ー続々・裁判の経過と組合員の思い3-

全国委員・竹中正陽

海員組合の内粉について2回にわたり掲載した。しかしその後も「人事」に起因する新たな訴訟が生じている。
このような状況が続く限り、事実を伝えることが本誌の使命と考え、残念ながら連載を続けざるをえない。船員の唯一の組織である海員組合が「空洞化」する前に、組合員の手で是正されることを願うからである。


岸本さんの配転命令
 既報の通り、本年3月組合は、本部事務職員・岸本恵美さん(旧姓宮城)に対して函館の道南支部へ配転命令を出した。同命令は人事権の濫用である旨の仮処分決定が4月28日に出されたが(詳細は別稿の本人手記参照)、ここではその中身に注目したい。
 もう1つの請求である「配転命令に従わないことを理由として解雇しないこと」は地裁により却下された。その理由は、「主文第1項を仮に定めることにより、必然的に生じる法律上の効果であるから、これを認める必要性があるとは解し難いから、却下する(原文)」とのことである。
「必然的に生じる法律上の効果」とは、「配転命令自体が違法なので、それに従わないことを理由とする解雇も違法なことは明らか」程の意味だろう。配転拒否による解雇に裁判所がクギを刺したといえる。
 その後組合は、異議申し立て等の訴訟手続きを何も取っておらず、決定を受け入れた格好である。


依命休職(6ヶ月後の解雇)
 ところが組合は、仮処分決定が出された当日、「臨時中央執行委員会」を開いたとして、岸本さんを「6ヶ月の依命休職」にした。
 就業規則に相当する従業員規定第10条(組合従業員の解雇)には、「次にあてはまる場合は解雇する」とあり、依命休職もその1つに掲げられている。従って依命休職は「6ヶ月後の解雇」を意味するのである。人事案に賛成した全評委員は、「解雇」に加担したと言われてもやむを得ないといえる。
 この点、04年に市池沿海部部長の「依命休職」が全評で否決されたことは記憶に新しい。
 同年夏、次期役員選挙を巡る争いから小堀中執が立候補を表明。これを非難する組合長声明が出され、小堀中執は水産局長を更迭、同様の意思表示をした市池部長が依命休職にされた。
 当時は外航の職場委員を中心に自由に発言する気運が残っており、9月の全評では人事案に対する批判が相次ぎ、無記名投票の結果人事案は否決された。
 中執委は、「総辞職すべきと認識している」旨声明を出したが、「全国大会で信を問う」とし、怪文書が飛び交う中での選挙戦となった。その結果、僅差で井出本組合長・藤澤副組合長が選ばれたことは本誌3号で触れた通りである。
 以来、内粉が今も続いていることは、我々組合員の無力の現われでもあり、残念でならない。


とってつけた?処分理由
 労働審判の多くは和解で解決するといわれる。しかしこの件は、組合が和解を拒否した結果、処分無効の判定となった。
 従業員規定では、依命休職中は勤務手当・住宅手当が不支給、夏冬の期末手当も減額される。審判ではこれらの差額と年5%の利子が請求通り認められ、岸本さんの完勝といって過言ではないが、審判の結果より以上に、処分の理由、その経緯に注目したい。
 処分理由は、福祉センター出向以来5年以上に渡り、職務時間中のインターネット閲覧など、「パソコンの私的利用」を続けたこと。それが情報関係管理基準(組合内の基準)違反に相当し、配転命令の件は無関係とのことである。
 5年に及ぶ違反を見逃していたこと自体おかしなことだが、この理由が事実とすれば、裁判の結果は今後、執行部員・事務職員に多大な影響を与え兼ねない。
 今1つは、岸本さんは、結果として道南支部へ1日も出勤していないにも係わらず、命令拒否に対する処分が何もないことである。
 配転命令の正当性を貫くなら処分しなければならず、さりとて、処分は仮処分決定に反することになる。全く別の理由による休職処分ゆえの矛盾である。組合が仮処分決定に従うなら、配転命令を遡って取り消すのが正道だろう。
 なお、休職処分を決めた「臨時中央執行委員会」に現場代表の特別執行委員は誰も出ておらず、組合によれば「召集したが、出席できなかった」とのことである。


三宅事務職員の提訴
 先任事務職員として採用されて10年になる、本部外航部の三宅徹平君は、今年1月事務職員に「降格」された。担当中執や総務局長に理由を尋ねたが具体的には何ら示されなかったそうである。同君は度重なる心労から精神科に通院を続けた末、3月に退職した。
 退職後の5月同君は、不当な降格処分による退職として、給与・期末手当・退職金の差額、精神的苦痛に対する慰謝料・通院医療費等、計約2百10万円を請求する労働審判を東京地裁に申し立てた。
審判の経過は不明だが、このような提訴が起きること自体、「組合自治」が失われている証である。


従業員規定の解釈
 事務職員の提訴は、井出本前組合長や北山元中執の裁判より以上に、組合の抱える問題を鮮明にさせた。組合は審判の場で、「人事に関する苦情は従業員規定上認められない」旨主張したそうだが、ここに問題は凝縮されている。
 従業員規定は、「この規定の適用実施について苦情がある時」は苦情申立できることになっており、賃金や休暇と同様、人事も苦情の対象となることは明らかである。
 仮に「人事」が苦情の対象外とすれば、組合員はどうなるのか。協約では、「組合員は、自己の人事、労働、その他に関し~苦情の申し立てをすることができる(全内航労働協約書)」とあり、労働委員会の仲裁に至るまで、苦情処理のルールは詳細に決められている。
 「人事」は賃金など具体的労働条件以上に、会社と従業員の関係が如実に現れる。そのため本組合に限らず、労働運動全体の課題として、「人事」に関する交渉権の拡大を求めてきたのがこれまでの歴史である。「労働者の権利」「労使対等」「協約自治」が組合運動の根幹だからである。
 仮に、組合従業員に「人事に対する苦情」が認められないとすれば、それは昭和20年代への逆戻りであるばかりか、船主との交渉にも影響を与えかねない。船主から逆質問された場合、組合はどう答えるのだろうか。
 岸本さんの件は、組合が異議申し立てを行ったことにより本訴に移行した。和解を拒んだ上に、審判で敗北するや、自ら訴訟継続の道を選択した組合。
 「人事」に対する苦情が存在し、かつ、その解決システムを体内にもたず、否自ら解決を放棄して法廷での争いに突き進む現状は、労働組合のあるべき姿とは程遠い。
 今生じている問題を単なる「派閥争い」の次元で見るのは狭量である。「組合従業員の労働者としての権利」「労使対等・協約自治」という、日本の労働組合が内包する根本問題の表出なのである。


北山裁判の経過
 本誌4号以降の経過を紹介する。
①降格・自宅待機無効訴訟
 解雇無効の最高裁決定後も、組合は北山元中執を就労させず先任事務職員に降格、自宅待機とした。
8月9日東京地裁は「確定判決を実質的に潜脱する、司法軽視の態度も甚だしい人事命令」と判決。
毎月の役職手当の支払い、藤澤組合長・大内副組合長に計220万円の慰謝料支払いを命じた。
しかし、「自宅待機命令は業務命令権の濫用」としたものの、北山氏の就労請求権は却下された。
②「腐ったリンゴ」裁判
 8月23日東京高裁で一審を踏襲する判決が出された。大内氏の
大会発言は「組合内部で対立関係にあった北山氏を解雇してその立場を弱めようとした当時の海員組合執行部の行動を正当化するための発言であった」として慰謝料120万円を命令。藤澤氏の発言は「名誉毀損に該当」するものの、「議員の質問に回答することが組合長としての職務」で「正当業務行為」と認定した。
③プライバシー侵害訴訟
 藤澤・大内両氏の住所が書かれた判決文をブログに掲載した件で、8月29日東京地裁は、プライバシー侵害と認定。両氏に各6万円を支払うよう北山氏に命じた。
 ①は組合側が控訴し高裁で係属中、②③は双方共に上訴せず判決が確定した。前号で紹介した、08年組合大会の入場阻止に関する裁判、10年大会の入場阻止に関する裁判、組合員権停止処分の無効を求める裁判が今も係属中である。


おわりに
 5月の国内部委員会で、「事務職員を解雇するような事をなぜやるのか。裁判で負ければ組合費の無駄使いだ。こういう人事はいい加減やめて欲しい」と質問があった。
外航部委員会でも、「執行部員の降格や事務職員の配転人事があるが、こういう人事は士気を落とす」旨代議員が発言したという。
 40年近く組合に接してきた私には、信じられない事態が続いている。組合員が声を上げることにより一刻も早く「内粉」に終止符が打たれ、組合本来の活動に邁進できるよう願う。


 (2011年9月)