立するはずだから。
 組合員の方々は、自から加入する組合である以上、積極的に組合に結集して労働条件の維持向上につとめ、会社と共通する政策課題を立案して、労働環境の改善・業界の発展整備を連合・他の労働団体や政党等を通じて解決する運動を展開して欲しい。そういうことがなければ組合はなかなか良くならないのではと思う。

Q ほかに何かあれば?
 「船員しんぶん」、「海員」の内容がおかしくなっている。組合員を取り巻く環境の変化や、現場の課題が浮き上がるようになっていない。
 政策問題も解決の方向や、組合が実際に取り組む方針を周知するものとして機能していないのではないかなと感じる。
(6月19日)
インタビュー編集部