問題の本質は何処に Ⅳ

組合員 竹中正陽(まさはる)

12.国際船員労務協会の回答
 国際船員労務協会(国船協)は組合と共同で基金を保有・運営している。このため告発人の担当弁護士は国船協に対して、弁護士会の照会システムを通じて、事実関係確認のため下記の質問状を送った(弁護士法23条の2、第1項に基づく照会)。以下、全て原文のママ。

〈照会事項〉
          記
 外国人船員福利厚生基金について、貴協会は全日本海員組合との間で管理委員会を設け、基金を管理運用している。同基金の会計処理について、以下照会する。
1.全日本海員組合の前組合長(管理委員会委員長でもある)によって私的流用された同基金の年度ごとの流用額
2.2018会計年度、2019会計年度における上記流用の具体的な内容・日時・金額(貴協会が把握しているもの)
3.2018会計年度、2019会計年度の当初に予算策定された各使途の名称、および使途毎の金額
4.2018会計年度、2019会計年度の会計報告および監査報告における各使途の名称、および使途毎の金額
5.前記私的流用が発覚した後に、会計報告および監査報告の修正が為されたか。為されたとすれば、修正前・修正後の会計報告・監査報告の概要(修正項目および修正額が分かるもの)
6.基金に対してどのように会計報告・会計監査が行われていたのか、その実態について。

〈理由〉
 昨年6月20日に共同通信やNHKテレビが報じて以降、全国各地の有力紙が、森田保己全日本海員組合(以下、海員組合)前組合長による基金の私的流用について報道した。
 それによれば、国税局の調査の結果、前組合長が外国人船員の福利厚生用基金を使用して貴金属類を購入し、フィリピンの建設業者からのリベートと併せ、総額約6億円を私的流用したことが判明した。国税局はこれを給与とみなし、前組合長の2015年から2020年の所得に対し、総額2億円以上の重加算税、過少申告加算税を課したとのことである。
 このニュースは組合員を始め、各船会社、海事関係者らに衝撃を与え、数多くの疑問や不信の念を惹起した。しかし、海員組合は未だに真相を明らかにしていない。
 基金は、国際船員労務協会と海員組合の交渉により協定された賃金表に基づき、毎月各船会社が指定された銀行口座に送金する。すなわち、賃金表には船長から司厨員まで職種毎に各基金に納める額が記され、貴協会に加盟する船会社はその月に乗船している外国人船員数に応じた金額を各基金管理委員会に納入している。そのようにして集められた基金は、貴協会と海員組合とで構成する基金統括委員会ならびに各基金の管理委員会により作成された管理運営規則に基づいて運用され、年度毎の会計報告・監査報告も同委員会で承認されている。
 したがって、貴協会は管理委員会を構成する一方当事者として、海員組合と共に基金の管理運用に責任を有している。また、管理委員会は基金の所有者であり、貴協会は前組合長による私的流用の実質的な被害者でもある。
 本件は単に海員組合の問題であるに止まらず、管理委員会の委員長が惹起した私的流用事件である。管理委員会に委員や監査人を輩出する貴協会は、基金運営に責任を有すると同時に、基金の会計事情を知る立場にある。
 ついては、森田前組合長(管理委員会委員長)に私的流用された外国人船員福利基金の会計処理について、上記の事項について照会する次第である。

 これに対し、今年8月22日付けで、国船協事務局長名で下記の回答書が寄せられた。
〈回答書〉
1. 全日本海員組合の前組合長(管理委員会委員長でもある)によって私的流用された同基金の年度ごとの流用額
(回答)当協会は一切把握しておりません。
2.2018会計年度、2019会計年度における上記流用の具体的な内容・日時・金額(貴協会が把握しているもの
(回答)当協会は一切把握しておりません。
3.2018会計年度、2019会計年度の当初に予算策定された各使途の名称、および使途毎の金額
(回答)管理委員会の構成員である全日本海員組合側の了解が得られないため、お答えできません。
4.2018会計年度、2019会計年度の会計報告および監査報告における各使途の名称、および使途毎の金額
(回答)管理委員会の構成員である全日本海員組合側の了解が得られないため、お答えできません。
5.前記私的流用が発覚した後に、会計報告および監査報告の修正が為されたか。為されたとすれば、修正前・修正後の会計報告・監査報告の概要(修正項目および修正額が分かるもの)
(回答)管理委員会の構成員である全日本海員組合側の了解が得られないため、お答えできません。
6.基金に対してどのように会計報告・会計監査が行われていたのか、その実態について。
(回答)管理委員会の構成員である全日本海員組合側の了解が得られないため、お答えできません。

 以上のようにゼロ回答だったが、他の情報と併せると、幾つか分かったことがある。それは、
①基金流用に国船協側はからんでおらず、流用はもっぱら海員組合が自由に使える予算分からであること。
②従って、会計監査のやり直しは行われていないだろうこと。(これは告発人に寄せられた情報と合致する。監査のやり直しが行われれば基金に監査人を出している国船協側も把握可能となるからだ)
③会計監査のやり直しが行われていない=基金管理委員会の中では、何ら損失がない(予算は外国人船員のために正しく使われた)扱いになっていること。
これは、私達に寄せられた情報と完全に一致する。「組合内でも基金管理委員会内でも、流用は存在しないことになっており、したがって、会計監査のやり直しも行われていない」との情報が私たちに寄せられている。
④国船協が独自に真相解明に動くことは困難であろうこと。
⑤最も重要なこととして、海員組合が「了解」しない=組合は事実をことごとく隠ぺいし、この問題を闇に葬ろうとしていること。

 本来であれば、被害者である海員組合が告訴しなければならないところ、それをせず、真相解明どころか組合員に対して事実関係を一切説明しようとしない。
 全ての元凶は組合のこの姿勢にあるが、もう一方の基金保有者である国船協の、この回答に疑義を唱える矜持を持った船会社役員はいないのだろうか。海運人の正義はいったい何処に行ったのだろうか。
 今年6月に開かれた国船協の定期総会で、会長自ら喫緊の問題として、①フィリピンの練習船キャプテン・オカ号への支援金の不明朗な支出、②前組合長による基金流用、の2つを挙げたとのこと。
ことは、日本海運のため、母国を離れて日夜安全運航に励む外国人船員の福祉に関することだ。彼らの給料から徴収された基金、それは元を正せば全社員一丸となって獲得した利益から捻出されたものだ。
 臭いものに蓋の考えを捨て、船主関係者の心ある通報に期待する。
 
13.組合定期全国大会、組合員への説明・真相究明は一切ナシ
 10月30日、海員組合の定期全国大会が組合が保有する東京晴海の海員福祉研修会館で開かれた(同会館は来年1月にホテル業務を再開)。  大会初日、組合本部は本件について何も触れることはなかったが、外航大手会社の職場委員が次のように質問をした。
 「外国人船員福利基金について、昨年の大会で松浦組合長は前組合長の基金流用への対応として、より透明性の高い管理体制を構築すると発言した。その後、基金管理委員会でどのような管理体制を構築したのか?」
これに対し、担当の齋藤中執(総務局長、基金の組合側監査人でもある)が次のように回答した。
「質問は外部の基金管理委員会、外部団体の制度についてのことだが、まず言っておきたいのは、本組合の会計は全て会計処理規則に基づいて適正に処理されている。四半期ごとに公認会計士トーマツによる監査で問題がないと報告されている。
 昨年の大会で組合長が述べた協約管理体制の構築についての質問だが、船主団体と、より透明性の高い協約管理体制の構築に向け協議を行い、会計士を入れて、これまで以上に厳格な体制が構築されることになった。引き続き適正な管理運営を行っていく所存です」

 この答弁に対し、他の代議員から掘り下げた追及はなく、単発の質問に終わった。
 果たして外国人船員福利基金を所有・運営する管理委員会は「外部」なのだろうか?
元々基金は、非居住組合員が急増してきたことから、彼らの組合員としての利益・福祉の向上を目的として組合が設立を決め、大会承認を得て創設されたものだ。
 基金本部は六本木の組合本部会館に置かれ、委員長は代々組合長、運営委員長は担当中執が務めて来た。各船社からの集金もお金の管理も全て組合が責任を持って行っている。多額の支出、例えばナビオス横浜の建立に1億円を支出する際には方針書に記載し大会決定を経て行った。それらの活動は毎年の活動報告書に記載し、大会承認を得ることにしてきた。基金の、いったい何処が「外部」なのだろうか。非居住組合員が聞いたら烈火の如く怒るに違いない。
 ここには、非居住組合員を組織する労働組合としての責任・矜持が微塵も見られない。
 そもそも、今日に至るも組合本部は森田前組合長による基金流用の事実を一切認めていない。昨年の大会を始め、組織内の各種委員会においても、職場委員の質問に対して「報道は前組合長個人のこと」「事実関係が分かり次第報告する」と、のらりくらり逃げ回り続け、未だに一片の事実も報告していない。
 傲慢不遜というのか、組合員を小馬鹿にしたこの鉄面皮振りは、いったい何処からくるのだろうか? 自らにヤマしい所があるのか、それとも時効が来るのを待っているのか。「所詮、自分の金じゃない」とタカをくくっているとしか思えない。

14.告発受理されず
 昨年11月、井出本元組合長はじめ組合員、組合員OB、執行部OBら41名で検察庁、後に警視庁に「森田前組合長による業務上横領・脱税」の告発を行って以来、私達告発人は新たな情報を得るたびに、書面や面会で捜査機関に追加情報を提供して来た。しかし、本年9月、検察庁に続き警視庁から「このままでは受理できない」と告発状が郵送されて来た。
 理由は、「いつ、幾ら盗まれたとの犯罪事実の記載がない」というもの。「被害者本人からの訴えがあれば別だが、第三者からの告発の場合、6億円の全額についての説明は求めないが、たとえ少額でも構わない。いつ、幾ら着服されたという事実の指摘がなければ我々は動けない」と捜査担当者は言う。そして、「新たな情報を添えて再度持って来て下さい」と。
 事実上の不受理である。刑法上、受理・不受理という制度はなく、時効を迎えれば起訴・不起訴の判断の必要がなくなるので自然消滅のような扱いになるとのこと。検察審査会への申立という制度があるが、起訴もしくは不起訴の決定が出されない状態では、望み薄とのことだ。
良心的な組合執行部による告発、もしくは現場組合員が真相究明の声を挙げることによる組合内自浄作用が期待薄となった今、希望は、基金流用の事実関係について知る立場にある人の勇気ある情報提供しかない。
 2度とこのような事件を起こさせないためにも、身近にいる告発人か担当弁護士に連絡下さるようお願いします。もしくは、マスコミや直に警視庁・検察庁に情報提供されるようお願いします。情報提供者の秘密は必ず守られます。


〈本件担当弁護士〉
〇内田雅敏:四谷総合法律事務所
  〒160-0008 東京都新宿区四谷三栄町3-14
三栄ビル、電話:03-6274-8939
〇萩尾健太:渋谷共同法律事務所
〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町4-23渋谷桜丘ビル8F、電話:03-3463-4351