柿山 朗(元外航船長・水先人)

証人席へ立った動機 
① 公平な裁きを求めて

 民間船の船長や水先人が死亡事故を起こせば、事故原因にかかわらず、先ずは業務上過失致死罪を問われる。2013年2月に発生した大阪湾でのコンテナ船とイカナゴ漁船との衝突事故では、新制度の三級水先人として旅立ったばかりのN君が逮捕された。同じように死傷者を出した事件でありながら、おおすみ艦長は刑事責任を問われない。国家の安全を担う自衛艦であろうとレジャー目的の釣船であろうと、船の大小や社会的な役割にかかわらず「海のルール」のもと公平に裁かれなければならない筈だ。  
② 運輸安全委員会への疑念
 2008年に海難審判庁が廃止され、残った海難審判所は海技資格を持つ船員の懲罰だけを扱い、事故原因の究明は新設された運輸安全委員会へ移された。
今回の事件で運輸安全員会は突如、とびうお「右転説」を言い出し、全面過失の断を下した。国交省の一部署に過ぎない運輸安全委員会が、防衛省に不利な判断を出せるだろうかという疑念を抱かせる。
③ 注目度の低さ
 潜水艦「なだしお」と「第一富士丸」の事件では、商船大・高専の研究者、海上保安庁出身者や現役の水先人等が堂々と事故への見解を語っていた記憶がある。今回の事件では海事関係者は誰も何も語らない。30年前とは言え隔世の感がある。そうしたことが証人席に立った理由である。

私への尋問内容
① 原告と被告の対立点

 原告は「至近距離で並航する中、衝突のおそれを感知しながら「おおすみ」が漫然と航行していた、衝突前にキックを使い左転すれば衝突は避けられた可能性がある」という立場をとる。
 一方、被告である国側は「衝突のおそれはなかったが、とびうおが突然右転したため衝突した」と主張する。
(註)キックとは、転舵すれば、転舵方向へ回頭しながら船体は逆に転舵方向と反対側へ押し出されることをいう。キックの利用例として、乗組員が海へ落下した時、落下舷側へ舵を取ると落下者は傷付かない可能性が高いことが挙げられる。
② 被告代理人からの質問
 被告代理人から、本件は横切り関係ではないかという質問があった。「おおすみ」が追い越した後の横切り関係であることから、やむなくそれを肯定した。しかし、国側はそもそも衝突のおそれは無かったという立場をとるから横切り説と矛盾するディレンマを抱えている。

迷信・右転と人のいのち
① 国側の描くストーリー
 自衛艦側証人が繰り返したのは『漁船は大型船の船首を横切ると大漁になるという迷信に従い「とびうお」は右転した』という主張だ。裁判官までもが私に対して真顔で同様の質問をした。 
 彼らの描くストーリーの根底にあるのは漁船という生業(なりわい)への蔑視であろう。船長や水先人は漁船の接近に特に注意を払う。なぜなら小型船との衝突は人命に直結することを知るからだ。
② ストーリーにこだわる理由
 潜水艦「なだしお」の事故では瓦力防衛庁長官が引責辞任し、イージス艦「あたご」と「清徳丸」で、対応の遅れを批判された石破防衛大臣は、内閣改造で留任できなかった。今回の「おおすみ」事故も過去同様に防衛省と国側にとって重要案件であったはずだ。「おおすみ」には、緩慢な避航動作など、どんな瑕疵も許されない。この裁判で国側は100対ゼロで勝たなければならないのである。無理筋のストーリーにこだわる理由がそこにあると思えてならない。
(以上)