—後期高齢船員の挑戦-
柿山 朗(元外航船員)
第一章 外航船員の今
① 外航船員の求人ゼロ
時折、港の職安を覗き張り紙等をチェックするが外航船員の求人は無い。求人情報・インディードをパソコンで検索すると表示されるのが多いのは、船内作業員や船舶・港湾ターミナルの管理担当者の募集である。一級海技士(航海)で入力しても結果は変わらない。
② 端緒は仕組船認知論
ドルショックとオイルショックを経た1975年、船主協会会長の菊池庄次郎氏(日本郵船社長)が発表したのが、「仕組船 認知論」という脱日本人化だった。それを側面から支えたのが当時の運輸省である。二人にひとりが海上を去った緊急雇用対策(緊雇対)、新マルシップ導入、船員制度近代化の頓挫へと続く。
(羅針盤、創刊号~16号「外航船員ゼロへの軌跡」の拙稿を参照)
③ 組合対応は「減量やむなし」
海員組合は外労協、中小労協の二船主団体との間で「本人選択による特別退職制度」と「雇用対策促進機構の設置」を2本柱とする緊急雇用対策に1987年に合意した。以降黒字会社を含めて殆どの船社が緊雇対を実施する。
④ 細る日本人船員の供給源
緊雇対で1万人以上の外航船員は船を去った。多くの部員を輩出し、海員学校から海上技術学校となった3校では、館山が2年後に廃校、唐津が昨年から航海専科の海上技術短大になるという。船員の出身地である能登・富来地区、島原半島・口之津や鹿児島南薩地区では、幼い子供も「キンコタイ」という単語を知っていたという。船員出身地の疲弊は外航船員後継者の育成を奪った。
第二章 先行する大手船社の船員養成
① フィリピン人船員の台頭
労働人口が豊富で英語堪能な人材に恵まれたフィリピン人船員は、世界最多で、日系海運会社の外国人船員数5万6千人の7割を占める。
フィリピンで、2007年、日本郵船はマニラ南郊に商船大学「NYK―TDGマリタイムアカデミー」を設立し、多くの卒業生を輩出。商船三井は2018年、現地のマグサイサイグループと合弁でマニラ南郊に全寮制の商船大学「MOLマグサイサイ・マリタイムアカデミー」を開校した。更に川崎汽船も「Kラインマリタイムアカデミー」をパサイ市に設立し、昨年は30周年の記念式典を迎えている。
② 日本人海上職の自社養成
日本郵船は「他社に先駆けて自社養成コースを設置し、船員教育機関の学生と共に、世界で通用する海技者育成にも力を入れている。プログラムでは2年にわたる研修によって、海上で働くための知識とスキルを身に付けさせて3年目には航海士・機関士としての乗船勤務が始まる」。(日本郵船HP・世界を股にかける海上職より)
商船三井では、若者が次のように語る。「2年間の訓練を終え、三航士として初めて海に出ました。操船の責任感や船上の連携の大切さを実感。異文化の仲間と過ごす中で、感謝の気持ちを絶えず持ちながら、信頼関係を築いていきます」。
川崎汽船役員は「海上職員候補生の養成を2013年から開始した。多様な人材を確保する狙いがある。年間3~4名を採用し現在全体で約30人が勤務し、既に二航士、二機士を輩出している。今後は船機長となりキャリアを積んで世界を舞台に働いてほしい」と語る。(2019年12月2日海事新聞)
③ J‐CREWプロジェクト
TVをつけるとJ・CREWプロジェクトの宣伝が映る。これには「やっぱり海が好き」という副題が付く。
航海士志望の若者は「地元に海が無かったので海への強い憧れがあり航海士を目指した」と語る。一方、青の作業服に身を包んだ若者(女性)は「大きな船、大きなエンジンってカッコいいなと思ったから機関士を目指しました」と述べる。ナレーションは「日本の産業と暮らしを支える海上輸送を目指す若者たちを、世界の海で活躍する若者たちを支えます」と締める。そしてJ・CREWプロジェクトの目的を語り、全国5商船高専を紹介する。
そのひとつにかつて私も在校したが、フィリピンで大手船社の船員養成が先行する中で、どれ程の後輩たちが船に乗れるか、前途は暗い。
第三章 未組織内航船へ乗船
① タンカー会社T社の宣伝
★私たちの仕事は港に着いた外国船に燃料を補給するお手伝い。
★非日常を感じる海の仕事をしてみませんか。
★休日は土日祝。
★海の上ではみんなが仲間になる。
★定期的に顔を合わせる方が多いので、自然と仲間になれる。
★当社では勤続10年以上のベテランが多い等。
② 乗船後の船内状況の記憶
私が乗ったのは499トンのタンカー。乗組員は船機長、一航機士と私(二航士)の5名。前任の二航士は部屋の備品、船橋を一回りし自宅が遠方という事もあり、そそくさと下船した。
翌日は朝6時からの離岸作業、四日市・コスモ石油の桟橋に向かう。
船橋は船長ひとり。一航士は船首での接岸準備。機関長、一機士はマニホールド付近で積荷の準備。特に60歳前後の一機士からはたびたび私に対し怒号が飛んだ。
私も以前はペルシャ湾向けのタンカー船員、バルブひとつ間違うことの重大さを知るから、パイプライン図のコピーを持ち歩くと、それでも怒った。四日市の製油所での積荷、名古屋へ戻り石油タンクへの揚荷、その繰り返しの毎日だった。
いずれ慣れるに違いない、速く慣れたいと思った。
③ 船内自炊
司厨員の居ない本船では、夕刻になると乗組員は岸壁に置いてあったマイカーや自転車で食料の買い出しに行く。自室にテレビがあるからか、食堂での酒盛りを見たことがない。食料金を会社が毎月4万2千円支給する。
④ 個人情報のリーク
乗船前、会社が「履歴書」を出してほしいというので、本籍・学歴を書いた。社内用の形式的な書類というので、社歴も照国海運倒産から、昭洋、新昭マリン、大阪フリート、ワールドマリン等々。2006年から2023年まで、伊勢三河湾の水先人であったことも正直に書いた。ところが船長をはじめ皆が知っていた。会社が乗組員へ喋ったのである。
SNSの時代、パソコンに自分の名前をクリックすると、関わっている社会運動が幾つも並び暴露される。居心地が次第に悪くなり、20日余りの乗船で下船した。
第四章 内航船主とカボタージュ
① カボタージュ規制とは
国内における旅客や貨物の輸送(沿岸輸送)を自国籍船に限定する制度である。
この規制は、自国の海運業保護、国民の雇用確保、安全保障の観点から日本を含む多くの国で採用されている。
日本では船舶法第3条で外国籍船による国内沿岸輸送を原則禁止しており、例外として国土交通大臣の特許を得た場合などに限り許可される。自国の沿岸輸送、即ち内航海運は自国船に限るというルールで、日本のみならず世界的に広く取り入れられている。
② 大震災や有事の備えが必要
住民避難等のため、必要があれば、国は海上運送法の航海命令、国民保護法の従事命令等を出すことができるが、これは主権の及ぶ日本船であるからこそ可能なことである。
また、東日本大震災の際には、福島原発事故の放射能汚染を恐れた一部の欧州船が東京への寄港を忌避し、神戸で荷揚げしたため物流の現場が大混乱に陥ったことがあった。
そのような状況下でも福島原発沖を航行して被災地の港に燃料や物資を輸送したのは、日本人船員の乗り組んだ日本船だった。
③ カボタージュ規制の維持を
今、技能実習生と特定技能外国人問題の混同など陸上でも混迷が続いている。日本人船員は近い将来枯渇すると言われてきたが、内航船員の人数は緩やかに増加している。ベテラン船員が退職を先延ばしして内航船の現場を支えている現状が伺える。
近年、内航海運業界は新卒採用に力を入れてきた。業界の努力もあって、内航船員の新卒採用は増加傾向だ。国交省によると内航船員の35歳未満の割合は2006年の約19%から2020年に28%に上昇し、全産業の平均(約25%)を上回った。
一方、新人を採用し、育てた若手船員をいかに定着させるかが課題になっている。
内航各社は、現代の若者の志向に合わせて乗船と休暇のスパンを短くしたり、陸上も含めて船員と密にコミュニケーションをとって孤立させない、ハラスメント研修の実施といったソフト面の対応や、家具・寝具などの生活用品の充実などに取り組んでいる。
特に船上のインターネット通信環境が若者離れの大きな一因と言われており、この面での有効なソリューションの登場が切望されている。
内航海運業界が新卒船員の採用と定着率向上に地道に取り組む一方で、中長期的な取り組みとして、イノベーションによる内航船員の人材問題への対応が検討されている。船上の業務負担軽減と生活の質の向上、船上業務の省力化(究極的には無人運航)という2つのテーマがあり、企業間連携による具体的な取り組みも出てきた。
内航ゼロエミッション船の本命と言われるバッテリー船も、低騒音・低振動などによる船内環境改善と機関業務を中心とする省力化に寄与すると期待されている。
かつて海員組合では「未組織オルグ」が結成され、内航船を回った。未組織船の組織化は「カボタージュ規制」を継続する上で必須である。
(終わり)
