竹中 正陽(内航組合員)

一、様変わりした新千歳空港


ラピダスの工場建設
 苫小牧港で下船し、新千歳空港に向かう。枯れ果てた樹々と人の踏み込む余地のない荒れた原野が続いていた風景が、空港が近づくにつれ一変する。久し振りに来た私は、その変貌振りに目を見張った。 かつての原野が一直線に延びる整備された道路に生まれ変わり、広大な敷地にクレーンが林立し、工事車両が所狭しと行きかう。その中心にあるのは半導体製造会社ラピダスの最新鋭の工場だ。
 トヨタやソニー、NTTなど先端企業8社が出資して2022年に出来たばかりの新会社。インテル、サムソン、台湾のTSMCを凌ぐ性能を持つ超微細サイズの半導体(2ナノ世代半導体)作りを目指す。きれいな水と豊富な自然エネルギー、価格も安く広大な土地で交通も便利なため、この地が選ばれたそうだが、半導体製造が台湾周辺に偏っていると有事の際の支障になるとの、安全保障上の理由を掲げる説もある。
 開発中の工業団地の総面積は200ヘクタール近くにおよび、ラピダス周辺企業だけで100社近くになると言われている。財界の要望を受けて岸田前首相が現地視察し、肝いりで進められた一大国家プロジェクトで、既に1兆7千億円にのぼる国家予算が投入されている。
 今年の通常国会で「情報処理の促進に関する法律および特別会計に関する法律の一部を改正する法律」が成立し、更に多額の国家予算が投入されようとしている。ラピダスの工場設備建設だけで5兆円が必要とされており、途中で問題が生じれば更に資金を必要とする。
 かつての半導体国家プロジェクトが参加企業の思惑の違いで失敗に終わり、多額の国費を損失させたことの二の舞になると危惧する声も上がっている。
 千歳市内は近い将来の人口増に備え、ホテルや新築マンションの建築ラッシュで、日本中から労働者が押し寄せている。その影響もあって、全国各地で資材や工賃がうなぎ上りとのこと。おかげで新千歳空港のグルメ街は外国人観光客も含め、大勢の人でゴッタ返し、さながら観光名所となっていた。

二、北海道と札幌市が特区申請


 ラピダスの工場の一部は既に完成し、この4月から稼働を開始した。周辺会社を含め、工業団地が完成した暁には膨大な電力を必要とする。そこで北海道と札幌市が目を付けたのがGX化(グリーン・トランスフォーメーション。太陽光、風力、水力、地熱等のクリーンエネルギーへの転換)に対する国の支援措置だ。
 両者は2024年にGX金融資産運用特区を国に申請。法人税や不動産取得税など数多くの税金の減免、政府からの補助金支給に加え、数々の行政手続きの緩和を求めている。その目玉の一つが石狩沖の洋上風力発電事業だ。工事や保守に関わる日本籍作業船の不足を理由に、外国籍船の活用と外国人船員導入に向けて規制緩和を要望した。カボタージュ規制から逃れるため、国交大臣の特別許可を求めるものだ。
※カボタージュ規制
 カボタージュとは国内港間の旅客、貨物の沿岸輸送のこと。語源はフランス語。自国内の輸送は自国船に限るという国際慣行上確立されたルールで、世界的に広く取り入れられている。日本も外国船によるカボタージュを原則禁止している。
※船舶法3条
 「日本船舶ニ非サレハ不開港場ニ寄港シ又ハ日本各港ノ間ニ於テ物品又ハ旅客ノ運送ヲ為スコトヲ得ス但法律若クハ条約ニ別段ノ定アルトキ、海難若クハ捕獲ヲ避ケントスルトキ又ハ国土交通大臣ノ特許ヲ得タルトキハ此限ニ在ラス」
 条文は明治時代のままだが、その主旨は、「外国籍船は、法律若しくは条約に別段の定めがあるとき、海難若しくは捕獲を避けようとするとき又は国土交通大臣の特許を得たとき以外は、日本国内の港間における貨物又は旅客の沿岸輸送を行うことが出来ない」というもの。
 カボタージュ制度が多くの国で長年にわたり守られてきたのは、経済安全保障、地域住民の生活物資の安定輸送、自国船員による海技の伝承、海事関連産業や地域経済の維持振興などに必要だからである。

三、経団連の規制緩和要望


 経団連は2023年度の政府への規制緩和要望で「洋上風力発電の作業船の活用に向けた規制緩和」を提出した。要旨は以下の通り。
 「遠浅の海域の少ない日本では、水深の深い海域に適した浮体式洋上風力発電の大規模な導入が必要になる。洋上風力発電の建設には、クレーンを搭載したSEP船、ケーブル敷設船、浮体式では曳航・係留に用いるAHTS船等が必要である。

国が発表している主な洋上風力発電事業


 日本にはこれらの船が不足しており、洋上風力発電の建設に支障が出る可能性がある。従って海外からの傭船が不可欠で、そのためにはカボタージュ制度により、国交大臣の特許を得る必要がある。現状では各作業毎に特許を申請する必要があり非効率だ。また、傭船の予約は施工の数年前に行うことが必要だが、予約時点では特許を取得できるか不透明で事業参入の妨げになる。」とし、「カーボンニュートラル」を錦の御旗に、以下を求めている。

「※工事への外国籍船の導入。
 その際、洋上風力発電事業に限定して。航海毎の申請ではなく促進区域単位や事業単位で特許を得られる制度への変更。
※マルシップ方式の期間延長。
 外国から船を傭船する際、一時的に日本籍化する方法がある。その場合、マルシップ方式(日本法人等が所有する船舶を外国法人等に貸渡し、当該外国法人が外国人船員を乗り組ませたものを、貸渡人たる日本法人等がチャーターバックしたもの)を活用し、外国籍の作業員や技術者を日本籍化した船舶に乗せることになる。しかし現状では、その船が日本に入港した後、60日以内に外国に向けて出港しなければならない国の規定がある。作業効率が低下し施工費が上がってしまうので日数の延長を求める。」
 要約すると、洋上風力事業に必要な作業船を新規に作ると、建造に要する年数、金額、その後の作業船の用途の見込みが不透明で採算が合わない。したがって、カボタージュ規制の例外として外国船を認めろ。外国人船員の乗船も認めろ、60日ルールも免除しろというものだ。
 しかし、この要望には、外国籍船の導入と外国人船員の導入という異なる2つの問題を、微妙な言い回しで混同させる誤魔化しがある。外国の技術者や作業員を使用する問題と、運航要員である船員の外国人化も、また別の問題である。要望は、これらの問題を故意に混同させている。

石狩湾新港の洋上作業船

四、国交省の対応


日本籍船の確保をお願いします
 当初国交省はこのような題で、「貨物・旅客の沿岸輸送には日本国籍の船舶が必要です」とカボタージュ制度の重要性を説き、「洋上風力発電設備の設置をご検討される際には、従事する日本国籍の船舶と運航のための船員の確保の確認をお願いいたします。(海事局外航課「洋上風力発電事業を運営される皆さまへのお願い)」と、日本籍船、日本人船員の確保を事業者に求めた。
 しかし、内閣府に「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」が設置され、「洋上風力推進における諸課題」として、法令上の各種規制の緩和を求める財界の意向に沿う動きが加速された。
 同タスクフォースは「外国人船員・作業員の導入における透明性の向上」を掲げ、①カボタージュ規制の大臣特許運用拡大、②船籍変更、外国人船員・作業員の査証、③外国船による領海内海洋調査許可、などカボタージュ排除の姿勢を前面に出す。そして、昨年6月に政府は、「洋上風力発電工事での外国船の利用と外国人の活用」についてを閣議決定した。
 このような流れを経て、国交省は財界の意向を斟酌し、船舶法施行細則(省令)の改正案を作り、今年3月から1カ月間意見募集(パブリックコメントとは異なる)を行った。
 改正案は、「事業者の予見可能性を高める観点から、一定期間内の不開港場寄港又は沿岸輸送について一括して特許を申請できることや、その場合の申請書の提出先に関し、特許に係る手続の明確化を図る」とし、経団連の要望に沿う形で次のように明記した。
①国交大臣が必要ないと認めるときは、地方運輸局長等を経由することを不要とする 。
②国交大臣がその都度の申請が必要ないと認める場合、一定期間内の不開港場寄港又は沿岸輸送に関して一括して行うことができる。
 この意見募集に対し2736件の意見があり、緩和反対の意見も多数あったとのことだが、「今回の改正は特許の手続を明確にするもので、カボタージュは今後も維持する」との理由を付けて、国交省は既定方針通り6月に省令を変更した。
 結果、特許の基準は曖昧なまま、法令上の手続が緩和されたことで、カボタージュ緩和に向けてまた一つ風穴が空いてしまった。
 今後基準は一層緩められ、「国家プロジェクト」等の理由を付けて、外国船、外国人船員導入のレールを国は敷いてくるに違いない。今回明確にされなかった60日ルールの扱いも、洋上風力は例外扱いされかねない。

五、海運関係団体の動き


〇内航総連の対応
 日本内航海運組合総連合会は、「今回の改正がカボタージュ規制の緩和を内容とするものや、カボタージュ規制の緩和に向けた手続きを定めるものであれば、改正に反対する」との意見を提出すると発表した。
 しかし、同時に栗林会長(栗林汽船社長)は記者会見で、「あくまで洋上風力関係の船舶の確保に伴うものであることは国交省に確認した」として、洋上風力発電事業の申請手続きに限定するのであれば、外国籍船でも問題視しないと回答する旨を表明した。
 これは「洋上風力発電の作業に限定し」とする前記経団連要望書に合致している。

〇全海運の外国人船員導入要望
 全国内航海運組合連合会は、船員不足解消の方法論の一つとして「外国人船員の導入」を提起し、森隆行流通科学大学名誉教授を座長とする「外国人船員に係る勉強会」を立ち上げ、最終報告を出した。  日本における外国人労働者受け入れの現状や、内航海運業へ導入する場合の課題を論議したとされる。
 そして、内航総連に対し、船員不足解消の方法論の一つとして「外国人船員の導入」について組織的論議を始めるよう提起したことが報道されている。業界内で外国人船員導入論議が一気に進む危険性を感じる。

〇海員組合の動き
 海員組合は、昨年の大会で「北海道・札幌市が行おうとしていることは、カボタージュ規制の緩和と外国人船員の導入を意図するものであり、到底容認できるものではない」との方針を決定し、国交省や各自治体、政党に申入れを行った。しかし、それ以上の具体的な反対運動はしていない。

六、国交大臣の答弁


 中野洋昌国交大臣は、今年3月の衆議院交通委員会で、外国船と外国人船員導入を危惧する立憲民主党・城井崇議員の質問に次のように答弁した。
 「北海道、札幌市の提案も踏まえまして、昨年6月の規制改革実施計画におきまして措置内容を閣議決定したところであります。あくまでカボタージュ規制の維持を前提として、船舶法3条ただし書には、元々沿岸輸送の特許の手続というのがあり、この手続の明確化をあくまでするもので、カボタージュ規制については、しっかりと今後とも堅持をしてまいる所存です」
 これに対し城井議員は「カボタージュ規制は堅持と、しっかり御答弁いただいた。引き続き、カボタージュ規制の堅持をお願いしたい」と結んだ。
 既に議員や業界、各団体の地ならしが終わり、出来レースが行われていたにすぎない。

 先日、三菱商事が資材の高騰等で採算が合わなくなったことを理由に、洋上風力からの撤退を発表した。このままでは、たとえ洋上風力事業が失敗に終わったとしても、外国人船員の国内導入の根拠が残ることになる。
 今私たちは、船員を守る制度がまた一つ崩壊させられていく過程をまざまざと見せられている。ここから、いったい何を教訓としてつかみ、次に進むべきなのだろうか。


(2025・9・3)