沈没事故1年前の北海道運輸局の特別監査ミス
高橋二朗(元船長、海事補佐人)
2022年4月23日に乗客乗員20名の死亡と6名の行方不明者という(有)知床遊覧船(以下、会社)が運航したKAZU-Ⅰ(以下、本船)の沈没事故(以下、本件)が発生した。
本件の直接原因は、本船が航行中に船首甲板上のハッチ蓋の不具合からの浸水であるが、小型船舶検査機構(JCI)のハッチ蓋の検査ミスで船舶検査証書を交付し、本船が法的に航行可能な状態にしたことである。
さらに、安全運航の要となる運航管理者の届出内容の精査ミス、また本件発生の1年前の特別監査ミスにより事故の防止を怠った北海道運輸局(以下、海運局)や国の責任が問われている。
なお、本船の運航管理者である社長と船長が杜撰で未熟で無責任であったことは疑いの余地が全くない。
また、船舶安全法により小型旅客船の全ての検査について、国からJCIが委託を受けて実施している。
そして、海上運送法により国は会社に旅客不定期航路事業の許可をし、本船の安全な運航のための運航管理者の届出を受理する。
一、本件1年前の船舶検査証書の不交付と運航、および特別監査
本誌の前号(44号、2024年12月20日発行)で、述べたが、簡略にその経緯を再記する。(船舶事故調査報告書、2023年12月6日、運輸安全委員会(海事専門部会)議決から)
◎検査不合格で船舶検査証書の不交付
2021年4月21日にJCIが定期検査でスカイデッキに設置されている椅子及び柵の固定が十分でないことで改善を会社に指示し、JCIは船舶検査証書を交付しなかった。
◎船舶検査証書がない状態で法令に違反し出航
2021年5月15日に航行中に旅客3名の負傷が発生。その原因は定期検査で改善指示がされた椅子及び柵の固定が不十分
◎船舶検査証書の交付
2021年6月1日に本船の2回目の立ち合い検査を実施して椅子及び柵の撤去を確認し、6月4日に船舶検査証書等を交付
◎座礁事故
2021年6月11日に浅瀬乗揚げたが、負傷者なく自力で帰港
◎運輸局の特別監査
2021年6月24日と25日に運輸局が海上運送法及び船員法に基づき、会社に対する特別監査を実施、見張り不十分について指導。7月9日に会社が運輸局に見張り強化に関する報告をした。
筆者のコメント
①船舶検査証書の不交付の状態での本船運航の法令違反
JCIから改善指示を受けた箇所を修理改善せずに放置したことが原因で旅客3名の負傷事故を発生させた会社の責任は極めて重い。
更に重要なことは、「船長は、船舶検査証書及び臨時変更証を船内に備えておかなければならない。」(船舶安全法施行規則第40条1項)に違反していたにもかかわらず、JCIは本船が検査に不合格なまま船舶検査証書がない状態で本船を運航させた。また、会社の法令違反を指摘し、運航管理者に相応の処分をしなかった。
そして、1年後の本件に繋がったことから運輸局(国)の責任は重大である。
② JCIと運輸局の関係
船舶検査証書の交付の是非と実施の有無は、JCIの権限である。
しかし、会社に対して旅客不定期船航路事業の許可を与えているのは運輸局(国)である。
従って、JCIの船舶検査証書の不交付により、私企業が運航する本船が法的に出港不可能となることは、会社の事業を大きく制限し、損失を与える。
このような制度から、JCIは船舶検査証書の不交付の実施にあたり、必ず事業許可者である運輸局(国)に対して事前に連絡することになる。
つまり、運輸局(国)がJCIの船舶検査証書の不交付を事前に知らなかったことは、あり得ない。
➂ 本件の1年前の特別監査の杜撰さが本件事故の要因
本件事故の発生より1年前の2021年6月24日と25日に乗客3名負傷と座礁事故が発生した。そのため会社に対して運輸局が特別監査を実施した。
その際に最も重要なことは、
★明白な法令違反の船舶検査証書がない状態での本船航行について、運輸局に重大性の認識がなかったこと、
★本船の安全運航の要である運航管理者について、運輸局が会社の届出の記載内容を精査せずに資格要件を満たすと誤って認識し、未経験で無資格な運航管理者を放置したこと
★船舶検査証書の不交付中に出港という法令違反で旅客3名負傷、及び座礁を発生させた会社について、運輸局がJCIと連絡をとって会社の検査体制を厳格化しなかった。そのことが船首甲板のハッチ蓋の検査ミスによる本件の直接原因となった。
二、運航管理者の届出内容
運航管理者の届出時において、運輸局は社長を運航管理者とする届出内容は問題なしと認識した。また本件後の特別監査での認識、および事業許可の取消処分時の認識変化の経緯は次のようであった。
(1)会社が運輸局に対して運航管理者の選任届出を本件発生の1年前の2021年3月に提出した。
(2)届出時において、運航管理者として認定基準を満たす業務経験であると運輸局の運航労務監理官は認識し、同届出を受理した。
(3)本件の1年前の特別監査で運航管理者の届出記載内容の不備は指摘されなかった。
(4)本件後の特別監査で初めて届出内容を精査して運航管理者の要件を充足しないと確認した。
(5)本件後の2022年5月23日に運輸局(国)は、事業許可の取消処分の理由の一つとして、運航管理者の資格要件である『船舶の運航の管理に関し3年以上の実務の経験を有する者』(海上運送法施行規則第7条の2の3の第1号ロ)に違反する旨の虚偽の届出を会社が行ったことを挙げた。
① 運航管理者の届出内容は問題なしで受理の経緯
『本件会社は、令和3年3月、知床小型観光船協議会の会長職在任の期間が3年以上あり、また、運航管理補助の業務経験が3年以上あるため、資格要件を満たすとして、本件会社社長を安全統括管理者兼運航管理者に選任した旨の届出を、海上運送法第23条が準用する同法第10条の3第5項の規定に基づき行い、北海道運輸局に受理された。
本件会社社長は、同届出については、北海道運輸局に事前に相談をした上で行ったと口述している。』(船舶事故調査報告書の76頁、令和5年9月4日運輸安全委員会議決)
また、『北海道運輸局の回答書によれば、同局の運航労務監理官は、届出書等の受理時においては、…運航管理者資格証明書に記載されている「船舶の運航管理補助」及び「小型船舶協議会会長」の経験は、…運航管理者の認定基準を満たす業務経験
であるとの認識であった。
しかし、本事故発生後に実施した特別監査(令和4年4月24日~5月23日)における関係者への聴取を通じて、…運航管理の実務経験がほとんどなく、「小型船舶協議会会長」についても、実際には「知床小型観光船協議会会長」であり、運航管理の業務実態のない職であったことが分かり、運航管理者の同基準を充足するものではないことを確認した。』(同船舶事故調査報告書の77頁)
② 運航管理者の届出内容は虚偽記載
『令和3年3月、会社は、社長を運航管理者に選任する届出において、実際には運航管理の実務の経験がほとんどなかったにも関わらず、海上運送法施行規則における運航管理者の資格要件である「船舶の運航の管理に関し3年以上の実務の経験を有する者」に該当する旨の虚偽の届出を行っていた』
(「有限会社知床遊覧船に対する事業許可の取消処分について」の別紙2(有限会社 知床遊覧船に対する特別監査の結果)の2頁、令和4年5月23日、国土交通省海事局・北海道運輸局)
また、『安全管理規程第10条に違反し「会社は、社長が運航管理者の資格要件である「船舶の運航の管理に関し3年以上の実務の経験を有する者」に該当しないにも関わらず、社長を運航管理者に選任した。』
(「有限会社知床遊覧船に対する事業許可の取消処分について」の別紙(違反事実)の1頁」令和4年6月16日 、国土交通省)
筆者のコメント
本船の安全運航の要である運航管理者について、届出段階で社長の経歴実態が資格要件を充足しなかったが、運輸局は精査することなく問題なしと認定するミスをした。
また、本件1年前の特別監査でも運航管理者の届出内容について精査することなく、社長を運航管理者として誤って認定し、本件が発生した。
これらの経緯から運航管理の経験のない運航管理者に旅客船の安全運航を任せて放置したまま本件を発生させた責任は、運輸局(国)にある。
本件1年前の旅客3名負傷と座礁時の特別監査(2021年6月24日と25日)において、社長の運航管理者としての資格要件が仮に精査されたならば、運輸局は社長を運航管理者とする届出の受理を取りやめたに違いない。
そして、運航管理経験のある資格要件を充足する運航管理者であったならば、JCIの検査ミスでハッチ蓋の不具合が指摘されない場合でも適切に対処し、本件発生当日の天候判断も運航規程に沿って適切な判断がなされた可能性は極めて高い。
このように運輸局(国)の責任は重大である。
三、本件後に改善されたこと
ハッチ蓋の外観が良好な場合は、その開閉試験を省略できるという検査事務細則は国交省海事局への届出であり、JCIはその細則により検査を実施した。実際はハッチ蓋に不具合があったが、この細則によるJCI検査員のミスで検査に合格し、航行中にハッチの不具合により浸水沈没して本件の直接原因となった。
本件の反省により、船首甲板上のハッチ蓋検査に限らずJCI検査について、次のような改善措置がとられている。
JCIは、『検査方法で合理的な理由なく国と異なる方法で行われているものを総点検で洗い出し、全て変更又は廃止する』こと。
及び『検査方法についてはすべて国の認可を求めることとし、現在のJCIの検査の方法全体を見直した上で、国が認可する』(小型旅客船に対する検査方法の強化について、令和4年9月30日、国土交通省海事局検査測度課)
また、国とJCIの間で監査情報・船舶検査情報を共有し、監査や船舶検査に際して、それらの情報を活用するように改善された。
(2025.5.1)