中尾雅靖(船員の人権を守る会・会員)
「船員の働き方改革は」2019年から論議が始まり2020年に「船員の働き方改革の実現に向けて」としてまとめられた。
国交省の交通政策審議会・船員部会では、
1、船員の労働環境の改善として、①労働時間の明確化・見直し、②労働時間の管理の見直し、③休暇の在り方、④多様な働き方の実現
2、船員の健康確保
3、その他(監督・指導、船員の負担軽減等)と幅広い項目が論議されたが、実現したの
はその中のごく一部で、正直肩すかしの感が
します。
2022年4月施行の法改正事項
船員の労務管理の適正化として、船員の労働時間管理の第一義責任者は使用者とすることが明確になった。このことは当然すぎることであるが、今回の法改正の小さな目玉でしょう。そして労務管理者を選任し、労務管理簿の作成・備置き、船員の労働時間の状況把握、船員の健康状態把握、船員からの職業生活に関する相談等に当たること。
2023年4月施行の法改正事項
労働時間規制の範囲の見直しとして、当直の引継ぎ、操練を労働時間の規制の対象にする。全ての船舶所有者に健康検査結果に基づく健康管理、常時50人以上の船員を使用する船舶所有者に産業医による健康管理、長時間労働者に面接指導、ストレスチェックを行うこと。
海事局、労働時間の記録方法を調査
国交省海事局は2023年10月に上記の調査を実施した。対象事業者は、①内航貨物事業者335、②内航旅客事業者127、③外航船事業者21であり、船員数は実数の明記はなく、船員数が20名以下の事業者が66%です。
今回の調査は、内航貨物船、内航旅客船、外航船別に船内の労働時間の記録方法と、船と事務所とのデータ共有方法を調査しています。2018年の調査では、労働時間を記録するための機器の導入は1%であったが、今回は60%と大幅に増加し、時間管理体制としては大きな前進です。
船員の労務管理の適正化の実施状況の調査は、オペレータに運航計画の変更に関する意見について約7割が意見を述べています。オペレータも船員の労働時間を考慮してくれるようになったと答えています。主な意見は、良い影響として5件、悪影響として4件の意見が出ていますが、内航の335事業者の4から5件の意見では何とも判定のしようがありません。
調査は、単なる「道具」調べ
労務管理の記録方法である道具を調査するのは無駄ではないが、それだけで終わるのでは何のための調査かわかりません。「道具」はあくまで「道具」であり、道具を使って何を記録し、データとして何を得たのか、法改正前との違いは何かを分析することが重要なのです。
今まで内航船の業界では労働時間の管理は全くずさんでまともなデータは何一つありませんでした。
そのことが、今回の法改正により、パソコン等の導入によりどう変化しているのかを調査する良い機会だったはずです。しかし、残念ながら海事局の調査は、単なる「道具」調べに終わっています。
労務管理責任者の船舶所有者(社長)への意見具申の状況調べは約半数が意見具申したと答えています。零細企業の多い内航事業者でこんなことを調査して意味があるのだろうか、しかも身内の間での申告状況の正確なデータが採取できるのでしょうか。
労務管理責任者が、業界で実施している労務管理者講習を受講しているかを調査した方が、オーナの意識が判断できるデータを採取できると思います。
労務監査の素晴らしいデータ?公表
労務監査については、違反の累積ポイントが120ポイント以上になった場合には、船舶所有者名を公表してきましたが、違反ポイントは2年でリセットされるため、年間10件にも満たない実効性のない制度でした。
この公表以外の、労務監査件数、処分件数も一切公表されず、船員労務官は何をしているのか部外者には全く見えませんでした。このことが労務監査のいい加減さの温床になったことは、まず間違いないでしょう。
2021年5月の参議院国土交通委員会で日本共産党の武田議員が労務監査の結果を公表するように要求し、やっと、監査件数と処分件数が公表されるようになりました。
2023年の監査結果では監査件数4993件の内、違反は戒告・勧告を合わせて386件で違反率7・7%です。非常に違反件数の少ないコンプライアンス精神が見事な業界の監査結果です。でも、誰もこんな数字を信じる業界関係者はいないでしょう。
労働基準監督署の監査結果との比較
陸上の会社は労働基準法が適用され、労働基準監督署が監査を実施しています。次の表が、東京都の2022年の定期監査結果のデータです。
【東京都労働基準監督署・定期監査結果】
2022年度(東京都ホームページより)
労働基準法の違反は分類がわかりやすく、違反の多い項目が具体的で一目でわかります。それに比べて海事局の労務監査の方は、分類が船員法の章で分類しているため、「労働時間、休日及び定員」の項目では戒告・勧告合わせて61の事業者が違反をしていますが違反の項目が分かりません。
「労働時間、休日及び定員」は、労働時間、休日、補償休日、時間外、休息時間、労働時間の限度、割増手当、定員等が含まれています。まとめて集計しているためどの項目の違反が多いのかは分かりません。このデータは監査全体の数字でこれでは業種ごとの内訳は不明です。少なくとも、外航、内航、旅客船、漁船、その他で分類したデータを公表すべきです。
データを分析しようと思えば、分類の方法をいろいろ考えて、分析しやすいように工夫するはずです。そんなことは考慮せず、船員法の章にそって分類しているだけなのです。
船員数の統計では、外航、内航貨物、内航旅客、漁船、その他と分けて集計発表しています。しかし監査の違反については、分析する気もないので、大まかな集計でお茶を濁しているのでしょう。
労働基準監督署の監査との大きな差
労働基準監督署の監査で違反が多いのは労働時間の2215件(監査総数に対して14・6%)と割増賃金の2032件(同13・4%)です。2023年の船員労務監査では労働時間、休日、補償休日、時間外、割増手当、定員等全ての違反で61件(同1・2%)です。
2018年は11件、2019年は21件、2020年は9件、2021年は14件と監査総数に対して1%以下の驚くべき数字が並んでおり、陸の労働基準監督官が見たら「なんと素晴らしい業界だ」と腰を抜かすでしょう。
2022年は73件と前年より大きく増加していますが、これは2021年の武田議員質問効果と考えて良いのではないでしょうか。それでも2022年の73件、2023年の61件ではあまりにも実態と大きくかけ離れています。
労働実態調査との乖離は何故か?
2017年の海事局の労働実態調査結果では、1日の労働時間が14時間を超えた船員は貨物船では8・3%,タンカーでは30・7%、1週間の労働時間が72時間を超えた船員は貨物船では8・3%、タンカーでは16・2%となっています。
2019年の海事局の船内の労働時間管理の調査結果では、割増手当を計算の上支払っているが53%、計算していないうち固定残業代を支払っているのが86%。残りは時間外がゼロ、手当てを支払っているが14%です。計算の上支払っている53%も怪しいものですが、残りの47%は、ほぼ全て船員法違反です。
海事局の調査でもわかるように、内航では労働時間、割増手当はほぼまともに管理されていないことは業界の常識です。これが労務監査になると素晴らしいデータが並びます。もちろん監査データは内航だけの数字ではないことは十分理解した上です。
デタラメ監査はいつまで続く?
労務監査の結果をインターネットで検索しても、なかなかヒットしません。運航監査については、「海事局運航監査」で検索するとすぐヒットします。それと比べると、労務監査については、「海事局労務監査結果」で検索しても、ヒットしません。「海事レポート」で検索すると、数字で見る海事、第4章「海上安全・保安確保と環境保全」へ進むと、労務監査の数字のデータが表示されます。
4993件もの監査を実施して、A4半ページに数字だけが並んでいるだけの公表です、コメントの一つもありません。検索してもなかなかヒットせず、いろいろやってやっとたどり着けました。海事局としては見てほしくないデータなのでしょう。監査をして分析もしないで、データだけを並べて終わりでは、小学生の夏休みの自由研究以下でしょう。
働き方を変えるのは現場の力!
今の内航海運業界を見て思うのは、働き方を改革することができるのは、現場の皆さんしかいないということです。労務監査もろくにできない海事局に任せておくことができないことは明白です。現場が立ち上がってこそ、海事局は後追いでついてくるのが常でしょう。まず皆さんが船で一番不合理だと思うことに声をあげましょう。
時間外手当の定額に声を上げ、きちんと計算して支払わせるのも一つです。退職するときには退職前3年間の時間外を請求しましょう。そのためには3年間分の労務管理簿の写しはもらっておきましょう。
司厨員が乗船していないのは、「国際条約違反だ!」「司厨部が栄養のある料理を船員に提供するのが国際条約の決まりだ!」と声を上げるのも一つです(詳細は次の機会に)。
どんなことでも仲間と語り合って声をあげましょう。そうしないと内航海運は社会から取り残されてしまうでしょう。
(2024、8、15)