問題の本質は何処に Ⅲ
組合員 竹中正陽(まさはる)
11.3つの原因
事件の背景を調べていく中、原因として以下の3点が大きく浮かび上がって来た。①労働組合における基金のあり方、②外国人組合員の無権利状態、③海員組合の積年の体質。
(1)「基金」=労組法の抜け穴を悪用
Ⅱの8(5)で記したように、労働組合法5条2項の七は、「すべての財源及び使途、主要な寄付者の氏名並びに現在の経理状況を示す会計報告は資格ある会計監査人による証明書とともに少なくとも毎年1回組合員に公表されること」と規定している。
〇監査法人トーマツの回答
私は一組合員として、組合の会計監査人を務める監査法人トーマツに対し、基金の監査内容や会計処理などについて質問状を送付した。監査法人による監査を当然受けているものと思い、かつ、トーマツが管理委員会に出ていたとの証言を複数のOBから得たからである。
しかし、トーマツからは、「これまで当監査法人が外国人船員用基金の監査人であった、あるいは同基金の監査に携わった事実はない」との文書回答が来た。そうすると、トーマツの一社員もしくはOBが一時的に出席し、参考人として意見具申しただけなのかも知れない。
〇管理委員会の監査の実態
それではJSSの報告や管理実態を誰が点検するのか。周知のように、基金の会計業務はJSS(全日本海員福祉センター)に委託され、通帳管理もJSSが行っている。疑問に思った私が調査を続けた結果、以下のようなずさんな実態が明らかになった。
①基金は、監査法人による監査を必要としない規定になっている。会計監査は組合と国際船員労務協会の双方が1名ずつ指名し、組合側の監査人は、組合長の部下である総務局長である。
②管理委員会で承認された予算配分に基づき労使双方が各々自由に基金を使用できる。
③毎年3月末に双方が自分の使用した分の使用報告書を管理委員会に提出して承認を得れば済む規定になっている。
④使用報告書は、予算立案時の大まかな使途名と合計金額の記載で良しとされ、領収書の添付は不要である。
⑤管理委員会の実態は年1~2回しか開催されず、委員長は組合長が兼任する。
⑥他の委員は組合の常任役員と船社側の社長や重役等で構成され、短時間で議題を次々と承認する慣行が定着し、会計報告に異議が出されることは皆無になった。
加えて、2012年にJSU基金統括管理委員会なるものを作り、8つある基金を一括承認する更に簡易なシステムとした。
このような規則と実態では、横領事件が起きるのも推して知るべし。Ⅱの8(4)で記したように、基金を法人化すれば会計報告の公表や届出などが義務付けられるが、それを回避するため意図的に法人化しなかったのだろう。
※付言すると、船主団体の国船協側は、毎年の年次総会で船主側が管理・使用する分の基金の収入・支出・残高等が報告され、会員である各船会社が意見や質問を行なうことができる。この点、組合側と大きな違いがあり、経営側の方がより民主的なシステムを構築している。
〇労組法5条2項「すべての財源」の主旨
組合が独自に使用することができた以上、基金も本来この条文の「すべての財源」に該当するはずだ。しかし、労組法の解釈適用があいまいなことから、このような慣行が労働組合でまかり通っている(近年、自治労や住友重機労連など、労働組合の役職員による組合費や基金の使い込みが相次いで報道され、刑事事件に発展している。背景に、労働委員会など監督官庁が労組法の解釈適用をあいまいにし、見て見ぬ振りをしている実態がある)。
海員組合の場合、基金が組合費や寄付と異なることを利用し、持主を敢えて管理委員会とすることで、労組法の公表義務から逃れる仕組みがいつのまにか作られ、公正な監査を受けず、組合員への報告すら不要としてきた。まさに、労組法の抜け穴を悪用した脱法行為である。
もとより、総額250億を超えると思われる多額な基金を報告なしで済ませて来たことは、我々組合員、とりわけ現場代表である全国委員・職場委員にも責任の一端がある。
今後このような事件を2度と起こさないためには、最低限、領収書の提出義務、現場代表による監査と監査法人による監査、外国人組合員を含む組合員への会計報告、会計報告の大会での審議と承認、などのシステム構築が必要不可欠である。
(2)外国人組合員の無権利状態の悪用
基金は、外国人組合員(非居住特別組合員)の労働協約で、ひとり一人の拠出額が定められ源泉徴収される。海員組合関連基金だけで8種類、日本の船主が運航する船舶約2200隻の合計は250億を超える。しかし、自分の給料から月々幾ら基金に徴収されているかを知らされていない組合員がほとんどだ。
そうした彼らが、組合員8万人のうち6万人を占め、納める組合費は年36億円に上る(組合費総収入は年50億円。本誌40号)。
にもかかわらず、日本人正組合員と同様の権利は与えられず、「労働協約について意見を述べ、苦情を申し立てること」以外は、組合施設の利用と共済給付の受領のみである。
*役員や代議員の選挙権・被選挙権がない
*賃金など労働条件を要求する権利と場がない
*大会、地区大会、船内委員会等の機関がない
*スト権等の正当な組合活動権がない
*活動報告、会計報告がされない
*月刊誌海員、船員しんぶんに相当する定期機関紙がない
等々、彼らが今回の事件を知っても、役員に対してリコールや統制処分を要求する権利はない(そもそも、事件自体を知らされていない)。
このように、植民地の労働者同然の無権利状態に置かれ、情報も遮断されている外国人組合員に対し、正組合員としての権利を認める規約改正を行い、組合活動に参画できるよう改めることが不可欠だ。
(3)海員組合の積年の体質
(中央集権、現場からの乖離)
今回の事件は、森田前組合長個人の資質の問題ではない。
組合長(最近では組合長代行なる珍妙な超規約システムが跋扈している)の権限が極端に強い規約、中央執行委員会に支部活動の是非も含め全活動の最終決定権を与え(中央集権)、プロ専従の職業集団が各社交渉の最終決定権(現場を見下ろす視点の発生)を有する。こうした規約と組織体制により長年醸成されて来た、現場のために「やってあげている」という意識。
こうした積年の体質が、「船員のため」と志してプロ執行部になった若手の心をいつしか蝕んでいく。近年の異常な執行部人事と訴訟の数々に嫌気がさし、志半ばで辞めていった執行部員のなんと多いことか(そもそも、地方の現場組合員が選挙で選んだ各地方の執行部全国委員を、中央執行委員会決定の名で配転させ全国委員資格をはく奪することは、労組法第1条・5条違反である)。
また、最近は現場からプロ執行部への成り手が極端に減り、一般大卒の現場経験のない執行部が数多く誕生した。加えて、緊急雇用対策以降、外航部員が消滅して現場が大人しくなったため、現場に揉まれたことのない執行部が多くなった(現場組合員との乖離、忘れ去られた「現場に軸足」)。
このような状況であるにもかかわらず、産業別全国組織であることから、依然として役員は国や地方官庁組織の○○委員に任命される。一方、過去の海員ストのトラウマもあってか、「わが社でストをされてはたまらない」と各社の労務担当者が我が身可愛さで役員をチヤホヤする慣行が今も根強く残っている。
こうして上から目線が助長されたことにより、どれだけ多くの、やる気ある現場組合員が忸怩たる思いをしてきたことか。今回の事件も、積年の海員組合の体質、とりわけここ十数年の異常な組織内人事で冗長された幹部の中央集権体質がもたらした現象の一つに過ぎない。
若い頃、「産別組織が最良の形態」と先輩たちから教えられた。しかし、緊急雇用対策以降40年近くの歴史を振り返ると、産別か企業別かの問題ではないことに気づく。産別にも企業別にもメリット・デメリットがあり、生かすも殺すも運用次第だとつくづく思う(産別単純優越論の誤り)。学生時代の恩師である笹木弘教授の共著「海員組合の組織と団体交渉」に、示唆されていたはずだが、船に乗ってからというもの、すっかり忘れ去っていた。
体質改善のためには、役員の選任と役員に対する現場の監視体制が不可欠だ。性善説に立った規約と組織体制の欠陥は、30年前の役員によるワラント債投機事件(20億円の損失)と今回の件で証明された。したがって、組合長以下3役・中執(常任役員)の任期制限は最低限の必要事項に過ぎず、併せて、現場の告発を可能とし、現場代表の常時監視下で、役員の権限を制限できる制度の構築が急務だ。地方自治体の百条委員会のイメージである。
この点、「常任役員は現場組合員から選任し、その指揮の下で実務をプロ執行部が行う。常任役員は任期終了後、現場に戻る」という外航船長の提案(本誌37号)は一考に値する。
規約改定を含め、新たな組織に生まれ変わらない限り海員組合に未来はない。
12.刑事告発、その後
昨年11月6日、井出本榮元組合長はじめ組合元執行部員、現役組合員、組合員OB計26名が東京検察庁に対し、業務上横領と脱税の容疑で森田前組合長を刑事告発した。
11月13日、厚生労働省記者クラブで担当の萩尾健太・内田雅敏両弁護士、井出本元組合長、藤丸徹元教宣部、現役組合員として私が記者会見を行い、その模様がNHKテレビを始め各新聞に報道された。
席上、井出本元組合長は「組合長による横領を許しては基金の信頼が失われかねない。組合が動かないため、私たちが動いた」と表明した。事件発生後2年が過ぎ、大会はじめ各種機関会議の場で職場委員から再三要求されているにもかかわらず、「前組合長個人のこと」「知りうる立場にない」を繰り返す組合に自浄能力のないことがはっきりしたからだ。
その後、検察庁から、「脱税は検察庁、横領は警察庁に」との指摘を受け、本年3月に脱税部分は東京検察庁、横領部分は東京警視庁に分けて告発状を再提出した。その際告発人は現役組合員5名、組合員OB16名、組合執行部員OB20名の計41名となった。
※告発状要旨
〇業務上横領罪(刑法253条)
2014年から2021年にかけて、組合長を務めた被告発人(森田前組合長)は、組合が設立した外国人船員福利基金の管理委員会委員長および同基金の会計業務を委託された全日本海員福祉センター(JSS)の会長を務め、外国人船員の研修等福利厚生のための基金の管理運用という委託された任務に背いて合計約3億円の金員を支出させ、貴金属や高級腕時計の購入に充て、不法に領得した。
〇脱税罪(所得税法第238条1項、過少申告補脱)
被告発人が基金から入金させた金員は、被告発人に対する給与とされておらず、法的性質は一時所得であり、被告発人はその所得税の納税義務者である。また、被告発人はフィリピンで船員向けの宿泊施設などを建設した際に、現地の業者からのリベート約3億円を自身の海外口座で受け取ったが、不法に領得した金員であるため申告せず、所得税を免れた。これは意図的に免れたものである。
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ところが、折からの自民党国会議員や小池都知事のなど、政治家に対する告発ラッシュが重なり、検察庁・警視庁とも多忙を極めており、人員不足で手が回らないのか、捜査は進展していない模様だ。そのため告発人自ら新たな情報を収集して捜査当局に提出する作業に着手し今日に至っている。
当人の森田前組合長以外で、この問題を知りうる立場にあるのは、①海員組合の常任役員、②海員組合で非居住組合員および基金を担当する国際部長、③基金の会計業務を担うJSS(全日本海員福祉センター)の役職員、④基金の一方の持主である国際船員労務協会(IⅯⅯAJ)、の4者である。
しかし、大会等での組合の姿勢から組合関係への接触は困難であることから、基金の持主であり、真摯な対応が期待できる国際船員労務協会関係者に問い合わせを行うことにしている。 (次号に続く)