雨宮洋司(富山商船高専名誉教授)

Ⅴ 特殊性を克服する諸政策の断片
Ⅴ-1 船員労働団体の混乱と
船員部会での議論
1.海員組合の混乱とその影響
(1)海員組合混乱の諸相
(以上前号まで)

(2)組合混乱の影響
① 船員側委員の発言力低下

 裁判所の判決では海員組合側の敗訴が多く、労働委員会による海員組合側の不当労働行為認定も行われるなど前代未聞の事態になっているのが現状です。
 これはもはや内部紛争の域を超えるものであり、労働組合としての力量が削がれ肝心な労働条件向上のための交渉力に支障を生じかねない事態です。同時に、船員部会に出席して発言する船員(組合)側委員の足を引っ張り、悪影響を及ぼしかねません。
 船員部会の第1回は2008(平成20)年10月20日ですから、海員組合の混乱は既に数年前からはじまっており、その後、対海員組合の北山裁判や執行部員・組合従業員の諸裁判が加わり、今日まで延々と続き常態化しつつあるとみてよさそうです。
 特に、北山と争った当時の藤澤組合長選挙無効の東京地裁判決と高裁での逆転判決(2012年9月27日)の後、当該組合長が統制処分されるという事件が発生し、その後の訴訟というごたごた続きのなか、当該組合長は第43回(2013年6月28日)まで、船員部会に出席して発言しております(第23・24回の海事分科会議事録2013年3月・5月参照)。
 さらに、次に述べるわが国が直面している政治に絡む海上自衛官補問題並びに日本人船員確保推進に及ぼす影響にも深刻なものがありそうです。

② 日本人船員確保への影響
 憲法の解釈改憲(2014年)と新安保法(平和安全法制整備法と国際平和支援法)の制定(2015年)以降、自衛官志願者数は大幅に減少しています。例えば、高校生受験の一般曹候補生の場合、2014年度志願者数は前年度より10%減少し、2015年度は19%減少、専門の技術を要する技術海曹志願者数は半分になり(北海道新聞2015年10月14日)、その倍率も男女ともさらに低くなりました(防衛白書より算出、「YST進学研究会」HP参照)。
 ただし、自衛官の定員数が満たされない事態は以前からも常態化していることにも注目すべきです。
特に、兵卒相当の士クラスの充足率は70%台の状態で(防衛白書平成27年版)、そのしわ寄せは上層部に及んでその忙しさは倍加され〝逃げ出したい心境〟にあるとも言われております。
 それとともに、隊員の質の低下についても元陸上自衛隊員でNPO法人ハートシーズ理事長の玉川真理が明らかにしております(「自衛隊に迫る真の危機」東洋経済オンライン2015年12月3日参照)。さらに、艦船乗りは全般的に人気がないのですが、特に潜水艦乗りの不人気は大きいようです。その背景には、船員(職業)の特殊性が影響していることは否めず、そのうえ今回の解釈改憲等で量質の低下に一層の拍車がかかる可能性があります。
 海員組合の混乱が継続するなかでは、海軍船員と商船船員の共通項になる船員(職業)特殊性軽減策の実現もままならず、退職海上自衛官からの商船船員への転職を含む日本人商船船員確保育成策の展開が順調に進むとは思えません。
 さらに、フェリーの第二海軍づくり(輸送支援)に踏み出したことから、人気の高かったフェリー会社への優秀な学卒船員志願者数にも影響を与えることは十分考えられます。

2 船員部会(国交省)での議論 
 ここでは、国交省から打ち出される様々な船員に関する政策論議の場になる船員部会の様子を述べ、わが国の船員政策形成の様子とその特徴を明らかにします。ここで述べる内容は、そのほとんどが「船員部会議事録」(国交省HP)からの引用になりますので、それが分かるように、文中では部会番号と開催年月を記しました。
 船員中央労働委員会が廃止されたことに伴い、船員法や船員政策に関する重要事項の調査・審議は交通政策審議会海事分科会の船員部会が引き継ぐこととなり、その第1回会合は2008(平成20)年10月に開かれました。それ以来、毎月開かれ2018年1月で97回に達しています。
 船員部会の議事録はホームページで閲覧可能になっているので、船員政策づくりに関係する人たちの考え方を知るうえで大変参考になります。より理解を深めるためには、発言者の氏名を付した議事録の早めの公開は不可欠であり、船員派遣事業の許可に関した議論の非公開も個別事業者への配慮とはいえ、船員(職業)の人権にもかかわる企業行動が絡む点では、公開へ向けた一層の工夫が必要だと考えます。
 ここでは、第77回(2016年5月27日)までの議事録を参考に、船員部会での議論の様子とその特徴をみたうえ、Ⅴー2(新船員政策のために)の参考になることを述ベたく思います。
 なお、文中『 』は議事録のままに記しますが、長文の場合はそこから読み取れる〝発言要旨〟になっている点にご注意ください。

(1) 船員部会の各種情景 
 第1回と第2回(2008年10~11月)部会では、当局による柔軟な部会運営姿勢が強調され、船員(組合)側委員の質問には当局が改めて書面で回答するなど極めて低姿勢で臨んでいます(第2回)。
 しかし、『部会は、あくまで交通審議会海事分科会における最下部の審議会であり、船員部会長とその代理は公益委員の交通審議会委員ですが、その他の公益、労働者、使用者の各5名ずつ計15名は臨時の委員で、部会長の指名でその発令通知がなされることになっている』、『部会長になれるのは、あくまで、本委員間の互選であり、臨時委員はなれない』等といった発言をして、臨時委員の指名権は事実上、当局の掌にあることが述べられ、臨時委員と本委員の違いも強調されております(第63回2015年3月も参照)。
 その結果、事務当局の権限行使の優位性はしっかりと位置付けられ、船員部会そのものも正規の審議会に比べ、当局を拘束する度合いは少ないと見たほうがよさそうです。
 その後の船員部会の審議内容を見ても、当局の優位性が次第に明確になっており、船員側(全日本海員組合)の今日まで続く訴訟に代表される混乱も契機になって、その優位性は一層強まっている感じがします。
 例えば、「交通政策基本計画小委員会への船員側委員の参加要望に対する明確な拒否回答(第55回、2014年6月)」や、「船員(組合)側委員は他の審議会に入れず、船員部会に限定する回答(第56回、同年7月)」等といった直截な当局発言があります。
そうはいっても、個々の船員(組合)側委員による核心をついた発言は部会自体と当局を引き締める効果があるとともに、船員(職業)にとって有利な状況を導く契機にもなっていることは確かです。
 以下に、様々な特徴が把握できる部会の様子を見ることにします。ただし、同じ話題が別々のタイトルのもとで出てくることにはご注意ください。

① 顕著な当局の強気発言
○日本人船員確保検討会の設置に関して
 第36回(2012年9月)の部会で、船員(組合)側委員が『トン数標準税制に関しての達成目標(部会資料5ー2)には外航日本船の隻数(2013年度から拡充された準日本船も含む)は450隻を目標にし、2013年度から2017年度までの5年間で265隻にするとしながら船員数には触れていないのはおかしい』と詰問しています。当局は『日本船舶・船員確保計画の拡充には日本人船員の増加をどういう風にしていくかも含まれているので、その内容についてこれから検討していく』と答え、その後は特に突っ込んだ質疑・応答もなく了承されました。
 第49回(2013年12月)部会でも、船員(組合)側委員から『これ(日本人船員の確保策)は労使問題ではなく国の政策問題だ』ということで検討会設置の必要性が語られます。
 その後の第60回部会で、当局は『外航日本人船員の量的確保観点からの検討会を設置する予定だ。理由は、トン数標準税制導入後の折返し点に入るので、2018年には成果が出るようにしたい。年内に第1回を開き出席者は船主協会、組合、海事局で人数は制限しない。(その会議で)2008年からの10年間で1・5倍の日本人外航船員を確保することの検証と関係者の合意が出来れば対応策と改善策を検討したい』と述べました。
 これに対して、船員(組合)側委員が『杉山委員会後2年以上経っている。長く要望してきたことなので‥‥歓迎する。しかし、いつまで結論を得るかなどのスケジュールがないので不満である』 と発言しています。
 検討会設置の要望は聞き入れられたわけですが、検討会を有意義な会合にするためには、船員側の準備がなければなりません。
杉山委員会(船員〈海技者〉の確保育成に関する検討会、2011年5月~翌年3月)は、商船系大学・高専からの委員も入って官労使学で構成され、次のa~eの内容をとりまとめました。(注:a~eは、2013年3月にトン数税制適用船の拡大がなされた時、海事分科会に報告されたものを筆者が簡潔にまとめたもの)。
 船員(組合)側は、その後の経緯も含め、これら諸項目の批判的検討を行って、産別組織の労働組合としての考え方を事前にまとめておく必要があります。

a、航海訓練所の見直し:内航練習船をつくって、即戦力の内航船員養成をする。商船系大学・高専の実習生の中には外航
へ就職しない者があり、彼らへの船舶実習提供は疑問で、海技士希望者のみに航海訓練所実習をやらせること。
b、トン数標準税制や海技資格取得補助金による企業支援は重要なこと。
c、社船実習の拡大:拡大のためには、遠洋航海実習や教員資格の規制を緩和し、内航船、フェリー、そして大型貨物船で実施できるようにすること。
d、一般大学卒船員確保のため、実乗船期間の短縮(規制緩和)や航海訓練所での養成枠の確保をすること。
e、水産高校卒業者への海技免状取得の簡素化(乗船期間の短縮)をすること。
これらは、市場至上主義政策に呼応した規制緩和による国費の縮減を狙っている感じが強く、四面環海の日本が採用すべき日本人船員確保育成策とは言えそうもない内容ですが、現在の船員政策はこれらを尊重して推進されているように思います。したがって、この批判的検討は大変重要であり、船員側は、それらの諸項目に関する考えを、その後の状況も踏まえて整理しておき、船員部会では特殊性の縮減をにらんだ船員政策論議にしていく必要があります。

○船員法改正のパブコメ手続き
 『海上労働条約の批准に向けた船員法の改正はすでに審議が終わり、条約に対応した船員法施行規則等の省令改正、その諮問をこの船員部会で行う』と当局の説明がなされたとき、船員(組合)側委員が『従来、パブリックコメントがある場合は、それが終わってからこの部会でやっていたはずだ。それが終わって船員部会でやったらどうか‥』と主張しました。
 それに対し、当局は『今までの経緯から、その通りだったという気はなく、認識の違いだと思う。前回の部会でも船員側委員から意見をいただき、並行して労使の意見を聞きながらやっているつもりだ』、『パブコメ手続きは法律手続きであって、議員決定マターで、船員部会マターではない』と述べて、船員側主張は聞き入れられず、諮問即交通審議会へ答申することが了承されました(第36回)。
 同様のことが、第24回(2011年6月)の部会でも生じています。船舶料理士資格と救命艇手資格取得の規制緩和内容(前者は、乗船経験の1年間を3ケ月または1ケ月へ短縮、後者は講習を試験と同等扱いにしていくこと)は、「成長戦略船員資格検討委員会」でなされた結論であるとして、8月最初の官報掲載に間に合うように、諮問即答申に持ち込みたいという意向が当局から示されました。船員(組合)側委員は『そのようなスケジュールに基づく運営は部会の存在をないがしろにするものだ』として猛反発し、次回の部会への持越しになりました。

○道路偏重政策
 第41回(2013年4月)部会では、「1ケ月間、船員部会が開かれていない理由は?」の船員(組合)側の質問に対し『招集権者は部会長である』という当局の形式的答弁があります。同じ部会で『本四架橋問題の地域協議会での検討は地方がやっていることだから当局は関係ない』とも述べています。
第49回部会で、船員(組合)側委員が『高速道路料金の国交省主導の新設定(値下げ)という道路偏重政策により、フェリーなどは苦境に陥っている。今回の国の政策によって航路廃止に追い込まれかねず、航路の維持、雇用維持ができるように国の対策を講じてもらいたい。これはフェリーなどへの国による業界支援で競争力を高めるという問題ではない』と発言しました。
 それに対して、当局は『競争力が増すようにフェリーなどへの支援を続けたい』、『基本的には「交通政策審議会」の領分であり、「社会資本整備審議会」の道路政策での話が発端になっているので、詳しいことは内航課へ情報が入り次第、説明していきたい』、さらに『確定した料金などについて、海事局は知らない』として、省内での仕事分担の組織構成もその理由に持ち出しています。
 その後の第74回(2016年2月)部会で、船員(組合)側委員が予算に関連して再度、国交省の道路偏重策を批判して『高速道路料金への国からの補助で低料金政策がなされているのに、船には自助努力を強調している。すでに船は自助努力の範囲を超えているから、本四航路は国も支援すべきだ。金谷~久里浜航路は協議会もないではないか』と述べています。しかし、それに対する当局の答えはなく、代わりに部会長が『ご意見として伺っておく』ということで打ち切りとなりました。
 他方、海員組合(関東地方支部)は独自に、「久里浜~金谷航路の存続」(大会決定事項)を千葉県知事へ申し入れしております(船員しんぶん2016年12月5日号)。

◯マスコミ報道
 船員(組合)側委員が『海外貸渡し旅客船取り扱いの変更(マルシップクルーズ船の国内運航の際、乗り組む外国人船員拡大の制度改正)で11月21日にプレスリリースされたが、その後、12月16日には、別の新聞で、その内容とは違った報道がなされていた。その真偽のほどは?』と質問したことに対して、当局は『いちいち報道の真偽は追及していない。記者が独自に取材をして報道しているので訂正を求めない』と突っぱねています(第49回)。マスコミの裏どりによる発表に敬意を示しているように思われるが、他方では、船員部会に臨む事務局の心構えの背景には、労使合意を前提にした当局への要望事項の実現という考え方が、このような発言にも影響していると言えそうです。
さらに、政治的問題を強くして登場したのが、商船船員の海上自衛官補任命とフェリーの防衛省による借り上げに関わる2016年度予算計上に関した問題ですが、この件は③で詳述します。

○行政の縦割り
 船員(組合)側委員が『外航日本人船員5500名の確保は至上命題なのに、現状の海上就職率で、大丈夫か?なぜ陸へ流れるのかも含めて検討する必要があるのではないか』と発言したことに対して、当局は『商船系大学・高専は文科省で管轄が違う』ことをにおわせて、『それなりになっている』ことの説明をこと細かに述べております。船主委員も『学卒者が海上へ大いに入ってもらえるように‥』といった具合の応援発言をしています。この件は極めて重要なことで、船員(組合)側委員の発言は組織的連係プレイでの継続的発言にしてもらいたいものです(第54回、2014年5月)。

○委員発言の限界
 第39回(2013年1月)部会では、船員(組合)側委員の執拗な質問に対して『当局への質問は前もって余裕をもって問い合わせをしておくべきだ。そうでなければ答えられない』と当局が一蹴する発言がありました。
 また、第40回(2013年2月)部会における2013年度海事関係予算内容の説明では、トン数標準税制適用の拡大と船員数の関係について『あくまで日本人船員数の問題は海事分科会のマターである』として、船員部会ではその報告のみにとどめるニュアンスで説明されています。
 第52・53回(2014年3~4月)部会における内航船員派遣業のフォローアップ状況の当局説明に対して、船員(組合)側委員が『常用雇用が前提なのに、派遣船員をそうしておらず、しかも船員保険未加入で事業をしていた業者の悪質性に関して廃業(認可取り消し)の提案』をしたことに対して、当局は『すべて是正しているので‥大目に見る必要性』を主張して押し切っています。

○対策なき丁寧な報告
 当局の発言のなかにも有意義な報告があります。ただし、その問題点は対策の検討がなされないままに、丁寧な説明だけが行われる傾向があることです。
 例えば、第36回部会で、当局は船員定着率について『在職3年未満で自己都合退職が目立つ、内航は特に3割が在職3年未満、外航は3年未満が1割、3年以上が半数。入職傾向は外航が学校から、内航は職安や縁故、漁船は2割が縁故、6割が他社から』と数値を挙げて丁寧に貴重な説明を行いました。しかし、最も大切な船員(職業)就職後の定着率を増加させるための対策、そしてなぜ辞めるのかの検討については説明されず、議論もなく部会は終わります。

②〝要望〟事項となる船員側発言
 船員部会における調査審議が限定的であっても、船員(組合)側委員による、核心を突いた様々な意見は貴重なものです。ただ、その扱いは、〝一応聞きおく〟〝それなりに対応する〟といった形で、当局への一種の要望事項で処理される傾向になります。その後、その要望がどのように政策形成に生かされるかは定かではありませんが、一定の影響を与えていることは確かでしょう。

○人命の安全強化策
 第63回(2015年3月)部会で、海へ転落した船員の生命を守るために、船員(組合)側委員が『ライフジャケットを現状の1名乗り組み船だけではなく2名以上にも義務付ける必要がある』という着用義務範囲の拡大と、『それにGPS機能を付け、落ちた場所がわかる簡易型AIS(船舶自動識別装置)の設置義務を進めること』『それは経済問題ではないはず』と核心を突く主張をするものの、当局は『前回も同委員から発言があったので、業者を呼ぶなど鋭意検討しているところだ』と説明し、その要望事項はすでに検討されていることが明らかにされ、船員側委員は沈黙します。
 第49回部会では、大型船と漁船との衝突で人命損失が起きないようにするために『AIS積載の指導は500トン未満船でもなすべきではないか』と船員(組合)側委員は主張しますが、当局は『それは高額だし、漁場を知られたくないし‥』として、漁船会社の経営経済問題に言及しています。
 第77回(2016年5月)部会では、タブレット端末やスマートホン利用で、同じ効果をもたらす民間会社や商船系高専でのアプリケーション開発研究がなされていることが紹介されています。その実現のためには、既存のAIS積載船もその備えをしなければならず、各船からの情報を受発信するためのデータセンター設立も必要になりますのでなかなか前へ進みません。船員の生命を守るためには、一歩も引かない委員の心構えとその実現へ向けた迅速な対応が望まれるところです。

○ 外国人技能実習生の保護
 外国人技能実習生制度改正(主務大臣による管理監督の強化、つまり認可された監理団体の義務強化)で、船員労務官の立ち入り調査などに関して、船員(組合)側委員は『認可が3年から5年へ延長されることも含めて、それが奴隷制度にならないように、船員労務官には厳重な監督をお願いしたい』(第63回)と要望しています。

○ 疲労軽減策
 当局から『船員の疲労軽減防止ガイドラインに関して、IMOで1999年に定めたものがあるが、航空機分野では、疲労をリスクとしてマネージするというICAO(国際民間航空機関)の安全管理視点があるので、その見直しをしていきたい。次回のHTW(IMO人的因子訓練当直委員会)で検討をしたい』という発言がありました。これに対し、船員(組合)側委員から『その内容について詳しく教えてほしい』という要望が出され、組合にとってそれは有意義な情報であったようで、その情報提供を当局にお願いしております(第62回、2015年2月)。

○ 水先人問題と船員側委員
 『強制水先区の規制緩和検討の会議に労働側が入っていないのはなぜか?交通政策審議会の海事分科会や水先人小委員会、前回の水先レビュー検討会にも参画しているのに‥』という船員(組合)側委員の質問に対して、当局は『その検討会は個別の水先区において安全性の検証をするというもので、過去にもそのような検討を行った際には組合は入ってなかったものですから、今回も同様に委員として加えなかった。ただし、ぜひ参画して意見開陳を行いたいという件については、承っておく』と答えています(第51回、2014年2月)。

○ 要望事項になってしまう理屈
 核心を突いた意見が船員部会という審議会でなされる場合、要望事項になってしまう理屈も見ておきましょう。それは船員側委員の質問に対する当局の応えから読み取ることになります。
 「外航船員確保育成の検討会」に関する船員側と当局間の次のやりとり(第49回)は、明らかに事務当局が客観性を装いながら、船員側の主張に寄り添うよりも、市場・船社経営に重きを置いていることが見てとれます。
 『平成24年3月、船員確保育成のまとめが行われた際、‥検討会を設置する予定とされたが、1年3ケ月になる今も開かれていないのはなぜか?船主協会側がためらっている理由は?』の船員側委員の発言に対し、当局は『今年(2013年)の5月に1度、関係者に集まってもらい、実施したが関係者間の開きが大きく折り合いはつかなかった。合意がなければできない』と答えました。
 これに対して、船員側は『この件は国交省が主導すべき問題だ』としますが、当局は『相手方がしっかりテーブルに着く進め方を重視している。労使の歩み寄りを期待する』と述べ、これを補うように、船主側委員が『船員の雇用は会員各社でそれぞれ異なり、調整がつかなかった経緯があった。引き続き、船員採用へ向けての後押しをしていきたいし、各社の調整を図っていきたい』と発言しています。
 さらに船員側委員は『検討会の早期開催で、船主協会と当局は話し合いを進めることの方向性を持っていると理解してよいか?』と質しますが、当局は『採用は各社の専決事項であって、船主協会側の発言もあり、開催については慎重を期したい』と答えました。その後船員側委員の発言は『早急に開くことの要望をしておく』となります。
 さらに、政治を登場させている事例もあります。第48回(2013年11月)部会で当局は『航海訓練所の海技教育機構への統合問題は自民党政権への移行で一時凍結されたが、再検討は開始されている。ただし、民主党政権下でも、合併や受益者負担は閣議決定されているので、自民党政権下でも再開になる』と説明し、船員(組合)側委員も『(それが)船員の確保育成の点から縮小にならないように』と要望しています。
 続く第49回部会では、船員(組合)側委員が『航海訓練所の統合問題に関して、その検討会に船員代表者も入れる必要がある』と主張したことに対し、当局は『自公民の各部会でその方向が決められ、まだ閣議決定されていない。労使を入れた検討会でいくか、ヒヤリングでいくか、まだわからないが、どのようにするかは検討したい』と答え、船員側委員の発言は要望事項にされたといえましょう。

③ 当局と船員(組合)側委員の激論
◯条約に合わせた日本法の改正
 第25回(2011年7月)及び第26回(同年8月)部会でのやり取りです。船員(組合)側委員が『STCW条約改正(2017年1月完全施行)の場合、たとえ国内法の規定が(条約規定より)進んでいてもそれに歩調を合わせてやるのか。特に、健康証明書の有効期間を現行の1年を2年に延ばすという諮問内容は改悪になるのではないか』と述べ、条約に合わせた船員法改正の当局姿勢を疑問視したことから、かなり激しいやり取りが船員側委員と当局との間で行われました。
 これは、日本の船員法が日本人船員にふさわしいものにしようとしているのか、それとも規制を緩めて途上国の外国人船員も包含したものにしようとしているのかという本質的問題を孕んだもので、そう簡単に幕引きというわけにはいかない類のものです。
 最終的には、船員側委員が指摘した「健康証明期間」は現行の船員法通り1年が維持され、そのほかの改正は、STCW条約改正に沿って、視力が0・4から0・5へ、色覚検査は船員法では機関部が非対象だったのが対象となり、強化がなされました(第26回)。
 しかし、この点で留意すべきことがあります。以前は視力や色覚の日本の定めのレベルは高く設定されていました。ただし、その定めは商船船員教育機関への入学資格(厳格な身体基準)として定められていたものであったわけです。
 やがて、それとは切り離され、法規定のなかで年々そのレベルは下げられてしまった経緯があります。その結果、皮肉なことに、今日では条約に合わせた船員法改定で日本人船員関係法のレベルが向上する場合も出てきており、これには驚くばかりです。質問者及答弁者に必要なことは、こうした歴史的経緯も踏まえた議論内容にしていくことでしょう。

◯予備自衛官補に関する議論
(議事の進め方)
 第52回(2014年3月)部会で、船員(組合)側委員が『2014年1月6日と3月23日の新聞記事「有事輸送に、防衛省との間で契約された民間船の乗組員へ予備自衛官資格を!」に関して海事局当局の考えは?』と質しました。
 それに対して、当局は『防衛省がやっていることだが、今後連絡があった時点で適切に対応する。こちらから問い合わせすることも、内航課と相談のうえありうるが、防衛セキュリティや秘密事項とも絡むので、慎重に情報収集はやっていきたい』と述べ、船員部会での公表には限界があることを匂わせています。
 その後も、この件に当局は触れることはなく、2016年1月、全国紙が海上自衛官補導入とそのための措置(商船船員21名の予備自衛官補任命費用と新設の特別目的会社に所有させる2隻のフェリーの借り上げ費用を2016年度予算に防衛省が計上したこと)を暴露して、ようやく知られるところとなりました。
 全日本海員組合が記者会見を開き「民間船員を予備自衛官補とすることに断固反対」の声明を発表したのは、2016年の1月29日のことです(船員しんぶん2016年2月5日号)。
 この件に関しては、第73・74回(2016年1~2月)部会で、船員(組合)側委員と当局との間で、次に述べるような激しいやり取りがなされています。ただし、そのやり取りは、船員側委員(組合長)に発言機会を与えるかどうかという議事進行上の問題として、当局との間でのつば競り合いが繰り広げられたものです。ということは船員側委員(組合長)が何を言うのかを当局は把握していたことになります。

(やり取りの内容)
 第52回部会の開会宣言が部会長からなされて間もなく、委員として出席していた全日本海員組合長が、議長の部会長に発言の許可を求めました。ところが、出席していた国交省の審議官が『それは最後にしてもらったら‥』と突然の発言をしました。おそらくマスコミの傍聴がこの会議の冒頭だけ許され、会議の最後にはマスコミ不在の可能性があることが予想されたためでしょうか? 組合長と当局との間で〝中立的立場〟の部会長を間に挟んで、部会の議事の進め方問題として火花を散らすことになったのです。
 そのやり取りの後、部会長は10分間だけ、委員の組合長に発言を許しました。その発言内容は『船員(全日本海海員組合)側は、民間船員の海上自衛官補政策に反対の立場であること。それを国交省にも申し入れてあるにもかかわらず、この部会で説明もせずに、防衛省政策に唯々諾々と国交省は従うのか。これでは国交省が船員の自衛官補政策に手を貸しており、責任問題で、船員部会をないがしろにするものだ』と激しく詰め寄りました。
 当局は『(防衛省が)フェリーの入札公告を行う際、当該船員の募集に際しては、強制がないようにすることを申し入れてあり、そのようになっている』『希望しない船員が出るとき解雇にならないように確認したい』と防戦するが、船員側は『希望しないとあぶれてしまい、事実上の強制になる』として譲らず、部会長が間に入って、並行線のまま、その部会は打ち切られることになりました。
 翌月開かれた第74回部会でも、船員(組合)側委員が当局を詰問します。『前回の席上で、事務局の高圧的な発言〝議事録に書かれている日本語をよく読んで理解したうえで、(船員側委員は)部会に出席して発言すべきだ〟と審議官が船員側委員を諭したのは事務局としての立場を超えている。議事録が配布されていなかったにもかかわらずだ。十分注意してもらいたい』と述べました。
 これに対しての当局答弁は議事録に記載されず、部会長が部会の議事進行と発言の手続きに関して若干の説明をして終わりました。

(激論の効果は?)
 このような勇ましいバトルも、全日本海員組合(船員)側に、軍事力の位置づけで次のような発言や自らの組織が抱える混乱問題があり、それらを総括・整理しない限り、解決へ向けた強力な第一歩にはなかなかならないと思います。
 第一は、当局の2010年度予算概要の説明の席上で、出席していた組合長を含む船員(組合)側委員が、日本の軍事力展開を評価するような発言をしていることには留意すべきです。
 『フィリピン船員に対して日本の商船隊は軍事力で守られていることのPRは必要だ』と強調し、同時に、『日本側による海賊対策セミナーの予算付けは重要で、国際運輸労連(ITF)も2009年11月に従来の方針を変更し、海軍力などにエスコートされる船舶へのソマリア沖・アデン湾などの航行を事実上容認し、そこを航行する船の乗組員が拒否しても不利益をこうむるべきでないとした』と、ITFのポリシー変更を説明しています(2010年1月第11回部会、および当時の「海員」巻頭言、船主協会との共同声明文等からの要約)。
 第二は、海賊対策のための海上自衛隊派遣の実現や商船に武器を持った人を乗せる『日本船警備特措法』の成立などで、船員(組合)側は、関係当局にその推進願いをして、実現(2013年11月)にこぎつけた経緯があります。
 第三は、長期間続いている裁判や労働委員会に関わる混乱があり、いつまでも収束できない状態では、社会的発言力は弱体化せざるを得ません。
このようなことが背景にあるとき、〝第二海軍づくり〟や〝非常時体制の有事体制への転換〟を押しとどめようとしても、その影響力低下は避けられそうもありません。
 解釈改憲と新安保法制の強行採決を経て打ち出された船員や船舶の有事対応への予算化を海員組合が跳ね返していくためには、上述の第一、第二との整合性の批判的検討及び第三に述べた組合混乱の収束を図って、政策批判の力量と社会的影響力を高めることが必要です。
(次号に続く)