「海技教育機構の再発防止策の紹介(編集部)

 一昨年7月、海技教育機構の練習船青雲丸で、19~21歳の機関科実習生3名が連続して自殺・自殺未遂・失踪した事件は海事関係者に衝撃を与えた。機構は外部有識者による第三者委員会を設置し、昨年3月に、「教官として不適切な発言・指導があった」等の内容の報告書を発表した(本誌25号)。
報告書が出された2日後、機構は、「提言を重く受け止める」として、30項目に上る再発防止策を策定した。以下その内容を紹介し、読者のみなさんと考えたい。
(報告書および再発防止策は機構のホームページ2017年度ニュースの3月16日参照)

再発防止策の内容(一部要約)
前文

『調査報告書の提言を重く受け止め、役職員一体となって再発防止に取り組み、安全・安心な実習訓練を実施してまいります。』、『今後外部の有識者から成る「青雲丸事案に関する第三者委員会からの提言に対するフォローアップ委員会 ( 仮称 ) 」を立ち上げ、外部からの視点で確認する仕組みを設けます。』

Ⅰ.基本的な考え方
●実習生に対するケアを含めた練習船実習訓練の様々な仕組みについて、規定化、明確化等を図り、練習船、本部及び学校が一体となって組織的に対応していく。
●教官について、技能訓練だけでなく適切な教育を行う者としての意識・能力の向上等を図っていく。そのための教官の勤務環境の整備についても検討する。
●事案が発生した場合等において、組織として適切に情報の共有、記録、発信を図っていく。
●外部の専門家等の知見も活用し、適切な実習の実践、事案が発生した場合の対応等を行っていく。

Ⅱ.具体的な対策
1.実習環境・実習内容
(1) 実習内容の策定、課題の量・難易度
各練習船における航海訓練のメニュー、出される課題等が適切なものとなっているか、実習生にとって著しい負担になっていないか等を本部が事前にチェックする仕組みを設ける。
(2) 多様な実習生の混乗
練習船の実習生配乗や海技大学校の課程の見直し等を行うためには、現行の教育体制や制度の見直し等が必要となるため、国、各教育機関、海事関係者などの関係者を交えて検討を行っていく。
(3) 船の環境
●乗船前等に、学生に対し練習船の経験がある職員から船の環境に関する説明を行うと共に、学生からの質問に答える機会を設ける。
●各学校の近傍に練習船を入港させ、乗船実習前に練習船の見学等をできる機会をなるべく設ける。

2.実習生のケア
●実習生の相談窓口の存在について、乗船直後だけでなく乗船中繰り返し周知を行う。また、こうした周知の効果(どれだけ実習生が相談窓口を認識しているか)をアンケート等で確認する。
●新たに機構外部にも相談窓口を設け、実習生がより相談しやすい体制を整える。
●練習船の教官による会議を定期的に開催することを機構内の規定に明記し、実習生に関する情報(特に悩みを抱える学生に関する情報)を教官が確実に共有できる仕組みを設ける。
●練習船内の診察室を、悩みを抱えた学生が逃げ込める学校の保健室のような場として活用する。
●教官及び教員に産業カウンセラー等の専門家養成講座を受講させ、その知見を活用した内部講習を行い、スキルの向上を図る。 ●実習生の班毎に担当教官を置くことを機構内の規定に明記し、実習生と教官のコミュニケーションを促進するとともに、班別の懇談会を定期的に開くこと等により、実習生同士、実習生と教官の間の信頼関係を深めるよう努める。
●現在機構が行っている航海訓練の満足度に関するアンケートとは別に、実習生の苦情や要望等を収集するため、スマートフォン等を用いたウェブ方式のアンケートや、本部に直接実習生の意見が届く「意見箱」の設置を行う。
●海大等機構の学校の教員が乗船実習中に練習船への訪船等を行い、悩みを抱えている学生がいないかの確認やケアを練習船と連携して行く。その他の学校についても同様の措置ができるよう検討する。

3.教官
(1) 教官の資質および教育・研修

●教官採用時の面接回数を増やし、また面接官の増員により、教官としての適正の見極めを厳正化する。
●教官採用の要件として、従前の資格、試験に加え、多くの教員試験で採用されている適性検査の導入を検討する。
●外部専門家が練習船を訪れて行っているハラスメント講習について、その一部を「アカデミックハラスメント防止」に特化して行う。その内容に第三者委員会の指摘も踏まえた「不適切な指導や発言の具体例」を含めるなど、練習船での訓練指導に即したものに見直す。
●教官が昇任の際に受ける研修について、「教育心理」に関する研修を追加するとともに、「アカデミックハラスメントの防止」に重点を置いた内容とする。
●教官の人事評価を行う際、 「実習生の指導・育成」により重点を置いて評価を行うよう、人事評価制度を見直す。
●教官の指導について、部下や同僚からのクロスチェックを受けられる仕組みを設けるとともに、実習生による教官の指導法等の評価を把握する仕組み(アンケート) を設ける。                             (2) 教官同士の情報共有
●前述の通り、練習船の教官による会議を定期的に開催することを機構内の規定に明記し、実習生に関する情報(特に悩みを抱える学生に関する情報)を教官が確実に共有できる仕組みを設ける。
●他の教官の不適切な指導や行動を目撃した場合に本部及び外部に通報する制度を設ける。
(3) 教官の勤務環境
教官の勤務環境の改善策として、練習船の教官の不足の解消、多様な教育機関・コースの学生が混乗して航海訓練を受けている現状の改善、乗船実習を希望しない学生の乗船取りやめを行うためには、現行の教育体制や制度の見直しが必要となるため、国、各教育機関、海事関係者などの関係者を交えて検討を行っていく。

4.海技教育機構本部
(1) 実習への関与

●前述の通り、各練習船における航海訓練のメニュー、出される課題等が適切なものとなっているか、実習生にとって著しい負担になっていないか等を本部が事前にチェックする仕組みを設ける。
●また、前述の通り「意見箱」や教官の通報制度を設けること等により、練習船において不適切な指導が行われていないかを本部がチェックできる体制を整える。
(2) 問題発生時の対応ルール
●今後万一練習船内の実習生の動揺を招きかねないような事案が発生した場合に備え、予め事案毎に相談できる専門家(臨床心理士、精神科医、カウンセラー等)をリストアップし、事案が発生した場合にはその意見を踏まえて対応を検討し実施する。
●悩みを抱えた実習生がいた場合の事故上陸等の対応については、一連の事案を受け、当面以下の対応をとることをルールとして定めているが、引き続きそのルールに従い学校や保護者等の関係者と適切な情報の共有等を行う。またこうした対応をした際には、その経緯等について確実に記録をとる。
*悩みを抱えた学生について、その実習の継続に支障があると考えられた場合、練習船はまず本部、学校と情報を共有し、必要に応じてカウンセラーや専門医の助言を受け、実習継続の可否を判断する。
*実習継続が困難と判断された場合、練習船が保護者と連絡を取り、原則として当該実習生、保護者、練習船教官および学校教員による四者面談を実施し、その後の対応を検討する。その際、保護者にはありのままの情報を伝えると共に、過去の事例等も説明した上で、起こりうる事態について説明する。
*当該実習生を帰省させる際、当該実習生、保護者及び学校に対して、文書により下船理由と実習再開の条件を提示する。
*帰省後は、必要に応じて学校の協力を求めつつ、定期的に練習船から当該実習生及び保護者と連絡をとり、状況を確認する。
*練習船が実習の再開を可能と判断する場合、本部、学校へ連絡した上で再開する。学校は必要に応じて当該実習生・保護者と連絡を取り、状況を確認する。
●事故上陸制度があること、それがどういう制度であるか(悩みを抱えた場合にはそれを利用して一時下船できること)について、実習前に予め実習生及び保護者に通知する。
●今後万一実習生に関する重大な事案が発生した場合には、本部に設けられる緊急対策本部において適切に情報の管理を行うことを機構内の規定に明記し、個々の職員の判断ではなく組織として適切に情報の発信を行う。

5.海技大学校等
(1) 実習内容に関する要望・協議

機構本部内において、海大等学校の担当部署と練習船の担当部署による定期的な連絡会議を開催し、航海訓練に関する学校、練習船それぞれの意見・要望の調整や意見交換を行い、学校と練習船の連絡協議の場を確保する。
(2) 乗船実習への参加可否の判断
各学校等において、乗船実習前の生徒や学生に対し、乗船実習への意欲や不安の有無を確認するアンケートを実施する。更にアンケート結果や学校等での成績を踏まえて面談を行い、実習参加への意欲等を最終確認する機会を設ける。
(3) 学生の卒業要件
海大での卒業要件について、入学選抜の方法(船員への志向性や学力)を含めた課程のあり方に関する見直しが必要となるため、国、各教育機関、海事関係者などの関係者を交えて検討を行っていく。

再発防止策を読んで
 広範かつ多岐にわたる改善策が検討されていることを知り、機構が事件に衝撃を受け、この問題に真摯に取り組んでいることが伺える。しかし、その一方で、第三者委員会の報告書が、きわめて網羅的、羅列的であったため、このように各課題を並列して記さざるをなかったようにも思え、問題の深さが察せられる。
 再発防止策で最も気になったのが、多様な実習生の混乗、短期間での過剰なカリキュラム、加えて教官不足という現在の商船教育制度・実習制度の根本に関わる問題については、いずれも「国、各教育機関、海事関係者を交えて検討を行っていく」と記すのみで〈1の(2) 、3の(3)、5の(3)〉、その問題点や機構の意見・要望が不明なことである。
そこには、外航の日本人船員減少、内航の慢性的な船員不足、即戦力養成という業界の意向という背景があり、何よりも船員養成の国家予算削減という「国策」の見直しにつながるだけに、是非機構としての見解を纏めて欲しい。
次に気になったのは、「本部が事前にチェックする体制」を設けるということだが、果たして、今まで本部はチェックして来なかったのか、本部のチェックがあれば事件は防げたのか、原因は現場であって本部にはないのか。練習船や学校など、現場の第一線で日々取り組んでいる教員の方々の苦労が察せられるだけに、今回の事件に対する「本部の原因・責任」を明らかにして欲しい。
また防止策に欠けていると思われるのが学生への目線である。学校や海事関係者との協議や意見交換が重視されているが、学生はあくまで「ケア」や「指導」の対象でしかないように見える。学生に対する機構の目線が、実習生への教官の目線にも反映しているのではないだろうか。
例えば、練習船内での学生自治・学生集会の保障や、そこで出された改善意見を反映する制度作り等の発想はないのだろうか。「アンケート」や「カウンセリング」、良くて「担当教官による班ごとの懇談会」で、本当に学生の本音が出てくるとは思えないのだが。
第三者委員会の報告書に実習生からのアンケートが抜粋されていた。そこには、「海大生のみに厳しい(大学生だけを対象に実習しているような態度)」。「海大生は常識がない。空気が読めない」「そんなことも分からないのか、こんな事は4級以下だ」と言われた等々、感情の発露とも思われる生々しい言葉が並んでいる。
これらの言葉から、商船大(現東京海洋大・神戸大)優越主義とでも呼べば良いのか、海運・船員界に隠然と残っている因習が、練習船においては、諸々の場面で顕在化し、実習生の身に絶えず降りかかっているように見える。
この点について、機構はどのように受け止めているのだろうか。
現在のところ、外部有識者によるフォローアップ委員会や、防止策の実施状況については公表されていない。実施されている防止策の内容を知らないまま軽々しいことは言えないが、商船大を頂点とした狭い船員ムラ社会の発想から抜けきれていないとの危惧を持たざるを得ない。
機構の再発防止策や、船員教育、実習制度などについて、読者のみなさんの感想・意見を是非お寄せ下さい。
(編集部)