鹿児島ー奄美ー沖縄航路の民間フェリーを動員(編集部)
政府(内閣官房)は今年3月27日、有事の際に先島諸島5島の全住民11万人と観光客1万人の計12万人を、6日間のうちに民間のフェリーや飛行機を利用して九州の7県と山口県に避難させる計画を発表した。国民保護法に基づくもので、林官房長官が記者会見に応じた。
長官は会見で「特定の有事を想定していない」と述べたが、台湾有事の想定が明らかなことから、各地の市民団体等から多くの疑問が出されている。
※正式名称は「沖縄県の離島からの住民避難・受入れに係る取組」。発行者は、内閣官房副長官補(事態対処・危機管理担当)付、全30ページ
※国民保護法(正式名称「武力攻撃事態における国民の保護のための措置に関する法律」)自体が有事を想定したもので政府説明と矛盾する。
計画は、12万人を各自治体が責任を持って受入れ、県が手配するホテル・旅館等に約1カ月間住まわせるというもので、既に受け入れ8県と送り出す側の沖縄県および先島5島(宮古島市、石垣市、竹富町、与那国町、多良間村の5市町村)も了承している。
今年1月30日には、内閣官房を始め各省庁・自衛隊・保安庁などの政府機関、玉城デニー沖縄県知事をはじめ各自治体の長、指定公共機関として船会社・航空会社・電力会社の73機関356名が一堂に会し、「図上訓練」なるものを実施した(令和4年度以降3回目)。
計画書には「訓練上の想定であり、特定の有事を想定したものではない」と注意書きがあるものの、冒頭で「我が国を取り巻く厳しい安全保障環境の中、万が一の事態に備え、平素から、国・地方、官・民の関係機関が連携して様々な検討を行っておくことは重要」と意義を強調している。
1月30日の訓練も、「5市町村による共同訓練として、武力攻撃予測事態を想定し、先島諸島から九州・山口各県への住民避難に係る図上訓練を実施した」と記されている。有事を想定していることは明らかだ。
マルエーフェリー「あけぼの」、マリックスライン「クイーンコーラルクロス」が候補に
計画書には次のように記されている。2隻の船名が写真付きで掲載されていることから、既に会社は了承済みであることが分かる。
『令和6年度訓練検討テーマ』
①域外輸送計画の更なる実効性の向上
○令和5年度までの検討において、輸送力の最大化について、各空港の駐機スポットの最大限の活用や船舶の臨時定員の検討等により、平時の2倍を超える1日約2万人の域外輸送力を確保できる見込み。(約12万人の住民等は、単純計算6日程度で九州へ避難できる見込み)
○令和6年度は、福岡空港及び鹿児島空港における航空機の駐機する場所を整備するとともに、搭乗している避難住民の円滑な陸上輸送(バス又は鉄道)につなげるための誘導パターンを整理。
○沖縄本島ー九州(鹿児島)間を運航する定期旅客船の活用について船舶事業者(マルエーフェリー、マリックスライン)と調整し、活用に目処。
(沖縄本当ー宮古島間を航行可能な船舶の確保について、引き続き要調整)
○また、海上保安庁巡視船、自衛隊PFI船において、行政職員や医療関係者等による現物確認を実施し、搬送対象の一案を整理』
(以上、原文のママ引用)
*フェリーあけぼのは8083総トン、クイーンコーラルクロスは7914総トン。いずれも鹿児島ー奄美大島ー沖縄航路を航行中の大型貨客船。
*PFI船舶は現時点で「ナッチャンワールド」、「フェリーはくおう」の2隻を指す。
有事の際の「機動展開構想」による優先利用を目的に、自衛隊が民間から10年間の用船契約中。防衛省は今後6隻体制に増加する計画で予算を組んでいる。
(本誌38号、及び2016年5月発行の号外「着々と進む船員の戦争動員」参照)
「計画」は既に着手済み
政府は、国民保護法では各自治体に住民の避難計画策定が義務付けられていることから、これを名目に3年前から関係自治体に要請を行い、既に受け入れ先市町村に受け入れ可能な人数をひと桁単位で具体的に出させている。
人口が最多の宮古島市(約5万5700人)は福岡、熊本、宮崎、鹿児島の4県に分散、多良間村(約1100人)は熊本県に、鹿児島空港から貸し切りバスなどを使う。
石垣市(約5万100人)は山口、福岡、大分の3県に分散、竹富町(約4200人)は長崎県、与那国町(約1700人)は佐賀県に、福岡空港から新幹線や貸し切りバスで移動。
今年4月には、佐賀県の山口知事が与那国町を訪れて糸数町長と面会し、「友好協定を結んだようなもの」と平時の交流を呼びかけ、町長ら役場の職員一同が感謝で出迎えたという。
各自治体や輸送業者・港湾関係者への根回しは既に終えた見込みで、R7年度にも引き続き図上訓練を行い、R8年度には実動訓練も行うことが決定している。
数多くの問題点
市民団体等から井かの疑問が出されている。
○沖縄と奄美諸島はなぜ避難対象にならないのか
「台湾有事」は、台湾軍・米軍・日本の自衛隊の3者対中国軍の闘いが想定されている。
いざ戦闘が始まれば、先島諸島だけでなく、普天間基地のある沖縄本島、既に基地化が進められている種子島~奄美諸島、しいては小笠原諸島も攻撃対象になるのは明かだ。先島諸島に限るのは、住民の説得、政府の「やっている感」を示したいだけだ。
○住民の意志が反映されない
自治体トップの意向ですべてが決められ、災害があっても、島に残りたい住民の意志が全く顧慮されていない。
○避難先の8県は安全なのか
8県は中国・台湾に近く、全ての県に自衛隊の駐屯地や基地がある。長崎と山口には米軍基地もある。
いざ戦闘が始まれば「補給路を断つ」作戦が取られることは明らかで、これらの基地と貯蔵庫や宿舎などの軍関係施設、船舶、港湾など軍関係の輸送機関は真っ先に標的になる。
ジュネーブ条約などの国際法上、戦時においても軍関係に対する攻撃のみが許容され一般人に対する攻撃は戦争犯罪とする「軍民分離」が原則とされている。
従って、軍と同行する民間人が攻撃により殺害されても許容される。
○民間輸送機関の調達は無理?
輸送機関である飛行機・フェリー・バスは民間業者で、通常は他の客を乗せて運行されている。これらの客を全て放棄することが可能か?また、運航要員は確保できるのか?
このように問題点を挙げればキリがない。
計画の前提自体がおかしい
そもそもこの計画は、次の前提から成り立っている。
①中国軍が台湾に攻め込む
②台湾軍が迎え撃ち局地戦闘が全面戦争に発展する
③米軍が台湾を支援し日本の基地や港湾から出撃する
④自衛隊が米軍の指揮下で全面参戦する(自衛隊員の参戦拒否は想定されていない)
⑤日本国民がこぞってこれを受け入れる
しかし、これら全てが「空想」もしくは「願望」の類と言ってよい。
ここには、台湾有事を回避するための、米・中・台湾との友好策、フィリピンを始めとする東アジア各国への外交政策は一切想定されていない。
中国との間では、1972年の日中国交正常化で、中国を唯一の合法政府として承認し(一つの中国論)、中国と台湾の対立は中国の国内問題としてきた。
そして1978年に日中平和友好条約を結び、主権と領土の相互尊重・相互不可侵・内政不干渉等を約束し、その後も数多くの友好協定を結んできた。
身近なところでは、日中貿易協定、日中海運協定、日中漁業協定などがある。
今回の計画には、中国との間で積み重ねて来たこれらの協定との整合性は一切なく、発想自体が、「万が一起きないとも限らない。起きてからでは遅い」という可能性論に拠っている。
このような「可能性論」に拠れば、ロシアと国境を隔てる北海道、北朝鮮を想定した日本海沿岸、なにより日本の中枢たる東京都心の住民避難訓練を真っ先に始めなければならない
今日までの戦争体制つくり
これまで政府は、安倍元首相を先頭に戦争ができる国家作りに邁進して来た。
1997年:日米新ガイドライン(日米防衛協力のための指針)
1999年:周辺事態法制定(自衛隊による米軍後方支援の枠組み)
2001年:テロ対策特措法(米国の対テロ戦争への協力)
2003年:イラク特措法(非戦闘地域への地上部隊派遣)、等々。
そして2015年に、これらを統合する新安保法(集団的自衛権の行使など)を制定し、軍事関係予算の対GNP比2%への倍増など、その都度米国の要請に従って来た。
今年3月に成立した2025年度予算では、軍事費の伸びは前年比+9・5%と突出した(社会保障費の伸びは+1・5%)。この結果、軍事関連予算は総額10兆円に上り、2022年度の対GNP比1%から1・8%まで増加した。
目標の2%達成が目の前にせまる中、最近トランプ政権は対GNP比3%を要求し始めた。
以降も、矢継ぎ早に戦争体制作りを進めている。
*米国の対中・対露を想定した同盟国に一体化を求める「統合抑止」戦略を受け入れ
*陸海空自衛隊を統一指揮する「統合作戦司令部」の創設
*英国・イタリアと共同開発の戦闘機の開発・輸出の承認
*基地周辺の土地利用の政府による規制
*安保3文書改定に基づく石垣島など全国16の空港・港湾を特定重要拠点に指定し軍事利用化
*日本各地に弾薬庫等を増設
*自衛隊を米軍の指揮下に入れる「統合軍司令部」構想の発表
(いずれも2024年)
軍事関連で、一般国民を従わせる立法措置も講じてきた。
2013年:特定秘密保護法の制定(公務員らの職務上知り得た秘密漏えい罪)
2021年:重要土地調査規正法制定(重要施設の機能阻害 を理由に国民を罰する)
2024年:経済秘密保護法制定(秘密漏えい罪の民間人への拡大)、及び地方自治法の改定(国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、または発生するおそれがある場合には、国が地方自治体に指示できる)
船員はどうする?
このように、「ウクライナの次は台湾」とばかりに、国民に対して他国の侵略が目の前に迫っているかのように煽り、「戦争やむなし」の意識を醸成し続けてきた政府。ところが今度は、国民保護法を隠れ蓑にして、机上の空論に多額の予算をつぎ込もうとする。
これ対して、机上の空論と知りつつ歓迎する憲法改正・戦争準備論者がいる一方で、多くの市民団体、有識者から批判の声が挙がっている。
戦時中こんなことがあった。
〇日本郵船・富山丸の轟沈
マリアナ沖海戦の壊滅的な敗北、米軍のサイパン上陸と、敗戦の色濃くなった1944年6月、軍は次に攻撃されるのは南西諸島と予想し防衛に備えた。
陸軍に徴用された日本郵船の大型貨物船富山丸は兵士や武器弾薬・ガソリンを積み、護衛船と共に12隻の船団を組んで鹿児島を出港、沖縄に向かった。
しかし、既に米軍の潜水艦に捕捉されており、奄美大島の古仁屋港を出発した直後に魚雷攻撃を受け真っ二つとなり轟沈。4000名近い兵士と船員が海の藻屑と消えた。
〇学童疎開船・対馬丸の悲劇
同じ年の8月、政府は本土決戦に備えて沖縄本島を含む南西諸島の住民10万人の疎開を沖縄県知事に命じた(九州に8万人、台湾に2万人)。
陸軍に徴用されて兵士や武器輸送を行っていた日本郵船・対馬丸は、学童と引率者など1650名を乗せて護衛艦2隻と貨物船3隻で船団を組み、那覇を出港し長崎に向かった。
既に米軍は日本軍の暗号解読に成功しており、奄美大島北方の悪石島付近で魚雷により撃沈、800名の学童など約1500名が命を絶った。
私たち船員はどう対応すべきなのか。
「機動展開構想」に対しては原則反対を表明するものの、会社の新規航路提案に対しては、機動展開構想に基づくものか、一般の商業輸送かを一つひとつ判断して同意の有無を決めるという方針の海員組合。今までと同様、南西諸島で訓練する自衛隊を、平時の商業輸送として容認してきたが、同様の扱いをするのだろうか。
既にフェリー会社に限らず、多くの船会社が国民保護法に基づく輸送機関に指定されているが、現場を預かる船員はどうすればよいのか。
これまで通り、長い物に巻かれろでよいのか。社内、船内で忌憚なく意見を出し合う時が来ている。
(編集部)

