ー現場船員の闘いを追ってー
柿山 朗(元外航船員)
第一章 前組合長横領事件
① 2023年6月20日の報道
共同通信やNHKがテレビで海員組合、森田前組合長による基金の私的流用について、大々的に報道した。国税庁の調査の結果、前組合長が外国人船員の福利厚生用基金を使用して貴金属類を購入し、フィリピンの建設業者からのリベートと併せ総額約6億円を私的流用したとされる。国税局はこれを給与とみなし、総額2億以上の加算税を課したとのことである。
これに対して同6月28日、海員組合は、前組合長個人の課税に関する事項については、当組合はコメント出来ない、との声明を出した。
② 海員組合が裁判等で連戦連敗
〇北山元中執の多数の裁判
解雇無効裁判、組合住宅追い出し無効裁判、降格自宅待機無効裁判、大会で北山元中執を「腐ったリンゴ」と誹謗した件の損害賠償裁判、森田中執(当時)によるパワハラ無効裁判、統制処分無効裁判、再雇用拒否裁判・同地労委・中労委命令、ブログで誹謗中傷したため組合員が減少した、として1億円を請求した裁判
〇海員従業員労組に対する不当労働行為を謝罪・是正するよう地労委・中労委命令多数。
同労組に海員組合と田中副組合長が慰謝料を払う判決
〇Ⅿ専任事務職員の降格処分、労働審判で組合が金銭支払い
〇岸本事務職員の配転無効、休職処分無効、解雇無効裁判
〇石川執行部員の解雇無効裁判
〇道東支部・渡邊執行部員への降格処分無効裁判
〇阿部元小名浜支部長の再雇用拒否無効裁判
〇大倉元関西地方支部副支部長の給料減額無効裁判
〇竹中組合員の資格を剝奪し、組合長選挙立候補を認めなかったことを違法とする判決
そして、藤澤元組合長が訴えた統制処分無効裁判(組合が金銭を支払うことで和解)等々。
(竹中正陽「裁判の経過と組合員の思い」羅針盤3号から連載)
③ 海員組合の定期全国大会へ
私は同年10月、長距離バス、新幹線や青函フェリーを乗り継いで名古屋から函館へ向かった。
6月の報道から最初の大会。OBのため会場には入れないが、情報は得られると思ったからだ。だが、代議員たちの質問に対する役員の返答は、「前組合長個人の問題なのでコメントできない」だった。
④「自浄能力ゼロ」の露呈
報道によると横領があったのは2015年から2020年迄の6年間。この間副組合長は田中伸一と松浦満晴だ。彼らは、本当に森田の悪事を知らなかったのか。森田の辞職は「健康上の理由」なのか。大会会場では使い込まれた基金への現場代議員からの追求すらなかった。
第二章 海上船員発の運動
① 組合幹部のリコール運動
1966年4月、外航・内航の職場委員、現場組合員有志によりリコール運動委員会が作られ、代表者は堀次清治(東海運・機関長)が選ばれた。リコール運動の中心を担ったのが部員協会と船舶通信士協会だった。
次のような標題が並ぶ。
〇幹部のリコールは規約にもあり組合員の当然の権利
〇賃上げが幹部の独断で捻じ曲げられた
〇リコールで組合民主化の第一歩を(副組合長・和田春生、汽船部長・金子正輝の退陣)
沖の要求の結集、項目は、
〇合理化協力の労働協約を、沖の要求通リ全面的に改定すること。
〇5千円以上の大幅賃上げ
〇戦争に反対し、ベトナム就航を全面的に拒否
(この頃、ベトナムでLSTや商船船員の死傷が多発)
② リコールへの組合の反応
〇和田副組合長の不信任理由(民社党支持一辺倒で選挙資金を濫費等)は容認できない。
〇金子汽船部長の不信任理由(労働協約交渉における定員中央協定の撤廃、賃金の格差増大や傲慢な生活態度など)は納得できない。
〇リコール運動の意図する所は組合組織をかく乱し、一定の政治的イデオロギーを組合内に持ち込み支配しようとする反組織的な行動である。
堀次氏を全権利停止一年間、他の3名を戒告処分とした。
③ リコール裁判の完全勝訴
処分撤回裁判の結果、1971年東京高裁は、規約の要件を満たす組合員の正当な運動と認め、堀次氏に対する統制処分は無効。訴訟費用は一審、二審とも組合負担とし確定した。
④ 船舶部員協会のFAX報道
『東京高裁おけるリコール裁判の判決に示された組合員の権利は、海員組合の中に確立されて初めて実現される。われわれが自らの権利を獲得していくためには、自ら立ち上がる以外に方法はない。今こそ部員の意思と要求を結集し、職場に労働運動を築こう。裁判所が認めた船員の権利を次は労働組合の中に根強く確立しよう』
⑤ 船舶通信士労組の結成宣言
船通協は1968年、臨時総会を開く。今後は自主的な労組を結成して、自らを守るべしとの意見が大多数を占めた。そして1972年、半数を超える通信士が海員組合を脱退し、船通労が結成された。
発端は無線三直制の崩壊である。海員組合は船主の求めに応じて、いとも簡単に三直制堅持の旗を降ろした。通信士ではなくオートアラームに他船の遭難信号をも代用させたのである。
⑥ 失業船員連絡会の発足
1975年頃の世界経済は、戦後最大の不況に陥った。日本の船員も無縁ではない。失業船員連絡会が芝浦の船部協に置かれ、関東地区の連絡責任者は期間雇用船員の斎藤昇氏。1977年7月「失業船員に大きな力を!」とする文書が発表された。
失業船員たちの主な要求
〇全国の失業船員を動員してデモで仕組船を奪還しよう。
〇全港湾、全海連、船通労・船部協と手を組んで共同闘争を
〇労提船にも船員保険を適用
〇失業船員に就職迄の生活保障
〇港に失業保険の無料宿泊所を
〇失業船員に公平な乗船順位を決めよ。
〇失業保険給付を2年延長せよ。
等々。
(船舶部員協会25年史「風涛の記録」、追悼・浦田乾道「海上労働を弁護して40年」など)
第三章 船員の現在の課題
① 外・内航船員の現状
日本人組合員2万人。うち内航船員は5千人(内航2万8千人の18%)、外航船員はわずか2千人にすぎない。内航では50歳以上が、約半分を占める。非居住特別組合員はフィリピンなどの外国人約6万人である。
② 船員の二極化
日本郵船など海運大手が採用し、基幹船員として社内養成される一握りの若いエリートの航機士たち。一方では、海版ハローワークの窓口に並ぶ船員たち。時にはマンニング会社の都合で乗船期間が勝手に決められ、船員法や労基法違反の「シフトカット」を受け入れざるを得ない人々がいる。
③ 詩『海の男たちに』
ボイラーの神様や
ボルト増し締めの天才
雲を眺めては気象激変をピタリとあてた超能力者たち。
あの人達は世界に誇る海技力をズシリとかくしもっている
本物の海の男たちだった。
今、あの人たちは
どこにどうしているだろう。
☆
名船長や名機関長とは
その本物の海の男たちの
海技力を、たっぷりと摂取して
自己の海技力に、人一倍
ヤスリをかけ、磨き上げた
人をたたえる賛辞だった。
あの、名船長や名機関長たちは
いま、どこで
なにを思っているだろうか。
☆
ニセモノの日本商船隊の
ニセモノの日本商船が航く。
神さまも天才も超能力者たちも
いない
ズタズタにされてしまった
海技力。
船長と機関長は
本モノの日本人だが、もはや
名船長や名機関長にお目にかかることはあるまい。
そしてあの本モノの海の男たちにも・・・。
元飯野海運甲板手・織田洋三作(部員協会機関紙「海論」26号より)
キーワードは「海技力」。誇りを持つことの意味、黙々と地味な作業を引き受ける覚悟を持つこと。不正を犯した前組合長たちは組合と船主が設えた海上技術部員がスタートである。本モノの海の男には成り切れなかったと思えてならない。
第四章 船員の人権運動
①船員の人権を守る会の発足
2023年3月、試みとして発足したのが「船員の人権を守る会」である。ランダムに船を選び、直接船へ足を運び、船員の話をジカに聞き、可能な限り、解決に結びつけるというもの。
「海員の人権」の訪船活動は海員組合員や未組織船員・失業船員と出会い、繋がる可能性を持つ。ユニオンは、一人でも入れるところに特徴があるが、「船員の人権」は一人ひとりと繋がるところでユニオンと類似する。
船員人権の会設立文書
『海に囲まれた日本にとって船員の重要性は昔も今も変わりません。しかし遠洋・沖合漁業の廃業や減船、内航の劣悪な労働環境と長時間労働、外航では日本人船員の乗らない船が急増し外国人船員もまた無権利状態に置かれています。
その結果、海を志した多くの若者が希望を失い海上から立ち去っているのが現状です。
若者が夢を持てない職業に未来はありません。私たちはこうした現状を憂い、外航、内航、水産、そして外国人船員や技能実習生を含めたすべての船員が人らしく生きる権利、希望をもって働ける職場にすることを目指して、ここに「船員の人権を守る会」を設立することにしました。
賃金が払われない、辞めろと言われた、事故を起こした、労災申請したい、安全法規・労働法規違反を正したい、運輸局や裁判に訴えたい、結婚できない、パワハラやセクハラを受けた、辞めたい等々。船員一人ひとりの悩みや苦しみに寄り添い、困っているあらゆる問題について、無料で相談できる場を作ることが今求められています。
また、船員が置かれている状況を広く社会に訴え、改善を求めていく活動も行っていきたいと思います。』
② ユニオン型労働運動
木下武男著「格差社会にいどむユニオン」(花伝社)から少し長いが引用する。
『貧困化と社会的連帯の切断、自己責任論の中で状態がどんなに過酷であっても人々が自動的に労働組合に向かうことはない。
また、同じ仲間がすぐに連帯するわけでもない。貧者の自覚と仲間、そして生存権の意識、これらが新しい社会的連帯にとってカギになる言葉だろう。
貧者が貧者であることを自覚する。その自覚が社会性を獲得することにつながるだろう。仲間と「つるんで生きる」ことが、生きる術だと知ることになるだろう。
仲間とはむずかしく言えば「アソシエーション」だが、それは、意識の高い自発的結社から、人と人との結びつきまで、広い意味を持っている。大切なのは「居場所」があり、仲間がいるという社会的連帯を、底辺のところでつくることが労働運動の前提として不可欠ということである』
外、内航を問わず、日本人か外国人船員かを問わず、「人権」をキーワードに社会的連帯を築いていきたい。
(終わり)