「三事案それぞれの原因を究明することは困難」

3名が自殺・自殺未遂・失踪

 昨年7月、海技教育機構の練習船青雲丸で、機関科実習生3名が相次いで自殺・自殺未遂・失踪した。新聞報道やテレビのワイドショーでも大きく取り上げられた。
 機構は、大野精一星槎大学大学院教授を委員長に、弁護士、医師等6名からなる第三者委員会を設置。コンサルティング会社が事務局となりアンケートを作成、機構が配布する形で調査を開始した。
 その後、委員会が青雲丸の見学を行った後、昨年10月から今年2月にかけて5回の会合を開き、本年3月14日に報告書を発表した。

https://www.jmets.ac.jp/news/2018031601.html

(機構のホームページトップ画面下部のニュース一覧を見る2017年度ニュースの3月16日)

事件の概要は次の通り。

 青雲丸は7月1日より、実習生計133名が3カ月にわたる乗船実習を神戸港で開始した。
 実習生の内訳は、3級海技士コースが、神戸大学・東京海洋大学の機関科学生22名(うち女性4名)、商船高専の航海科学生54名、海上技術短大卒業後の海技大学校(以下、海大と記す)2年制在籍者が航海科6名・機関科6名、海上技術学校卒業後の海大2年制在籍者が航海科9名・機関科8名。

4級海技士コースに海上技術学校卒業後に6カ月の乗船実習科に進んだ学生28名(うち女性3名)の、複雑「混乗」であった。

 さらに、7月21日から東京海洋大の1年生20名が1カ月間の短期実習で乗船し、実習生総数は最大時153名となった。

 青雲丸は7月4日神戸を出港し大阪湾や瀬戸内海、神戸港等で訓練。その後22日に神戸を出港し、大阪湾で訓練をした後、28日に名古屋に入港した。事件後の8月2日に名古屋を出て瀬戸内海や九州、北海道等を経て9月19日東京に入港し、実習を終えた。

◯実習生Ⅹ君19歳:7月13日午前1時頃、小豆島坂手港沖に停泊中、海に飛び込み、自死を図った。しかし、泳いでいるうちに陸にたどり着き、捜索を行っていた海上保安庁職員が、午前10時過ぎに大角鼻付近を歩いていた実習生を発見した。

◯実習生Y君20歳:神戸港に停泊中、このまま実習を継続するか悩み、家族に相談するため7月22日事故上陸手続により一旦下船して帰宅。その後、本人と家族より復船申出があり、青雲丸の名古屋入港に合わせて家を出て27日夕刻に名古屋のビジネスホテルに宿泊。翌日自死していた所を発見された。

◯実習生Z君21歳:名古屋港に停泊中の7月30日、自由時間を利用して上陸。保護者や他の実習生に「船を下りて失踪する」という趣旨のメールを送った後、そのまま行方不明となった。約2カ月後帰宅した。

ⅩおよびY君は海上技術学校、Z君は海上技術短大の卒業生で、いずれも海大2年生だった。

 8月30日になって機構は3つの事件を公表、9月1日石井国土交通大臣は記者会見で原因の徹底的究明を指示したと述べた。14年にも実習生の自殺未遂、16年に自殺があったと報道されている。

報告書の概要

 報告書は、「事案の概要」「第三者委員会の設置・開催」「アンケート・ヒアリング調査」「乗船実習とは」「乗船実習に関し把握された実態・問題点」「第三者委員会からの提言」等、計60頁にわたる。

アンケート結果の抜粋

 無記名アンケートが青雲丸・日本丸、海王丸、銀河丸、大成丸の5隻に乗船中の実習生・教官・乗組員全員を対象に実施された。
 回収率等は以下の通り。

◯青雲丸
 実習生145人中45人(31%)
 教官27人中15人(56%)
 乗組員24人中13人(54%)

◯他の4隻
 実習生486人全員(配布即回収のため回収率100%)
 教官101人中56人(55%)
 乗組員91人中36人(40%)

 以下項目ごとに代表例を上げる。

①実習環境全般について
 全実習生の約70%が「ストレスが溜まりやすい環境」と回答

②悩みや疑問の相談状況
 相談件数は少なく、船の看護長への比較的深刻な相談件数が過去25年間で16件、本部相談窓口はゼロ、実習生専用メールアドレスへは年間5件程度だったが、組織統合した平成28年度以降はゼロ。
 青雲丸実習生に悩みが多くあったことが窺われ、「相談したいと思ったこと」への回答が、教官からのいじめ嫌がらせ11%、他の実習生からのいじめ嫌がらせは2%、メンタル面の不調7%、進路について22%、適性について13%。
 また、「普段から実習生の不満や不安について気を配るようにしていると答えた教官が64%であるのに対し、そう感じていた実習生は31%に過ぎず、乖離があった。

③船内のコミュニケーション状況
 青雲丸実習生の30%が教官との、25%が実習生同士のコミュニケーションを改善すべきと回答。

④カリキュラムの量や難易度
 課題の量について、「多すぎる」「多い」の回答が、航海科33%に対し機関科学生は約70%に上る。他方教官側のヒアリングでは、「課題の量は多くない認識」とのこと。

⑤いじめ嫌がらせについて
 集計結果は公表されていない。

⑥その他要望事項など
 報告書に、まとめた記載はない。

ヒアリング結果の抜粋

 当事者とその保護者、同室または同班の実習生など計17人の実習生と保護者、青雲丸と海王丸の教官、機構本部、海大など計30名のヒアリングを実施したとのこと。以下はその抜粋。

◯当事者の保護者
 「事案発生後の機構の対応として、事実を伝えていなかったり、質問に的確に回答しておらず、はぐらかされてるように感じた」、「事故上陸前の練習船における教官と実習生の面談内容が共有されていれば、事故上陸時の実習生への対応が変わっていたかも知れず、事案発生を防止できた可能性もある」

◯実習生
 教官からあった発言、行動。
*「船に向いていない」
*「海大生は常識がない、空気が読めない」
*「そんなこともわからないのか、こんな事は4級以下だ」
*「こんな状態だと船を降ろすぞ」
*嫌味のような発言。
*強い口調で叱る、怒る。
*間違った時の叱責がきつい。叱った理由の説明がない。
*実習と関係ないところで怒る。(人格を否定する感じ)
*海大生のみに対して厳しい。(大学生だけを対象に実習しているような態度)

第三者委員会からの提言

 報告書には、実習のカリキュラム、船内環境、実習生の置かれた状況・ケアの必要性、教官の資質や指導内容・勤務環境、機構本部や各学校の状況等について、実態や問題点が多数列記され、提言として次の5点を挙げている。

①乗船実習の環境・内容について組織的な設計が必要であること
②助けを必要とする実習生を孤立させない仕組みを構築・機能させること
③船員教育実務者による適切教務遂行を促進させること
④機構本部の問題発生時の対応ルールを構築し、実行させること
⑤機構・練習船・海大等の間で連携を強化させること

 そして5項目の各々について、改善すべき内容を羅列している。

 報告書が出された2日後の3月16日、機構は早速対応を発表し、「提言を重く受け止める」として、30項目に上る再発防止策を策定した。また理事長と教育担当理事の給与自主返納(月給の1/10を1カ月)、青雲丸の船長・機関長の文書による厳重注意処分を発表した。(詳細は次号に)

報告書の疑問点

 報告書には、アンケート用紙が添付されておらず、実際の質問内容が不明だ。また、船内で実際にあった相談件数は公表されず、%のみであるなど、回答結果がすべて示されているわけではない。回収率の低さ(特に青雲丸実習生は31%)も気になる。

 ヒアリング結果の記載も断片的羅列的な感を拭えず、3名とも「船が嫌になった」「船員の仕事が不安」等と漏らし、進路に不安を抱えていたと報道されているが、そのことについての言及はない。

 さらに疑問なのが、大臣が原因の徹底的究明を指示し、機構も「極めて重要な問題であると受け止め、公正・公平の立場からの検証が必要」と表明したにもかかわらず、第三者委員会は「三事案それぞれの原因を究明することは困難」としてしまったことだ。いったい誰が原因究明を行うのだろうか。

 報告書の冒頭に次のように記されている。

『本委員会の設置目的が、練習船青雲丸において発生した事案の直接的原因を究明し、責任を追及するためのものではなく、乗船実習、機構による運営、ひいては現代の船員教育の在り方全体に関わる問題について総合的に言及することを試みるというものである』

 いつのまにか目的が変わったのか?原因究明なくして「検証」や「再発防止策の提言」ができるのか、不思議でならない。

 結果として、課題の多さについては「組織的に再検討することが望まれる」、教官については「教官・乗組員の不足の解消、 実習生の混乗の見直しの検討が望まれる」「採用時に教官にふさわしい者かどうかを確認することが望まれる」等の抽象論に終始し、「現代の船員教育の在り方全体に関わる問題について」の「総合的な言及」とは程遠いものになっている。

 業界からは、船員不足、少数精鋭、ISMなどの各種条約規制に対応すべく即戦力が要請される。一方で予算は削られ、日本人船員の減少から、教官の成り手は減り、辞める人も多いという。今回の事件は、そうした船員が陥っている状況の縮図に思えてならない。

 密度の濃い仕事が船内で要求される今、メンタルヘルスが重要なのは、練習船だけでなく、外航や内航も同様なだけに、関係者が英知を集め、さらに原因究明を深めて貰いたいと思う。

(編集部)