民間フェリー6隻体制へ

竹中正陽(まさはる)(内航組合員)

1028共同通信ニュース

10月28日、共同通信社は左記のニュースを配信、全国の新聞、マスコミが一斉に報じた。

南西防衛へ民間輸送力3倍に増強、台湾情勢に備え

 政府は、有事の際に自衛隊部隊や装備を最前線に迅速に輸送するため、優先使用契約を結ぶ民間船舶の数を増強する方針を固めた。台湾での事態緊迫化などに備え、現在の2隻から6隻程度へ約3倍に増やす計画。自衛隊の輸送力不足を補う狙いだ。
 拠点の離島へ円滑に物資を運べるよう、仮設の桟橋や埠頭を設置する研究も進める。国家安全保障戦略と共に12月に改定する「防衛計画の大綱」などに民間輸送力の活用拡大の趣旨を盛り込む方向だ。関係者が27日、明らかにした。
 自衛隊は中国の軍事動向をにらみ、鹿児島県から沖縄・与那国島まで千キロ以上にわたる南西諸島にミサイル部隊などを配備している。』(共同通信社)

 愛媛新聞はこれに加え、次のような解説記事を掲載した。
 『有事の際の民間船舶の運航は、自衛官に加え、予備自衛官が担う仕組みだ。危険な業務であるのは否定できないだけに、提供する民間会社側の理解や、予備自衛官の確保が課題となる。現場の状況によっては、派遣するか難しい判断を迫られる可能性もある。
 自衛隊は中国の軍事動向をにらみ、鹿児島県から沖縄県・与那国島まで千キロ以上にわたる南西諸島にミサイル部隊などを配備。有事では、本土の応援部隊を機動的に展開させる輸送力が鍵となる。北海道などの師団を九州に集結させた昨年の訓練結果を踏まえ、最低限6隻に拡充する必要があると判断した。
 自衛隊の輸送力は、海自の輸送艦「おおすみ」型(基準排水量8900トン)3隻、輸送艇(同420トン)1隻、空自のC1輸送機7機など。
 民間の2隻は、2016年に特別目的会社「高速マリン・トランスポート」と契約した。北海道・函館港、兵庫県・相生港をそれぞれ拠点とする。次期「中期防衛力整備計画」の期間である23~27年度に契約更新を迎える。それに合わせて6隻程度まで増やす方針だ。
 桟橋や埠頭の研究は、大型輸送艦が接岸できる港湾施設がない離島に人員や物資を運ぶケースを想定している。小型輸送船2隻や、多数の輸送車両も取得したい考えだ。』(愛媛新聞)

二.これまでの経緯

1.自民党国防部会の提言

 2010年6月、当時政権与党の自民党国防部会は「提言・新防衛計画の大綱について」をとりまとめ、政府に提出した。
 直後の選挙で自民党が大敗し、同9月には民主党政権が誕生したため、提言はすぐには日の目を見なかったが、そこには「自主憲法制定」、「集団的自衛権の行使に関する協議」、「武器輸出3原則の見直し」と共に、島しょ防衛の強化が重要視され、「南西諸島防衛」として、「常備部隊の主要島しょへの配置及び迅速な機動展開能力を高める」と記されている。
 そして、人材確保のため、高齢自衛官の活用と併せ、「予備自衛官制度の充実(予備自衛官補の活用)」を検討課題とした。

2.極秘に練られた機動展開構想

 菅直人内閣下の2010年末に「平成23年度以降に係る防衛計画の大綱」が決定された。自民党案は否定されたものの、防衛省内に極秘裏に機動展開ワーキンググループが設けられ、自民党案に沿った検討が行われた。
 同グループは翌2012年3月、「所要の地域へ各自衛隊の部隊や総合部隊を迅速に展開し、効果的な事態の抑止・対処にあたる機動展開の考え方」の中間取りまとめとして「機動展開構想概案」を作成、取扱厳重注意とした。これは後に報道され、国会でも追及された(2018年11月29日、衆議院安全保障委員会、共産党赤嶺政賢議員)。
 そこでは石垣島での具体的な戦闘を絵図を用いてシュミレートし、「敵の組織的な侵攻開始に要する最短所要期間」を4週間と計算し、対抗するための自衛隊の陣地構築に間に合うよう3週間以内に自衛隊を配備する輸送体制が綿密に練られた。
 その結果、「民間輸送力の活用枠組みの構築」が必要とし、具体的な船名を挙げている。
 そのケース2で、『現在、日本の民間船舶運航会社が保有し、国内で不定期運航されており、物理的にチャーター可能で機動展開に有用であると考えられる船舶は、HSⅤ2隻(なっちゃんWORLD及びなっちゃんRERA)及びRORO船1隻(13500tクラス)である。これらの船舶を当該年度(平成32から37年)において、契約等により独占的に使用できる』とし、『輸送開始から26日の期間で展開所要戦力の輸送を完了することが可能となる』と結んでいる。
 これが4年後の2016年、安倍内閣の下で実現されることになる。

3.第二次安倍内閣の防衛大綱

 2012年暮れに発足した第二次安倍内閣は翌年12月、「平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について」を決定し、「2 自衛隊の体制整備に当たっての重視事項」で次のように記した。

 『南西地域の防衛態勢の強化を始め、各種事態における実効的な抑止及び対処を実現するための前提となる海上優勢及び航空優勢の確実な維持に向けた防衛力整備を優先することとし、幅広い後方支援基盤の確立に配意しつつ、機動展開能力の整備も重視する。』             

 そして「重視すべき機能・能力」として「輸送能力」を挙げ、『迅速かつ大規模な輸送・展開能力を確保し、所要の部隊を機動的に展開・移動させるため、平素から民間輸送力との連携を図りつつ、 海上輸送力及び航空輸送力を含め、統合輸送能力を強化する。その際、多様な輸送手段の特性に応じ、役割分担を明確にし、機能の重複の回避を図る。』とした。
 こうして、2012年当時極秘に練られた機動展開構想は、2015年9月の安倍内閣による集団自衛権導入に伴う一連の措置で結実することになる。

*2015年10月、南西諸島での大規模訓練に「なっちゃんWORLD」「はくおう」の2隻のフェリーの動員(所属民間船員=海員組合員が運航)

*2016年2月、有事に使う民間フェリーを所有する特別目的会社「高速マリン・トランスポート(株)」設立

*同3月、同社と防衛省間で2隻のフェリーの10年間の防衛出動契約の締結

*同4月、民間船員予備自衛官制度の発足

(詳細は、2016年5月発行、本誌号外「着々と進む船員の戦争動員」)

4.現在の防衛大綱

 政府の国家安全保障会議は2018年12月、「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱について」を決定し、2023年までの防衛力整備計画を発表した。
 その目的は、「平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施」、「真に実効的な防衛力として、多次元統合防衛力の構築に向け、防衛力の大幅な強化」とされ、内容は「宇宙・サイバー・電磁波の領域における能力の獲得・強化」、「総合ミサイル防空能力」から、「装備品の調達」まで多岐にわたる。
 その第2項「防衛力の中心的な構成要素の強化における優先事項、(1)人的基盤の強化」でア~キの7項目を挙げる。
 「エ、働き方改革の推進」では、自衛隊員に関して、『ワークライフバランスの確保のため、長時間労働の是正や休暇の取得促進等、防衛省・自衛隊における働き方改革を推進する』とし、「キ」で予備自衛官制度について次のように記している。

○予備自衛官の分野拡大

キ、予備自衛官等の活用
 多様化・長期化する事態における持続的な部隊運用を支えるため、即応予備自衛官及び予備自衛官のより幅広い分野・機会での活用を進める。
 また、予備自衛官等の充足向上のため、自衛官経験のない者を対象とする予備自衛官補の採用者数を拡大するとともに、予備自衛官補出身の予備自衛官から即応予備自衛官への任用を進める。さらに、予備自衛官等が訓練招集に応じやすくなるよう、教育訓練基盤の強化及び訓練内容の見直しに取り組むとともに、雇用企業等の理解と協力を得るための施策を実施する。』
 同時に、ミサイル防空能力と共に、「機動・展開能力の確保・向上」として南西諸島への機動展開構想を次のように掲げる。

○機動展開構想

機動・展開能力の確保・向上

 島しょ部への輸送機能を強化するため(中略)、民間事業者の資金や知見を活用した船舶については、災害派遣や部隊輸送等に効果的に用いられている現状も踏まえ、自衛隊の輸送力と連携して大規模輸送を効率的に実施できるよう、引き続き、積極的に活用しつつ、更なる拡大について検討する。(中略)
 引き続き、南西地域の島しょ部に初動を担任する警備部隊の新編等を行うとともに、島しょ部への迅速な部隊展開に向けた機動展開訓練を実施する。』
 そして、「台湾有事は日本の有事」を合言葉に、沖縄や南西諸島での戦闘を想定し、日本全体を動員対象とする戦闘シナリオが描かれることになる。
 こうして、機動展開構想への「民間輸送力との連携」と「予備自衛官等の活用」が一気に射程に上ることとなった。

三、岸田首相が就任直後に新

防衛大綱策定を指示

 昨年10月4日に就任した岸田首相は、就任直後の同月8日、所信表明演説で、国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の改定を表明し防衛省に指示した。これを受けて、防衛省は防衛力強化加速会議を設置して纏めた内容の一端を意図的に?リークしたのが、先の共同通信の報道である。
 岸田首相の表明を受け、経団連はさっそく防衛産業委員会(泉澤清次委員長、三菱重工業社長兼CEO)が検討を開始し、「防衛計画の大綱に向けた提言」にまとめて今年4月20日岸防衛大臣を訪問して手渡した。
 『防衛事業から撤退する企業が相次ぎ、装備品の海外移転が進まないなど、防衛産業をめぐる状況は依然として厳しく、防衛産業政策のあり方を改めて見直すことが求められている。
 本年末の国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画の改定は、防衛産業基盤の強化を図るための制度改革を加速する機会である。防衛産業としては、政府の方針のもと、わが国の安全保障に貢献する装備品の開発・維持・整備や海外移転、先進的な技術開発に努めていく。防衛産業の機微技術の流出を防ぐことは、わが国の国益に直結する。
 今後、防衛省による防衛産業サイバーセキュリティ基準を踏まえ、防衛関連企業は情報保全やサイバーセキュリティ対策の取組みを強化していく。
 経団連としては、防衛産業の発展に努め、わが国の安全保障に貢献していく所存である。』
 そして、具体的な要求として、①防衛生産・技術基盤の維持・強化、②調達制度改革、③先進的な民生技術の積極的な活用、④防衛装備・技術の海外移転、⑤防衛産業サイバーセキュリティ基準への対応、を挙げた。

四、問われる海員の対応

 前記したように、2016年の「なっちゃんWORLD」と「はくおう」の契約は、既に4年前の2012年に防衛省は独占契約可能として織り込み済みであった。従って、今回リークされた6隻体制への増加も、既に企業側と交渉を開始していることは想像に難くない。
 当時、津軽海峡フェリーの「なっちゃんWORLD」は燃料代がかさみ函館に係留、新日本海フェリーの「はくおう」も予備船として相生に係留していた。
 今回、計画されている4隻も稼働中の船ではなく、新造船就航に伴い引退する船、もしくは予備船や外国船を含めた採算不良の客船などが予想される。特に九州や南西諸島に就航実績のある船や船員がターゲットにされる可能性が高い。
 船員の動員はそれだけではない。

集団的自衛権を認めた安保法制では、事態対処法で大手石油会社や旅客船業者と共に、内航海運業も指定公共機関として、「武力攻撃事態等への対処に関し、必要な措置を実施する責務を有する(6条)」とされる。

自衛隊法103条も、防衛出動に際して必要ある場合は「医療、土木建築工事又は輸送を業とする者」に対して従事命令を出すことができるとし、施設対象に「自動車、船舶、航空機に給油するための施設」、業務従事命令対象者として「船舶運航事業者」が政令指定されている。旅客船と内航海運業だけでなく、外航海運業を含む、すべての船舶運航事業者が対象だ。

米軍への物品や役務の提供に関する新日米防衛協力ガイドライン(自衛隊法100条の7)では、後方支援として、「日本政府は、中央政府及び地方公共団体の機関が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用する」ことが義務付けられている。

これを受けて、重要影響事態法9条および国際平和共同対処事態法13条は、防衛大臣や関係行政機関の長は、「国以外の者に対し、必要な協力を依頼することができる」と規定している。

 海運業者が、許認可権を有する国からの協力要請を拒否できるとはとうてい考えられず、事実上の強制になることは目に見えている。
 このように、「有事」を名目に船員の動員・徴用体制が網の目のように張り巡らされ、近い将来船員をがんじがらめに縛りかねない状況になりつつある今、海運の将来を担う若手船員のためにも無関心ではいられない。
 ひとり一人の船員、そして船員の労働組合たる海員組合の対応が問われている。

(2022・10・30)