大内要三(日本ジャーナリスト会議会員)
種子島に行ってきた
一昨年、『東京新聞』の電話取材に応じて馬毛島基地のことを、少しだけ話した(1月12日付「こちら報道部」)。
米軍FCLP(米空母艦載機発着訓練場)にするために民有地を国が超高値で買い取ったことが報道されていたが、それだけではない。「米海兵隊の新戦略に合わせ、共同作戦を展開するための日米共同基地にする計画だ」と話したつもりだが、わずか10数行のコメントとなった。
2007年に馬毛島(まげしま)にFCLP建設計画が浮上してから注目してきたし、民主党政権下の2010年に南西地域防衛力強化方針が出てから与那国島、石垣島、宮古島は見てきたけれども、馬毛島は見たこともないのに、そのような土地のことを話すのは気が引けた。
昨年から馬毛島の基地建設が本格的に始まったので、工事の拠点になっている隣の種子島に行ってこようと思った(肝心の馬毛島には、警備員などに阻まれて容易には上陸できないという)。

ところが。こちらの都合の良いときには鹿児島経由の航空便、宿、レンタカーの3点セットがなかなか予約できない。工事関係者が押さえているのだ。この4月なかば、ようやく3点セットを確保した。
急ぎ国会図書館に通って文献調査をした。『内航海運』2022年9月号には「馬毛島で始まる自衛隊の基地建設」という記事が掲載されている。馬毛島の葉山港の浚渫工事が始まったが、沖合300メートルまで幅34メートルを水深3メートルまで掘り下げ、90億円をかけて23年3月に完成させるという。
また沖縄大学地域研究所の『地域研究』には、開発工事に伴う馬毛島の共有入会地をめぐる訴訟について、牧洋一郎氏による報告がある。
『世界』2021年2月号に「馬毛島を、知っていますか」を書いた八板俊輔氏は元朝日新聞記者で現西之表市長だ。馬毛島は西之表市に含まれるので、同市のHPには2006年に始まる詳細な「馬毛島問題の経緯一覧」の表がある。
漁をしなくなった漁民
鹿児島から種子島までの離島便はプロペラ機で座席数48、バスに羽が生えたようなものだった。満席で作業服姿の乗客が多い。強風のため着陸に苦労して2回目に成功した。空港でレンタカーを借りると島の地図をくれたのがありがたい。ガソリンスタンドが少ないので注意、という。
馬毛島基地の建設費は鹿島建設を筆頭とするゼネコンが302億6,420万円で落札したという。時価50億円を160億円で買った島に、総工費3,000億円超で基地をつくる。
種子島空港から島の中心地までは車で20分ほど。西之表港の岸壁からは、堤防に遮られて馬毛島は見えない。海沿いを南下して、強風に飛ばされそうになりながら住吉岬の灯台脇から12キロ先の馬毛島を見る。面積8・5平方キロの小島だ。
旧所有者のタストン・エアポートによる大規模な採石によってすでに綠が少なく、むき出しの土砂の色になっているところが多い。
戻って西之表港に車を停め、町の中心地を歩く。スーパーマーケットの魚売り場を見ると、安価だが地魚はなく、鹿児島港からフェリーで運ばれたものばかりだという。すでに漁業権交渉により漁業が制限されているので、漁船は漁をしないのだ。
その代わり基地建設で働く人々を送迎するために漁船が雇われている。居酒屋さんは賑わっていても、新鮮な魚は食べられない。

かつては豊かな漁場で漁が営なまれていた。
(筆者撮影)
乱立するコンテナハウス
急造の「ホテル」を見た。6,000人といわれる建設労働者の宿舎としてコンテナハウスが林立している。なんと2階建てのコンテナハウスもあった。
コンテナながら一般客も泊めるホテルもある。客室はわずか9平米、素泊まりで1泊7,800円と立派な値段、フロントはプレハブ建築だ。宿舎不足による家賃高騰のおかげで追い出され、営業をやめた商店もあって、商店街を歩いても物寂しい。
私は幸いにビジネスホテルを予約できたが、市街地までは3キロの距離がある。巡回バスの便は1時間に1本、夕刻前に終わるから、飲酒をするとなかなか来ないタクシーを呼ばねばならない。
種子島の人口は2020年の国勢調査で27,692人、過疎化・老齢化が進んでいるという。自治体は3つ(西之表市、中種子町、南種子町)。島全体がひとつの自治体になった石垣島(47,900人)、宮古島(55,569人)に較べても、地域の文化を大事にしているようだ。郷土出版物も多い。3自治体のそれぞれに民俗資料館があって充実している。
種子島は鉄砲伝来の島なので「鉄砲館」が西之表市にある。トビウオ漁がさかんで住民も多かったころの馬毛島についての展示も充実している。戦後に開拓農民が入植し、水田やサトウキビ畑も小中学校もあった。それがレジャーランド計画や石油備蓄基地計画、使用済み核燃料保管施設計画などに翻弄されて、現在、住民はいない。
自衛隊の島になるのか
馬毛島は手狭なので、自衛隊の宿舎は種子島内の3箇所にできるという。相当な数が駐留するのだろう。最大のものは西之表市内の、もと廃棄物処分場のあった場所だが、工事は中断している。南種子町にはヘリポートもできる。馬毛島への通勤のためには西之表港だけでなく中種子町の浜津脇港も使うという。屋久島への定期船が出ている島間港は使わないようだ。
馬毛島の全島が自衛隊・米軍の共用軍事基地となり、多くの自衛隊員が種子島の宿舎で暮らすようになれば、漁業や農業をやめて自衛隊関連の仕事に就く人も増え、種子島もまた自衛隊の島になってしまう。
記録をたどれば、すでに2019年には方面実動訓練「鎮西」の一環として、種子島で陸海空自衛隊合同の「島嶼侵攻事態対処訓練」が行われ、砂浜に「水際障害構成」つまり杭が打たれた。2021年には陸海空自衛隊統合実動訓練の一環として水陸機動団が「離島奪還作戦」の訓練をしている。防衛省は説明会で資料を配付し、自治体に「4つの交付金・補助金を交付できる」と言った。米軍再編交付金、民生安定助成事業補助金、特定防衛施設周辺整備調整交付金、国有提供施設等所在市町村助成交付金。使途に制限のないものもあるが、何に使われるのだろう。
工事開始以後、反対運動の中心だった「馬毛島への米軍施設に反対する市民・団体連絡会」は自衛隊基地反対を明記していなかったためもあって、運動は困難になっているという。軍事施設絶対反対の主張で当選した市長も、市有地の売却を提案したり、交付金に「特段の配慮」を要求するなど、態度は揺らいでいる。こうして島は分断され、軍拡の陰で生活も文化も破壊されていく。医師不足に悩む公立種子島病院には、防衛省(自衛隊中央病院と防衛医科大学)から医師が派遣される。
以上、余所者の一見での感想だが、東京で軍拡に抗うことの大事さを思う。
町を外れれば交通量は少なく、道路はよく整備されて運転は楽だった。ただ、波が高いので海岸を走るとしぶきで窓が汚れて視界が悪くなった。落雷と強風で帰りの航空便は遅れ、ちゃんと乗り継いで帰れるかどうかと心配した。周囲に何もない種子島空港に置いていかれると、足も宿も手配するのは大変なのだ。
(2025・8・3)

