国家賠償と労災申請、相次ぎ棄却される

〈高知地裁〉
国家賠償請求を棄却

 高知県を中心としたビキニ被災船員と遺族ら45人が、「政府が被ばく線量などの調査結果を故意に開示しなかったのは違法だ。」として提訴していた国家賠償訴訟(本誌19号で既報)で、7月20日、高知地裁は請求を棄却する判決を出した。
 判決は、証拠がない1人を除き元船員の被ばくを認定したものの、「国が意図的に隠匿したとは断言できない」として国の故意性を否定。更に、「損害賠償の請求権が20年の除斥期間により消滅している」と切り捨てた。
 また、国には資料の開示、元船員の追跡調査や生活支援を行う法的義務はない、被爆者援護法も広島、長崎の原爆被害を対象にしたもので元船員らには適用されないとした。
 しかし、この判断は、今から30年前の1986年、衆議院予算委員会で高知県出身の共産党山原健二郎議員の質問に対して、厚生省が、「資料は見つからない」「第五福竜丸以外の漁船については、その実態、数字をつかんでいない」と虚偽答弁した事実を無視するものだ。
 その後2013年に、NHK広島がアメリカの公文書館でビキニ被災船リストを発見したのを機に、翌年高知県の太平洋核被災センター山下正寿さんらが外務省・厚生労働省に情報開示請求を行った結果、ビキニ被災当時行われた556隻の漁船や商船の汚染調査記録が開示された。
 これらの経過を無視する判決に対し、元船員と遺族は、到底納得いかないとして控訴した。
 一方で判決は、被爆と健康被害の因果関係を立証する難しさに言及した上で、「長年に渡って顧みられることが少なかった船員の救済の必要性は改めて検討されるべき」とし、「国賠請求による司法的救済は困難で、立法や行政での検討を期待する」と付け加えた。
 原告と支援者らは、あきらめずに引き続き裁判で闘うと共に、ビキニ救済法の制定に向け、地方自治体等への取り組みを開始、既に高知県知事らも協力を表明した。

【朝日新聞7月23日社説】
ビキニ核被曝 元船員を放置できぬ
 元船員らは、米国が太平洋で実施した水爆実験による被曝(ひばく)者だ。裁判所はそう認め、「救済の必要性について改めて検討されるべきだ」として、国会や政府の対応に期待をにじませた。
 国は、背を向けてきた核被害の問題にむき合うべきだ。高齢化が進む元船員や遺族らの訴えを、これ以上放置できない。
 1954年3~5月、マーシャル諸島ビキニ環礁で水爆実験が6回行われた。周辺で操業していた高知県の元漁船員らが「国は被曝の事実や記録を隠し、被曝者の追跡調査や生活支援を怠った」として、損害賠償を求めて高知地裁に提訴した。
 先週の判決は、民法の規定で請求権が既に消滅しているとして訴えを退ける一方、「立法府や行政府による一層の検討に期待するほかない」と述べた。この核実験では、第五福竜丸が「死の灰」を浴びたことが国内への帰港後にわかり、無線長の久保山愛吉さんがその半年後に亡くなった。同じ海域を他にも多くの漁船が航行していたため、国は指定水域で操業した漁船を対象に放射線量の検査を実施。魚の廃棄を迫られた船は延べ約1千隻にのぼった。
 検査はしかし、54年末に中止される。厚生省局長通達は「魚類の摂取で人体に危険を及ぼすおそれが全くないことが確認された」とした。55年1月、日米両政府は、米国が200万ドルを日本に支払うことで「完全解決」に合意。一部が第五福竜丸の船員らに渡ったが、他の漁船員はほとんど何も得ないままでの「政治決着」だった。
 元船員にはがんや白血病などで早世する人が後を絶たず、被曝との関連が疑われた。しかし政府は「手持ち資料がない」「第五福竜丸以外の漁船の実態はつかんでいない」(86年の国会答弁)などと説明するばかりで、ようやく当時の検査記録を開示したのは4年前のことだ。船員らの支援団体に求められて調べたら、倉庫から出てきた。
 第五福竜丸の事件をきっかけに原爆医療法(現・被爆者援護法)ができたが、対象は広島・長崎の原爆被爆者に限られる。判決は、元船員らを核実験の被曝者と認め、原爆被爆者と対比しつつ「米国による核兵器使用で被害を受けた共通性がある」「長年にわたって省みられることが少なかった」と指摘した。
国は生存者への健康調査を急ぎ、結果を踏まえて医療支援を検討するべきだ。被曝実態の全容解明にも努めねばならない。
元船員らは「命あるうちの解決」を求めている。時間を浪費することは許されない。

報告集会で不当判決を糾弾する原告たち

〈社会保険審査官〉
労災不服申請を棄却
社会保険審査会の再審査へ

 2016年2月に高知県や宮城県の元船員と遺族ら11人が、健保協会船員保険部に、「船員保険の職務上の傷病(労災)」認定を求めた件で、昨年12月に船員保険部が棄却したのに続き、7月30日、関東信越厚生局内の社会保険審査官も、不服審査請求を棄却する決定を出した。(本誌18、24号参照)
 決定は、厚生労働省内に設けられた「船員保険における放射線等に関する有識者会議」の報告書をそのまま踏襲しただけで、極めて中身の薄いもの。
 座長である明石真言放射線医学総合研究所理事を始め、福島原発事故による住民の被ばく線量の影響を過小評価する学者を動員して、世論収拾を図る政治的意図が強く感じられる。
 審査請求人である元船員や遺族は、本人聴取を行った上での判断を強く求めていたが、それは行われなかった。こうした、陸上一般で行われている労災不服審査の手続きに反している点も、大きな疑問を呼んでいる。 
 これに対し、元船員と遺族らは、9月20日に、上部機関として厚生労働省内に設けられている社会保険審査会へ再審査請求を行った。
 また新たに、高知県在住の元板谷商船弥彦丸の船員や漁船員と遺族3名が、健保協会船員保険部に職務上傷病の認定請求を行った。
※詳細は太平洋核被災支援センターのホームページ参照